25限目 絶対王者は〇〇〇する

 二人の勝負が成立した日の夜、侑李は明日から施行する次のテストに向けてのカリキュラムを組んでいた。

 ちなみに千尋と美希の属する『インテグラルコース』の二年生は昨日、中間テストが終わったばかりで、結果発表は一週間後となる。


 けれど生徒の結果が発表されるまで何もしないで待っているのはよろしくない。

 侑李は『打倒! 七瀬』と『二人の生徒の成績向上』を目指し、ペンを進めた。


 ……だが、ここで一つ大きな壁が立ちはだかる。


「……っ。アイツぅぅぅ」


 侑李は気づいた。

 絶対に、七瀬には勝てないと。

 意図的かは分からないが、七瀬が圧倒的に有利な条件を揃えていることを。

 そう言える理由──それは、千尋と美希が文系であることだ。


「くそっ、こんなの勝てるわけないじゃないか……」


 千尋が文系であること。理系の自分との相性が良いとは言えないこと。

 そんなことは百も承知ではあった。

 けれど今までは、誰かと勝負をするなんて考えておらず。

 むしろ文系科目よりも、英語と数学を徹底することが重要だったため、千尋が文系の生徒であることを考える余地は無かった。


 けれど今、時間がある。

 クリアすべき課題も多くなる。

 つまり、侑李が苦手、または未履修の文系科目にも手をつけなければならない。


「未履修の生物はともかく……、現代文なんて教えられんぞ!!」


 絶対王者こと、冠城侑李は国語が大の苦手。

 現代文で平均点を超えたことは数少なく。記述問題では様々な珍解答を繰り出したことがある。


 たとえば──。


『下線部①について、Aくんはどのような気持ちか? 五十文字以上で述べよ』


 解答:悲しい。(四文字)


『本文について、作者が述べたかったことをまとめよ』


 解答:そんな愚問を学生に出題して、何の意味がある?

 知っているぞ、この問題を。現代文の闇を。

 聞くところ、作者自身がこの問題に正解できないらしいではないか。

 作者はその文章を書いてくださった神様だぞ。作者様の解答が正解に違いない。

 それを『不正解』と採点するクソ添削。そんな愚人に、我々のような神様にも及ばぬ学生が正解するなど不可能。

 もしその愚問を正解できた学生がいたら、是非問いたい。

 貴様、一体どのような汚い手を使ったんだ。


 ちなみに当時、このような愚かな解答を記した侑李は職員室に呼び出され、国語の先生と大喧嘩をした。結果はもちろん、先生の勝ちである。


 ──閑話休題。


「いや、マジでどうしよ……」


 侑李は頭を抱えた。

 思い浮かぶのは、最悪な結末ばかり。

 デタラメな教え方で千尋に罵倒される未来。七瀬に嘲笑われる未来。

 そして、千尋が「やっぱり文系の七瀬さんがいい」と言って、侑李の元から離れていく未来……。


「ちくしょおおおぉぉぉぉぉ!!!!!」


 今まで七瀬相手に苦戦したこと無かったのに。テストの合計点では一度も負けたことが無かったのに。

 ……まさか、教育者として敗北を喫してしまうのか。

 理系だから、文系に有利な条件で負けるのは仕方ないと割り切ることができない侑李。

 彼の辞書に『仕方ない』の文字はない。

 それくらい、彼は負けず嫌いなのだ。


「……こうなったら」


 七瀬に勝つためなら手段は選ばない。

 敗因を『仕方ない』で片付けたくない。

 何が絶対王者だ。何が絶対に王冠を手放さない、だ。

 そんなの、クソ喰らえだ!!


 玉座から離れない王様は、玉座から腰を上げる。

 これは、永代女王エターナルクイーンに玉座を譲るのではない。

 ただ、

 そして彼は翌日、永代女王の前で──



 〇



「頼む! ウチの生徒に文系科目を教えてあげてくれ!!」


 絶対王者、土下座。誇りをかなぐり捨てた、土下座。

 綺麗な背中の反り具合。王者としてのプライドを微塵も感じさせない、地に頭をつける姿。

 玉座から降りた王様が頭を下げる光景を見せられて、さぞかし女王様はご機嫌な様子で嘲笑って……


「……かっ、冠城、くん?」


 永代女王……、ドン引き。

 この瞬間、侑李の完全敗北が決定した。


「あの、頭上げてもらってもいいですか?」

「頼む! やはりキミとは、対等な条件で戦いたいんだ!!」

「分かりました! 分かりましたから!! 土下座しながら大声を上げないでください!!」


 プライド。理性。七瀬が抱く侑李のイメージ、などなど。

 失ったものは様々で、どれも大きい。

 しかし侑李は、勇気ある(笑)土下座で要望を無理やり叶えることに成功した。


 ──もちろん、条件つきで。

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