14限目 絶対王者は疑われる

「そ、そんな、千尋が……」

「えっと……、どちら様ですか?」


 突けばすぐに崩れてしまうほど、身を震わせながらポニーテールの少女は言う。


「ナンパですよね? 『美味しいものあげるよ』って言って、千尋をたぶらかしたんですよね!?」

「ナンパなんてしてねぇよ! この子は……」


 僕の教え子だ、なんて口が裂けても言えない。だってこれは、校長先生とのルールだから。

 かと言って『千尋さんの彼氏です』などと吐いてしまえば、事態は更に悪化。

 あの紅薔薇の令嬢が交際していると学校中が騒ぎ出し、収拾がつかなくなるどころか、今後気まずくなって、彼女と顔を合せることすらできない。


「違うの、美希みき! この人は……」


 しかしここで、千尋がカバーに入った。

 目線を下に向けながら、金髪の少女──美希に言う。


「……私の、従兄いとこだよ! うん!!」

「ふ~ん……」


 一体何がおかしいのか?

 にやりと笑った美希は、目を泳がせる千尋をじーっと見つめて、


「……嘘だよね?」

「えっ?」

「だって千尋が嘘つく時、目線が下に向いてるよね?」

「違う。これは──」


 バッと千尋が目線を美希に向けると、彼女はまたニヤリ。


「まぁ、知らないんだけど(笑)」

「ふぇっ?」

「ところで、違うって何のことかにゃ〜??」

「ちがっ、違う!!」


 まんまと策に嵌められて、ついでに嘘をついている時の仕草まで知られてしまった千尋。なんて恐ろしい子。


「そう、違うんだ! 僕は従兄いとこなんかじゃない!! この子とは、もっと遠い親戚なんだ!!!」


 そんな千尋をカバーすべく、侑李はなんとか誤魔化そうとする。が、しかし……


「いや、もう嘘だって分かってるんで。どちら様か存じ上げませんが、しばきますよ?」

「ちょっ、待て待て! 暴力は勘弁だ!!」


 ──やばい。どうすればいい!?


 隠し通さねばならない秘密を迫られ、窮地に立たされた侑李。

 後ろを見ると、千尋がひどく困惑していた。


 ──くそっ、一先ひとまずは……。


 踵を返した侑李。

 その頃にはもう千尋の腕を掴んでいて、


「茨木!」

「ちょっ、先輩!?」

「逃げるぞ!!」

「ふぇぇぇ!!??」


 とりあえず美希から離れよう。

 今はこれが最善だ、ということで侑李は、千尋を連れて一目散で学校まで走り出した。

 どうせ逃げたって、学校で千尋が美希に迫るから無意味かもしれない。

 そんで千尋が口を割らなければ、教室はおろか、たとえ火の中水の中草の中森の中、どこまでも美希が鬼の形相で追いかけてきて、最悪は命の危機に瀕するだろう。


 それでも今は逃げるしかない。

 という答えしか出せないほど、侑李からかつてないほど冷静さが欠如していた。



 〇



「はぁはぁ……」

「先輩、ちょっと私、苦しいです……」


 美希から必死に逃げて、なんとか校門目の前までたどり着いた二人。そこで絶対王者と紅薔薇の令嬢、二人には絶望的な共通点が判明した。


「はぁはぁ、僕も、足が……」


 端的に言えば、二人とも運動ができない身体なのである。

 しかし、あくまでそれは狭義。

 広義的に見ると、どうやら二人が運動できないことには明確な理由があるみたいだ。


「足が痛いんですか? ……はぁはぁ、情けないですね。運動不足ですか? 引きこもり勉強オタク先輩」

「言ってくれるじゃないか、生意気な後輩め。キミこそ……運動不足じゃないのか? そんなんじゃ、大きくなれないぞ?」

「うるさい。私は昔から少し身体が弱いだけです」


 美希に追いかけられていることを忘れて、突然二人の会話は口喧嘩に発展した。


「あと言わせてもらうが、僕は運動などというものに割く時間を全て勉強にてている。キミは何に時間を充てているんだ?」

「なんですか、マウントですか? 自分はそれくらい本気で勉強してきたから、こうなりましたってアピールですか?」

「マウントではない。一応は事実だ」

「うーわっ、なんですかその嫌味な言い方は!」

「嫌味じゃない。キミこそ、もっと勉強に時間を割いたらどうだ??」


 足を動かしながらも、まだまだ言い合いを止めない二人。

 もちろん、走っているときに喋るとかなりの体力を消耗するもので──


「いいか? 人間、取捨選択ってのが大事だ。必要なもののために、要らないものは捨て──って、茨木?」


 突然、千尋が手を離して足を止めるので、侑李も振り返って足を止めた。


「はぁ、はぁ、はぁぁ……」


 見ると彼女は膝に手をついて、呼吸を乱していた。

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