20限目 近所のおばさんは泣く

「それじゃあ、ここでしばらく待ってもらっても良いですか?」

「ん? あぁ」


 千尋が住むマンションの一室に着くと早速そう言って、彼女は家の中へ。対する侑李は家の前で待機を命じられた。


 そんな中、同じ階に住む住人だろうか。侑李にとっては母親くらいの歳の差の女性に話しかけられた。


「あら、千尋ちゃんに何か用事?」

「はい。今から茨木いばらぎさんの家で勉強を──」

「えっ、今なんて?」

「……だから、今から茨木さんの家で……、って、大丈夫ですか?」


 ──えっ、泣いてる!?


「……うぅ、ごめんなさい。まさか千尋ちゃんが。ここに越して来てから誰も家に招かなかったのに……」

「まぁ、そうでしょうね……」


 そりゃ高校から家までの距離が遠すぎるから、同じ学校の生徒なんて呼びづらいだろう。


「それなのに、まさかのお客さんが男の人だなんてぇぇぇ」

「えぇ……」


 そんな中で異性が来たのが余程嬉しかったのか、その人は我が娘を祝福するかのようにおんおん泣き出した。

 かと思えば今度は侑李の肩を右手でポンと叩き、


「……頑張るんだよ?」

「えっ? あぁ、はい」

「あっ、あと言いにくいんだけどさ」


 そう言って、ボソリと小声で──


「……ゴム──」


「なに聞きだそうとしてるんですか!!!」


 すると顔を真っ赤にした千尋がドアを勢いよく開けて彼女の言葉を遮った。


「あら、余計なことだったかしら?」

「余計もなにも……。てか、勘違いしてるようで言いますけど──」

「はいはいわかったわかった。それじゃ、お邪魔虫は失礼しようかしら?」


 一体何を期待しているのか。彼女は顔をにやつかせて隣の部屋に入っていった。


「茨木、顔赤いけど。大丈夫か?」

「……ほっといてください」

「あっ、そういえばゴムなら持ってるぞ。持っとけってクラスメイトに言われたし」

「ちょっ、何言ってるんですか!?」

「……ほら」

「ばっ、バカ! こんなところで──」

「これ。何で持っとけって言われたか知らないけど」


 ポケットから取り出したのは……、赤いヘアゴムだった。二つ入りで132円。お手頃価格。


「…………」

「……茨木?」

「……はぁ。なんでもないです!」


 そう言ってガっとヘアゴムを受け取り、せっかくだからということでスカートのポケットの中に入れた。今すぐは使わないようだ。

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