第3話:契約の文字は血で描かれている
「失敗したぁ!? そんな、ありえねえだろ!」
「同感だが、確かだ。原因は調査中なんだが……どうしたものか」
ため息をつくゲリュオンに、軽い調子の男は額に手をあてて空を見上げた。正面の隻腕の大男は――元革命軍の幹部でもあるガリオ・ハッズが確かめるように言った。
「王道だが看破され辛い陽動から、防御も難しい大規模爆撃。間一髪でも防げるようなセレクターはいなかったはずだが……調査漏れか?」
「それは考え難いな。現地に入り込んだスパイからの報告は全て読んだんだが、あの策を打開できるような者はいなかった。いなかったんだよ……その筈だ」
ならば危地に追い込まれたが故に生えてきたのか、表に出ずに隠れていたのか。どちらにせよ、初手で躓いた今、戦略の根本から練り直す必要がある。その言葉に、全員が面倒くさそうな表情を返した。城下町に届かず、しかも被害が極小に抑えられるとは彼らも思ってもみなかったことだった。
「リーダーなら、どうしていただろうか。いつもの奇抜なアイデアで――」
「言うな、ガリオ。もう片方の腕も失いたいか? ……頼む、言ってくれるな」
ゲリュオンの言葉に、ガリオは肩をすくめて呆れたような表情を返した。舌打ちの音。そこに、目を前髪で隠した女が言葉を挟んだ。
「なら、皇帝サマに話す? ま、興味なんて欠片もないだろうけどさ」
「嫌がらせ程度にはしておけ。策は練り直す、まだいくらでもやり用はあるさ。ただ、ソフィアには黙っておけ。また暴発されたら敵わん」
情報収集には革命時代に作ったツテを利用すればいい。連邦の中にも協力者は居る、急かなければ手はあるというゲリュオンの言葉に、そりゃそうだと全員が同意を示した。
何度無様に負けようとも、死ななければ勝ちの目は残されている。そして、勝ちの目がある以上は考えるのが義務だ。かつて自分を導いたリーダーの言葉の元に、幹部たちは動き始めた。
「さしあたっては、隠れた切れ者とやらを炙りだすか」
スパイはまだまだ王国内に残っている、一人二人殺されようが問題ない。ゲリュオンは静かに呟きながら、傷だらけの眼鏡を押し上げた。
「――なんてことを、今頃は考えてるんだろうが」
だれが表に出るか。死ね、ゲリ眼鏡。色々と読めてんだよ、こちとら腐ってもリーダーだったからな。でも、これからどうしたもんか。不安の種は潰しておくに限るが、派手に動くと怪しまれる。
と、いうことでルー坊経由で女王に密告した。俺は俺で忙しいからだ。
騒動の翌日から、俺たち整備兵は機体の修理に駆り出されていた。無茶をさせた代償で、真紅のルージェイドは戦闘こそ行わなかったが、要修理の状態になっていた。中枢のコアから各パーツへ魔水を供給するパイプ付近の損傷が酷いが、十分に交換は可能だ。まったく、誰がこんなことをしたんだか。
「おう、サボってんじゃねーぞレオン! 早く上にいって作業始めろ、落ちるんじゃねーぞ!」
「ほいほいっと」
班長の指示に従って機体のへりを掴んで駆け上る。滑り止めの作業手袋と靴がいい感じでくっついてくれるので、簡単だ。
姿勢を維持するのが少しキツイけどな。昨日の爆発の影響で高所作業用の足場がなくなっため、軽業師のような真似をする羽目になっている。それでも時間がないため、誰かがやらなければいけないのだが、俺は立候補した。何も聞かずにルー坊の嘘を信じてくれただけありがたいというものだ。
それから入念なチェック作業を進めたが、不幸中の幸いか取替が必要な部品は少なかった。
――ウォリアを構成するパーツは、人間に似ている。
心臓がコアとポンプで、パイプが血管、外部装甲が皮膚だ。人間と同じ内骨格の構造で、芯となるフレームを骨に、その空洞部と外縁部に魔水排出用のポンプを張り巡らせている。
材質は様々だ。この真紅のルージェイドは王国でもかなりの高ランク機体で、大陸共通規格としてはB-に位置づけられている。フレームは高ランク魔物の骨を元に工房で合成されたもので、魔水が巡ることにより柔軟な動きも可能となる。
背面には
(そういえば、何機か落とされたんだっけか。拠点防衛用の“白のアルヴァルデ”が1機と、汎用機である“黒のニギリス”が4機)
白のペイントが清潔感を出しているアルヴァルドは典型的な防御番長だ。装甲部に厚い素材が使われている上に、背面には魔水による合金である魔鋼シールドが備えられているため、防御に徹すると本当に硬い。全高は14マールと、ルージェイドより大きく、タフなやつだが鈍亀すぎるという欠点がある。
黒の方は10マールと小さく、特に秀でた所はない一般機体だ。だが、出力が低いことから操縦しやすく、セレクターの適正が低い者や、運搬作業から土木工事といった作業に使われている機体で、“平時の名機”、“大きな妖精”とも呼ばれている。反面、戦闘で活躍できるような機体ではない。有名な連邦の最低ランク機体である“黄兎”と比べても1歩劣るため、前線で期待される役回りは数合わせがいい所だ。
それに比べれば、ルージェイドの強いこと。こいつは基本の部品の他に、
ま、俺が前世にのっていた“セイリウス”には劣るけど。
「って、危なっ!」
予兆もなくルージェイドが少し傾いたような。考え事をしていて不意を打たれたけど、もうちょっとで落ちる所だったぞ。
……なんというか、雰囲気もトゲトゲしくなったな。こいつ、ひょっとして俺のことが嫌いなのだろうか。
ウォリアのコアには疑似人格が宿る、という噂がある。実証はされていないが、ベテランのセレクター乗りなら一度は体験する筈だ。どうしても、と強く願った時に性能以上のパフォーマンスを発揮してくれるのだ。あれは経験者にしか分からないが、機体と一体になった時の快感はたまらない。
ルー坊も経験済みかもしれない。アイツ、本当に大切に乗っているからな。整備をしていれば分かるが、余計な負荷がかからないように丁寧に、機体に無理をさせないような操縦を意識している。もっとも、戦闘時には無茶をさせるのもセレクターとして求められる能力なんだが。
そう考えていると、分かっているじゃねえかと言わんばかりに装甲の一部が光ったような気が。いや、俺じゃなくてルー坊に言ってやれよ。
「どうしたぁ、レオン」
「なんでも。それより、チェック大丈夫でーす」
見落としている点もない、あとは修復箇所を下の作業班に報せるだけだ。一時間後、報告が終わって休憩している俺の所に班長がやってきた。気まずそうにしているけど、仕事はちゃんとやったぞ。聞いてみると、そうじゃないと言われた。
「その、なんだ。てっきり不貞腐れてると思ったが」
「いや、一昨日のアレは俺が完全に悪かったですから」
傍目には車をかっぱらって一人逃げたようなもんだ。ルー坊を助けたということになっているが、本来は上の指示を仰ぐべき状況だった。
「ガス抜きの意味もあったんでしょ? そんなの関係ねえって話ですけど」
「ああ。やりゃあできるのにな、ったく」
「ウォリアを弄るのは好きなんですよ」
将来は自由に弄れる工房と機体を手に入れること。そして、たまに旅行をしながら魔物を狩ってパーツを収集するんだ。誰にも何も強いられず、自由にあちこちを歩き回る。それを果たすためには膨大な資金と、綺麗な経歴が必要になる。指名手配は一度されると取り消させるのが面倒だしな。
まあ、贅沢な話だが。それでも、班長は俺の夢を笑わなかった。
「ま、お前がやろうと決めたのならやれるだろうさ。言いたかないが仕事の覚えはピカイチだしな。もっとも、お前の性格じゃあ安全な旅は難しいと思うが」
「この品行方正な俺が?」
「天然モノは自らアピールしないんだよ、素材の味で語るもんだ」
「なら、俺は産地偽装の偽物ですか」
「それで美味けりゃ文句は出ねえよ。……ルー様のことも、助かってるぐらいだ」
照れくさそうに言うけど、ムサイおっさんに言われてもトキメかねえよ。
「レオ氏ー、これ差し入れで……ふむ、ちょっと耳が赤いですが風邪でも?」
うるさい奴がきたので、取り敢えず関節技から首絞めを極めてやった。くそ、不意打ちを受けるとは俺も鈍ったもんだ。
「いや、離してやれよ……それよりも、今回の騒動は何がどうなってんだか」
「新聞も、号外さえ出てませんでしたね」
「上が止めてるんだろう。……まあ、そんな気合入ったブンヤが今のこの王国に居るかって話だが」
もっともだ。でも、怪我の功名とも言えた。こんな状況でデタラメな情報を流されたりしたら、混乱が増すばかりだからな。
(それを敢えて狙った輩が居るなら、今頃は処理されてるだろうし)
真っ先に注意を促したからな。どうにか間に合ったようで一安心、するにはまだ早いか。とにかく今は修理だ、修理。ん、どうしたムール、休憩はもう終わりだぞ。
そう言ってやると、班長とムールだけでなく先輩からもジト目で見られた。「そういう所だぞ」と目で語られたが、知らんがな。
それから作業を再開した俺たちは、丸一日かけてルージェイドの外装を式典用に整えた。本当にギリギリだったが、何とか間に合った。後はルー坊の仕事だ。
俺はぶっ倒れている同僚を他所に、寮に帰って寝ることにした。その前に格納庫にある備え付けのシャワーを浴びて、汚れを落とす。あとはぐっすりと寝るだけだ。流石に疲れたんで熟睡できるだろう、と思っていたんだけどな!
―――翌日。気がつけば、俺は式典に参加させられていた。寝る前にルー坊が来て、眠かったので空返事をしていたと思ったら、次の早朝に迎えの車が来た。うっすらと覚えていたので、そのまま黒い高級車に乗って移動せざるを得なくなった。
そして、アッという間に式典は始まった。とはいっても、俺は前座も前座のモブ扱いだろう。メインイベントはルー坊の古代兵器撃墜の功績を称えて勲章を授与する式なのは決まってる。決まってるんだが、なんで俺まで出席させられているのか。
サプライズ過ぎて心臓に悪いし、居心地が悪いし気分も悪い。俺の他に6人、今回の騒動で功績を上げた奴らがいるがどれも貴族っぽい整った顔立ちをしているじゃねえか。髪の色も金だのオレンジだの青だのカラフル過ぎて……やめろよ、明らかにモブ顔で黒髪の俺が浮いてるだろ。
晒し者にされる謂れはないんだが。それでも事前に知らされていた、功績者に渡されるという報奨金は非常にオイシイので誤魔化されてやることにした。
……これだけの金を貰えるのであれば、一応は納得しておくか。逃げるというのも賢くない。
周囲を見れば、いずれも貴族か豪商ばかりだった。金か領地か権力をがっぽり持ってそうな野郎と淑女達ばっかり。パーティーでは身なりの良い格好でオホホとかワハハとか言いそうな感じ。
そして、女王陛下だ。年始の演説で一度だけ見たことがあるが―――王族そのものだな。権力ある所にイケメンと美女あり。偉い血筋には外見的な社会的地位が高い者が集まる傾向にある。
人類全てが面食いとは言わないが、正直な性欲に逆らえる聖者ばかりである筈もない。出来るならイケメンと結婚したいし、出来るなら美女とベッドを共にしたい。その欲望と遺伝子が結集したかのような容姿だった。
金色のストレートヘア、白いドレスの上からでも分かるぐらいに大きい胸。くびれた腰など、人間とは思えないほどに綺麗な曲線を描いている。地味に尻も大きいな。1つ1つのレベルが高すぎるし、それでいて自然の調和さえ感じさせられた。
まあ、それがどうしたって話だが。
やがて俺の番が来た。会場がどよめくが、なんでだ。
………いや、待て。これ、功績が低い順番に呼ばれるのか?
「どうしました? レオン・トライアッド従士、前へ」
「……失礼しました」
何とかそれだけは言葉にして、言われるがままに前に出る。従士ってなんでやねんとツッコミを入れたかったが、我慢する。なぜか近衛が緊張している。その中の一人など、今にも剣と銃を抜き放ちそうなおっかない気配を放っていた。
いや、どういう罰ゲームだこれ。顔には出てないが、出席してる人間のほぼ全員が困惑してるぞ。こういうのは予め、式を運営する側には周知されてるもんだと思ったが。
一体、誰が何をどんな目的で。その疑問は、すぐに晴れた。
授与される時に、女王と目が合ったからだ。それだけで俺は理解した。コイツが、この女王が、ティアリゼル・ハイエ・アルマグナがどういった人物であるかを。
そして、恐らくは向こうも。
(――式典終わったら逃げよ)
結論から言うと、ダメだった。
「それでー。この状況の説明が欲しいんですがー」
投げやりに言ってみるが、女王陛下は笑顔のまま何も答えなかった。野郎この女王、出る所出んぞコラ。
「お、落ち着いてレオ。そ、それよりも陛下、どうしてレオまでこの部屋に」
お前が落ち着け。式典だと歓声を受けつつもセレクターの鑑っぽい対応もできてただろ。
しかし、気持ちは分かる。場違い感が半端無い。豪華絢爛というか、目が眩しい。壁にかけられたあのゴッテゴテの装飾のある鏡とか、売ったらどれぐらいするのか見当もつかない。椅子一つでも大違いだ。ソファーとかフワフワすぎて逆に落ち着かんし。どれだけ悪いことをすればこんなもん買えるんだよ。
紅茶とクッキーが置かれたテーブルを挟んで向こうには女王陛下が、その背後には護衛の女騎士団長が控えている。コイツ、強いな。今の俺だと剣じゃ勝てん。逃げようとしても無駄だろう。
あと、剣の腕も凄いが胸もすごい。女王と二人で胸の重さとか合わせればルー坊の体重ぐらいになるんじゃないか。そのルー坊は混乱しているようだ。式典でのキリッとした顔はどこにいったのやら、あわあわと菓子を食べてた。いや、食うのかよ。俺も食おう。
「はー、美味かった。それじゃあ、俺はこれで」
「駄目ですよ。……本当にふてぶてしい男ですね。報告は受けていましたが、想像以上です」
「えッ。ちなみにどんな報告が上がっていたか、聞かせてもらっても?」
「『ちょっと上から目線が鼻に付くのよね』『ナチュラルに偉そう』『覚えが早いけどムカつく』『魚のフライに勝手にレモンをかけたからってそんなに怒らなくても』『お前先輩敬ってないだろ隠そうとしてるけど分かるわ』『感情がめっちゃ顔に出てるんだけど』『お前の立場でルーシェイナ様にため口とか、許されてもできんわ』『ふてぶてしいっていうか図太い。タイラントスネークナッドぐらい太い』『面の皮の厚さはきっと大陸一ですぞい』などなど……好かれていますね」
どこかだ。いや、別に好かれようと思って行動してる訳じゃないけど、これは酷い。どいつが言ったのか分からんから連帯責任だ、ヘルメット紐に隠しインク付けてやる。時間差と汗で紐から顎や頬に黒く取れにくいインクがべったりとなるぜガハハ。全員アゴヒゲとモミアゲの区別が付かなくなってしまえ。
「ふふ、本人に告げるという前提で聞いて回らせたのですよ。陰口よりはマシでしょう」
「実感ありますね。ああ、女王ってめっちゃ陰口叩かれてそうですもんね。そういえばルー坊も言ってましたよ、癖のある人だって」
「レ、レオ!? ち、違うんですそれは陰口じゃなくてただの感想と言うか!」
あ、怒りで震えてた騎士団長さんが今度は笑いをこらえるように震えてる。それとなく見ると、女王陛下は笑みをこちらに向けてきた。
「無駄ですよ。ルイサを怒らせた隙をつき、逃げ出そうとしているようですが」
「はは、なんのことでしょうか」
「調べはついています、と言っておきましょうか。昨今の騒動について、ルーが色々とお話してくれましたので」
「えっ?! そ、その……陛下!」
あーアホが釣られた。そこで反応したら何か秘密がありますって言ってるようなものだろ。そこに気がつく頭はあったようで、ルー坊の顔が真っ青になるが、台無しってレベルじゃねーぞコラ。
不意打ちで聞かされたから仕方ない部分もあるけど。俺でも反応しそうになった。この女王、見た目通りじゃないな、ルー坊の言った通りに相当の曲者だ。
というか、何が狙いなんだ。無断での搭乗の件じゃない、コイツはそんなタマじゃない。
そう思っていると、女王は予想外の行動に出た。
「では、まずは最初に―――ありがとうございました。貴方の決断に感謝します。あの行動がなければ、この国は滅びていたでしょう」
金色の髪が重力に落ちて垂れるぐらいに、女王は深く頭を下げた。ルイサとやらが驚いているが、この反応はガチだ、が。
「なんのことか分かりませんね」
「無断搭乗の罪について、今回ばかりは問いません。それだけの偉業を貴方は成し遂げましたゆえ。ふふ、内緒ですよ?」
陛下直々の宣言か。ルー坊の顔がパアっと明るくなる。最後まで僕が受けるのは筋違いだ、って勲章を受けるのを固辞しようとしてたからな。予算増えて俺らの給料上がるから受けやがれ、と説得してようやくだ。
でも、女王の前ではもう隠さなくていい。そう思ったのか、ルー坊がにわかにはしゃぎだした。
「ありがとうございます! そうだ、それじゃあ僕は功績を返上してレオに」
「「アホか」」
ん、今誰かとハモったような。それは置いといて、功績と勲章譲るとか無理に決まってんだろ。どこの誰が額面どおりに受け取るんだ、俺の陰謀か脅迫を疑われるだろうが。
それと、このくそ難しい時期に火種をばら撒くな。そういった理由を迂遠に嫌味たっぷりに言ってやると、ルー坊は涙目になりながら諦めた。地頭は良いんだよな。
「ふふ、仲が良いのね。まるで兄妹みたい」
「要りませんよこんな妹」
「だから! 私の方が年上だって言ってるのに!」
というか、陛下の言葉のニュアンスが、何か。どこかおかしかったような気がしたので問いかけようとするが、そこで俺は黙った。一瞬だが、陛下の顔色が今までとは別方向に変わったからだ。なんというか、痛ましいものを見るかのような。
……やっぱり年齢詐称してるのか。可哀想な生き物だな、こいつも。
「まあ、それは後々に語るとして。トライアッド従士を呼び立てたのは理由があります。あ、私もレオと呼んでも?」
「嫌です」
「では、レオ。いくつか質問をしても?」
嫌だね。耳を両手を塞いで、断固聞かない姿勢を取る。こうなれば実力行使に出てこざるを得まい、そこを逃げる。
(あ、今ムカッとしたな。コイツ、この流れでとか舌打ちしてない?)
だが、俺はノーと言える男……あ、ルー坊に質問をし始めた。くそ、なんで聞こえねえんだ、って耳を塞いでるの俺じゃねえか。
「つまり、セレクターとしてはルーよりも上なのですね?」
「全ては見ていませんが、恐らく。あの時の僕の腕で、あの距離の狙撃を成功させられたかどうか、と言われると……」
こちらを見てくるが、目を逸らす。聞かんぞ、聞いたら逃れられん類の話だろ。
そうしていると、女王がそれはもう深いため息をついた。いかにも王様然とした様子ではなく、疲れ果てた整備班長のように。
「―――ルイサ、結界を起動」
「はい」
ブン、と部屋の仲に魔力が奔った。違う、これは壁伝いに魔方陣が編まれているのか!
これだと逃げられない……違うか、誰も入ってこられない。
舌打ちしたくなる俺の前で、女王は引き出しからタバコを取り出した。
えっ、タバコ?
「疲れた時はコイツに限る」
そんな言葉をのたまいながら、煙を吹きかけてくる女王陛下。香草で出来た特別製らしいが、絵面的に違和感が満載だ。そこにはもう、ただのやさぐれた女しかいなかった。
「君に頼みたいのは他でもない。ちょっと、ウォリア隊の独立部隊を任せたくてね」
告げながら女王はテーブルの上に映像を映し出した。そこには各国のウォリアの数と戦力が簡易的な表にされてまとめられていた。王国を1としたら連邦は10、帝国は7。うん、これは酷い。
「総数もそうだが、セレクターの練度など酷いものだ」
「そんなに?」
エース部隊であれば他国の精鋭と張り合えるだろうが、いかんせん数が少ないらしい。
いや、俺もここいらの部隊の全てを把握した訳じゃないんだが。
そう思っていると、映像を見せられた。事件時の戦闘の録画みたいだが――
「よっわ」
「ッ、貴様!」
「落ち着いて、ルイサ。つまり、アンタは比べられるぐらいの知識を持ってるってことね」
「評論家じゃないけど一応は。いや、しかしコレは一目で分かるな……あ、この機体のセレクターは結構強い」
山吹の長槍使いだが、動きが違う。あ、旧帝国の機体が貫かれた。
「……ふん。貴様に認められた所で嬉しくもないわ」
いや、アンタかよ。照れるなよ、やるとは言ってもせいぜいがゲリ眼鏡に少し届かない程度なんだが。セレクターの技量のみだと、あいつは革命軍幹部の中で最も弱い。ガリオあたりが相手なら、ボコボコにされるレベル。
どれぐらい強いのか聞いてみると、3指に入るらしい。おいおい、終わったわこの国。
他のセレクター共は冗談抜きにへたくそだ、見てられねーぞ。訓練の時も酷かったが、実戦になると更にヤバイ。恐怖で手足が縮こまって、何がしたいのかさえ整理できてないじゃねえか。
結論、無理。だってあれだろ、コイツら貴族か金持ちのボンボンだろ? 元の性根が“ああ”な奴らを鍛えた所でたかが知れてるし、言う事を聞かせるにも限度がある。
何より、相手が相手だ。話の流れから嫌でも分かる、連邦と帝国の両方が敵に回ったんだろ?
視線で問いかけると、女王は煙を吐いた後に俯き、「うん」と呟いた。
……あきらめたら?
「まともな相手なら、降伏も考えたけどね」
「あー、初手にアレだとな。相手の狙い次第で王国全土が酷いことになるか。……控えめにいって地獄が生まれそう?」
「あの眼鏡はヤるわね。非道とか人道とかに興味もないし躊躇しない、そういう目をしていた」
あ、気づいたんだ。すぐに本性が看破されやがって、ざまあみろ。なんだ、ルー坊、何か言いたそうな顔をして。
「すぐに開戦とまではいかない。だが、いずれ奴等はこの国に攻め込んでくるだろう」
「ルイサの言う通りね。遅くても1年以内、それまでに私達は対策をする必要がある」
対策というよりは改革だろうに。
今まで何をしていたのか、という問いかけは時間の無駄だろう。攻めて来た、備えなければ死ぬ、やるかやらないか、それだけだ。
「……レギナ傭兵同盟は。戦力を借りればいい」
「明らかに負けると分かっている国に、あのケチどもが本気で手を貸してくれると思う?」
「思わない。戦ったフリして負ければ終了、サヨウナラ。俺でもそうする」
金は受け取っているため戦うことは戦うだろうが、この国のウォリアを見ればすぐにでも戦い方を切り替えるだろう。勝利より自分の生存を優先する。先に他の部隊が壊滅すれば、そこで契約は終了だからな。
外部からの招聘は難しい。自国内で、緊急時に即応できるぐらいに戦い慣れをしている者で、他国のセレクターやウォリアとの戦闘経験もある者が必要な訳だ。
「そして、話が早く現実的だ。給料はこれだけを用意している」
金額を提示されたが、今の10倍か。
俺はため息をついて、背中のソファに背中を預けたまま天井を見上げた。逃げようにも結界が、護衛のルイサが相手は不利だ。その上で条件を正直に話して要請を受けている。王直々にだ、ありがたいことだね。
「――ふざけんじゃねえよ」
告げる。提案を断れば死ぬだろう、この先を言えば殺されるだろう、だからこその騎士団長だろう。
それがどうした。
俺は、覚悟をした、この場所で死ぬかもしれないことを受け入れて、本音を話す。
「俺は、誰にも殺されたくない」
「なに?」
「だが、死ぬのはいい。たとえ本音を話してそこの騎士に斬り殺されても、それはそれで俺の選択だ」
「……要約しすぎて分からないわ。この期に及んで遠慮もないでしょう、はっきりと言って」
「なら言ってやる、女王の威光なんて知ったことか。お前の都合と無能に殺されるのはまっぴらだ。お国の義務かなんかに殺されるのも嫌だ。ましてや、あのゲリ眼鏡に殺されるのは最悪だ。連邦に血祭りに上げられるのだって御免こうむる」
「へえ……これはまた臆病な物言いね。死ぬ可能性がある戦いには出たくない、とでも?」
「そんな戦いは存在しない。……二度も他人の都合に振り回されて殺されるのが嫌なだけだ。つまり、抗命の権利を寄越してくれればいい」
戦場なんだ。しくじれば死ぬだろう、怠ければ死ぬだろう、運が悪ければ人間はすぐに死ぬ、それが当たり前だ。だが、自分が原因で死ぬのならば納得ができる。
俺を殺すのが俺じゃないなんて、そんなことがあってたまるか。
誰かの都合で戦うなんて、もう真っ平ごめんなんだ。
意味のない命令に従い、命ほどは大切に思っていないこの国で。それも無意味に雁字搦めに縛られたまま死ぬのが嫌なだけだ。望んでいない戦いに巻き込まれた挙句に二回も死ぬなんて、間抜けを通り越して道化だろう。
「……大きく出たわね。それは認められないと言ったらどうするつもり?」
「今抗う。折れた時点でいずれ俺は死ぬ。でも、俺は死にたくない。死にたくないから、俺の意志を通す。それが一番勝利に近づく方法でもある」
いずれ死ぬなら、今死ぬ。死ぬ気になって、騎士団長を倒して脱出する。暗に告げてやると、王女が面白そうな表情をした。
「清々しいほどに利己的だな。だが、真理でもある……不利を悟ってなお挑めるのか、お前は」
「力に
負けるのはいいが、負け犬になって尻尾を振り回すのは趣味じゃない。そう言ってやると、女王が小さく笑った。やがてその声は大きくなり、最後には部屋中に響くほどの大音量になった。
「――分かった。あなたがそれで良いのなら、私の名前において認めます」
「な、陛下!」
「……正気か?」
「なんでレオが言うの! あ、ありがとうございます陛下!」
「あなたに礼を言われる筋合いはないわ、ルー。それに……ルイサ。私達に選り好みしている余裕はないの。それが分からない貴方でもないでしょう」
女王は振り返らず、言葉だけで騎士団長を黙らせた。やさぐれたままでも、目に見えない威厳は消えていない。ちぐはぐな女だ。だが、話がわかるという意味では良い上司かもな。
「あ、あとは仮面を用意してくれ。魔道具の類がいい、顔を隠したい」
「……スパイの心配をしてるの? 既に10数人は片付けたんだけど」
情報提供には感謝してるけど、と言うが甘い。あいつらはゴキブリみたいなもんで、0にするのは不可能だ。
「殺し屋のストーカーは間に合ってる。万が一の時を考えて、整備班のレオンとは別人物だと誤認させたいんだが」
「それに、いざとなればレオンとして逃げられるものね?」
「なんのことやら」
俺は悪くない、悪い奴は棒読みで返してやると、女王は小さく笑った。
「分かったわ、すぐに用意させる。隊についても、引き継がせるよりは新設部隊を立ち上げさせた方がよさそうね……ルーもそれでいい?」
「へ? あ、はい」
この反応、分かってないな。ルー坊の性格なら仕方がないか。こういう屁理屈は俺たちのようなひねくれ者でもなければ、飲み込めないだろう。飲み込んで欲しくもないし。
陛下も同じ意見なのだろう、ルー坊を生暖かい目で見ている。
そして吸い終わったタバコを宙に放り出したかと思うと瞬間的に魔力から変換した水を放出、火が消えると同時にテーブルに現れたゴミ箱に入った。拍手すんなルー坊。
……これでひとまず危険な所は乗り越えたか。でも、解せん所がある。いやに協力的になった理由だ。急に態度が変わったような気がするが、どの言動なのか。会話を始める前と後で、顔つきも違っているように見える。疑問を含めた視線をぶつけると、陛下は笑顔で答えた。
「同じなのよ。実際の所、私が諦めない理由もそれだから」
私のものに手を出した報いは受けてもらう―――何をどうしても必ず。
静かに告げるそれは、宣言のようにも聞こえた。
「功労者への報酬は出し渋らないわ。望めば、色々とアンタの欲望にも応えるけど?」
胸を強調する仕草をする。ちらりと騎士団長を見る仕草も蠱惑的で、近くで見たルー坊が顔を真っ赤にしているあたり、すごい威力だ。班長でも耐えきれないんじゃないか、コレ。
だが、俺はノーと言える男だ。
(それに、この女はぜっっっったいに面倒くさいし)
墓場から手招きをしているアンデッドの類だ。そう呟くと、陛下の額に怒りの血管が浮かんだような気がした。
「……はあ。もういいわ、結界解除。―――二人とも今日の所は身体をお休め下さいね」
猫をかぶった女王が笑顔でそんなことを言う。落差が酷いな。こうしていれば、大陸の至宝とも呼ばれるべき黄金の美女だろうに。
その後、俺だけが呼び止められた。なんだ、と思っている間に、陛下は先に出たルー坊へと視線をやりながら声をかけてきた。
「あの子のこと、頼むわね。いざとなれば二人で逃げてもいいから」
「……色々と拙い発言は置いといて。そんなに大事なら、檻の中にでも閉じ込めておけばいいのに」
今からやるのは戦争だ。予想通りの予定通りなんて、いく方が珍しいというのに。非難する目を向けると、女王は先程の顔―――ティアリゼルの顔で告げてきた。
今がちょうど、そんな感じだから。悲しそうな声で愛おしい妹を労るようだった。
「それに、授与式のこと。あの子の家族は見たでしょ?」
頷き、式典の後のことを思い出す。ルーの家族だというクローレンス侯爵家の姿は見かけた。当主、つまりはルー坊の父親らしい銀髪の男やその妻はルー坊に労いの声はかけていたし、ルー坊も笑顔だった。
だが、想像していたのとはまるで違った。一言で表せば、社交辞令でしかなかった。あるいは、義務と言い換えてもいい。唇を読んで会話の内容は拾えた。言葉は綺麗でいかにも美しい語らいだった。だが、会話の中身が無かった。必要なことだけを話しているような。
ルー坊らしくないにもほどがある。なんていうか、人形みたいだった。家族と接しているというのに、どうしたああなるのか。血縁との交流ってのはもっと暖かいもんじゃなかったのかよ。そういう親族とか居た試しが無いから、俺には分からないけど――
「言われずとも、任されておく。部下のことだしな」
「……そう」
女王は嬉しそうな顔をした。そういう所が惹きつけるのかしらね、ってどういう意味だ。
「とにかく、お願いね――ああ、配属予定の二人も含めて全員女の子だから。するなとは言わないけど避妊には気をつけなさいよ、レオ君」
女王から告げられてすぐに尻を蹴られながら部屋を追い出される。
俺は、呆然と呟いた。
………女の子って、誰が?
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