3限目 紅薔薇の令嬢はめんどくさい
──綺麗な薔薇には棘がある。
これは、
千尋の容姿は学年トップレベルと言われており、振り返るときに
だけど、その反面──
──私とお話がしたい? 私はそんなつもりも、あなたに割く時間もないんですけど。
──学年のトップでもないあなた如きが、私に勉強を教える? そんな暇があるなら、自分のことに集中したらどうですか!?
彼女の男子生徒に対する口調には棘があり、彼女の発する声と言葉が、近づく男たちを容赦なく傷つけたのだ。
これにより大半の男は諦めて彼女から遠ざかって行った。まぁ、それでも屈さない勇者や、あの態度を「ご褒美」と言うマゾもいるのだが……。
そんな彼女についた異名は『
その名前は、美しい薔薇が痛々しい棘を潜ませていることを表していた。
そんな彼女がそこまでして興味の無い男たちを遠ざけてきたのには、『男たちが
茨木千尋は基本、他人や自分はおろか、時間などの概念にも厳しい女の子である。
故に彼女はしつこく言い寄る軽薄な男たちと話すことを『時間の無駄』と考えてきたのだ。
その上、常にストイックで我が道を貫く点は、
だが侑李と千尋には、決定的な差別点が二つあった。
一つは我が道を
そして、もう一つは──ほとんどの科目が、赤点スレスレであること……。
〇
「……マジか」
校長に渡された千尋の成績を見て、侑李は眉を
もちろん彼女が危険な状況にあることに驚きはしたのだが、何よりも千尋が真面目な子だとばかり思っていたものだから、見せられた成績が想定外すぎて腰を抜かしそうになったのだ。
けれどすぐに侑李は笑みを零し、小さな声で呟いた。
「でも……、こっちのほうが燃えるな」
「……なんですか? 私の成績に文句でもあるんですか?」
「いいや、なんでもない」
彼女の成績を伸ばすことができれば、どれほどのやりがいを感じられるのだろうか──。
そう考え、侑李は心を踊らせていた。
「さて、早速始めようか──」
「あの」
「おっ、どうした?」
侑李が優しく問いかけると、千尋はキッと睨んでこう返す。
「別に私、褒められたり甘やかされたりとか、そういうの本当にいらないし、あなたには勉強を教わる以外のことは何一つ求めてないので」
そしてまたプイッと、目線を戻した。
「あぁ、そのつもりだ」
彼女のどこか冷たい提案は、むしろ侑李の性格にとっては最適であった。
──褒めれば自分をダメにする。ちゃんと分かってるじゃないか。
侑李は彼女と気が合うかもしれない、上手くやっていけるかもしれないと思い、今後に期待して笑みを浮かべた。
「あと、もう一つ」
「今度は何だ?」
「私に勉強を教える以外、つまりは私のやり方に口出しとかいらないので」
「あっ、あぁ……」
……前言撤回。
この後放たれた千尋の相変わらずな発言に、侑李の表情が変な作り笑いに染まった。
〇
どれだけ完璧だと言われている人間でも、壁にぶち当たることがある。
もちろん、絶対王者と呼ばれる彼にも壁は立ちはだかるものであり、今まさにその壁である茨木千尋と戦っていた。
「……あのさぁ」
「なんですか? 何か文句でもあるんですか?」
校長推薦の話から三日後、彼女を教えるために用意された第二会議室にて、侑李と千尋が何やら揉めていた。
「僕、言ったよね? 単語帳には付箋を貼れって」
「嫌です」
使い始めて二年というのにも関わらず新品同様の綺麗さを保つ英単語帳を持って侑李は声を上げるが、千尋は国語の問題集にシャーペンを走らせるのを止めない。
「てか、こっちこそ言いましたよね? 私のやり方に指図しないでって。頭は良いのに、ルールは守れないんですか?」
「ルールって……」
千尋は超がつくほど頑固な性格で、誰かに自分のやり方を指摘されることにひどい嫌悪感を抱いていた。
頑なに目を合わせず、全く言うことを聞かない千尋に、侑李は彼女の単語テストの結果を差し出す。
「じゃあただ単に単語帳を一通り眺めるだけというキミのやり方で、分からない単語は覚えられるのか?」
「そんなの、時間をかければ覚えられます。今までちゃんと、それで乗り切れました。……今回は勉強の時間が足りなかっただけです」
「いいや。時間は十分あったし、キミは分からない単語に付箋を貼って示さず、集中的に反復できてなかった。その結果、その単語の意味が答えられなかった。そうだろ?」
「だから私には時間が──」
「とにかく、今日からはちゃんと付箋を使え。教材は汚してナンボ。効率の良さと泥臭い努力が学力を上げる方法ってもんだ」
千尋の成績の悪さが、彼女の勉強方法にあると見た侑李。
彼女にはかなりのやる気と自分に似たストイックを兼ねているため、それさえ正せば、爆発的な成績向上が見込める、と侑李は見たのだが……。
「だから、嫌って言ってるじゃないですか! ジョニーが付箋で汚されるのが堪らなく嫌なんです!!」
「ジョニーって誰だよ……」
「わからないんですか!? 表紙に写るこのワンちゃんですよ!!」
「初めて見たよ! 表紙の犬に名前つけてるやつ!!」
どうやら彼女のやり方を正すには、かなりの本数の骨を折る必要がありそうだ。
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