10限目 紅薔薇の令嬢は素直になる

 紅薔薇の令嬢こと、茨木千尋いばらぎちひろは褒められたい、とは言ってない。


「こんにちは、冠城かぶらぎ先輩」

「おう、遅かったな」


 だが彼女は付箋の貼られた単語帳を手に持ちながら、侑李の待つ教室へ入った。これはもう侑李の言う事に従ったから褒めてください、とアピールしているに他ならない。


「…………」

「……どうした、入るなり立ち止まって?」

「えっ……」


 しかしこの男、鈍感極まれりか。彼女の変化に一切触れて来ない。


「あの、先輩」


 それでもめげずにアピールを止めない千尋。

 何故、気づかないんだ!?と動揺しているが、いつも通りの口調で平然を保つ。


「どうした?」

「えっと……、何か気づきませんか?」


 その質問に対して、侑李はボソッと呟く。


「(これってアレだよな? 女の子がイメチェンしたときに聞くテンプレ質問だよな?)」


 ……違う、そうじゃない。

 それでも千尋の髪、服装、などを見回す侑李に、千尋は何も言わなかった。

 むしろ呆れていた。単語帳の付箋に目を向けないことに……。

 気づかない侑李は、それっぽい答えを連投してみせた。


「……髪切った?」

「いいえ」

「カーディガンの色変わった?」

「いいえ。ピンクのままですが」


 もちろん、的中せず。

 一向に正解を見つけ出してくれそうにない侑李。終いに痺れを切らした千尋は、


「じゃあ、リボンの──」

「リボンなら二年生なので水色のままですけど!?」


 ブチ切れた。


 ──なんで外見ばっかり! そもそも単語帳を手に持ってる地点でおかしいと思ってくださいよ! バーカ!!!


 そして心の中でボコボコに罵倒する。

 なんせ千尋は短気。

 そんな彼女が鈍感野郎を相手にすると、こうなるのだ。


「はぁ……、じゃあ、ヒントです」


 それでも折れない千尋。一つ溜め息を吐いて言う。


「外見の変化じゃないです」

「外見の変化じゃない、かぁ……。まさか!?」

「ふぇっ!!?」


 これが正解かもしれないと思った侑李は、椅子から立ち上がってスタスタと千尋の元へ駆け寄った。


 ──ちょっ、なに? なに!?


 突然の彼の不可解な行動に動揺する千尋。

 そんな彼女の様子には目を向けず、侑李は少し鼻をピクピクさせてから、眉をひそめた。


「……いつも通りだ」

「なっ、なにやってるんですか!?」

「えっ? いやぁ、香水とかシャンプーとか変えたのかなーって」

「怖っ。なんでそんな発想に至るんですか……」


 あまりにも突然の行動に、千尋は驚きながらもドン引く。

 そりゃ侑李がいきなり迫って来たと思いきや、匂いを嗅ぎ出すのだ。

 女子としてはもう、気持ち悪いとしか言えないだろう。


 けれど、侑李は別に好んでそんなことをする変態とか、匂いフェチなどでは無いみたいで。

 侑李は平然とした様子で理由を説明した。


「いやぁ、うちの妹もそういう類の質問してくるんだけどさ。たいてい答えが『香水を変えた』とか『新しいシャンプー使った』とかなんだよ。だからてっきり、茨木もそうなのかなって」

「なんなんですか、あなたの妹さんは……」


 紅薔薇の令嬢、二度目のドン引き。

 千尋にとっての侑李と、彼の妹に抱くイメージに泥がついた。


 ……そんなことより──


「……あの、ところで、いつまでこの体勢なんですか?」

「ん? ……あぁ、悪い!!」


 千尋の言葉に、妹ではない異性に近づいていることを意識した侑李は頬を赤く染めてサッと後ろに下がった。


 そこで、ようやく気づく。


「……あっ」


 千尋の単語帳と、側面に貼られた数枚のカラフルな付箋の存在に。


「キミ、それって?」

「……やっと気づいたんですか」

「あぁ。てか、無理じゃね? いくらなんでも難易度高くね?」

「……うるさい」

「すみません」

「あっ、あと、これ……」


 千尋は単語帳に折りたたんで挟んでいた一枚の紙を取りだした──今日の単語テストだ。

 たかぶる気持ちを抑えるべく、千尋はゆっくりと控えめに紙を広げた。


「おぉ、満点だ」

「まっ、まぁ、今回はたまたま簡単だっただけで。たかが一回の満点ごときで、なんというか……」


 本当は褒められたい。自分の頑張りを認めてもらいたい。

 けれどそれを素直に口にできない千尋はつい、いつものように強がってしまった。


「なにを言ってるんだ?」


 そんな彼女に、侑李は単語帳を取り上げて言った。


「わからない単語に付箋貼って、本がヨレヨレになるくらい覚えるまで見直してまで出した結果なんだから、もう少し喜んだらどうだ?」

「そ、それは……」


 侑李の言葉に、戸惑いを覚えた。

 別に褒められたという訳でもない。というか、説教されてるようで。

 ……だけど、凄く優しい叱り声だ。


「茨木」

「はい?」

「確かに、自分に厳しいのはいいことだ。でもな──」


 そんな彼女に向けて、柔らかな表情を浮かべながら侑李は言った。


「自分の頑張りを認めて、損することは無いと思うぞ?」

「そっ、それは……」


「茨木、キミはよく頑張ったと思うよ」


 ここで侑李は自然な流れで、千尋の頭に手を伸ばそうとする。

 しかし……。

 千尋の頭まで残り一センチも無い距離で、ピタッと手を止めた。


「……どうしたん、ですか?」

「あー…………」


 そして、滅入った表情を浮かべた。


「冠城先輩?」

「いや、よくよく考えたら僕が昨日取った行動……、なんか気持ち悪いよなって思って」

「えっ?」

「だっ、だってよく考えてみな? 僕たちまだ知り合って一週間も経ってないんだぞ? そんな僕がキミにあんなことしたんだよ? 純粋に考えたらキモいだろ……」

「えっ、いや、そんなことは……」


 昨日のことを思い出して、落ち込み始めた侑李を、千尋は侑李の考えを否定して慰めるが……。


 ──何この人! 今更逃げるつもりなの!? この卑怯者!!


 内心では、侑李の言葉がチキン野郎の言い逃れに聞こえたみたいで、かなりご立腹。


 ──あーもう、わかりましたよ! 言ってやりますよ!!


「あのっ!!」


 そして、ついに吹っ切れた千尋はあからさまな仏頂面を見せながら侑李に声をかける、が……


「べっ、別に私、気持ち悪いとか思ってないですから! その、頭を……ポッ、ポポポッ……」


 ……言えない。


「えっ、何? ハトのものまね?」

「ちっ、違います!!!」


 顔を真っ赤にして千尋は声を上げると、気を取り直してから言う。さっきの強い勢いとは裏腹の、消え入りそうな弱い声で、


「……か、冠城先輩なら、たまにはあぁやって褒められるのも悪くないかなって」

「おっ、おぉ、そうか」


 ──い、言えたぁ……。


 勇気を出して、言いにくい言葉をなんとか絞り出し、千尋は安堵した。


「じゃあ、たまに、なら……」


 その結果、そこまで言うなら……、と侑李は千尋から目を背けて頬を掻いた。


 茨木千尋は褒められたい、とは言ってない。


 これは単なる強がりで、千尋らしい照れ隠しに過ぎなかった。



 〇



 授業が終わって、千尋に別れを告げてから侑李は一人で教室に残っていた。

 こんなにも静かな空間が使えるのだ。夜の八時までは使用許可が出ている。

 ということで侑李は一人で残って自分の勉強場所として今いる空間を使っていた。


 そんな中、ふと思う。


 ──あの子は本当に、褒められて伸びるタイプなのかもしれない。


 元々、人を褒めることに良いイメージを持たない侑李だが、実際に十点満点の単語テストで不合格の七点以下が続いた千尋が満点を取っていた。

 未だに信じられないが、一先ずは様子見をしよう。それで結果が出れば継続、する……ということで…………。


 ──うっ……、でもやっぱり、恥ずかしいんだよな……。いやいや、気にしたら負けだ。


 全ては、教え子の成績のため。自然に、自然にやるんだ。

 そう言い聞かせる侑李だが、どうやら今後、しばらくは苦戦しそうだ。



【あとがき】


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p.s.ニジガクのかすみんをすこれ。

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