『褒められると伸びる』教え子の後輩を褒めてみたら、いつの間にか好感度が爆伸びしていた

緒方 桃

1限目 絶対王者は信じない

 ──この子は「褒められると伸びる子」なんです。


 高校三年のある日まで、冠城侑李かぶらぎゆうりはこの言葉が迷信だと思っていた。

 彼はずっと『褒められるとそこで満足して結果が出なくなる』と父に厳しく言われ、それが本当であると、17年生きてきた中で何度も知らされてきたのだ。


 褒められて伸びるタイプなんて存在しない。


 ただ気分が舞い上がっただけで、すぐに限界が訪れ、モチベーションが弛緩するに決まっている。

 長い間、侑李はそう考えてきた。


 ──すげーな、侑李! また学年一位じゃん!!


 小中学生の頃、侑李はテスト結果を友達に褒められると、次のテストで必ず首位から陥落し……


 ──また首位から落ちた? 気がたるんでるんじゃないのか??


 その度に父から叱られると、侑李はまた首位を奪還してきた。


 そんな感じで落ちては這い上がって、を繰り返していくうちに、侑李は気付かされる──自分に甘いから、褒められる度に油断するのではないだろうか?と。


 それ以降、彼は一切の自惚れを捨て、常に自分に厳しくストイックで有り続けた。


 そのストイックさはもはや病的で、雨に打たれようが風に吹かれようが、満員電車で巨乳のお姉さんに胸を押しつけられても一心不乱で英単語を暗記し続けたほど。

 彼が単語帳などの参考書を手放すのは授業中と「お兄ちゃん、ご飯食べながら単語帳を見るのは行儀が悪いよ」と妹に注意されたときだけである。


 その結果、高校入学の試験から高校三年になった今に至るまで、ずっと学年首位をキープし続けた。

 もちろん学校のテストに『殿堂入り』というシステムは無く、侑李が玉座から姿を消すことは一度たりとも無い。

 そして学業成績はおろか、勉強の質と量においても彼の上に立つ者は誰一人として存在しなかった。


 そんな侑李についた異名は『絶対王者』。

 絶対に玉座と王冠を手から離さない。いや、誰も彼からそれらを奪い取ることができない存在であったのだ。


 そして侑李は王者の地位を保ち続けて、改めて実感する──褒められても自惚れず、自分に厳しく有り続けることが大切だと。


 ……けれどそんな絶対王者はある日、出会ってしまったのだ。

 彼にとって不変の真理とも言える持論を覆す、反例と言える少女に──。



 〇



 私立洛北しりつらくほくすばる高校。

 京都屈指の名門進学校で、校内周辺にそびえるイチョウ並木が有名である。秋になると学校中が銀杏臭くて辛いのが痛手だ。


「えー、キミを呼び出した理由は他でもない」


 その学校に通う優等生の一人、冠城侑李が高校三年に進級してすぐのこと。突然、校長室に呼び出された。

 校長は優しく微笑んで言う。


「冠城くんに、京明大学けいめいだいがく教育学部への特別推薦を受けてもらおうと考えている」

「ほ、ホントですか!?」


 学年首位を取っても、模試で全国一位を取っても喜ばなかった侑李がこの日、初めてガッツポーズを見せた。

 今まで目指してきた目標に手が届いたのだ。余程の事が無ければ、どんな人間でも喜びをあらわにするだろう。


「まだ終わりじゃないよ?」


 そんな侑李に忘れてないかい?と問うように、校長は続けた。


「特別推薦を突破するための条件、受けてくれるよね?」

「はい、もちろんです」


 侑李は既に覚えていた──条件があることを。だがしかし、条件はまだ知らされていない。

 机に両肘を立てて、校長は話を続ける。


「実はこの学校には、京明大けいめいだい学長の娘さんがいるんだけどね。古くからの友人である彼からを受けているんだよ」

「依頼って?」


 侑李が怪訝な表情を浮かべると、校長は「それがね」と言って──


「娘さんの教育係を務めて欲しいとのことなんだが……」

「えっと、僕がですか!?」


 自らを指差し、にぱぁと笑って侑李は言った。驚くべき依頼を前に、かなり嬉しそうだ。


「そうなんだけど……、やけに驚かないんだね?」

「あっ、はい! 京明大教育学部に特別推薦で入るためならば、泥水をすすったり、世界平和のため謎の機体に乗せられてもいいと思うくらいの覚悟はできてたので!!!」

「えぇぇ……」

「それに──」


 優しく微笑みながら、侑李は言った。


「誰かに本気で勉強教えるの、一度やってみたかったんで!」


 小学校の頃から将来、学校の先生になることだったが夢だった侑李。

 しかし今までは自分の勉強に手一杯で、その上、妹に至っては侑李以上のハイスペックであるため、誰かに勉強を教える機会はほとんど無し。

 そのため『先生』と『生徒』みたく成績向上のために二人三脚で走ることへの憧れが増す一方であった。


「……そうか、なら良かった。話の飲み込みが早くて助かるよ」

「こちらこそ、こんな素晴らしい機会をありがとうございます」


 こうして学業成績優秀かつ、校長の頼みにお礼まで言って受ける完璧な生徒っぷりを見せる侑李。

 だが彼はまだ知らなかった。ここから彼にとって苦悩の日々が続くことを──。


「おっ、来たね」


 校長室の扉を、コンコンとノックする音が聞こえた。


「入りたまえ」


 校長に促され、大きな扉がゆっくりと開く。


「失礼します」


 扉の向こうから現れたのは、背中の真ん中までまっすぐ伸びた赤髪の女の子。

 体型はスラッとしていて、身長は175センチ近くある侑李の肩にギリギリ届くくらい。

 そして気が強く真面目。だけど何者も近づけないような棘棘とげとげしい内面が、キリッとした目付きと表情にあらわになっている。


「紹介するよ。彼女がキミの教え子になる──」


「あっ」

「あっ」


 そんな彼女と侑李が会うのは、実はこの日が初めてではなかった。

 お互いが目を合わせ、声を上げるくらい驚いた。


「キッ、キミ、あの時の……」


 侑李は震えながら彼女に指を差す。

 指を差された少女は顔を俯かせて、身体をむずむずさせた。


 ヤバい、こんなところであの子と出会うだなんて……!!


 侑李の額から汗が滲み出る。さっきの驚くべき依頼には一切の動揺を見せなかったのに。

 というのも──


「ど、どうして……」


 今度は少女が侑李に指を向け、叫ぶ。


「どうして、私のお尻を触ったあなたがここにいるんですか!?」

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