21限目 絶対王者は呼ばれたい②
──こっ、ここが女の子の部屋か。
千尋の部屋に入った侑李。
興味は湧くばかりだが、舐め回すように見まいと、ぎこちなく首を動かして辺りを見渡した。
内装は全体的にシンプルで、ベッドやタンスの上に可愛らしいぬいぐるみが置いているだけ。
それでも侑李は今居る空間を『異性の部屋』と強く意識していて。緊張からか、部屋に入って一歩も動けないでいた。
だが、これでは先に進めない。
呼吸を整えて部屋に足を踏み入れた。
「……何も夢の舞台に上がるみたいなことしなくても」
「いや、今思えば夢の舞台みたいなもんだよ。例えるならば……、甲子園のマウンドに立った気分」
「規模大きすぎません!?」
「いやだって異性の部屋とか、妹の部屋しか入ったことないし。そもそも今まで、女子に話しかけられても『はい』か『いいえ』くらいしか返してなかったし」
「ウミガメのスープですか、先輩は……」
さて、とテーブル前に座り、侑李は勉強の準備を進めた。
続けて千尋も同じように勉強道具をカバンから取り出した。
中間テストまで残り一週間と二日。提出物などのやるべき事は両者とも終わらせている。
「あっ、そうだ茨木。何か他に問題集や参考書無いか?」
「他に、ですか?」
「ほら、もうやること無いだろ?」
「まぁ確かに」
それに、と侑李はやや早口になって続ける。
「志望校や点数などの目標、自分のレベルによってやり方は合わせるべきだからな。そのためのものだ。特に受験ともなると、学校の教材だけで事足りるもんじゃないからな」
「すみません。脳が拒絶反応を起こして、半分聞き取れませんでした」
「おいこら」
「でも、受験か……」
「どうした?」
少し千尋が顔を俯かせるので、侑李は話を止める。すると千尋は寂しげに先のことを思う。
「先輩って、三年生じゃないですか」
「あぁ、そうだな」
「それで私が来年、三年生になったら先輩は卒業するし」
「あー……」
卒業すればこの関係は終わりかもしれない。それでも──
「大丈夫だ。家庭教師としてなら来年もやってやる。京明大は通える範囲だからな」
「……ホントですか?」
「あぁ」
絶対王者こと、
今でもこの先が不安な千尋だ。受験前に彼女の教育係を辞めるとなれば、心配すぎて大学生活に身なんか入らないであろう。
その性格故もあり、侑李は失敗する可能性を恐れて基本準備は怠らないのだ。
「だから、その……、僕はいつまでもキミの先輩っていうわけじゃないというか……」
ここが好機か。しかしどうも気恥ずかしい……。
それでも侑李は頬を掻きながら、自分の"願い"を絞り出す。
「ぼっ、僕のことを……、せっ、先生と呼んでくれないだろうか?」
これは、侑李の長年の夢。
父親より優れた学校の先生になりたいという積年の思いの
まずはこの子の先生になりたい、と。
「……あの」
「すまん。ダメだよな?」
「はい、ダメです」
「うぐっ……」
しかし夢、儚く散りけり。
ショックで俯く侑李。
「いや、別に先生って呼ぶのが嫌ってわけじゃなくて!!」
しかし千尋の言う「ダメ」というのは、この状況では当然の返答だった。
「だって私が先輩を『
「あっ、そうか。……そうだよな」
校長が美希にバラしてしまったとはいえ、やはり二人の関係は内緒にすべきだ。
仕方ないと割り切る侑李だが、叶わぬ夢だということが受け止められず。
そんな落ち込む侑李に、千尋は言う。
「……でも、もし私たちの関係が口外できるようになれば。先輩のこと、先生って呼びます」
「ホントか?」
「はい。……だって冠城先輩は、私の教師なんですから」
「茨木……」
自分にとっての侑李は教師。
それが千尋の口から出るとは。まさか自分が先生と認められる日がこんなにも早く来るとは。
「ですが、せっかくだから……、その、一応、痴漢から助けてくれたお礼ということで──」
頬を紅く染めながら、千尋は一度だけ、侑李に向かってこう言った。
「こっ、これからもよろしくお願いします。冠城先生」
【後書き】
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