18限目 絶対王者は教わる

「なぁ、伊織いおり

『なんだ、珍しいなこんな夜遅くに。妹の話か? それとも新キャラか?』

「後者だ」


 晩飯を食べた後、侑李ゆうりは伊織に再びアドバイスを求めるべく通話していた。

 今度は愛する妹のことではない、と伝えて。


『その声のトーン……。本当みたいだな』

「どの声だよ」

『至って真剣な真顔で言ってそうな、大好きな妹への雑念が全く感じられない声だ』

「……どんなのかよく分からんが、本当だ」

『よろしい』


 それだけ言って、伊織は本題に移るべく話を進めた。


『それで? 今度は何だ?』

「あのさ……、お、女の子の家に入る時ってどうすればいいんだ?」

『あー、なんだそんなことかー。そうだなぁ、女の子の家に……、って、ええっ!!?』


 平然とした様子で答えようとしたが、あまり相談内容が侑李らしく無く。伊織は声を荒らげて問い詰めた。


『おい! どういうことだ、お前!! 歳下の女の子って、彼女か!? ついにお前も俺みたいに──』

「待て! 違う!! あと、キミと一緒にだけはしないでくれ!!」

『じゃあ何だよ!? お前を家に呼ぶ異性って、彼女じゃなきゃ何なんだよ!!』


 今朝、校長に言ったように──仲のいい男女関係です、なんて言葉は通用しない。

 仲のいい友達の家に行くくらい至極当たり前なのだが、その友達が異性とわかればすぐこのザマだ。

 特に霧谷伊織きりがやいおりはそういう話にグイグイ食いついてくる。

 もういっそ、この男にも秘密を教えてやりたいと、侑李は思ったのだが、


「……別に、何でもいいだろ?」


 とりあえず、強引に押し切った。


『……怪しい』


 それでも伊織が食い下がるので、冷めた声で侑李は脅しをかけた。


「これ以上探るようなら縁を切るぞ」

『そ、そこまでしなくても!』

「いつかは教えてやるから。とりあえず詮索は無しだ。いいな?」

『……そこまで言うならわかった。悪かった。でも希望がありそうだから、俺の中では「ワンチャン脈アリ少女」と称させてくれ』

「勝手にしろ。それで、僕はどうすればいいか教えてくれないか? 恋愛マスターさんよ」


 伊織の言葉を軽く受け流し、本題へ。

 軽薄な見た目な伊織だが、女性との付き合いはしっかりしている。


『れ、恋愛マスター? この俺が!? いやぁ褒めるのが得意だなぁ。お前のそういうところに好感持てるんだよなぁ~』


 侑李からのお褒めの言葉に伊織のニヤニヤが止まらない。

 その上機嫌を保ったまま、伊織は侑李にアドバイスをしようとした。


『まずはだなぁ……』

「待った。メモを取らせてくれ」

『……って、ガチかよ』

「大事なことにはメモをとれ、と習わなかったのか? ロリコン」

『いや、そうだけどよ……。てか、ロリコンは関係無いだろ! このシス──』

「そういうのいいから。早く本題に移ろう」

『ぐっ……、ムカつく。これだからこのシスコンはぁ……』


 あーもうわかったよ、と言って、伊織はウンザリしながらも話してくれた。


『いいか? まずは褒めろ。お世辞じゃないぞ? 部屋に入ってから何でもいいからマジで褒めろ??』

「……褒める、か。やはり有効な一手なのか?」

『もちろん。人間、褒められると嬉しいもんだからな。まぁ、その辺お前がどう思ってるか知らんけど』


 きっぱりと言い張る伊織の言葉を信じて、侑李は伊織の言葉を信じてメモをとった。

 ちなみに褒められない環境に浸ってきた侑李は完全に納得していないため、伊織のアドバイスはまるで、法則性のないものを覚えるようなものだ。


『あと、挙動不審になるな。興味が湧く気持ちはわかるが、落ち着け。相手によってはドン引きされるぞ?』

「ドン引きされる、か……」


 ──あの、先輩。舐め回すように私の部屋眺めるの止めてくれませんか? 正直言ってキモいです。


「……確かに」


 千尋の言いそうなセリフが頭に浮かび、侑李はすぐに納得。またメモ帳に書き記した。


「それくらいか?」

『ちょっと待て。話は最後まで聞けシスコン』


 メモをしまって通話を切ろうとした侑李を止めて、少し間を空けてから伊織は小声で言った。


『……一応、持っとけ』

「……アレ?」

『ほら、駅近くのコンビニに売ってるだろ?』

「よくわからんな。名前は分からないのか?」

『あーもう言わせんなよ!!』


 伊織の言いたいことが全く分からない侑李。

 そんな怪訝な表情を浮かべる彼に、伊織を頬を掻きながら、


『……ゴムだよ、ゴム。分かるだろ?』

「……ゴム?どのゴムだ?材質は?強度は?どのような高分子材料を──」

『あーもう黙れ!コンビニに売ってるゴム!!それだけで分かれや!!』


 女の子、茨木千尋、ゴム、コンビニで売ってる……ん? アレのことか?

 何かわかったようだが、侑李は訝しげな表情を浮かべならこう言った。


「……あっ、あぁわかった。ありがとうな」

『おっ、おう?』


 翌日、納得できない中、侑李はコンビニで赤いヘアゴムを購入した。

 税込132円。お手頃価格だった。

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