第2話:銀色の輝きと
呼吸の音がやけにうるさかった。腹の傷だけじゃない、身体を酷使していたのが原因だろう。刀身に付着した赤い血が手にまとわりついてくる。どろりとした赤色は少しだけ暖かかった。
だけど、何故だろう。身体が妙に重たく感じる。振り返れば、全壊した
……感傷なんて時間の無駄だ。そう自分に言い聞かせながら、装備を整理する。要らなくなった剣を捨てると刀身が廊下にぶつかり、甲高い音が響いた。
どこまでも、どこまでも。守る者が居なくなったがらんどうの城の奥にまで。
――進もう。ヴァレリオンの最後の騎士の屍を越えて。首に巻いたマフラーで口を覆い、俺は歩く。
吹雪は弱まる気配さえない。寒気がヴァレリオン8世の権力の象徴だった城を、冷たく包んでいた。凍えるような空気はどこまでも鬱陶しく、俺の吐く息を白くさせていく。
ああ、くそ、傷が痛む。でも、もう戦いにはならないんだ。全ては終わった。俺たちの勝ちは揺るがない。迷わずに、目的地に向けて歩く。城の内部構造の情報は事前に入手していたから大丈夫だ。裏切り者はどこにでもいるものだし、無ければ作り出せばいい。
迷宮のような城の階段を登っていく。間違える理由なんてなかった。それでも、足取りが重い。気を抜けば、永遠に止まってしまいかねないぐらいに。
何十分が経過しただろう、ようやく辿り着いた先に待っていたのは豪華な部屋だった。
この扉を作る金があれば、何人の仲間が死なずに済んだのだろう。中に入ると、よりいっそう虚しさが胸を襲った。皇帝の権力が度を越していたことが一目で分かる、綺羅びやかな部屋。どれだけの命を費やし、この部屋は完成したのだろうか。
その部屋の中央に、最後のターゲットがいた。革命軍として倒すべき皇帝の一族の最後の1人である皇女様が。
見下ろせるほどに小さく、たった一人。メイドにさえ見捨てられたと思うと、哀れを通り過ぎて虚無感が沸いてくる。
その美しい銀色の髪は絹のようで、肌は雪よりも白く、柔らかで。あらゆる贅と権力に集まる優秀な血筋が注ぎ込まれた、美の結晶がそこには残されていた。整った容姿は芸術品のようで、成長すればさぞかし大勢の男を魅了して止まなかっただろう。
だが、それは今じゃない。
そう――最後の一人、皇女はまだ子供だった。何をどう言い訳しようとも、その子はまだ幼い子供でしかなかった。
(それで、何が許されるってんだよ)
俺だけじゃない、この国に住まう民の誰が許してくれるというのか。考えるほどに、強く噛んだ歯が軋む。
俺から不穏な空気を感じたのだろう、皇女がひきつけを起こし始めた。
あ、と呟いたときにはもう遅かった。
子供特有の、遠慮のない泣き声。それはこっちがやりたい事だってのに。
――だが。ここで止まっていいはずがない、その義理がない、理由がない、意味もない。俺は懐から無言で魔導銃を抜き、ゆっくりと白い額へと銃口を添えた。
少女はこれでもかというぐらい泣いて、泣いて、悲しんでいる。その声は子供のものでしかなく、力いっぱいに空虚な部屋を響かせている。ほぼ無人だからだろう、空虚な建物の壁から天井までが震えているようだった。
どうして、という言葉が聞こえた。おかあさんと呼ぶ声が聞こえる。そいつは既に逃げ、そして……仲間から通信があり、ヘッドセットが皇族処刑の完了を告げたのはちょうどその時だった。
これで、成すべきことは一つだけだ。これにて革命は完了する。
だが――それで、どうなるんだろう。
考える間にも、その子の、皇女の泣き声は大きくなっていった。声を上げる度に鼓膜と、傷と、頭の中にある何かに響いて、響いて、どうしようもない感情が渦巻いて濁る。
意味はない――本当にそうだ。どちらにしようとも、こんなことに意味なんてあってたまるものか。
だけど、それでも。俺は口を覆うマフラーを掴み、下に降ろした。
カチリ、とセーフティーを外す。
最後に、皇女の青い瞳と目が合った。
涙に濡れたその目は、どこまでも続いている広い空のようで―――
「―――最悪の目覚めだな」
夢だとは分かっている。分からないはずがないのだから。それでも……くそ。
苛立ちのまま、知らない天井に舌打ちを零す。ここはどこだ、革命軍は、戦況は――いや、違うって。寝ぼけるな、俺。
深呼吸をすると、状況が徐々に理解できてきた。薬品の臭いとこの建物の雰囲気は……病院だな。どうやら俺は死なずに済んだようだった。しかし、よくも助かったものだ。腕のいい治癒魔法使いでも居たのだろうか。
身体を起こし、ふと横を見ると見慣れた顔がそこで眠っていた。疲れ果てているようだ。意識はなく、こっくりこっくりと、船を漕いでいた。
その度に、銀色の髪が揺れる。頭と一緒に、さらさらと流れていた。
思わず視線を逸らしてしまう。何よりも思い出したくない夢を見たせいだろう。ずっと見なかったのに、今更。
……まあ、無事で何よりだ。骨折程度で死にはしないことは分かっていたけど。
しかし、無防備に過ぎる。あの状況で痛みに耐えきった奴と同一人物とは思えない。面と向かっては言ってやらないが、大したものだと思ったのにな。
骨折の痛みを耐えてなお動けるセレクターはそう多くない。それでもやり遂げるという意思に満ち溢れていたため、あの時は操縦を任せた。
そんな気概のある様子が嘘だったかのように、ルー坊はぐっすりと眠っていた。街でよく見る小さな子供のように、邪気のない表情で鼻提灯まで作っていた。強がりもせず、眉を顰めていない様子を見れば年頃の少女にしか見えない。男だってのにな。
だが、いつもは中性的にとどまる容姿も、こうして見ればちょっと所ではなく……いや、俺の勘違いだろう。本人が申告していたしな。嘘を言う性格でもない。
しかし、こいつも損をする奴だ。俺なんて放っておけばよかっただろう。自分の怪我のこともあるのに、一人で付き添ってくれるとか。治癒魔法とはいえ、骨折が即座に治るはずもないのに。
……いや、一人じゃないな。整備兵でもない。気配を殺してる所を見ると、護衛の類か。俺が起きたことにまだ気づいていない様子だった。
今は……窓の外を見るに、0時を過ぎた頃だろう。寝静まった者ばかりなのか、建物の中に起きている人の気配は薄かった。腹の中の具合を考えると、2日は経っていない、動ける。
さて、どうしよう。
俺は隣のルー坊を見てから、小さく頷いた。
「―――逃げるか」
夜の闇に紛れて病院から逃げ出してから、三時間の後。待ち伏せもなくセーフハウスに、廃屋を改造した見た目ボロい倉庫に俺は辿り着いていた。賭けの報酬を使って買い取ったもので、いわくつきの建物ということもあり格安だった。
最初に、誰かが立ち入った形跡があるかどうかを確認する。無いだろうが、中で待ち伏せを受けるとややこしい事態になるからだ。
……どうやら大丈夫なようだ。わざと散らして残している埃がそのままになっていた。ひっそりと中に入り、目立たないように最低限の照明を点ける。
それから、急いでフローバイクの点検を始めた。並行して荷造りも。一刻も早く、国外へと逃亡するためにだ。王国に留まっていても、俺の命に先はない。事件がどう転がったのかは不明だが、あの時に俺が犯した罪はとても重い。
命令違反、そして下手をすれば敵前逃亡まで数えられている可能性がある。ひょっとしなくても銃殺刑ものだ。病室の外には警備の兵も居たから間違いない。あの気配の鋭さ、相当な手練だったことが伺える。上の上が動いている可能性もあるため、油断は禁物だろう。
時間があるなら国境を安全に抜けるための逃亡ルートを厳選したかった。だが、今は拙速がベストと判断。王国全土が混乱していると思われるこの数日中に脱出しなければ、いくら平和ボケしているこの国であっても、国境を超えるのは難しくなるだろう。
今だけがチャンスだ。まさか、俺がここに居るとは思わないだろう―――そう思っていたんだがな。
物音がする前に、俺は銃を抜いていた。コンマ1秒、かかったかどうか。
俺は引き金に手をやりながら騒音の主に問いかけた。
「――出て来い。でなければ撃つ」
「物騒だね」
その男は苦笑しながら姿を現した。いや、何でここにいるんだよ。
「あれ、暗くて分からない? 俺だよ、俺。レオ君の父親だよ」
「ああ」
取り敢えず引き金を引いた。威力を調整した電磁弾を受けた親父がもんどり打って倒れる。
それを見届けた後、俺はフローバイクの調整を再開した。
「いや待ってくれないかな! ていうか今なんで撃ったの!?」
「……しぶとい」
「舌打ち!? いやちょっと待って別に捕まえに来たんじゃないから!」
嘆く親父だが、どうにもうさんくさいんだよな。片目だけとはいえ、眼鏡という所が最高に気に入らない。そんな俺の苛立ちに感づいたのか、親父は眼鏡を外して両手を上げた。よし、いい子だ。そのまま回れ右をすれば命だけは取らないでおいてやる。
「じゃなくて! 昨日の事件で怪我をしたって聞いたんだけど」
「治療は受けた。完治には程遠いが、死ぬほどじゃない」
つまりは動けるってことだ。というか、昨日の出来事だっていうのはこれで確定か。
……いやちょっと待て、よくよく考えると変だな。あの時の怪我はかなりヤバいレベルだった。治療魔法とはいえ、一日で治療できるものなのか?
思えば、気を失う直後にルー坊に何かされたような。治癒魔法を使えることは知っていたが、それでも……まあ助かったからいいか。今はとにかく明日への脱出に専念だ。傷はまだ痛むが、無理にでも動くのが賢い選択だろう――いや待て。こいつ、確か俺の父親だったよな。
「ひどいこと考えてない? なんていうか、すごい勘違いしてるようだけど、父親として見捨てることは―――」
「そうか。つまり、俺を売って生き残る気だな」
親子で連座は嫌ってことだな。そういうことならもう遠慮はいらないな。
「事態が悪化した!? いやー! 銃口向けないで!」
少し離れてた間に息子がバイオレンスになった件について、と泣き真似をする今生の父親はうっとうしかった。
「なんで逃亡犯みたいにしてるの!? 指名手配なんかされてないよ!?」
「……嘘だろ」
「いや、本当だって!」
ほーん。いや、どうだかな……本当に、嘘は言っていないようだ。心配しているというのも、社交辞令じゃない。
この無精髭の爆弾好き男こと、ディグ・トライアッドは色々と問題がある奴だ。その上で非常にうさんくさいが、嘘をつくのは下手だという長所がある。俺の記憶がそう囁いてくる。
つまり、本当に指名手配されていないのか?
……確かに、殺すつもりならここまで回復するような処置はしない。ヤバい血管がいくつも破裂したことは分かっている。内部の傷は治癒魔法でも癒やすのが難しいのは前世でも同じだった。それを治したということは、つまり。
それが何かの引っ掛けだという可能性もある。あるだろうが、少なくとも即座に捕まる心配はないか。
なら、逃げる必要もない。無許可でこの時期に国外に逃亡すれば、それこそ指名手配を受けるのは確実だしな。
「あ、でも1つだけ」
「なんだ?」
「ルーシェイナさん、だっけ? お前の担当するウォリアのセレクター。あの子が今すっごい怒りながらレオ君探してるって。通信で聞かされたけど、なにやったの?」
『アバヨ』の書き置きを残して失踪しただけだ。どうやら納得してくれなかったらしい。いや、後で事情を話すと約束したからな。いくらルー坊でもそれは怒るか。
「心当たりあるんだ。というか、どういう関係なの? あのクローレンスの秘蔵っ子と」
「ただの整備兵とセレクターだよ」
伸び悩んでいる時にちょっとアドバイスとかしたけど、それだけだ。任官して間もない頃に、あまりにもアイツが危なっかしいから2,3口を挟んだぐらい。その後に妙に懐かれつつも、未熟な技量を生ぬるい視線で見守ってやると、対抗心をむき出しにされたっけ。
「……変わらないなあ、本当に。そういう所だよ、ってツッコミを入れたいけど」
「大して顔も見せなかったクソ親父に言われたくないんだが?」
趣味だけに生きる野郎め。軍学校の入学金を出してくれたことには感謝するけどな。
「でも、本当に凄い剣幕だったって。怖いぐらいだったらしいよ」
はっ、あのちびっこの20歳(偽)が多少怒った所で、なにをどう怖がれというのか。確かに、昨日のあの時はかなり根性見せたし、見直した部分もあるけど。
――その時だった。昨日、泣いていたアイツの顔を思い出したのは。
死なないでと告げたルー坊。その髪の毛には、俺の返り血がついていた。銀と赤が入り交じる思い出したくもない光景は、何かを責めるかのように俺の心臓を締め付けてくる。
クソが。……もう、終わった話だろうが。
「それでも、後悔だけはしたくないんでしょ?」
「……分かった風な口を聞くなよ」
図星だが。くそ、ほんとにクソだ。世界はクソで塗れている。いや、そうなると俺もクソになるか。確かに、約束を放り出してこのまま逃げるのはクソ野郎のすることだ。
どうせ、ルー坊のことだ。少し話せばいつもの間抜けな表情を取り戻すだろう。
―――そう思っていた過去の俺の浅はかさを呪ってやりたい。
翌日の昼ごろ、空はあんなに青いというのに、俺の社会的信頼は死にそうになっていた。原因は目の前で半泣きになりながら上目遣いで睨んでくるルー坊のせいだ。やめろやその目、ここ病院のロビーだぞ。それに、なんていうか古傷がギシギシと痛むんだよ。
そして、ルー坊は珍しい私服姿に包帯を巻いていた。そして、ルー坊の容貌。こいつが涙目で男を睨んでるって、それだけで絵面が最悪すぎるんだが。脱出前に社会的に殺されるのは勘弁して欲しいと、俺は病院のロビーから外へ出ることを提案した。
ルー坊を連れて城下町の中央にある公園へと向かう。その中でも特に人気がない一角に移動した俺は、周囲に気配がないことを確認した。
昨日の事件の影響だろう、緑生い茂る憩いの場の中に、今はほとんど人の気配が無い。いきなりの襲撃は平和に慣れきっていた市民にとってそれだけ衝撃だったんだろう。あの爆発の影響か、地面に敷かれているコンクリートも一部罅割れていた。
「ここら辺でいいだろ。ま、取り敢えずは……ごめんなさい?」
「取り敢えずってなにかな? なんで疑問系?」
あ、やばい、マジで怒ってる。これは誤魔化すのは逆効果か。こういう時の女……いや男でも、面倒くさくなるんだよな。
なので、俺は謝り倒した。何も言わず逃げたのは流石に悪かった、ということにして頭を下げる。謝罪はいい、元手も要らないしタダだから何度でもできるから。
そして案の定、ルー坊は徐々に怒りを緩めて――
「分かったよ。なんていうと思ってるの? ていうかアバヨじゃないでしょ、もっと釈明して欲しいんだけど」
「いやあ。つい、気が動転しちまって」
「清々しいほどの嘘だね。いい加減怒るよ?」
「……嘘じゃないでゲスよ?」
「本音が漏れてるって。というか何処からどうやって逃げたんだよ。外には見張りが居たそうだし、誰かに攫われたと思ったじゃないか」
「どこって……窓からだけど」
4階なんて4秒あれば下まで降りられる。正直に答えたらドン引きされた。いや、建物の階数関係なくあっちこっちを跳び回るのは革命軍だと必須スキルだったぞ。撃墜された機体を囮に本陣までいって指揮官の首を取る戦術とかバカウケだったし。
もっとも、そこまでを答えるつもりはなかった。色々と聞かせる約束をしたのはルー坊だけだ。本当なら教えるつもりはなかった。精神異常だと思われて牢屋に放り込まれるのがオチだ。
というか面倒くさ……ま、待て、落ち着けルー坊。い、一応だけど俺はこの国を救った男だぞ!
説得というか熱弁というか詭弁が功を奏したのか、ようやく俺はジト目から解放された。野郎、どこか年上だこの見た目童女。下手をすれば10やそこらのガキに見えちまうだろうが。
「また失礼なこと考えてる……折角色々と誤魔化してあげたのに」
「なに? ……どういう意味だ」
そういえば、王女直属の騎士あたりに尋問されるぐらいは覚悟していたんだが、そういう気配もない。班長の真ん前で色々とシャレにならないことをやらかした覚えはあった。
「だから、誤魔化しておいたよ。レオは倒れてきた機材の倒壊から僕を庇った人、ってことになってるから」
「マジか、それはありがたい。いや、でも……なんでわざわざそんな虚偽をしたんだ?」
それも俺が得する方向で。ありがたいことこの上ないが、報告を偽るのは結構な犯罪行為だ。ルー坊の性格を考えると意外を過ぎて不自然だ。俺を庇うためにそこまでの事をする理由が見えてこない。
尋ねると、だって死ぬし、とルー坊は気まずそうな顔になった。
「敵前逃亡は状況的に誤魔化せたけど、ウォリアの無許可の搭乗はちょっと……」
「重罪だよな。下手すりゃスパイ扱いで切り捨てられる。いや、責任おっ被せて軍内部の動揺を収めるのも手だろうけど」
スケープゴートに出来るし、国内の不安も取り除けるし、とっても便利! そう告げると、ルー坊は眉間に皺を寄せた。
「スパイにして処理する、って……なんでそうなるの? レオはこの国を救ってくれたのに。そうでなくても、僕を助けてくれたんだよ? そんな非道なこと、される謂れがないよ」
「あるね。救世主サマが木っ端な整備兵だと、面子が立たない。具体的には貴族と女王陛下の後光が陰る」
大勢が怪我か、もしくは死亡しただろう今回の事件。いきなり城下町直撃は寝耳に水だっただろう。巻き込まれた市民は「お前ら何してたんだYO!」って責められる。それで王政に影響が出るとなると拙いんだよな。
だから責任転嫁して元凶を切り捨てる、というのは一つの方法としては間違ってない。効果はばっちりだ、旧帝国の無能軍人や貴族が頻繁に使ってたからな。忌々しい功績者を葬れる、権威を維持できるといった具合に、両方を一気にクリアできる部分は素晴らしい。問題は、切り捨てられた奴からの生涯の恨みを買うことだが。
「いや、陛下はそんなことしないよ! 癖のある人だけど、功績には報いる人だもん!」
「はいアウトー」
うん、言い方! 処分とかはどうでもいい、お前それ陛下と個人的に交流あるやつがする話し方じゃん! まさか俺のことチクってないよな。
……大丈夫そうだ。いや、それはそれで不思議なんだが。今まさに一番困っているだろう女王にどうして報告上げてないんだコイツ。いや、それで助けられてる部分が大きいし、あまり強くは言えんけど。
「それより、約束のこと。レオはどうしてウォリアの操縦が出来たの?」
話を本題に戻してきた。俺はため息をついた後、素直に白状した。
「前世でセレクターやってたからだよ。帝国のな」
「……は?」
「こればっかりは嘘じゃない。ま、信じて欲しいなんて思ってないけどな」
真実だけを語るだけだ。とはいえ、ヴァレリオン帝国で革命軍のアタマやってましたとかいうイタイ話はしない。俺は適当に虚偽を混ぜながら、前世のあの極寒の地でどういう風に生きて戦い死んだのかを端的に話した。
最初はうさんくさいものを見る目になっていたルー坊も、話として興味のある内容だったのか、次は、次はとせがんで来た。そこまで聞きたいのなら仕方がないと、ちょっと深い所まで話してやった。
極寒の地で、最低限の体温さえ保持できなくて狂ったように笑って死んだ幼馴染のこと。
奪われるばかりの国で、屈辱に耐えながらも日々を生きていくために必要最低限なものを残して、色々と余計な感情を削ぎ落としたこと。
それでも届かなかったこと。我慢の限界を迎えた後に、親父の誘いに乗ってセレクターとして戦ったこと。
引き継いだとかは、話していない。思い出したくも無いからな。
でも俺、曲者揃いの部下の手綱を取りつつ、本当に頑張ったんだぜ。なのに、最後にはアレだ。思い出したらだんだんと腹が立ってきた。死にはするさ、殺し合いだもの。でも最後にあのクソ眼鏡に後ろから、ってのは経緯が経緯とはいえどう自分の心を誤魔化そうと納得できない。
呟くと、ルー坊は顔色を悪くしながらも語りかけてきた。
「それは、酷いね。怒るレオは間違ってないと思う。……それに、レオがやったことも。選んだ道は、絶対に」
真摯な答えだった。でも代替わりしてから悪辣なボス(他人事)の命令に応じて色々とやったことを思い出したのか言い淀んでるんですけど。
「ま、間違ってないと思う。たぶん。半分くらいは。そうだったらいいな、うん」
自分に言い聞かせるようになってるぞ。俺はただ一生懸命戦っただけなのに。
しかしまあ、これで約束は果たした。借りは……プラスマイナスゼロって所か。俺はアルマグナ王国の危機を助けたが、代わりにルー坊には犯した罪について誤魔化してもらった。約束も、なくなった。
……この後はどうするべきか。はっきり言って、深入りはゴメンなんだが。
王国が喧嘩を売られたことは間違いない。下手人は帝国……恐らくは旧帝国の生き残りと、連邦の南部に領地を持つ辺境伯が手を組んだのだろう、そういう事にされる。奇襲を陽動にして、認識外から全てを終わらせる古代兵器を投下する。この厭らしくも過激な一手について、俺は覚えがあった。
十中八九間違いない、前世で俺を殺したゲリュオン・レイシード――と名前を呼んでやる義理もない、ゲリ眼鏡で十分だ。あの野郎のやり方だった。
奴にとって、あの爆弾での王国壊滅は規定事項だったはず。それを覆されたのは、完全な予想外だろう。今頃は慌てふためいているか、次の一手を必死に練っているか。
(いや、違うな。既に二の矢は装填されてると思うべきだ)
情報が不足しているため看破は難しいが、あの眼鏡も失敗したという結果のままで終わらせるつもりはないだろう。一手潰された程度で諦めるタマじゃない。問題は、王女と軍部が対応できるかどうか。
……平和ボケしたこの国に、あの下劣畜生眼鏡の相手は厳しいかもしれないな。それに、面白くない。とても面白くない、それはいけないことだよな。
「どうしたの、レオ。また悪そうな顔をして」
「策士の顔と言ってくれ。……念の為確認するが、王女陛下とは親しい間柄なんだな?」
「う、うん。昨日の爆弾の件もあって、3時間後に会う予定なんだけど」
それは、ちょうどいいな。急いで戻れば、ポケコンに入力した文章を印刷することもできる。そうと決まれば善は急げだ。俺は、走って職場に戻ることにした。
女王が最も欲しているだろうものをサプライズで送りつけるために。
生きていく中で、自分の思い通りになったことは一度もありません。特に人生のこれからを左右する選択で、私は常に貧乏くじを引かされてきました。
王太子だった兄がもっと賢ければ良かったのに。
父王が兄の無謀を止められるぐらいに強ければ良かったのに。
そして、母上も。
「……面倒なことになりますね。本当に、嫌になる」
「――陛下」
「分かっています。今回の件ばかりは……私もちょっとだけオコなんですよ?」
空で起きたあの大爆発を、世界が壊れるかと思ったほどの震動が忘れられない。何よりも、見知らぬ所で命が脅かされ、救われたという事実は許しがたいものでした。
ああ、この国を壊していいのは私だけだというのに。
我が国を活かすも殺すも、この玉座に座っている者が決めること。それが我が生の全てを国政に捧げる者だけに与えられた特権であり、真実でしょう。
(それを汚されて黙っているとでも? ……思っているのでしょうね、この男達は)
玉座に搭載されている投影装置に映ったモニターの向こうに居るであろう、二人の人物に目を向ける。
一人はエイジア連邦の首長である『アラン・イル・ウルジフ』。壮年を越えて、初老の偉丈夫だ。明らかに私を侮っているその表情と目は覚えがあります。女風情が、と見下してくる者は昔でも今でも腐るほどいますから。それでいて、値踏みをしている気配も感じられます。人並みの好色さは持ち合わせいるようですが……それさえもブラフの可能性がありますわね。連邦の軍事力は大陸でも1、2を争うほど。それをまとめているこの男が、見た目通りとは思わない方が良さそう。
もう一人はヴァレリオン新帝国の宰相である『ゲリュオン・レイシード』。誠実で端整な顔立ちをしている、茶髪の好青年にしか見えないけど、あの情報が本当であれば……年齢に似つかわしくない相当な狸と言えるでしょうね。でも、私の趣味じゃないですわ。根拠となるのは私自身の勘のみですけれど、この男はゴメンだと本能が言っています。ですが、好みと手腕は別の話。新帝国のきな臭い噂は伝聞程度でしかないけれど、それがこの男による情報統制の結果なら相当なやり手ですわね。
どちらも一筋縄ではいかない曲者ですが、どちらがあの古代兵器を我が国の城下町で炸裂させようとしたのか。
(……悔しいけれど、そうなった時点で王国は詰んでいました。幸い、と言って良いのかどうか)
もしも、防げなければ。最悪を想像した頭と胃が痛む。未遂であれ許せることではないし、許してはいけないものだ。だが、感情的になるのはダメだ、それを敵は狙っている。私は情報を元に組立てた論調で会談を進めた。
「それでは、一昨日の爆発……古代兵器の出所は、貴殿も預かり知らぬことだと?」
その気候からか、古代の遺跡は北のヴァレリオン帝国付近で発見されることが多いですけれど。
『忌むべきことです。今、古代遺跡の採掘記録を全力で洗っている所ですが、何分旧帝国の管理は杜撰極まるものでしたゆえ』
「……旧帝国、ですか。確かに、我が国の城下町を襲ったウォリアは旧帝国のものでした」
回収したぞ、と暗に告げてやる。搭乗者についてもだ。もっとも、ほぼ全員が落とされた時点で死んでいた。手加減をして捕縛できるほどのセレクターは大森林に出張っていたから。たった一人だけ、あの子が撃墜したというウォリアのセレクターだけは確保できたけれど。
そんな、余計な情報は渡さないけれど。淡々と、責める論調を控えて事実だけを伝えるだけ。下手人の追及はしない、そこを狙い撃ちにされるから。そして、手ごたえはあった。
眼鏡の方は分からないが、首長は想定外だという動揺が見られた。よっし、追撃だ。
「幸いにして、残党の姿は見当たりませんでした。あとは古代兵器の発射元が分かれば解決ですわね」
『……ほう。女王は剛毅ですな、兵器はともかくとして城下町が脅かされたというのに』
「ええ。ですが、大森林の魔物の討伐も重要な任務ですから」
連邦への迷惑も考えて、と何も知らない風を装って言ってやります。連邦との国境付近にあるフォーリスト大森林に何かあれば、貴国に迷惑をかけてしまいますので。
……当たりですか。この大男、大森林から部隊が引き上げる機を狙っていましたわね。隠そうとしているようですが、私の観察眼を甘く見ないでちょうだい。ああ、そこで眼鏡の方を見るのね。
これで確定。今回の黒幕は連邦と帝国の両方ね。最悪の最悪の目が出たけれど――まだ、終わっていない。
それから、場を荒立てないように注意しながら私は会談を終わらせた。これで、ひとまずの危機は去ったと言っていい。相手の狙いを看破したし、我が国に攻め入らせる口実を与えなかったのだから。
(連邦の狙いはフォーリスト大森林、でしょうね。鉱石に魔物の素材と、我が国を支える資源の宝庫だもの)
帝国が何を考えているかは分からないけど、どうせろくな理由じゃない。一瞬だけど分かった、苛立ち始めた首長に見せたあの目はマズイ。古代兵器を使ったイカレた戦略を立てたのは、あの眼鏡でしょうね。
私は映像を切ると、深くため息をついた。騎士団長から労いの言葉がかかるけど、本当に疲れたわよ。
「しかし、ルーちゃんさまさまね」
「はい、流石はクローレンス公爵家の俊英です。あの古代兵器を撃ち落した功績など、金天勲章ものでしょう」
あら、嬉しそうね。まあ、気持ちは分かるけれど。あの子はずっと独りで頑張っていたもの。手を取るのも良しとせず、顔に似合わず肝が座っているから。
――なんて、そこで思考停止をするような愚物で在ってはならない。王女としても、あの子の友としても。
完全な死角を突かれた。私達どころか軍部の誰一人として気がついていなかったというのに、あの子だけがそれに気がつくどころか、被害が出ないように撃墜までやってのけた。それだけで終わる話じゃない。
我が国のトップエースでも難しい芸当を?
この情報だけなら偶然だろうで済ませたけれどね。
(あの子の様子、何かを隠しているのは丸分かり。そして、入隊してから明るくなったこと。極めつけはあのいけ好かない眼鏡の情報よ)
『戦略家としてのゲリュオンの癖を考えると、既に二の矢の装填は済んでいる。恐らくは協力者をそそのかして一番重要な所を攻めてくる可能性が大。奴は勝利が確信できる一打を編み出しながらも、その裏では常に万が一に備えている、過ぎるほどの臆病者。あと、常に言い訳ができるというか、自分だけに非が集中しない状況を好む』。
あの子から受け取った手紙にはそう書かれていた。助言を元に手持ちの情報を洗い出してようやく、相手の狙いが読めた。何者かは分からないけれど、相当の切れ者ね。大森林についても言及していたし、ほぼ確実に連邦が敵に回っているという所見も書いてあった。
この手紙の主は、天の機神より遣わされた天使か、私達を滅亡へと導く悪鬼か。どちらにせよ、利用できるのならば利用する他に手はない。
現状は嫌というほどに分かっている。誘っていたのもそういう事だ、王国風情が何を怒った所で構うものかという態度をしていたあれは、いわば当然の余裕だ。大森林のエース部隊を嫌ったのも、恐らくは余計な被害を嫌ったため。本気になればすぐにでも蹴散らせる程度だと舐められている。それは疑いのない事実なのだけれど。
(だけど、それがどうした)
いずれ報いを受けさせてやる。必ずだ。
「……その前に、やることが山積みだが」
人材の確保が最優先だ。何より、隠れたがっている本当の功労者の炙りだしをするか。
経験から分かる、こういう奴は目立つのを何より嫌うものだ。
小手調べに、ルーを庇って怪我をしたというレオン・トライアッド。君には試金石になってもらおうか。
その時、私はどこかの誰かが上げた悲痛な叫び声を聞いたような気がした。
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