29限目 忌まわしき事故は、再び起こる

「まず現代文というのはですね──」


 七瀬の話を、千尋は未だかつて無いほど真剣な様子で聞いていた。

 侑李には一度も見せたことのない姿を、知り合って間もない、けしからんドレスのお姉さんに見せてやがる。

 侑李は泣きそうになるのを、唇を噛んで耐えた。


「それでは二人とも、問題を解くとき、どうやって解いてますか?」

「アタシは傍線部が見えるとこまで読んでます。それから問題を見てます」

「私は、全部読んでから問題を見てます」


 ちなみに侑李は、美希と同じやり方だ。

 しかし内容がまったく頭に入らないので、もちろん問題など解けるわけがない。


「なるほど、分かりました。ではどうするのが正解か──。冠城くん♪」

「知らん」

「そう。『問題を先に見ること』です。さすが冠城先生!」


 何も言ってないんだが?

 七瀬のよく分からない行動に、侑李は当惑した。


「では問題です。わたしの家に来てすぐ、冠城くんは千尋さんに話しかけられて、何と言ったでしょうか?」

「えっ? えーっと……」

「確か……」


 なんとか答えを絞り出そうとする二人。

 侑李も自分の行動を省みる。千尋に話しかけられた後は……


「時間切れ。答えは存じ上げませんが。もしこの質問を知っていたら、きっと皆さん、冠城くんの動向を注視するはずです」

「てことは、もし私が『メイドさんのつけてたリボンの色は?』って最初に聞かれたら、メイドさんのリボンに目を向けるのと一緒ですか?」

「そういうこと。現代文や古文では必ず、問題の中にキーワードが隠されてます。それを先に知って、文章からそのキーワードと、それに関連したワードを探す」


 それが国語の鉄則です。

 そう言って七瀬はビシッと指を差した。

 やけに良い感じで決まってるから、少しムカつく。


「よし、これで授業は終わりだな──」

「先輩、邪魔しないでください」


 ここでいっそ切り上げてやろう。

 侑李は腰を上げて七瀬の元へ向かうが、するとそこで千尋が立ちはだかる。

 その姿はまるで、敵を威嚇する可愛いレッサーパンダのようだ。


「そうです。変態さんは指を舐め舐めしながら見ててください」


 続けて美希が野次を飛ばす。

 なんだよ、指を舐め舐めって。本当に変態じゃないか。


「そうですよ、冠城くん。今はわたしの授業ですから──」


 微笑みながらゆっくりと近づく七瀬。

 しかしその途中、ドレスの長い丈を踏んでしまい──


「あっ!」

「ふぇっ!?」

「どわっ!!」


 バランスを崩す七瀬。

 その拍子で、千尋の背中を押してしまった。


「……ってて。大丈夫か? いばら……ぎ……」

「………………ぃや」


 自分の手元を見て、侑李は青ざめた。

 どういう受け止め方をして、どうしてこうなったかは分からない。

 しかし今目に見えているのは、千尋の両胸に触れた自分の姿だった。


「いやぁぁぁぁ!!!!」

「違うんだ茨木! これは忌まわしき事故だ!!」

「うるさい痴漢男!! どうせ『忌まわしき事故』と書いて『ラッキースケベ』って心の中で書いてるくせに!!」

「だからこれは忌まわしき──」


「──最低」


 冷ややかな声が隣から聞こえ、侑李は恐る恐る振り向いた。

 すると横から、美希は凄まじい殺気を放つ。


「……死ねばいいのに」

「だから、これは事故なんだ!!」

「冠城さん、今からお仏壇見に行きませんか? アタシの知り合いに安く売ってくれるお店が──」

「待って! 殺す準備をしないで!!」


 こうなったら七瀬に助けを求めるしかない。

 しかし七瀬は、率先して美希をなだめに向かった。


「落ち着いて美希! 千尋ちゃんも! これはミスよ! 誰だってミスは起こしゃ──」


 だが焦った七瀬は、再びドレスの丈を踏んでしまい、


「……どうして」


 その拍子で、今度は七瀬の下敷きになり。

 顔面は見事(?)、大きな胸の谷間にすっぽりハマってしまった。


 それでは問題。

 この悲惨な状況における、侑李の心情を述べよ──。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『褒められると伸びる』教え子の後輩を褒めてみたら、いつの間にか好感度が爆伸びしていた 緒方 桃 @suou_chemical

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ