23限目 絶対王者は勝負を受ける

「……うっ」

「目覚めたか、七瀬ななせ!」


 絶対王者こと、冠城侑李は極度の心配性である。

 昼休みになって、こうして保健室に訪れたのだが、それまでの間、倒れた七瀬のことばかりを考えて頭が回らなかった。


「……ここは……。って、冠城くん!? どどっ、どうしてあなたがここに!??」

「キミがいきなり倒れたからな。心配になって保健室に駆けつけたんだよ」

「そそっ、そんなの必要ありませんのに!!」

「仕方ないだろ! キミが無事であることを確認しないと、何も集中できないんだよ!! おかげで昼休みまで、ずっとキミのことばかり考えてたんだぞクソ野郎!」

「わたしのことばかりって……、はぁぁ!!??」


 怒りからか、七瀬の白肌はみるみるうちに赤くなっていた。


「何を逆ギレしてるんだ。全部キミのせいなんだぞ」

「はぁぁ!? わたしのせいにするとは心外ね! ……まぁいいわ。これであなたが授業に集中できなくなって、成績が落ちるなら万々歳ですもの」

「ふんっ、その程度で成績が落ちるものか」


 板書は完璧だから、見直しさえすれば問題ない。

 それでも物足りないならば、参考書で補う。

 それを率先して行うため、侑李の授業の邪魔をするのは無駄である。……たぶん。

 ちなみに普段、先生の話の大半は聞いていないのだが、それは口が裂けても言えない。


「……とにかく、無事と分かっただけでも十分だ。これで授業に集中できる」


 ゆっくりと椅子から腰を上げる侑李。

 踵を返して保健室のドアに手をかけた、その時だった。


!!」

「ぐふっ!!!」


 突然入ってきたポニーテールの少女は、侑李を押し飛ばして七瀬の元へ駆けつけた。


「大丈夫ですか! 西園寺さいおんじ先生!!」

「えぇ、大丈夫よ」

「キ、キミは確か……」


 ポニーテールの少女──煌星美希きらほしみきを指差すと、ようやく彼女は侑李の存在に気づき、あからさまに顔を引きつらせた。


「うわっ、出た。ナンパ男……」

「ナンパ!? 冠城くん、ナンパしたのですか!?」

「してねぇよ!! ……てか今、七瀬のこと『先生』って呼ばなかったか?」

「あっ……」


 侑李の指摘に固まった美希。

 もしかしてと思い、侑李は更なる真相に迫る。


「七瀬、まさかキミも家庭教師に任命されたのか?」

「キミも、ということは……。冠城くんもですか?」

「あぁ、そうだ。ところで、どうしてキミが煌星さんの家庭教師をやってるんだ?」

「あなたこそ、どうして家庭教師を? ウチはバイトは禁止ですし。そもそも高校を卒業ずらしてないのに、家庭教師のアルバイトだなんて……」

「いや、違うんだ」


 美希にはもう知られているし、もしかしたら七瀬も自分の仲間なのかもしれない。

 そう考えた侑李は、二人以外が近くにいないことを確認して、最低限の情報をボソリと打ち明ける。


「……実は、ワケあって校長先生から家庭教師に任命されて」

「──ワケって、京明けいめい大の特別推薦ですか?」

「いや、違う」

「──隠しても無駄ですよ」

「……すまん」

「別に謝らなくていいわよ」


 特別推薦のことまで打ち明けるのは、校長先生の迷惑になるかもしれない。

 だがそれは、あくまで建前。

 本当はたった一枠の特別推薦を勝ち取れなかった七瀬を気遣いたかったのだ。

 しかしそんな気遣いなど、杞憂だったらしく、


「だってわたしも、特別推薦の条件として家庭教師を務めていますもの」

「そっか……。って、はぁ!?」


 なんなんだあの校長!

 特別推薦はたった一枠じゃなかったのか!?

 聞いていた情報と異なっていたことに驚く侑李だったが、七瀬はそれを、予想外の展開だったと説明する。


「わたしも驚きましたわ。いきなり特別推薦の枠がもう一つ増えたのですもの。最初は学年で一人だけ選ばれると思ってたのに……」

「あちらのことだから、二位の生徒も欲しかったのだろう」

「いいえ。二位のわたしが選ばれた、と思われるのは癪だから説明しますけど。わたしは文系クラス代表として推薦されましたの。二位だからではありませんわ」


 侑李が理系なのに対し、七瀬は文系。

 理系が文系科目を教えるのは難しく、対する文系も理系科目を教えるのは、できないことでは無いが、かなり骨を折るだろう。

 それに京明大教育学部は文系と理系に分かれており、そこに一人ずつ推薦で入学するというケースはおかしくないだろう。


「それは分かった。しかし、どうしてキミが煌星さんの勉強を教えることになったんだ?」


 そう聞くと、今度は美希が答えてくれた。


「実は校長先生に冠城さんのことを聞いてから、校長室に呼ばれたんです。成績を上げるために、キミにも家庭教師をつけようって」

「……なるほどな」


 これであなたも家庭教師がつきました。そして、ルール通り家庭教師のことは口外してはいけません。

 これを利用して、美希にこれ以上の口外を防いだ、というわけか。

 新手の口封じに、侑李は校長が少しだけ凄いと思いつつ、実はせこい一面が他にもあるのでは、と勘繰った。


「そうですわ、冠城くん!!」


 何か面白そうな遊びでも思いついた子どものように、目を輝かせた七瀬は侑李にこんな提案をする。


「次のテスト、教え子同士の成績で勝負させてみませんか?」

「ほぉ……、どちらが教育者として優れているか、勝負するわけだな?」

「えぇ、そうです」

「ちょっ、待ってください!! そんないきなり!!」


 七瀬の提案を、美希が全力で拒否した。

 けれど侑李と七瀬は聞く耳持たず。七瀬は神々しい笑顔で、


「大丈夫ですよ、美希。わたしの手にかかれば冠城くんの生徒さんに勝つことはおろか、学年一位も夢ではありませんわ」

「いや、そうじゃなくて……」

「もしかして、茨木が友達だから遠慮しているのか? ならば大丈夫だぞ!! なんせ勝つのは茨木だからな!!」

「……むかつく」

「……スミマセン」


 美希に睨まれて、シュッと縮む侑李。


「……でも、その方がいいのかも」


 一つ息を吐いて、美希はボソリと呟いた。

 千尋が美希に勝った方が良い。自分が勝つのは気が引ける。

 やはり友達相手に遠慮しているのか。

 けれど美希の考えは、遠慮とは違っていた。


「アタシ、千尋には負けて欲しくないんです。冠城さんのおかげかもしれませんが、最近すごく勉強頑張ってて。だから、頑張る千尋の前に立ちはだかりたくないというか、アタシは千尋の背中を押してあげたいんです」


 だから自分は千尋の敵になりたくない、というわけか。

 美希の考えを聞いた侑李は「なるほど」と頷き……、


「だがダメだ!」

「えぇっ!?」


 しかし教育者たるもの、美希にも頑張って欲しい。

 勉強とは、未来を明るく照らす手段だ。

 大好きな友達を追い抜きたくない、などという甘えを受け入れれば学力の向上は見込めない。きっと未来は明るくならないだろう。

 それにテストの点数ごときで不仲になるならば、二人の絆はその程度ということだ。


「七瀬、その勝負引き受けた!」

「ちょっと待ってください! アタシが千尋とテストで勝負だなんて──」

「いや、友達だからこそ勝負をするべきだ。なんせ茨木には、身近なライバルが必要だからな」

「でっ、でも……」

「なぁに、心配は無用だ」


 躊躇う美希の肩をポンと叩き、侑李は優しく微笑む。


「茨木は、友達に負けたくらいで折れるもんじゃないよ」

「冠城さん……」

「それに茨木も僕も、求めてるのは本気の煌星さんだ。茨木に勝って欲しいと願うだけのキミは微塵も望んでないからな」

「……わかりました!」


 侑李の言葉に刺激された美希は、キリッとした真剣な表情を七瀬に向けた。


「先生! アタシも勝負、引き受けます!!」

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