前世の記憶に覚醒した俺が生き延びるために世界をぶっ壊すまで

第1話:やりたいことだけを出来ない人生なんて

「っ、くそ……! なんで……なんでこんな事になるんだよ!」


格納庫ハンガーの中はレッドアラートで満たされていた。煩い警告音が神経に障ったが、仕方ない。


警報は間違っちゃいない。今まさに、この国が滅びようとしているのだから。


逃げる時間さえない、故に打開策はたった1つだけ。


ついていないな。今生の俺も本当についていなかった。


何事も無ければ、夢のようなこの南の国で暖かい人生を送れていたというのに。


あの極寒の僻地で死んだ前世の俺とは違って、今生こそはと希望を持っていたのに。


どうしてこうなったのだろう。俺は、発端となった時のことを思い出しながら、死地へと挑むべく目の前にそびえ立っている金属で出来た巨人こと“機界人ウォリア”に搭乗すべく一歩を踏み出していた。












―――思い出した切っ掛けは、なんてことはない日常の中だった。


レオン・トライアッドこと18歳の俺が前世の記憶を思い出したのは、一年前の17歳の時だ。


場所は、大陸最南端にあるアルマグナ王国の整備学校。どの国でも中核戦力として備えられている金属の巨人―――“機界人ウォリア”を整備する兵士になれるようにと、身体と頭を徹底的に鍛えられる軍属の学校の中だった。その食堂の中で、俺はある人物を見た。


『ゲリュオン・レイシード』とテレヴィションのテロップには映っていた。爽やかな笑顔を浮かべるそいつは、かの強国であるヴァレリオン帝国の宰相だという。大陸全土で使用禁止の盟約が結ばれている古代兵器について、処理や取り扱いについて話し合う世界的な会議。


その眼鏡の男は、取材班にコメントをしていた。女どもが騒いでいる。爽やかで端正な顔立ちで、独特な眼鏡から感じる知的な所が良いらしい。


でも、俺だけは違う感想を抱いた。称賛され、騒がれている男を見た瞬間、どうしようもなくその男に向けて唾を吐きかけたくなった。


―――圧倒的な、嫌悪感。


どうしたんだとダチに言われて気がついた俺は原因を究明しようとした所、その場で吐き散らかした。


思い出したのだ。前世の俺が、あの腐れ狂信野郎に殺されたことを。


最後に聞いた言葉は、“お前なんかアリン隊長じゃない”というイカレた台詞と激痛。背後から背中をめった刺しにされた。


まあ殺されるだろうな、というぐらいのことはやらかしていたから特段驚きはしていなかったように思う。


前世の俺はあの国で革命家のリーダーをやっていた。極寒の北国である精強、ヴァレリオン帝国の皇帝へと反旗を翻して、遂にはその首を取って新皇帝を擁立し、新しいヴァレリオン帝国を立ち上げた張本人だとも言える。


全ては成り行きだったんだが。自ら望んで革命に参加して訳ではない、そうせざるを得なかったのだ。なんでって、革命を目指していた過激派のトップが俺の親父だったから。無責任野郎なあのクソ親父が死んだ後、一人息子だった俺が跡を受け継ぐ他に選択肢がなかった。


引き継がなければ親父の部下の一部狂信者に襲われて死亡してただろうし、引き継ぐフリして逃げても雪国の山越えは無理。最後には帝国軍にとっ捕まって拷問死していただろう。


帝国最悪の犯罪者扱いされてたからな。刑罰は恐らく俺のムスコが切り刻まれて弄ばれるという、ヒュンとなる内容だったと思う。なら将来の子孫のために精一杯やるしかないじゃない!と、俺は半ばヤケクソだけどめっちゃ頑張った。


ぶっちゃけ、皇帝の無能さ加減に腹が立っていたからというのもある。同世代の知り合いなんて、半分が餓死しちまった。


俺たちが勝ったのがその証拠だ。自前で採掘した鉱石を元に色々とやりくりできた、だから勝てた。ウォリアが応えてくれたこともある。


もちろん、それだけじゃない。俺の指導が大きかったのは事実だ。やり方がえげつない、人の皮を被った悪魔と部下や敵に引かれたりしたけれど、誤差の範囲ですね!


そんな風に色々あって最後には因果応報で死んだけど、私は今生のこの暖かい街で元気にやっています。一般人って良いね、胃痛とは無縁だもん。唯一悩ましいのは今生の親父が爆弾好きで性格もぶっ飛んでるということぐらいだけど、前世に比べたらとっても些細なことだ。


そう、生まれ変わったのだろうこの国―――アルマグナ王国は俺にとっての楽園パラダイスだった。温暖な気候、豊富な食料、温和な人たち、厳しくない軍学校。同期からタフだな、と言われた理由が不思議だったけど分かったよ、前世のあの地獄と比べたら屁でもないから。思い出す前の俺も、うっすらとだが精神的にはタフになっていたみたい。


ピリピリしてた奴等ばかりだった前世とは異なり、学校の同期はみんな気のいいやつばかりだった。任官後も、穏やかな環境だった。配属されたのは王国の中央部隊だ。美しい湖畔に寄り添う城下町・ティナウに駐屯する精鋭と誉高い部隊で、国の中枢にも近いことで知られていた。


最初はウォリアがある格納庫ハンガーの前に横一列に並ばされた。


「敬礼!」


ハゲ&ヒゲの整備班長の声で、びしりと腕を水平に構える。ひいき無く平等に市民を守るという志が現れた形らしい。


それから任官後の教育が始まった。整備の内容は学校の通りだったが、現場の作業はとにかく速度と精度を求められる。あとは、仕事の取り組み方だ。ちょっとしたミスなら普通に怒られるだけだが、怠慢かついい加減な覚え方をすると嘘みたいに怒られるのだ。俺の上司はちょっと抜けた所のあるいかにも温厚な人だったが、1つ上の先輩がやらかした、素人目に見ても酷いミスを見た時は違った。


歯が飛んだのだ。お前のせいで操者セレクターが死んだらどうすると、本気の一発だった。あれは折れてただろう、殴った先輩の拳まで。止めに入ったのが他ならぬ当事者のセレクターだったのが印象深かった。


色々あったが、充実した日々だった。そこで、俺は整備に生きるのも悪くないと日々を謳歌していた。


――前世の俺は革命家のトップ兼セレクターで、行動部隊の部隊長を務めていた。


帝国の天機神シャリアに見込まれた、選ばれた者しかなれない職種である機界人ウォリア。革命軍の初期でも数えるほどしかいない、希少な才能らしい。生粋の帝国軍人曰く。悲しいかな俺にも帝国のセレクターとして資格を持たされ、反乱側が故の人材不足を補うためにだろう、親父が健在の時も帝国軍との戦闘に駆り出されていた。


トップになる前も、なってからも本当に色々な戦場で死線を潜り抜けた。最後まで思ったのは、対人戦闘は最後まで好きにはなれなかったということ。


鉄の巨人と一体に成って野を駆けて時には空をも翔び回る。戦場などおかまいなしに、向かい合う敵と全精力をかけて戦うこと自体は嫌いじゃなかった。だが、終わった後の虚しさにはいつも慣れなかった。


それでも、ウォリアをいじくるのは好きだった。トップになる前はセレクターでありながらも整備班に混じって色々と自分の機体を弄くり回したもんだ。


だから、今の生活は大満足だ。ウォリアは近隣に出る魔物の討伐にも使われるため、整備が必要ないなんてことはない。国としても最重要戦力である機体の整備を放ったりはしないだろう。隠棲中の元王太子がやらかしそうになったらしいが、即位した妹姫様こと女王様は軍備を縮小せずに機体の増産とセレクターの新規募集をかけてたしな。


この国の最重要採掘地でもある、フォーリスト大森林の探索を進めたいという狙いが見える。確かに、あれが無ければ王国の経済は非常に厳しいものになるからな。


ただ1つ不満があるとすれば、王国のセレクターの練度について。なんていうか、その、とにかく総合的にレベルが低かった。


北国の勇たる帝国とガチンコやってた前世と比べる方が間違っているかもしれんけど、見てて不安になるぐらいにお粗末だった。訓練に身が入っていないし必死さが足りてない。才能ある奴はかなり居るんだけど、磨かれていない奴が多すぎた。


ウチの班が整備担当をしているセレクターは例外で、とにかく毎日努力をしている。才能も悪くないから、将来的にはどんどん伸びるだろう。


まあ、いくらなんでも13歳にも満たない小僧をセレクターに据えるのはアカンと思うが。


「僕は20歳です!」


「またまたぁ」


ほがらかに否定を!? く、どう言えば……そうだ、これ卒業証書です!」


手持ちのポケコンから投影された映像には、ざっくり説明するとこう書かれていた。


ルーシェイナ・リッド・クローレンス、18歳にて訓練学校を卒業。日付は2年前だ。マジかよこのお坊ちゃん、180クムある俺の胸に届くか届かないかってぐらいの背丈しかないのに。これが?俺の2つ上だって?


「ふふん、どうです? な、なんでほっぺた抓るんですか!」


生意気だから。銀貴色を思わせるサラッサラの髪に中性的な容姿―――というかぶっちゃけなまっちょろい身体で、どう考えても女にしか見えんが――性別:男に該当する野郎に遠慮はいるまい。ちょっと頬の肉と皮膚が柔らかすぎて指がするりと滑ったが。こいつ、男のくせにモチモチ子供肌過ぎるだろ。


とまあ、唯一頑張っているのがこの20歳(笑)だけなのが不安だ。魔物災害が頻発する南部のフォーリスト大森林付近に駐屯している部隊は実戦経験が豊富で練度も高いらしいが。いや、王国近衛とも言える中央部隊がこれなのは大問題過ぎるか。


そうでなくても、このアルマグナ王国は大陸に存在する8国の中でも最小かつ最弱だってのに。山岳地帯にある国で取っても旨味が無さすぎるから誰も落としにこないだろうけど。


でも、万が一というのは起きるからこそ表現する言葉があるのだ。最悪を想像してしまった俺はひっそりと逃亡用のフローバイクを用意することにした。


いざという時の逃走手段を予め用意するのは前世では日常茶飯事だったからな。家屋の床に穴を掘って地下道へ脱出は基本で、攻め込んできた帝国軍歩兵を階ごと潰したこともある。殲滅してから逃走、これが一番安全だと思います。


「まーた、悪いこと考えてる。え、分かりやすいですよレオくんの悪巧み顔。口元が半月みたいになりますひたたた!」


言わんでもいいことを言うからこうなる。しっかし、“リッド”と“クローレンス”つったら大も大の、超偉い貴族様だろうに。よくこんな無礼を働かれて怒らないな。いや、『部隊みな家族』をモットーにしているからかもしれんけど、周囲の整備兵とかも苦笑いで済ませてくれるし。班長とかに見つかると拳骨食らうから、見える所ではしないけどな。あの人、白兵技能持ちだからだろう、物騒な気配で分かるし。


ただ、優しいからって調子に乗った発言をしてる新人は他の先輩方から影でシメられてる。長年の業務で鍛えられてるからか、けっこうな筋肉をお持ちな人ばかりで、アイアンクローでも受ければ一発で言うことを聞くだろう。


それでも、怠けたり無責任なことをやらかさない限りは面倒を見てくれる。街に繰り出した時はおごってくれる。思い出せば、子供の頃はど田舎育ちだったが、みな似たような気質持ちだった。


料理と酒も美味く、城下町のは栄えに栄えている。いきつけの酒場で同僚や先輩達と酒を酌み交わして、仕事のちょっとした愚痴や部隊の内外から商店、娼館の女の子達の好みを語り合う。時には喧嘩をすることもあるけど、大抵は仲間が仲裁に入ってくれるから殺し合いにまで発展することはない。


ずっと、このまま生きていければ最高だ。楽園はここにあったんだと、俺ことレオン・トライアッドはアルマグナ王国で毎日を謳歌していた。ずっと、こんな日が続くと思うと同時に、そんな幸運があっていいのかと疑っていた。


―――だからこそ、誰よりも早くその異変に気がつくことができた。


王国の中枢とはいえ交通の便が良くないこの街は、大まかに言えば身内みたいなものだ。新興の商家が悪さをして潰されることもある。盗みに快楽を見出し、自分に酔う輩も出てくることもあった。


だが、人を命ではなくモノとしか見ていない輩は見たことがなかった。そして、懐かしくも忌まわしき帝国軍歩兵独特の歩き方をしている商人を他ならぬこの俺が見逃したりするものか。


少し無愛想だが、堅実な商売をする商人。北方のものを好んで仕入れている。嫁には先立たれたので、今は独り身である。集めた噂はそんなもので、怪しいものはとんと無い。


情報を集めた俺は、そこで断定した。人とはもう少し無軌道なものだが、その商人の行動は整合性が取れすぎている、まるで台本どおりに演技をしているように。


十中八九、密偵の類。問題は、その狙いが読めないことだ。


ヴァレリオンはここアルマグナから遠い。アルマグナの北には大陸でも最大の面積を誇るエイジア連邦があり、ヴァレリオンはその更に北だ。帝国と連邦は北の国境付近でたまにやり合っているのは有名な話だったが、どうしてアルマグナに。


連邦の南、つまりアルマグナの北は厳しい山脈があるため大規模な行軍は不可能。何より、連邦を挟撃しようにも帝国からこの地まで戦争が出来るほどの物資やウォリア、人員を送るのは難しいだろうに。


……偵察だけが目的かな? 前世でも連邦より南の情報は一切入ってこなかったし。なんか国があるなー、とか思ってたぐらいだし。


殺れば一番早いんだけど、捕まるリスクが大きすぎる。なので治安維持の警備部隊にタレコミの手紙を送っておいた。もちろん俺の指紋は拭いて、筆跡もカクカク文字で偽装したけどな!


密偵は何より疑いの取っ掛かりを持たれないことが大事だ。訓練を受けた本人たちはバレていないと思ってるだろう、実際のところボロは出していないのだから。確証に至る材料を持っている俺の存在なんて、予想している方がおかしい。


そう思い込んで、油断してしまった。


否、甘く見てしまったのだ。


今の帝国の過激さと、この王国のユルさ加減を。



その日は、朝から快晴だった。肌寒い季節ではあるけど日差しの下に出ればぽかぽか陽気にひたれる。俺たち整備兵・第三班は朝の点呼を終えると、近隣の演習場までフロートカーで20分かけて移動し、そこでセレクターどうしの模擬戦を見学することになっていた。


機体は王国でも最新鋭のウォリアである、“真紅のルーヴェイド”。近衛でしか乗れないそれは、機動力から格闘戦能力、射撃戦にまで対応するバランス型だ。


武装は68式・突撃魔導銃。これもセレクター次第で遠近が調節できる優れモノだ。背中のウェポンラックにはマグナ工房謹製のシャインブレードと、いかにも金がかかってる装備。だが、それを活かせるかどうかはセレクター次第になる。


「おっ、見て下さいレオ殿。我らがルー様の機体の方が先に起動しましたぞい」


「これで1つ目の賭けには勝ち、っと。それはそうと気が抜けるから敬語はやめろっつーの」


隣に居る眼鏡をかけた、ちょっとふくよか(自称)な野郎に呆れながら声をかける。こいつは西部の田舎から出てきたムール・ヨランドという名の男で、俺とは同期になる。地方の方言を自分なりに矯正した結果らしいが、なんていうか変な言葉遣いになった。敬語になると更に変になる。というか、どうして俺に敬語を使うかな。


「それはレオ殿が表面善人の腹黒悪鬼外道の類であるからして」


「失礼な。幼少期からずっと通知簿では品行方正と書かれていたぞ」


「わざわざ書くあたりが、教師や教官の最後の抵抗だったのですな……ふむ、ようやく相手の起動が完了しましたな」


ウォリアの動力源は純水とセレクター自身の魔力を掛け合わせて作られる、“魔水”だ。機体内部にあるタンクに魔力を通し、それを血液のように全身にまとわせることで、車やバイクとは違い、ハンドルではなくセレクターがイメージした通りに機体を動かすことが出来る。


だが、搭乗後に魔水を作成して機体に行き渡していくにはそれなりに経験が必要になる。セレクターの力量を見るには、起動までの時間を見よ、とまで言われている程だ。そして、毎日真面目に訓練しているルーシェイナの腕は他の有象無象に比べればかなり早いものだった。


「相手は……あっちも貴族サマみたいだな」


「エリートさまさまですからネー」


ウォリアのセレクターは天機神シャリアによって決められる。国の中枢たる起源機の前で儀式を行い、魔力が順応したものしかウォリアを駆ることを許されるのだ。


なぜか貴族ばかりが選ばれるとか、その中でも権力高めな家ばかり選ばれるとかあるけどたぶん気のせいですね。


「わっしとしては、質の低下はわりと問題だと思うのですが」


「同意するが、改善ってのは実害が出るまでは行われないもんだ。革命とか」


「いきなり最終段階っ?! ちょ、レオ殿ついにやらかしたんですか!?」


「失礼すぎるだろ。第一、やる理由がねえし」


ちょっと城下町の外れにセーフハウスがあってフローバイクを隠したりしてるけど誤差の範囲ですね。口には出してないが、ムールが引きつった顔をしていた。なにゆえ。そうこう言ってる間に両者の機体が開始線の前に立っていた。


見上げても頭のてっぺんが見えないほどの、金属で出来た巨人。流れ弾が当たらないようにと模擬弾使用かつ結界が張られているが、威圧感だけは変わらない。


しかし、ルー坊のやつ緊張してるな。能天気の坊っちゃんらしくなく、先月の模擬戦からどうにも様子がおかしい。意地でも負けられないと、肩肘張ってるというか。


「なんだ、どうしたレオン。お前らしくなく心配そうな顔をしているが、何か異変でも感知したか?」


「いえ、違いますよ班長。セレクターの様子が少し気になりまして」


思ったままを伝えると、班長の眉間に皺が寄った。どうしたものかと考え始め、どういう訳か通信用のマイクを突き出される。え、俺に何を言えと。


「なんでもいい。口も達者なお前が2、3話せば落ち着くさ」


「“も”ってなんですが。まあ、やりますけど」


なんせあっちの整備兵と賭けをしているからな。負けたら大損する以上、やらない理由はない。班長からヘッドセットを受け取って、頭に装着する。ちょっと汗臭いけど、我慢しながら通信を飛ばした。


『へい、そこの20歳。トイレに行き忘れたのは同情するけど、漏らしても大丈夫なようにスーツが作られているって知ってるかい?』


『……そのいきなりド失礼な発言、レオくんですね。別に、トイレなら10分前に』


それきり黙り込んだ。どうしてか班長に後頭を叩かれたが、理不尽な。そういう所ですぞ、ってなんだよムール。


『ま、まあいいです。それで、用があるなら急いで』


『いや、緊張してるようだったから。まさか俺たちが支えるセレクター閣下が負けるとは思えないけど、念の為に』


勝てば20年ものの、連邦産ウイスキーが手に入る。一度呑んでみたかったんだよなアレ。それまでのウイスキーという概念が覆るぐらい香り高いらしいから。


そんな事を考えていると、ルー坊が乗っているシェリアがこっちを見ていた。いかん、バレたかもしれん。僕のことで賭けはするな、って先月に怒られたばかりだからな。変に鋭い所があるし、ここは誤魔化さなければ。


『心配はしてない。なにせ、日々の努力は嘘をつかないからな。俺たち全員がセレクターの勝利を信じているさ』


『……そうですね。“四の五の言うより努力を重ねる方が早い”、ですか』


『良い言葉だ。誰の格言だ?』


『わかりませんね。ちょっと不良な整備兵くんから教わりましたが、どこからの引用かは聞かせてくれなかったもので』


声に調子が戻っていく。隣を見ると、班長も苦笑しながら頷いていた。


そうこうしている内に、模擬戦の開始時間まで1分を切った。


『――行ってきます』


通信が切れる。直後に、俺たち整備兵の全員が真紅の機体に向けて敬礼をした。



そして、模擬戦の決着がついたのは、開始の10分ほど後。


不利を悟りヘタレ防御に徹していたえりーとサマの動力部に隙をついてルー坊が剣を一撃、それが決まり手になって勝負は終わった。











「いやー、さっすがルーシェイナ様! 獅子奮迅の活躍でしたね!」


駐屯地に帰るまでの車の中で、先に帰投したルー坊に感謝を捧げる。助手席に居る班長は渋い顔だったが。


「……一応、お前もよくやったと言っておく。動機の不純さはどうかと思うが」


何をおっしゃる班長殿。模擬戦での賭けごとなんてどこでもやってるっつーのに。見た目で侮られているのかルー坊のオッズは高いので、それで稼がせてもらっているから気にしないが。べ、別に嘘の噂を流してオッズが上がるように画策なんてしてないんだから!


にやついていると、隣でムールが気持ち悪いぐらい陶酔していた。


「やはりウォリアというものは良いですな。金属がうねり、魔水が流れ、強大な水力が、魔法が、圧倒的なスケールで衝突しあう……どうしてわっしはセレクターに選ばれなかったのか!!! 魔法は一通り使えるというのに!」


「俺は逆にホッとしたけどな。フォーリストの辺境部隊でもないが、いざとなれば前線だろ? 死ぬ時は死ぬだろうし、整備兵の方が気楽だね」


「お前らちょっとでもいいから本音を包むということを学ばんか?」


班長の顔が引きつっているが、え、なぜ俺まで? ここはセレクターフェチのムールだけが怒られる流れでは。


それに、俺が言っていることは間違ってない。どうしたってウォリアが出て戦う場所は最前線になる。他の部署に比べ、セレクターが死ぬ確率は後方とは比べ物にならないぐらいに高い。死にたくないのが人ならば、安全な場所に居たがるのが当たり前だろうに。前世のこともあり多少なりとも魔法は扱えるが、わざわざそれを武器に殺し合いたがる奴の気が知れないね。


だって、不幸や死なんて何時どうやって襲ってくるのか分からないのだから。今も前方に光っている、不可思議な発光体のように―――


「なっ?! どうしたレオン!」


「いきなり車外へ飛び降りるとは………あ、大丈夫そうですな」


そりゃ受け身とったからな。でもちょっと痛い。しかし、反射的に飛び降りてしまったけど、なんでだ。ああ、そうだ、前に光が見えたからだな。


直感的に思ったのは、狙撃用の魔導光線銃が放つ光に似ているということ。認識した途端、身体が勝手に動いてしまった。


しかし、なにが光ったんだろうか。狙撃が来ないということは、少なくとも銃の類じゃないだろうが……。


伝えると、班長達も変に思ったようだ。車を端に寄せ、徒歩で確かめにいく。その先で俺たちは“それ”を発見した。


一言で表現すると、光るキノコだった。地面に突き刺さっている部分はキノコっぽい質感があり、上の傘の部分も見た目は連邦で取れる椎茸のように見えるが、触ってみると分かった、これは金属で出来ている。


いや、待て。俺はずっと前にこれをどこかで見たような気が。それも、あまり嬉しくない方向でのブツだったような。


「……持ち帰りましょう。イタズラにしても変です」


「そのようだ。む、魔力反応は微弱だが―――」


ぐらり、と地面が揺れる。遅れて飛んできたのは衝撃波。


よろめいた俺たちは、何が、と思う前に本能的にその場所を見た。


ルー坊と機体が先に戻っているはずの、俺たちの駐屯地。その格納庫から、黒い煙が立ち上っていた。爆音が、鼓膜を震わせた。


「ば……爆発?」


「あれは格納庫―――そんな、警報はまだ!」


「こ、これ! これもひょっとして爆弾なんじゃ」


違う。俺は断定した。爆弾の類はまず発見されない、目立たないのが鉄則だ。発光している時点で矛盾している。光っているのは、どうしてもその必要があるからだと考えるべきだろう。


そして、キノコの形をしているということは屋外に設置されることが前提と思うべきだ。その上でこの質感、発光していないと気づくのは難しい。


恐らくは通信の中継機の類。あるいは、何かを誘導するための……!?



まさか。



いや。



そんなバカな。



でも、間違いない!!



「な?! 待て、レオン!」



全速力で車にまで戻った俺は、キーを捻りアクセルをベタ踏みに。エンジン音が響き、車は安全外の速度で走り始めた。


冗談か、勘違いであって欲しい。班長に怒鳴られるか、謹慎を受けるだけで済むから。


そう祈りながら目を魔力で強化して、北の空を見上げる。そして、俺は見たくもないものを視界に捉えてしまった。


うっすらと見える、遠い北の空の果て。


そこから飛来する、何かを積んだ長距離魔導弾を。



「あれ、古代兵器の……!? いや、焦るな、通信を先に―――クソ、妨害されてる……!!」



舌打ちすると同時、駐屯地からウォリアが数機飛び立った。慌てて後方を見ると、西の方角から城下町に向かっている機影が。王国産とは明らかに違う、こっちも奇襲か!


まだ距離はあるが、辿り着かれたらどうなるのか分からない。そう思っての出撃するのは分かるけど、


いや、一人で怒っていても仕方がない。全速で帰投した俺は車ごと格納庫に向かった。


強引にゲートを突破する必要はなかった。爆発の余波で、全て薙ぎ倒されていたから。


それを乗り越えて進む。いくつか同時に爆発したのだろう、50ある格納庫の半分が崩れ落ちて、炎上していた。


「頼む、頼む、頼む………よし!」


不幸中の幸いだろう、ウチの格納庫はまだ残っていた。


車から降りて、中に入る。そこで俺は舌打ちをした。


爆発の余波を受けたのだろう、大きな機材があちこちに倒れている。そして、真紅の機体の前に倒れている小柄な人間の姿は、間違いようが無かった。


「ルーシェイナ!」


「う……あ? れ、レオ?」


駆け寄り、容態を確認する。見上げれば、搭乗者用の階段が残っていた。背の高いそれはセレクターがコックピットから地面に降りるための階段だ。


ルー坊は爆発の衝撃であそこから落ちたのだろう。よく見れば、右腕と右足の骨に罅が入っているようだった。


「なにが……テロ、かな?」


「違う、もっと酷いもんだ―――もう逃げられねえ」


時間がない。アレの威力がどういうものかは不明だが、ここまで威力が届かないと考えるのはアホの極みだ。第一、城下町を襲おうとしているあの部隊が迎撃に出た王国のウォリアより弱いとも限らない。負ければ、取っておきのバイク諸共に街ごと壊されるだろう。


「――くそ! なんで……なんでこんな事になるんだよ!」


格納庫ハンガーの中はレッドアラートで満たされている。煩い警告音が神経に障る。


今まさに、この国が滅びようとしている。空より訪れるアレは、城下町の大半を吹き飛ばすだろう。


打開策はたった1つ。ついていない、今生の俺も本当についていなかった。何もなければ、夢のようなこの国で暖かい人生を送れていたというのに。



あの極寒の僻地で死んだ前世の俺とは違って今生こそは。



―――違う。甘えるなよ、腑抜けるな。誰よりも俺自身が知っているだろうが。



「……そうだったな。死にたくなければ、生きればいいんだ」


それは前世の俺が学んだ真理。死は平等に人のはらわたに常に潜み、今か今かと破裂する時を待っている。逃れる術は、たった1つだけだ。



直走ひたはしれ。ただ、死に追いつかれるよりも速く、無様であっても。



「……セレクター、傷は痛むか?」


「え、うん……でも、大丈夫、弱音を言っていられる状況じゃないんでしょ?」


「そうだな。……ありがとう」


礼を告げる。嫌だと言われても引きずって連れて行ったけど、協力してくれるならこの上はない。


ルー坊を横抱きに抱えて階段を駆け上がり、コックピットに乗り込む。


魔力承認はどうか。俺は異物だし、ちょっとしたエラーは……起きない?


「……どういうことだ?」


「分からない。レオって騎士の承認は受けてない、よね」


「王国の天機神には近寄ったこともない。それよりも先に、だ」


変過ぎるが、今は考えている暇はない。痛みに呻くルー坊を他所に、レーダーを展開した。帝国産のウォリアとは勝手が違うが、魔力で強化できる所は変わらない。


そして、一方向に特化させたレーダーは捉えた。高速で飛来する魔導弾の反応を。


「れ……レオ? これはいったい」


「西に所属不明のウォリアが10機ほど。だけど、それは陽動だ。本命はあの大規模破壊術式が刻まれた古代兵器。落ちればどれだけ吹き飛ぶのか分からん」


「そんな……何かの間違いって可能性は?」


「そうあって欲しかったけど、兵器を誘導する受信器を発見してな。ご丁寧にヴァレリオン帝国産だ、勘違いの可能性に賭けてみるか?」


「そんな……古代兵器を禁止を主導していた帝国が、どうして」


「だからだろう。多少強引だが、やり方次第で連邦のせいにできる」


あの男なら、やる。というか、俺でも必要ならそうする。三度大陸を滅ぼしてようやく封印された、忌まわしき前時代の遺物だろうが、効果的に使えればこれ以上のものはない。


「やるぞ。アレを撃ち落とす、できなければ全て終わる」


「そ―――それって、そんな、でも」


「操縦を頼んだ。俺は狙撃に集中したい」


「れ、レオ?」


「やれないのならそう言え。“はい”か“いいえ”か、5秒待つ」


機体のチェックをしながら告げる。操縦しつつ狙いを定めるのは難しいが、やらないよりマシだ。今はとにかく時間が惜しい、叶うのなら純金を積んで購入したいぐらいだ。


「――分かった。機体を安定させる。だから、お願い」


「了解した」


あとは、姿勢を安定させるだけだ。ルー坊を横抱きから持ち替えて、俺の膝の上へ座らせると固定用のベルトを装着した。力場が発生し、二人の体勢が固定される。流石は“真”の固有名を持つルージェイド、こういう所も贅沢だな。


「だ、大丈夫? その、重くないかな」


「むしろ軽すぎる。というか柔らが過ぎるな、もっと筋肉をつけた方がいいぞ」


セレクターは座りながら操縦をするから、尻の筋肉が重要視されている。時には尻で姿勢を固定しながらハードな横Gに耐える必要があるからだ。だというのに、こいつマジか。女子かというほど柔らかいんだが。


「……どうした? 顔が赤いが、怪我のせいか? 無理なら先に―――」


「違うから! それよりも、行くよ!」


「うおっ?!」


いきなり発進させるな、と言う前に機体は格納庫からダイナミックに外へ。突き破った天井の破片が、パラパラと地面に落ちていく。


魔水に包まれた機体の中、モニターとセレクター独特の感覚が身体を駆け巡る。


ああ、ちくしょう。久しぶりの空だけど、やっぱり気持ちいいよな、飛ぶのは。


「言ってる場合じゃないがな―――装備チェック。距離と魔導弾の反応から推定威力を………マジかよ」


「これほどだなんて……レオ、射程距離まで待っていたら、これ」


「ああ、余波で酷いことになる」


68式・突撃魔導銃の射程距離は全力で強化しても2キャロが限界だが、あのクソッタレの魔導弾の威力は距離で減衰しているとしても、感知できる魔力量から推定して半径2.5キャロ以上。


生き延びたいのなら、アレが上空遠くにある内に超長距離狙撃を成功させる他に手段はない。問題は、身体が持ってくれるかどうかだが。


「ぼ……僕が射撃を担当するよ。魔力量は上だし、ブースターを使えば射程距離も上がるし」


「却下だ。模擬戦の疲労に加えて骨折、痛みで照準がブレたら終わりだろうが。ブースターも同じだ、照準なんてブレにブレまくるだろ」


「技量と体調を考えてくれ、無理だ。今のお前には、俺の命は預けられない」


「そ、それを言ったらレオくんの方が! 第一、セレクターでもないのにどうやってウォリアでの射撃を成功させるっていうの!?」


「生き延びることが出来たら語ってやるよ。面白くもないクソ溜めに沈んだ男の話をな」


それきり、全てをシャットアウトする。


―――集中の究極は限定だ。戦いの果てに、俺はそう定義した。


目を閉じて、耳を閉じて、息さえ止める。


ここに在るのは、俺だけだ。俺と突撃砲の、砲弾だけがこの世に存在する。


だから、簡単なんだ。俺の中に在る魔力の全てを、砲口と砲弾に注ぐのなんて。


びしり、と血管が破れる音がしたような気がする。女のような声と、悲鳴も。だが、それも気の所為だ。だって、俺と砲と弾と、撃ち落とすべきあの滅びしか世界には存在していないのだから。



「見えた」



姿勢がぶれていれば、と思ったが補正は必要ない。


既に砲口は目標を捉えていた。先頭にナイフが刺さった骸骨とか嫌味にも程があるだろう、あのクソ眼鏡野郎が。


考えるより先に、指はクイと動き。光線のように放たれた砲弾が、骸骨のど真ん中を撃ち抜いた。


―――幾千の雷光。そうとしか表現できない、強烈な衝撃と光と音が空の向こうで炸裂した。余波が来るまであと5秒と言った所だろう。


ならば、とついでとばかりに俺は砲口の向きを変えた。


城下町付近で、ウォリア同士の戦闘が起きている方角へと。



「ついでの土産だ!」


逝っとけ帝国野郎。放った砲弾は2発。余韻もあってか、狙い通りに飛んだ弾は1機に命中した。


遠くから、何かが大きく爆散する音が聞こえてくる。



「……この距離を、二度も当てた? すごい……って、レオ?」



呆然とする声に、おうと答えようとしたが出来なかった。


ごぼり、と喉からせり上がってきた血が口から流れ出たから。


あー、くそ、ヤバい所の血管が切れたなコレ。そういや、前世ほど鍛えていなかったのを忘れてた。何十度か重傷を負って死にかけたからこそ分かる、コレは駄目ですね。


グッバイ楽園、さようなら今生。


悪くは無かったぜと笑った俺は、全身から血を吹き出しながら気を失った。







―――だが。



「ひっく……ひっく、起きて、起きてよ……レオ、お願い、死なないで………!」



子供のような泣き声。それで、この女の子っぽい声は間違えようもない。前世の女の縁と言えばハスキーなイケメンボイスか、無駄にハイテンションで小煩い小娘のヒスばかりだったから。


でも、苦手だ。子供が泣いている声だけは一等に煩わしくて苛つくんだよ。


だけど、文句を言おうにも声が出ない。仕方なく目を開けると、そこには泣き腫らしたルー坊の姿があった。俺の返り血だらけでエライ有様だったが。というか乾いた血を拭けよ、鉄の臭いが充満しているだろうが。


「……レオ?」


「……一言。最後に、言わせてくれ」


息を呑んだルー坊に、俺は笑顔のまま告げた。


「泣くんじゃねえよ、ばか」


ガキなら、やかましいぐらいに笑っとけ。


そう告げた後、俺は後頭部の柔らかい感触に導かれるままに睡魔へと意識を捧げた。




―――そして。この頃の俺は、考えてもいなかった。



この事件を切っ掛けにして始まる、前世の縁まで巻き込んだ大陸を揺るがす大戦争。



その果てに、俺自身がこの世界を壊す決意をすることになるなんて。


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