26限目 絶対王者はメールで頼む

「なるほど。つまり僕が代わりに、煌星きらほしさんに理系科目を教えろと?」

「そう。じゃないと不平等でしょ?」


 七瀬ななせが得意な文系科目を千尋ちひろに教える代わりに、侑李ゆうりが得意な理系科目を美希みきに教える。

 確かにこの条件は平等であり、実に効率が良い。


「それはいいのだが……。どうも煌星さんと相性が合わないというか……」

「アタシもナンパ男に教えてもらいたくないです」

「煌星さん、いつからそこに!?」


 振り向くと美希があからさまな仏頂面を貼り付けていた。


「先生困ります! ただでさえこのナンパ男とは距離を置きたいのに。それに先生がこの人に理系科目を任せる必要なんてありません!!」

「なんだと……」


 侑李に理系科目を任せる必要はない。

 つまりそれは美希にとって、七瀬の授業は満足のいくものであることの証明であった。

 こっちは千尋に怒られてばかりなのに……。


「ふふっ。まさかわたしが理系科目を教えられないとでも? ご心配なく。冠城かぶらぎくんには及びませんが、美希を満足させられるくらいには教えられますわ?」

「くそっ。何たる屈辱……」

「それに比べてあなたの現代文は……。ふふふふっ……ダメっ……、思い出しただけで……」

「やめろ! 思い出すな七瀬!!」


 間違いなく、侑李が出した伝説級の珍解答を思い出したのだろう。侑李にとっては一生の汚点。黒歴史だ。


「じゃあ美希のことを考慮して、冠城くんが美希に理系科目を教えることは無しとします。……だから、その代わりに……」


 そう断言し、次の言葉を出そうとする七瀬だが、もじもじし始めて先に進まない。


「どうした? トイレか?」

「違いましゅ!!!」

「じゃあ何なんだ」

「……うぅっ。やはり今はいいです」


 溜めた挙句、何も言わない。

 それに侑李は、なんだそりゃ、とうんざりして息を吐き、七瀬も何故か息を大きく吐いた。


「しかし、何も無し、は無しだぞ。等価交換だ。でないと腑に落ちないからな」

「分かってます。また後日、お伝えしますわ。それでよろしい?」

「……あぁ」


 結局期末テストに向けた授業は、七瀬が千尋に、侑李の苦手科目を教えるだけという、一方的に有利な条件で進むことになった。

 そうでもしないと七瀬に勝てない、と思われたのは癪だが、事実なので唇を噛み締めて了承した。


「ところで先生」


 ここで美希が挙手をした。


「先生が千尋に勉強を教えるのはいいんですけど。それってどこでやるんですか?」

「そりゃ決まってるだろ」

「えぇ、もちろん」


「茨木の家だろ」

「千尋さんの家でしょ」



 〇



「困ります!!」

「……だよな」


 千尋の家に七瀬と美希を招く。

 それを告げると早々、侑李は千尋に怒鳴られた。


「私、一人暮らしなんですよ? この部屋に四人も入ると思ったんですか? バカなんですか??」

「……悪い」


 四人くらいはいけると思った。

 しかし実際、かなり窮屈になると、今千尋の家にいて分かった。


「お願いですから、他をお願いします」

「じゃあ、煌星さんの家に入れるように、頼んでくれないか?」

「なんで人任せなんですか。自分で頼んでください」

「うっ……」


 どうせ美希に頼んでも、ナンパ男を家に入れたくない、の一点張りだろう。そもそも話しかけることすらできないだろう。

 ……となれば。


「分かった」


 侑李はスマホを取り出し、メール画面を開く。


「何やってるんですか」

「七瀬にメールを送るんだよ。お前の家に行きたいって」

「……ふーん」


 そう言って、千尋は目線を外す。


「なんだよ」

「別に、なんでもないです」


 興味無し、と言ったところか。

 そんな千尋を置いて、侑李は淡々とメッセージを打ち込んだ。

 今までならば、異性の家に行きたいなど、軽く言えなかったであろう。

 しかし緊張は微塵も感じず、むしろこれは必要なことだという気持ちからか、何の抵抗もない。


 相手が七瀬のような、気の許せる存在だからか。

 それとも千尋の家に訪れた機会があったから、異性の家に行くことへのハードルが無くなったからか。


「……よし。じゃあ授業を始めるぞ」


 メールを送信し、侑李は普段通り授業を進行させた。

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