28限目 絶対王者は文句を言いたい

 あれから数日が経ち、七瀬ななせは宣言通りショッピングに出かけた。

 富裕層の七瀬にとっては新鮮な、数多の人でにぎわう京都河原町きょうとかわらまちだ。


 普通らしく。


 そんな言葉を使うのは気が引けるが、その日の七瀬にとっては、その言葉がお似合いだった。

 普通らしく皆と同じ席で流行の映画を見て、普通らしく手頃な価格のカフェでお茶をして──。

 いつもはピアノや琴を嗜むのだが、その日はなんとボウリングや『太鼓の〇人』にも挑戦した。

 そして侑李たちの家庭訪問に備えて、普通らしい洋服を求めて歩き回った。

 嫌みのように聞こえるかもしれないが、そのが七瀬にとってなのだ。


 もう一度言おう。西園寺七瀬さいおんじななせは普通だった。

 その日をと、高級なドレスを購入したことを除けば……。



 〇



 約束の日が訪れた。

 侑李は千尋と美希を連れて、七瀬邸まで足を運んだ。


「ここが、七瀬の家か……」


 学校の面積に劣らないほど広大な敷地に、侑李はたじろいだ。

 中では三つの噴水が出迎え、ベルサイユ宮殿を彷彿とさせる荘厳なお屋敷が待ち構える。

 さすが西園寺家のお嬢様。これが『金の暴力』というものか。

 きっと庭だけでも売り払えば、世界中の貧しい子どもたちの大半に学習環境を提供できるだろう。はよ売れ。


「怖い顔して、何を良からぬ事を考えてるんですか」

「良からぬ事? バカ言え。僕は世界中の子どもたちを救える可能性を見いだして──」

「千尋、行こ」

「うん」

「おい、先生の話は最後まで聞きなさい」


 まだしつけが足りないようだな。

 自分を置いた千尋と美希に追いつくべく、早足で歩いた。


 屋敷に入ってからは、七瀬ではなく、メイド服姿の世話人に案内された。

 きっとこの子を雇わなければ、木造の学校を一つ作れるだろう。青空教室とはおさらばだ。


「こちらが、七瀬お嬢様のお部屋でございます」

「「ありがとうございます」」

「助かった、ありがとう」

「いえ、これが私の務めですので!」


 そう言って世話人はえっへん、と胸を張った。

 随分と頑張り屋な可愛いメイドだ。

 きっと貧しい子どもたちは「頑張って!」と彼女に笑顔を向けてくれるだろう。前言撤回だ。


「お嬢様~。お友達の皆さんがお見えになりましたよ~」

「(おとも……えへへへ……)」

「お嬢様ぁ~?」

「あらごめんなさい。聞こえなかったのでもう一度言ってくださる?」

「お友達がお見えになりましたよ~」


 今さっき扉の向こうから聞いたことのない笑い声が聞こえたが、気のせいだろうか。

 侑李以外の誰もが聞き取っていないらしいので、気のせいということにした。


「皆様、お待ちしておりましたわ♪」

「な、七瀬、何だその格好は……」


 初めて見る七瀬の私服姿に、侑李はけしからんと怒気を露わにした。

 七瀬が身にまとうのは、きらびやかな黄色いドレス。

 生地を見るからに、間違いなく一般市民が触れることのない、高額なお召し物だろう。

 そんなものを買う金があるなら、ユニセフに募金しやがれ。

 そう言ってやりたい侑李だったが……。


「あらあら、わたし自慢のドレスの美しさに、声も発せられないのね?」

「……っ」

「それとも……。ふふっ、やっぱり冠城くんってピュアで可愛いのね?」


 言おうとしていることは分かる。

 だが断じて、普段以上に高い露出度と、誇張された胸元に心を揺さぶられているわけではない。断じて、だ。


「……むぅ」

「どうした?茨木」

「先輩、そんなキモい顔して固まってないで、早く授業を始めてください」

「キモい、って……」


 横に立っていた千尋が、明らかに不機嫌な様子で七瀬の部屋に入っていった。

 どうやら、時間の無駄だと怒ってらっしゃるようだ。

 ……でも、先生に『キモい』はないだろ。

 絶対王者こと、冠城侑李のメンタルは、女子高生の一言で大きく傷ついた。



【後書き】


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