第19話:悩む者たち



●女王陛下と宰相



「――以上が各部隊の試験結果です」


城内の私室の中、ティアリゼル女王はコロウ宰相から渡された資料を見て内心ニッコリだった。今まで経験がなかった大規模徴兵に、訓練。どこまで育てられるのか不安だったが、上げられてきた数字を見るなり、恐れていた事態にはならなかったことが判明し、胸を撫で下ろしていた。


「で、こちらが例のヤツからの感想文です」


ティアリゼルはピシリと固まった。


そして、資料を見て露骨に嫌な表情になった。


報告は“手緩てぬるい”という単語で始まった。その他に戦争用に意識が切り替わっていないことや、読むだけで納得させられてしまう隙のないダメ出し。落差の激しい現実の衝撃に、ティアリゼルは心の中で複雑骨折しそうになっていた。


最もだと思う反面、無茶だと感じる意見もある。特に人死を出す方策を当然のように出してくるあたり、レオン・トライアッドの狂人具合が測れるというものだった。


訓練を激しく、ということなら理解できる。事実、レオンが指揮を取ったという訓練で、落ちこぼれと陰で揶揄されていた部隊は劇的な成長を遂げていた。そのような方法を使わなくても、意識を改革することは可能な証拠だった。


だが、人どうしの戦場を知らない者には難しいという文章も添えられていた。前提として殺すことを効果的に語りかけてくる文章はティアリゼルの胃壁をガリガリと削っていった。たちが悪いのは、いかにも必要なことだと考えさせられることだ。ずっと昔、第二軍の精強さは魔物との命がけの戦いの中で培われたもの、と教えられた時のことをティアリゼルは思い出していた。


(だからって初手に事故死はない。ありえないし、反発で死ぬ)


貴族たちもそうだし、民間人の不安を煽ることになる。勝つだけを考えれば効果的かもしれないが、その手を取れない理由が有りすぎる。


むしろレオンはどうやったのか。悩むティアリゼルは写真か、写真なのかと本気で悩み始めた。


「あ、それと請求書です。なんでも他の第三軍からのスパイを捕まえたそうで」


「……国内で、スパイ?」


試験後、上澄み部隊と自称している所から逃げ込んできたという話だった。総勢で10人、その内の8人が女で、レオンの所の訓練を探るのが目的だったという。


別に隠す訳でもないが、こそこそと隠れて無料で入手する性根が気に入らないと、レオンから抗議が。ここで騒動になって女王の心痛を招くのはよろしくないと考え、スパイは態と見逃した。が、情報量として金銭を要求してきたのだった。


女王は露骨に嫌な顔をした。ただでさえあちこちから陳情が来て、財政が火の車状態だったからだ。だが、支払わなければへそを曲げる。レオンの部隊に割かれている予算はギリギリだ。ウォリアでの訓練も始まっているが、何をするにも金がかかるという現状を憂いてのことだろう。だが、金はない。でも、へそを曲げられたらどうなるのか。レオンのその後の行動を考えると不安で夜も眠れなくなるかもしれない。だけど、金はない。


どうするか、と悩み始めたティアリゼルは横にかかれている代替案に飛びついた。


ひとつ、レオンの部隊に労いのメッセージを送ること。動画で、1人づつ名前を読んでくれると有り難いという補足も付いていた。明らかな贔屓だが、最も成長した部隊としての報酬とすれば理屈は通る。


そして、整備兵の班の指定。かつてのチームを、レオン達の部隊専属にして欲しいという要望だった。


「……承諾」


「陛下?」


「な、なによ。だってお金かからないし」


即答するティアリゼルに、コロウはため息をついた。


1人づつ、それもボロを出さず。つまりは各々の資料を読み漁ることが要求される。それがどれほどの労力を使うのか計算していないように思えたからの、ため息だった。整備班の折衝についても、レオンが欲しいとわざわざ嘆願するレベルだ。表には出ない不満が溜まっていくことまで考えが及んでいないことを察したコロウは、もう一度ため息をついた。


(絶対、手は抜けないだろうし。余計に疲れるのは明白なんだが)


それも美点だと、コロウは1人で嬉しそうにため息をついた。


ティアリゼルは疲れた顔をする腹心の様子を心配した。


「と、前座はここまでにして。本題ですが、陛下」


「分かってるわ。……裏切り者の討伐。第三軍に任せるのは予定通りだけど、そこに第一軍の一部を混ぜる」


仲がとてもよろしくない軍の混成。それがどれほど指揮系統に混乱を来すのか、ティアリゼルは理解しつつも強行しようとしていた。


貴族の見届人が必要になると考えたからだった。兄を推していた貴族の罪と罰。それを直に見せつけることによって、一つの騒動の終焉と新たなる時代への変革期にあることを認識させる。


内での抗争は終わり、次は国外の敵に向けて一致団結すべきだという布告の代わりとした意味をティアリゼルは狙っていた。


「何も問題が起きないといいのだけれど」


「大丈夫でしょう。多少のアクシデントでは、この戦力差は覆りません」


はっはっは、と笑い合う二人。だが、王太子を廃した後にどのような問題が発生し、何度胃と頭を痛めたのだろうか。


思い返した二人は真顔で、万が一の事態に備えての援軍の派遣を段取りすることにした。

そして、その日も夜遅くまで、女王の私室の照明は消えることが無かったという。









●大陸の中心にて


エイジア連邦の首都、フォーダン。建物と緑の調和が美しく、区画整理された都市はこの大陸で最も住みやすい都市である。


誰が言わずとも、自分がそうだと確信する―――ジャスラル・トゥゲインは、連邦議会の副議長である男は誇っていた。


連邦の力を。その領土と武威に恥じぬ国体を。


我が連邦の四方に四王あり。そして中央を統括する者こそ、この大陸の真なる王である。連邦だけに伝わる文言だ。それが偽りない真実であると、ジャスラルは知っている。


だが、その王座に辿り着いた者はいつまでも真なる王足り得るのか。


対抗し、相対した時もあったアラン・イル・ウルジフ。かつては“勝てない”と思わされた連邦の首長は、その座にまで昇り詰めたままの人格を保っているか。


(――否だ。老いは等しく、身体と脳に訪れる)


だが、いくらなんでもおかしい。アルマグナ王国は弱い、そんなことは分かっている。だが、血肉を代償に得られるものはあるのか。相応しい利益が得られる戦争なのか。そもそも、大義名分が無い現状でどうして不倶戴天の敵に対するように南部へ戦力を移動しつつあるのか。


合理的手腕で知られたアラン・ウルジフらしくない考えだった。


裏で何者かが要らぬことを囁いた可能性が考えられる。怪しいのは複数で、どれも戦争になり、人が死ぬことで利益を得られる者ばかりだった。


(でも、まさか側近も居るだろうに……ん?)


魔導通信の通知を報せる音。ジャスラルは通信をONにして受話器を耳に当て、回線を開けた。自分の命令で軍の動向を探っていた、部下からの報告を聞くために。


「――ふむ……いや、いい。分かった、ご苦労だった。それで、十星……ユーゼアス・ヴァンガードは参戦するつもりなんだな?」


『はい。帝国との戦闘を禁止させられていますので、その』


「みなまで言うな。全てこちらの都合だったからな」


北の天鬼が破れたという悪夢。それにより、対帝国の戦線の士気が信じられないぐらいに下がったという当時のデータを、ジャスラルは目にしたことがある。


一刻も早く情報封鎖し、嘘の報告だと通達した当時の司令官は有能だったと言わざるをえない。だが、本人の心情はどうだったのだろうか。


人格者で知られている彼は、文句は言わなかった。だが、あれから数年。人間の精神が無敵ではない以上、限界が来るのは必然だとも言える。


「……分かった。他の二人は未だに?」


『グラウロス様は北に張り付いたままです。裏では同盟関係にありますが、やはり長年の怨恨の根は深く、北方軍は臨戦態勢を維持したままです』


万が一、新という名前を冠することになった帝国が。革命を成し遂げた凶獣共が本気になったら、と考えない者は連邦の軍部にはいない。


そのための備えに、十星を1人。そのあたりはソツのない対応だった。


「で、ララスの方は?」


『その……申し訳ありません。ファルガル諸島国に長期観光に行く、という伝言は残っておりますが』


言葉を濁したことで、嫌でも理解できた。つまりは行方不明ということだ。仮にも弱冠で十星に至った身であるというのに、兄上は甘やかし過ぎだ。


「いい。ただ、捜索は続けろ。万が一に備えてな」


我々が出来るとすればそのぐらいだ。今の軍の統括司令官とのパイプはアラン・ウルジフにのみ繋がっている。要らぬ詮索や反対を入れると、よからぬ事態に繋がりかねない。そうならないように事前の準備は進めているが、事故は何時どこであっても起きるものだ。

(さしあたっては、帝国の動きだな)


純粋な国力で勝る我が国をして勝ちきれない、大陸では唯一となる存在。その背景には遺跡による武力が存在する。


諜報部であっても、厳しい気候が続く極寒の地で全ての情報を把握するということは不可能だ。その間にもし、健在かつ有用な遺跡が発見されて、帝国がその使い方を理解していれば。それだけで連邦の有利は消える。最悪は中央にまで攻め込まれかねない、それが古代兵器がもたらす厄災であり、脅威だった。


(交渉で一部を入手した、という噂はあったが)


どちらにせよ、身に余る力だ。かつては大陸のほとんどを焼き尽くした破壊の炎と光。それを御することが出来ると確信した時、かつての過ちは繰り返される。


もしそうなるのなら、と。ジャスラルは1人、覚悟を決めた。


「さしあたっては、半年後の開戦か」


王国との開戦準備は進んでいる。そのように動いていると報告があった。ならば犠牲には目をつぶり、最小の犠牲で最高の成果を手にいれるように努めるのが連邦議会の一員としての義務だ。


(戦力的には圧倒している。全ての面において)


最低でもCランクのウォリア、保有数にして2000。Bランクともなれば数は落ちるが、王国とは比べ物にならない。負けることは考えられない。だが、戦死するセレクターがゼロになると考えるのはあまりにも楽観的だ。


ならば、可能な限り犠牲をゼロにするべきだ。帝国との戦争でそうしているように、徹底的に対策を取って敗北の芽を可能な限り少なくする。


それが、今の自分に出来る最善である。そう思った若き政治家は、次なる行動に出るために計画を練り始めた。


天井に潜む、小型の機械に気が付かないまま。













●ルーシェイナとアリステア



「……なにこれ」


「あ、アリス。おはよう」


ルーの朝の挨拶に、アリスは答えることもなく床に転がる物体を見ていた。


ハンガーの中、コンクリートの床、その上で汗だくで寝転がっている息も絶え絶えな男の集団を。


「おー、お前ら寝てんなよー、柔軟しないと後々辛くなるぞー……お、アリスだ。久しぶり」


片腕を上げながら軽く挨拶をするレオン。


アリスは、訝しげに問いかけた。


「なに、これ」


「なにって……新兵。それなりに体力はついたけど、まだまだクソ雑魚だから」


見下ろすと、助けを求めるような目で縋りつかれた。アリスがぎょっとしながら一歩下がると、伸ばされた手がはたき落とされた。


「揉もうとすんなダニ―。ほら、ジョンも全員を整列させろ」


「で、でも。あそこからここまで20キャロで」


「それを言って敵が待ってくれるってんならいいぜ。寝とけよ」


レオンが告げると、寝転がっていた男たちは立ち上がり始めた。死人のような足取りで、ハンガーの奥に歩いていく。


アリスは呆然とそれを見送ったが、しばらくすると歓声が上がった。駆けつけると、黒のニギリスを前に男たち――恐らくは訓練兵であろう全員が騒いでいた。


その中の例外の1人。アリスは茶髪の女を見つけると、眉間にシワを寄せた。


「ルー。あれってレオンと同じ訓練部隊に?」


「うん。元は第二軍だったらしいけど」


「追い出されたの?」


アリスの問いかけに、ルーは苦笑を返した。


そこで、気がついたサーリが二人の方を向いた。視線が交錯する。しばらくして、フッ、とサーリが小さく微笑みを返した。


「―――ぶっ殺す」


「なんで!?」


「あれは嘲笑っていうんだ私は詳しいんだ」


「やだこの子物騒……じゃなくて。同じ隊の仲間だから」


アリスは不満顔を見せたが、身魔法の次のステップを教えると聞いて機嫌を直した。


――最優先だったからだ。一刻も早く、魔法の有用性を世に知らしめるという目的を果たすことが。


レオンから助言と次のステップを教わったアリスは、すぐさま訓練を始めた。


レベル1は自己の五感の強化、鋭敏化。突き詰めればそれだ。そこから発展を求めようとすると、ある種の才能が必要になってくる。


(身魔法。その究極は恐らく、


まともな神経でやれることではない。その発想に至ることさえ、狂人の証拠と言えた。ウォリアとの同調は、一種の自己暗示による意識置換。だが、それを下手に極めると戻ってこれなくなる。


上手にやりくりして、その境目を見極めつつ人としての意識を持ち、それでいて緊急時には自己をあっさりと捨て去ることができれば、可能かもしれないが。


(――やっぱり、裏事情がある。王国のぬるま湯にいて、こんな外法が必要になる状況なんて考えられない。訓練の密度も……いや、ちょっとそれはやり過ぎのような)


訓練の光景を見続けていく内に、アリスは確信した。吐き散らしているけど関係ないとばかりにウォリアに詰め込んでいく。限度を越しているようにも思えるが、フォローはきっちりとしていた。基礎の基礎だけを徹底的に反復させていることから、その意図も分かる。


だが、甘えは許されないのだろう。サボっているか集中力が途切れれば身も凍るような殺気と罵倒が飛んでいく。終われば疲労困憊だ。その上で帰りのトラックがある場所までランニングだと告げられた全員が、マジで、という顔をしていた。その絶望の顔たるや、何の関係のない整備兵でも「もう勘弁してやってもいいんじゃないか」と顔に出るほどで。

「でも、日に日に上達してる。見違える速度で―――」


ルーシェイナの呟きに、アリスは同意を示した。訓練兵達ははっきりと告げられた訳ではない。だが、理解しているのだろう。ここで努力をしなければ自分が死ぬことを。


恐るべきは、そうまで思わせる手練手管だ。慣れているな、とアリスは思った。


初心者のセレクターは、ウォリアとの同調が未熟だ。これは別のモノに同調しようとする時の拒否反応が邪魔をすると考えられている。生物としては当然の反応だが、これをいかに早く消し去るかでその後の成長速度が左右される。


レオンはその反応を、追い込むことで薄めた。余計なことを考えられないように追い込み、同調が早くなる度に褒めることでその忌避感を捨て去るように誘導した。


その加減たるや、絶妙だ。アリスは遠くから見ているから分かった。壊れないように集中し、訓練兵全体の体調や精神状態を観察するために神経を張っているレオンの心労の程を。どうしてか、士気は高い。不思議なほどに高まっている。だが、それは無茶をしやすく、限界を見誤る機会が増えるということ。それを1人で完全に管理をしようなどと、正気の沙汰とは思えなかった。


(矛盾の極みだ。……駒として使うのなら、もっとぞんざいに、心酔させるようにできるはずなのに)


命の遣り取りで最優先されるのは効率だとアリスは信じている。群れで狩りに出れば分かる。圧倒的な魔物に遭遇した場合、個々の被害をいちいち気にしていては全体が仕損じるのだ。1人より2人、2人よりも3人。生き残るためにコストとして消費するのは当然で、その時のために上役、指揮官という者は存在している。


「バカだよね、レオンは」


「……ルー」


「自分勝手なんだ。見捨てないって、自分で決めてる」


「それは……」


少し違うような、とアリスは感じた。だが、確証は得られずに言葉を濁した。


「君たち、面白い会話してるね」


「……何をしに来た、元傭兵?」


アリスが睨むが、サーリは気にした様子もなく答えた。


「挨拶。平和ボケした他の奴らよりはマシだと、レオンに聞いたから」


「分かった――それで?」


「情報収集だよ、戦争のためのね」


サーリの問いかけに、ルーシェイナが首を傾げた。


「開戦はまだ先だと思うんだけど」


「その前哨戦かな。第三軍の上が動いてる。レオンが調べた結果だって」


サーリは告げながら、試験にも来ていたらしい第三軍の長のことを話した。エリートに対して労いの言葉とともに、もっと精進するように伝えたという。『出なければ出世街道に乗り遅れるぞ』と。


事情を把握し、考えられる頭を持っている者であれば隠された意味に気づく。新兵はほとんどが民間出身の、成り立ての軍人だ。貴族も居るだろうが、今まで冷や飯を食わされていた者ばかりだということは想像がつく。そんな新人セレクターが出世するには、戦功を積み上げるしかない。暗に告げている事と、明言されなくても察せられる者を探していると取ることができる言い回しだった。


だが、敵は誰か。定かではなく、普通であれば分からなかっただろう。旧帝国の騎士との戦いを経験した者たちでなければ。


「優先して叩くべき敵となれば……ついに見つかったんだね。王国を裏切った人が」


「それも、迂闊には殺せない相手だろうね。誰とは言わないけど」


サーリの言葉に、ルーシェイナは沈黙した。ティアリゼル女王は即断即決だが優しく、無駄な殺生は嫌う人格者だ。だが、一線を越えた者に容赦という言葉は適用しない。そして、このご時世で女王の過去を踏まえて考えると、殲滅予定の敵となれば1人しか該当しなかった。


「――アリス。僕たちも準備をしておいた方がいい」


「……そう。ルーが断言する程に、ね」


つまり、相手は貴族なのだろう。アリスはため息をついた。


「発端は何かと思ったけど……結局は権力闘争か。捨てられるべきは捨てられるとでも言いたいのかね」


何が欲しくて外道の道を望み、その道中で自分ではない屍を積み上げるのか。


自分さえ良ければそれでいいという理屈は、アリスとしても理解できる。博愛主義者ほど早死する者はいない。いつだって人は人を殺そうとしているのだから。


(そうだ、そうでなければあんな大破壊は起きなかった)


記録と痕跡でしか残っていないが、勉強をした者であれば当時の酷さは理解できる。偏執的に誰かを粉々にしようとした、狂気的な兵器の数々。全てが発見された訳ではないが、一部を見れば理解できる、殺すこと以外に有用性を見いだせないものを作り続けた太古の人間の本質を。


――その血の一部が、自分たちには流れている。いつだって獣になれる、上位者気取りの血と肉の塊でしかない己を。


(……? なんで、こんな思考が)


アリスは不思議だと感じた。そもそも、こんな感傷的な事を考えるような自分だったか。思い返すが、これといった理由はない。


らしくないという思いもあったアリスだが、疲れているせいだと思い込み、今後の推移についてという話題に場を移していった。サーリも他人事ではないため、最低限の会話には付き合っていた。


その中で、一番に意見を出したのは女王をよく知るルーシェイナだった。


「じゃあ、第一軍と第三軍の大半を?」


「万が一にも負けられないから、万全を期すと思う。それだけ用意すると、地方……辺境の軍だとどうしようもなくなるね」


陛下としては、確実に勝利できる戦力を用意する。それを景気づけとして訓練兵を一端のものに鍛え上げ、本番に挑む。華美は嫌い、堅実を好むという女王の人格を元にルーシェイナは予想を立てた。


「それじゃ、戦場で会う可能性もある訳だ」


「うん。一緒になる確率は高いと思うよ。僕たちは第一軍でも浮いてるし」


ルーシェイナは第一軍に所属しているが、独立遊軍として求められている。その部下がアリスの、合計で2人。だが、高ランクであり有用な固有技能を持っているためか、おっかなびっくりという様子で接されているというのが現状だった。


「ま、心配ないだろ。いざとなれば私の大魔法が火を吹くし」


「は……魔法?」


「……なにが言いたい」


「呆れてるんだよ。そこのちびっ子、嘘や冗談じゃないよね」


「ちびっ子じゃないよこれでも20歳! 名前はルーシェイナ・リッド・クローレンス、覚えておいてよね」


「へぇ――クローレンス、ねえ。……へぇ」


「物騒な気配出すのやめな。なんだ、ルーのアニキの方とトラブルでもあったのかい。痴話喧嘩とか」


「冗談でも止めて欲しいね。……それより、年上? 逆サバにも程があるでしょう」


「それには同意する」


「アリス?!」


いきなりの裏切りに、目をむくルーシェイナ。それから3人は言い合いを始めた。


外に居るレオンは、呆れていた。


「何やってんだあいつら」


「女三人寄れば姦しいと言いますし。それより……ムラムラしますよアニキィ」


美女に美少女が3人だから、とジョンが言う。色々と溜まっているせいもあってジョンは本能に忠実になっていた。


レオンは無言で頷き、決意した。まだまだ余裕がありそうだし、訓練の密度を3倍にしようと。無意識に笑顔になっていたレオンに気がついたマックは、青ざめた。は人を殺す時にこそ笑顔になると、悪い時代の知人に教わったことがあったからだった。


「なあに、大丈夫だぜマック」


「ダニ―……その心は?」


「死なせてくれるほど優しくないだろ、我らが大首領は」


「それもそうだな!」


はっはっは、と笑い合う3人。他の訓練兵も混じって、大きな笑い声になった。どこまでも乾いた、虚しい唱和だった。


「そうかそうかそんなに嬉しいか―――なら、もう手加減は不要だな?」


いつの間にか総元締め的な扱いをされていたレオンは、容赦を捨てることにした、フリをした。元から無かったものをゼロにすることはできなかったからだった。


そうとも知らずに笑うことを止め、後ずさる訓練兵達にレオンは意識的に笑顔を向けた。それだけで、全員が絶望した。


「心配するな。殺したりはしないよ。もったいないからな」


「あ、あの。それはどういう意味で?」


「どうとでも取って良い。さあ時間稼ぎは終わりだ、訓練を再開するぞ」


レオンの言葉に、ジョン達は舌打ちをした。休憩のために色々と仕掛けたことが看破されたからだ。たくましくなってるなー、とレオンはニコニコになった。


(ま、もったいないと思ってるのは本当だけど)


取引には誠実さが必要だとレオンは考えている。自分が居なければ99%の確率で死んでいただろう者たちを生き延びさせる、その代わりとして自分も得るべきを得る。


だからこその場所だろうと、レオンは宰相の図らいに感謝し、協力することを誓った。


(勝って当たり前の作戦。こういう時こそ、トラブルが起こるもんだ)


予想はハズレて欲しい時に限って的中する。前世でもそうだったと、レオンは苦虫を噛み潰したような顔になった。そして、思い通りにならないことを捻じ曲げるには、相応の力が必要になる。その時になってからでは遅いことも、身に沁みいる程に学ばされていた。


(元王太子の討伐戦か……何事も無ければいいけど)



最後に考えた言葉は、その二週間後に裏切られた。


そんな事情など知らないとばかりに、今日も訓練兵達の地獄の日々は始まった。そして、成り立てのセレクター達による悲鳴と怨嗟の声が魔導通信を占拠していたという。



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前世の記憶に覚醒した俺が生き延びるために世界をぶっ壊すまで @gaku_999

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