27限目 永代女王(エターナルクイーン)は『初めて』に挑む

 永代女王エターナルクイーン──それは、侑李ゆうりたちの通う洛北らくほく高校で"女王"として君臨し続けた『西園寺さいおんじ家』に与えられた、名誉ある称号である。


 その西園寺家の末っ子、七瀬ななせもまた女王としてティアラを守り続けたのだが、未だに侑李から王冠を奪ったことがない。

 現代文であのクソみたいな解答を放つ侑李に、だ。


 もちろん七瀬にとっては屈辱だ。

 だからこそ、勝利を渇望する西園寺家の末っ子として、今回申し込んだ教え子同士の勝負には絶対に勝ちたい。


 ……だが、そんなの今はどうでもいい。


「あああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 西園寺七瀬、絶叫。

 ベッドの上で、彼女は足を激しくバタバタさせた。


「お嬢様!? 大丈夫ですか!!?」


 七瀬の異変に気づいたメイドが部屋に駆けつける。

 普段から冷静沈着な七瀬からは想像もつかない姿を目の当たりにしたメイドの顔は真っ青だ。


「放っておきなさい。あれは近づいたらヤバいやつだわ」

「きっと冠城侑李かぶらぎゆうりから何か嬉しいことを言われて、頭がおかしくなったのでしょう」

「そんなことより姉さんたち、私のパンツを返してくれませんか」


 荒れ狂う末っ子を見て、西園寺家の三姉妹が呆れた様子を見せる。

 彼女たちは七瀬と違って、洛北高校で三年間、王者として君臨し続けた存在だ。

 だから侑李から王冠を奪い取れない七瀬を『落ちこぼれ』だと思っていた時期はあったのだが、


(((ダメだアイツ。頭ん中お花畑だ……)))


 三姉妹は絶望していた。

 別の意味で……。



 〇



「かかかっ、かぶっ、冠城くんがぁぁぁぁ……」


 送られた一通のメールを見てから、七瀬の顔はトマトのように真っ赤に染まっていた。


 ──お前との勉強会だが、良ければ七瀬の家でやってもいいか?


「いい! いいわよ! いいに決まってるじゃないの!!」


 息を荒らげながら、サムズアップの絵文字を連打する。

 しかしこのまま送信すれば、甚だ迷惑だろう。

 七瀬は呼吸を整えて、絵文字を全て消した。


「……でも、どうしましょう」


 冷静になった途端、一気に不安が押し寄せる。

 なんせ七瀬は、異性を家に招いたことがないのだ。


「えっ、どうしよう。ホントにどうしましょう!?」


 どういう風に出迎えればいいのだろう。

 当日はどんなお洋服を着よう? ドレス? それともカジュアルな私服?

 失敗の許されない西園寺家の娘に生まれたからこそ、侑李の前で失態を犯したくないからこそ、七瀬にプレッシャーが差し迫る。


「あっそうだ。お姉様ー! お姉様ー!!」


 七瀬は大声で三姉妹を呼んだ。

 彼女たちは文武両道を極めただけでなく、恋愛も完璧だ。

 昔から姉たちが彼氏を家に招く姿は何度も見てきた。

 だからこそ助けを求めたのだが──。


『ピロリン♪』


 ここで着信音が響いた。


『ごめん。今のアンタと話したくない』


「なんでなのよぉぉぉぉ!!!!!!!」


 七瀬は激怒。枕にケータイを投げつけて、そのままボフッと顔をうずめた。


「いいもん。こんなの、慣れっ子だもーん」


 そして、いじけた。

 姉たちに距離を置かれたことが何度もあったせいか、七瀬は本格的にねた。

 だが、こんなことをしてても解決策は出ない。

 七瀬はケータイを手に取って、耳元に持っていった。


「もしもし美希、助けて」

『先生?どうしたんですか!? 声がかすれてますけど??』

「……別に、泣いてないもん」

『(泣いてたんだ……)』

「そんなことより、助けて美希!!」


 今の七瀬は、海で溺れた状態も同然だ。

 ということで教え子にSOSを求めた。


「美希あなた、異性との交際経験はおありですか?」

「えっ、それって……。えぇぇぇ!?」

「ちっ、違いましゅ!!」


 早速恋バナだと嗅ぎつけた美希は桃色の叫び声を上げる。

 もちろん違うと、懸命に否定する七瀬。


「……これはその、ウチのメイドのお話です」

『あぁ、メイドさんのですか』

「そっ、そうよ! あの子が『男の子を家に呼ぶのが初めてで〜』と言うので、頼れるお姉さんのわたしが助け舟を渡そうと──」

『それなら自分の意見を言うべきでは?』

「うぐっ……」


 いきなりのド正論に、何も言えない。

 けれどめげずに、七瀬は続ける。


「そっ、そこは教え子の意見も聞いてみたいなーなんて。それで、異性との交際経験はあるのですか!?」

『あぁ、ありますよー』

「……そうですか」


 あまりにも気軽に答える教え子に、七瀬はショックを受けた。

 これが、敗北……。


『と言っても、中学の頃の話ですけどねー』

「ちゅっ、中学!?」

『えっ、そこ西園寺先生が驚くことですか?』

「……おほん。失礼。まさかあなたみたいなのが中学の頃に彼氏が出来るだなんて思ってもなかったので」

『先生、切ってもいいですか』

「待って! ごめんね! ごめんね!!」


 パニックになってとんでもない失言をした七瀬。

 咄嗟に謝ると、美希は一つため息を吐いて答えた。


『……西園寺先生なら大丈夫ですよ。いつも通り、堂々としてればいいですよ』

「えっ?」

『こういうのは肩肘張らずに、学校で彼に見せるようないつも通りを徹底すればいいんですよ。服装だって、直感で選べばいい。それが絶対に正解だと思いますから』

「……美希ぃ」

『あっすみません間違えました。メイドさんにそうお伝えください』

「分かったわ。ありがとう」


 そう言って通話を切ろうとすると、


『あっ、待ってください先生!』

「何?」

『……頑張ってください』

「えっ?」

『あっ、えーっと、千尋に文系科目教えるんですよね! それを頑張ってくださいって意味です!!』

「ふふっ、ありがと」

『あと、テキトーに教えたら許しませんからね? アタシ、正々堂々と千尋と戦いたいので』


 燃え上がる教え子の様子が伺えて、七瀬は嬉しさで頬を緩ませた。

 懸命に、本気で、一筋で頑張れる。

 そんな美希は、自分を勇気付けてくれるから好きだ。

 教師たるもの、生徒に与えてばかりというものだと思っていたが、案外そうでも無い。

 生徒から何かを得られることもあるのだと、七瀬は気付かされた。


「(よし、頑張ろ)」

『先生?』

「ううん、なんでもない。ただの独り言よ。それじゃあおやすみなさい」

『はい、おやすみなさい』


 通話が切れた。

 そして、張り詰めた緊張の糸もプツンと切れた。

 今の七瀬は身体が軽い。頭も軽い。


「さて、明日はショッピングにでも行こうかしら♪」


 さっきまでの不安もプレッシャーも何処吹く風。

 七瀬は好調な様子で、ベッドにボフッと背中を預けた。



(あとがき)タイトル、試しに元に戻してみました。

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