第4話:腕の売り方

賑わいを見せるアルマグナ国の首都、ティナウ城下町の東の外れに僕はいた。煉瓦で出来た町並みを通り過ぎて、敷き詰められた硬化ディライトの未知を抜けて。その先にあった、行きつけだとレオに連れられて入った店は、予想以上の大賑わいだった。ウエイトレスがメモを片手に忙しそうに走り回り、20のテーブル席を掻い潜って注文オーダーが飛び交っている。キッチンから聞こえる音は絶えず、調理された料理のいい匂いが漂ってくる度に食欲が刺激されてしまう。


「食べる前になんだけど、美味しそうだね!」


「それに安いしな。いっぱい食えよ、ルー。体力を付けるにはとにかく量だ」


「ありがとう。でも、いいの? やっぱり、お給金も僕の方がもらってるんだし――」


「大人しくおごられとけ。傍目にも最悪に見えるし」


せめてその格好じゃなかったら、ってなんだよ。移動をする前に注文を出したのはレオの方じゃないか。ひと目でルーシェイナ・クローレンスって分からないように女装してこい、って。動きやすい格好とか注文つけるから、すごく悩んだんだよ? 何より、恥ずかしかったんだから。名前呼ばれるのは拙いから、ルーって呼び捨てにされるのも恥ずかしいし。でも、最悪ってなんだろう。


……やっぱり、この格好は僕には似合わないのかな。尋ねると、レオは変な顔になった。失礼すぎるんだけど。


「うっさい、どう話せばいいのか分かんねーんだよ。……闇深そうで掘り出すのが怖いんだよ、あのクソ女王」


「え、なにかいった?」


「なんにも。ほら、お前のが来たぞ。先に食べとけよ」


お待ちどうの声と共に、注文した料理が古ぼけた木のテーブルの上に並べられる。僕が頼んだのはオススメという森林鶏の香草炒めトマトソースがけだ。出来たての証拠として、お皿の上には湯気がほこほこと立ち上っていた。


ナイフで切り分けられているので、すぐにでも食べられる。切れ味鋭く、肉汁もあまりこぼれずにはふっと……うん、美味しい! 下処理が丁寧にされているからだね、鶏が持つ独特の臭みもない。鶏肉のジューシーさとトマトソースの旨味と、香草の匂いがバランスよく味覚を刺激してくれる。


「……お前、食べ方キレイだな」


「へ? な、なに見てるんだよ」


最低限の教育は受けてるからおかしな所は無い筈だけど、じっと見られると恥ずかしい。……そういえば、誰かと一緒に食事をするなんて、訓練学校以来だからか3年ぶりくらいだね。うん、やっぱり一人で食べるより断然美味しいよ。


「なんだ、いやに嬉しそうだな」


「当たり前じゃない。レオと一緒だからね」


「……お前なぁ」


「お待ちど!」


ウエイトレスさんが、レオの頼んだ料理を持ってくる。確か、牛カツのデミグラスソースがけを頼んだんだよね。こっちも美味しそうだけど、ん、ウエイトレスさんがこっちを見てる、かと思ったらレオに咎める視線を向けた。


「あんたね……いくらなんでも、それは拙いだろ」


「言うな。それと勘違いをしている、重要な点を3つほど」


「悪いことする奴は大抵そう言うんだよ。こんな純朴そうで可愛い娘、どこで誑かしたんだか」


その後、ウエイトレスさんはレオと色々話した後に、こちらに慈しむ視線を向けてきた。え、酷いことされたらお姉さんに言うんだよ、ってどういう意味かな。レオがそんなことする筈ないのに。正直に告げると、ウエイトレスさんは更に咎める視線になった。


「アンタ―――洗脳だけはしないって言ってたじゃないか」


「人聞きが悪すぎる! いや俺も今の言葉にはちょっと首を傾げざるを得ないんだが」


レオは困った顔をしながら牛カツを食べ始めた。本当に分かってないなあ、自分のこと。それもレオの良いところなんだけど、見ててやきもきするんだよね。


ウエイトレスさんも分かってるのか、冗談だよと言って去っていった。……キレイな人だったよね。それに、レオと仲いいなあ。他のお客さんとはちょっと態度が違うように見えるけど、何かあったのかな。


「あん、ナターシャと? 分からんけど、前に酔っ払いを畳んだ時からの付き合いだ」


泥酔状態で入ってきた客が転倒した時のことだと聞かされた。俺のステーキごとテーブルをひっくり返しやがって、とレオは怒り心頭だった。お有り難い食べ物様を粗末にする奴は全員死ねばいいむしろ俺が捌くと呟くレオの真顔は、寒気がするぐらい怖かった。


「それよりも、今後の話だ。……ルー。一応確認するけど、今の状況は分かってるか?」

「うん。―――僕たちはこの国のため、陛下のため、必死で頑張る!」


気合を入れて答えて、頷く。どうして束ねた紙で頭を叩くのかな。減点1、ってなんだよ、ちょっと痛かったんだけど。


「……状況の把握について話してる。もういい、簡単にまとめるとこうだ」


昨日、女王陛下から例の事件について正式な発表があった。その上での情勢をレオは用意していた紙の上に書き始めた。


上から順番に丸をみっつ書いた。


一番上は中ぐらいの丸で、数字の6、“帝国”。


その次は大きな丸で、10、“連邦”。


小さな丸で1、“うちら”。


各国の戦力を大雑把に表した、って言われても……冗談だよね。


「そうであって欲しかったけどな。で、この帝国と連邦はとても仲が悪い。旧帝国時代に連邦の北方へ何度も略奪を仕掛けたからだな」


新帝国になった後でも帝国の南方と連邦の北方が接する国境付近は小競り合いが多く、時には本格的な殺し合いになることもあった。聞いたことはあるけど、連邦の方強いんだよね。どうして帝国へ攻め込まないのかな。


「大きい要因は3つある。気候、連邦の国の在り方、新帝国の強みだ」


気候は、極寒で知られる帝国との温度差のこと。帝国北側にある海にはアブソ海流という、大陸一の寒流が流れている。それと地中に埋まっている鉱石の影響で、とある地域から北側になると急激に気温が下がってしまう。


一流のウォリア、セレクターでも機体に問題が出たり、体力がもたなかったりするって、それは攻め込むのは難しいよね。


「次に、大陸の中央に位置している連邦。南北東西の地域に明確に分かれているあの国は、1つの地域に戦力を集中することが難しいんだ。東側は山で分断されているから交通の便はクソだし、南側は北側と仲が悪い」


総合的には勝っていても、10の力では戦えないってことか。


「でも、連邦には“あの”十星の内、3人が所属してるんだよね」


大陸の全セレクターの憧れである、十星。そのセレクター達の実力は天に輝くが如きもの。2年に一度、天機神シャリアの巫女を通じて発表されるそれは、大陸で最も強き戦士の証だ。


ここ10年は不動で、連邦は4人、帝国に1人だったっけ。あ、でも帝国の人は死んだって聞いたような。


あとは西にあるレギナ傭兵同盟と、東のセイチズン天主国に一人づつ。最後の一人は流浪のセレクターらしいけど、帝国の西、連邦の北西にあるドラキニア連合国の十星の一人と結婚したって噂を聞いた。あとは、未所属で流浪のセレクターが一人と、所在不明の謎に包まれたセレクターが一人。王国には、残念ながら居ないんだよね。


十星が別格だというのは、セレクターの間では常識だ。一人居るだけで、戦場の空気が違うとか。いや、経験したことはないんだけど。


「……新帝国のセレクターも負けてねえよ。いや、これからの事を考えると負けてて欲しかったんだけど、残念なことにアイツらは強い」


レオは遠い目をして語った。


――かつての革命軍に、4幹部あり。その内の“最強”を自負する女は、帝国内の混乱時期に攻め込んできた十星を真正面から打ち負かした化物だと。


「誰も信じないし、連邦も隠避した。だけど確かにソフィアは勝った。十星の一人、ユーゼアス・ヴァンガードにな」


その名前は……“北の天鬼”だよね、双銃剣使いの。レオが言うからには本当のことなんだろうけど。


「そして、最後の3つ目の要因は新帝国の方が練度が高いからだ。残る二人、ガリオとウェアルフもソフィアには劣るが手練だし、部下も精強揃いだからな」


王国のセレクターより数段は上だと、レオは複雑そうに断言した。常に死に晒されていたが故に、そこから抜け出そうと足掻く者ばかりだったと。負けて辛い過去に戻りたくないからこそ、一丸となって戦うことだろう。でも、レオが嫌そうにしているのはどうしてなのかな、一応は仲間だったんだよね。


「強いからだ。新帝国あいつらか、連邦か。どっちになるか分からないけど、確実に戦う羽目になるからだよ、それも王国単独でな!」


レオは小さい丸を、1の数字をペンで叩いた。


それって、でも。って、陛下から発表があったんじゃ。南部からの賠償金も入るって陛下から直接聞いたのに。


「……それは落とし所だ。真実は違う、どっちが主犯かは不明だけど、あいつらは組んでる。共謀してあの兵器を発射させたんだと思う」


「そんな……あ、でも、レオ」


そんな大事な話、ここでしてたら誰かに聞かれるんじゃ。隣のおじさん達のテーブルの会話も集中すれば聞こえる。耳を澄ませて、って、おじさん達も戦争の話をしてる? お酒を飲みながら、色々と荒っぽい予想が混じってるけど。まるで専門家みたいな調子だった。


「そりゃするだろ。女王直々の発表とはいっても、内容が内容だ。10全てを信じられない、って奴はそれなりに居る」


そして、将来の不安は酒が入れば酒気と共に口から吐き出す。そう告げるレオは、近くを通ったさっきのウエイトレスさんに呼びかけた。


「なあ、ナターシャ。今日はやけに酒類が出てるようだけど」


「……今日だけじゃないさ。戦争にはならなかったけど、やっぱりねえ」


言葉を濁して、苦笑するナターシャさんはキッチンの方に去っていった。


……分かったよ。声を大にして話せないか、話したくない内容ってことだよね。視線で問いかけると、レオは頷いて王国を包む丸の縁をぐるぐると重ね書きした。


「不安になる奴はこう考えるのさ。あれは事故じゃなくて、何かを狙った何者かが起こしたものなんじゃないか。その理由、価値がまだ王国にあるのなら―――」


確信ではなくとも、不安は募っていく。もしも、そうなったらと考える。


そして、勘違いではないとレオは断言した。


「備えろ、と女王は言った。つまり、十中八九来るってことだ。無駄遣いを趣味にしているようには見えないし」


「……うん」


必要のないことに予算は割かない。つまり、陛下はいずれ絶対に必要になるからレオと僕に要請した訳で。


「それでも、真面目に動き始めてるのは俺たちだけっぽいんだがどう思う? ここでもう一度、改めて確認するけどな」


点呼、とレオが告げて「1」と言う。「2」と答えた後に点呼は終わった。


「人員、2名。予算、大金貨50枚。機体、Dランクのコアだけが1つ」


レオは横の椅子の上に置いたコア入りのケースをポンと叩きながら、笑った。


「後はルーのルージェイドが1機だけ、おしまい………………もう諦めね?」


「だっ、駄目だよ!」


それに、新しい人員が来月にはこっちに来るって話だし。


「信用できるかどうか分からんし、力量も不明だからな」


「でも、諦めずに頑張ればきっと……うん、レオがいるなら」


「戦争は一人でするもんじゃないって。最低でも……そうだ、ちょっと連邦の十星を潰してきてくれよ。ついでにあのゲリ眼鏡もすり潰しておいてくれ」


「そっ、それは………僕には、その、無理だと思うんだけど」


「うん、だろうな。でも、王国が単独で連邦か帝国に打ち勝つってのは、それぐらい無理なことなんだよ」


ハッキリと告げるレオは、深いため息をついた。僕も自分の認識が甘かったことを痛感する。訓練を重ねて成長すればもしかしたら、と思いたいけど大陸に名を馳せる頂点に勝利する自分を思い浮かべられなかった。


でも、と僕は言う。頭は垂れないと決めている。疾風のように突然に現れ、一瞬で僕の世界を壊してしまったレオンの言葉を覚えているから。


それに、だ。



「――勝ち目は、あるんだよね?」


「――無ければ作り出すまでだ。遠い昔からずっと、人はそうやって成長してきた」



やっぱり、諦めてない。なら、僕も置いていかれないようにしなきゃ。


自分を裏切らないように―――っ。


「……どうした、ルー。食べすぎか?」


「違うよ。ちょっと骨折の痛みがね」


誤魔化すように笑い、僕は嘘をついた。すぐに気づかれるだろう。ほら、訝しげな表情。だけど、本当のことまでは流石のレオでも分からない。


……これぐらい、当然のことだ。この国を救ってくれたというだけじゃない、レオなんだから使を後悔はしない。痛むけど、永遠という訳でもないし。


僕はレオから隠れて鎮痛剤を呑んだ後、支払いを済ませて店を出るレオの後をついていった。













(おー、見られてる見られてる。流石の威力だな……いや、嬉しくはないんだが)


横のルー坊……いや、これからはルー嬢と呼ぶべきか。面倒くさいからルーでいいや。こいつは鏡を見たことがないのか。


ナターシャが入店の時に呟いてただろ、「うっわ、ちょーかわいい」って。1分ぐらい語彙が貧弱になってたぞ。だがまあ、同意は出来る。それほどに女装をしたルーシェイナの姿は、ただの可憐な美少女だった。


横斜め45度に見下ろさなければ顔が見れないぐらいにチビだけど、そのチョコチョコした感じが凶悪だった。いかん、ありもしない父性に目覚めそうになる。


女装……女装なんだよな。遠回しに確かめるつもりだったが、余計に分からなくなった。というかコイツをコーディネイトしたのは誰だ、それとも自分で服を調達したのか。


そもそも、侯爵家の。それも武名に名高いと聞いているクローレンス家の一員が、どうして性別自認にまで陥っているのか。掘り下げるとそれだけで小説が1本書けそうなぐらいな闇深さが垣間見えるんだが。


(まあ、それはひとまず端に寄せて。勝ちの目って言われてもな)


自信をたっぷりと乗せて答えたけど、ぶっちゃけ勝機なんて今はまだ欠片も見いだせていない。実績はある。帝国の革命の時がまさにそうだった。クサレ親父から革命軍を受け継いで、組織の現況を把握した時に出てきた第一声が「死ぬ」だったからな。


このままだと死ぬ、頑張っても過労で死ぬ、不運がちょっとでも重なったら即死。全部何とか乗り切ったけど、結局は背中刺されて死んだんだけどな。


でも、諦めるのにはまだ早い。駄目だと決めつけた時点で道は途切れる。例えば絶望的な深さの崖があったとしよう。だけど、その目で見るまでは分からない。道の向こうの対岸に橋を渡せる距離かどうかは、前を見続けた者しか知ることが出来ないんだ。


……問題は、この先に厄介過ぎる崖と上さえ見えない絶壁が二重に道を塞いでいることが既に理解っていることなんだけど。


だが、まあ、俺なりの理由はある。ゲリ眼鏡の思い通りになるのが気に食わないのもあるが、何よりも損をした気分になるからだ。先の事件で、俺は逃げられないと悟り生き延びるために古代兵器の爆弾を撃ち落とした。成り行きとはいえ、命を賭けてこの国を救った。なのにここで見捨てると、あの決意の全てが無駄になり、徒労になる。それはちょっと、間抜け過ぎるだろう。


成功すればリターンもある。勝利すれば自分だけのウォリアで、潤沢な資金を懐に、何にも束縛されることなく大陸を見て回れる。それも、誰にも追われることなく。ちょっとした賭けになるが、挑む価値は十分にある勝負だ。


(ちょっと難易度が高すぎる気もするけど……今更だしな)


簡単に掴めるものなら、苦労はしていない。だけど、苦労もせず得られるものを大事に出来るかどうかは別問題だ。


何より、隣で歩くコイツには借りがある。気づかれていないようだが、さっきの痛む仕草で確信した。もしかしなくても、あの時の傷は9割がた死に至るほどの深手だった。それを短時間で治療するなど、何か代償があるに決まっている。


――舐められたもんだ。それだけの施しを受けた俺が、何も感じないと思うのか。引き換えに何かを求めてこないのも気に食わん。いつか絶対に泣かせてやる。


と、意識が少し逸れたがやることは変わらない。まずは、強いウォリアを手に入れるのが最優先だ。だが、手持ちは不安がある資金と低ランクのコアだけ。真っ当な方法であればどんな活用方法を見出しても、圧倒的に足りない。


ならば、やるだけだ。頼むと言われ、俺はやると答えた。ならばもう、お行儀よい方法なんざ選んでいられない。


真っ当な方法であれば、機構師マシナリー――ウォリアを設計し、組み立てることができる設計家であり監督官にコアを持っていって、材料費として金貨を渡して俺の機体を作り上げるだけで済むだろう。


だが、それで完成するのはクソ弱い機体だけだ。C-がせいぜいだろう、それで連邦や帝国の精鋭に勝てと言われても、出来るかバカと返す他ない。そのための打開策の取っ掛かりが、これから向かう先で得られる。


だからこうして街の外れから更に外れへ向かっているのだが、その途中で建物というか、周囲から漂う町並みの雰囲気が変わってきた町並みに気づいたのだろう、ルーが不安そうな顔で尋ねてきた。


「その、ここって……もしかしたらだけど、旧職人街だよね? 職人見習いの人たちが多く住んでいるっていう」


「ああ。成功したら城下町でも中央に近い一等地に店を構えられるけど、大半がこんなもんだ」


王国は裕福だが、100%がそうかと言われれば違う。中には貧困にあえぐものも居る。その1つに、手に職を持つために努力を重ねている職人層が数えられる。別に珍しい話ではない、成功できる技術家の席数が決まっているのはどの界隈でも当然のことだ。


セレクターにとっての十星と同じように、中央に店を持つ職人を憧れ、見上げている見習いは多い。彼ら、彼女達は常に飢えている。のし上がる手段を欲していると言ってもいい。


その内の一人であろう、胡乱な目をしている男を俺は睨みつけた。ケースならまだしも、ルーを見て犯罪者くさい顔をするな、塗り潰すぞ。意志をこめて視線を向けると、男は逃げていった。あれだけで背中を見せるとか、根性のないやつだ。


しかし、思った通りだな。仕込みは進めている最中だが、存外に上手くいきそうだ。分かっていたことだけどな。


この地域においては、軽犯罪が起きるのも珍しくない。継ぐ家もない、定職も持てない者が行き着く先だからだ。この国においてそういった人間は、手に職を、一発当てる夢を持つ者が多い。逆に言えば、才能ある職人が隠れているかもしれないということだ。そして、俺はそういった人間を見つけるのが得意だった。


反骨心に満ち満ちている人間を見つけることだけなら、大陸の誰にも負けるつもりはない。変人と変態と称される曲者を導いて革命を成功させたのは伊達ではないのだ。


「ど、どうしたのレオ。急にひどく疲れた顔になったけど」


「……ルー。背中の心配をしなくていいって、幸せなことだよな」


「本当にどうしたの?!」


初期のあいつらを思い出しただけだ。気に入らないって、殺し合いにまで発展したからな。何とか黙らせたけど。


だが、その経験が血肉になって俺の中に生きている。こだわりのある奴ほど、こちらの想像を越えて成果を出してくれる才人が多いのだ。誰もが妥協して立ち止まる当たり前を乗り越えて、斜め上へと進んでくれる。


そして、俺は目的地の前で立ち止まった。薄汚れた工房の、強い風でも吹けば倒れてしまうんじゃないかというボロボロ具合。この中に居るやつが、そういう人種だということを俺はよく知っている。


一階の大扉は閉鎖されているため、鉄製のタラップを昇って2階へ。そしてノックを3つに、2つ、素早く4つ。記憶通りに金属製の扉を叩いたが、中の反応は皆無だった。


「……レオ?」


「あいつ、また寝てやがる」


先月もそうだったんで驚かないけど。あ、音に反応する目覚ましを作ったのか? 中で鈴の音が鳴っているが………出てこないな。これだけは使いたくなかったが、仕方ない。俺は予め用意しておいた紙コップを扉に当て、本当に小さな声で呟いた。


ウォリアのコアを持ってきたぞ、と。


1秒後、部屋の中から何かがひっくり返ったかのようにガサゴソという音が。


ルーの肩に手をやり、一歩後ろへ。


5秒後、扉は内側から勢いよく開かれた。


「――よ、ティティ」


タンクトップの寝起きの女に、俺は言う。


「御託はいい、中に入んな」


ハスキーボイスの真剣な声で、ティティは俺たちを引っ張り込んだ。


進んですぐの場所に、パイプ椅子と古ぼけた木製の机が置かれている。浮かんだアイデアをすぐに形に出来るようにと、先代が用意したままになっている。


俺はルーと共にそこに向かうと、座るより先にコアが入ったケースを机の上に置いた。


「……その様子、冗談の類じゃないね。アンタがそうするってことは」


「流石に女王陛下の発表は耳にしてるか」


「シズさんが教えてくれた。アンタこれだけは知っときなさないよ、って怒られた」


あの人も変わらないな。お節介だが、居なければティティは野垂れ死んでそうだし。それよりも、本題だ。俺はコアのケースに手をやりながらティティに切り出そうとしたが、その前にルーから待ったが入った。


「なんだ、どうした。まだ話もしてないだろ」


「そうじゃなくて! その、ティティさんの格好、なんだけど」


ルーが耳まで真っ赤にしながら、ティティの2つの双丘を指差した。具体的には丘の頂上にあるものを。並以上なサイズの上にタンクトップも大きすぎるせいで、横からはちょっと見えそうになっているが、何が問題なんだ。


「全部だよ! ああもう、いいから上着! あ、これだねティティさん!」


椅子にかけられていた上の作業着をルーが手渡す。放り投げないあたり、育ちの良さが出ているな。ティティは少し驚いた後、話が進まないと感じたからか大人しく上着を羽織った。


「……これでいい? それより、続き。コア、冗談だったら許さない」


「ケース見れば分かるだろ」


答えるなり、パカリとケースを開ける。その中には間違いなくウォリアを動かす心臓部となる部品――コアが入っていた。


このコアは、天機神から年に50ほど授けられるというウォリアの中枢。これだけは必要な部品であり、唯一代替物がない貴重なもの。故に、手にできるものは限られる。例え最も数が多く品質が低いDランクのものだろうと、ろくに拝めないままに死んでいく職人が居るほどだ。


だからこそ、千載一遇の機会になる。もしもこのコアを元に、世を驚かせるほどのウォリアを作ることが出来たなら。それは、ウォリアを設計して組み上げる者―――機構師マシナリーにとって生涯の誉になるからだ。


だが、ティティは喜びの顔を浮かべなかった。いや、目元は暗いオレンジ色の前髪で隠れてるから分からないんだけどな。口元を見れば、コイツの感情はおおよそ読み取れる。こいつが悩んでいることも。


そして、ティティはじっとコアを見つめた後、俺の目を見て問いかけてきた。


「レオン……これ、ランクは?」


「Dだ」


「やっぱり。そう、だね…………うん、無理」


ティティは、はっきりとした声で告げた。


どうして、とルーが尋ね返した。


「なんでですか。これ、正式なコアです。ティティさんがレオの見込んだ機構師マシナリーなら、これを元にして各部品を手配すれば―――」


「並より上の機体は創れる。でも、所詮はその程度。私が本当に求めているウォリア機体には届かない」


案として練り上げたのは、最低でもCランクから。そう断言するティティは、背中の椅子に体重を預けながら古ぼけた倉庫の天井を見上げた。


「……ゴメン。色々、苦労をかけたのに」


「お互い様だ。俺だって、お前がいなければフローバイクを一から組み立てようなんて思わなかった」


前世での愛機だったフローバイク、テイルファング。遺跡から発掘された遺物で、従来の性能の2倍の速度が出る逸品だった。何度も故障して整備したから、機構についてはそれなり以上に把握できていると思う。


その再現をしたくて、辿り着いたのがティティだ。俺は遺物という超文明の遺産たる機構を教え、ティティは知識を吸収しつつ現代でも再現できるように工夫を重ねた。


対等な取引だったと思う。互いに欲しいものを手に入れられたから。そして、完成した後の宴会で俺は聞いた。ティティがウォリアの設計図をひいている事と、将来的にそれを組み上げることが何よりの夢であることを。自分だけしか描けない、作れないような専用機体を編み上げることができるなら、と。


だから、今回のことはチャンスだった筈だ。Dランクとはいえ、出来が良い機体を創れば認められる。それを切っ掛けに、より上のコアを預けられるようになるかもしれない。


だから何故、と俺は問いかけた。ティティは、自分でもバカだとは思うけど、と答えた。

「私だけにしか創れない者を追求したんだよね……でも、そうするとDランクのコアだと中途半端な性能になるっていうか」


「ちょっと修正すればいけそうだけどな」


「うん。でも、したくないんだよね。私は、より上のモノを追求しはじめた。でも、ここで横道に逸れたら戻れなくなりそう」


「……そうか」


「うん」


「分かった―――安心した」


「うん。………へっ?」


機構師マシナリーの要望は聞いた。あとは、俺が応える番だな。あ、遅くとも来月までには発注するからな。恐らくはCランクになるだろうけど、部品を手配するための準備だけはしておけよ。体調も整えとけ、手抜きしたら死ぬぞ、俺が」


「え、え……? あ、うん。分かった、準備は済ませておく」


「頼んだぞ」


告げるなり、外に出る。ルーが慌てて追ってくるが、遅いぞ。


「いや、流石にそれは理不尽かなって。それよりも、どうして?」


「質問が曖昧過ぎるんだが」


「分かってるくせに。どうして、Cランクのコアを手に入れる前にティティさんの前に来たの?」


……こいつ、俺が手に入れると告げた言葉を疑ってないな。ティティも短時間で納得したようだけど、なんでなのか。それよりも、理由か。まあ、簡単に言うと試したんだ。


「私だけにしか創れない機体を求めている。前のあいつもそう言っていたけどな。時間が経てば、人は変わるもんだ」


苦労も続けば人は変わる。挫折も重ねれば背筋は曲がっていく。意地を張る気力が永遠に続くはずがない。俺の手助けがあったとはいえ、ティティはずっと切っ掛けを得られなかった。そのあいつの今が、かつての夢がどうなのかを確かめる必要があった。


だから、試した。そして、分かった。あとはご要望のコアを用意するだけだ。


「……意地悪なことをするんだね」


「それぐらいするさ。俺の命を預ける機体だからな」


しない方が失礼だろう。何も言われず、勝手に信じられる方が困惑する。俺も、アイツも、今はまだ無名の木っ端に過ぎないんだから。疑われる方が当然だと思って挑むのが、弱小たる身としての礼儀だろう。


「でも、どうやってコアを調達するの? Cランクより上って、簡単には手に入らないと思うんだけど」


「最低でも大金貨100枚って所だな。再来月まで溜め込めば、って感じかもしれんが時間がない。それに、こんな些事に取り敢えずの運営資金を注ぎ込む必要もない」


なにせ、勝ちの目を拾うための一手を作り上げるために情報屋と接触済みだ。資金の半分が必要になったが、絶対に必要なことだったから後悔はしていない。


そして、コア入手のための布石は既に。仕上げるための手筈も整え済みだ。幸いなのは、式典に出席できたこと。至近距離だとよく見える、分かるのだ。嫉妬に満ちる男の顔が。



「仮面も明日に渡される予定だしな。あとは、ちょっとした取引を成功させるだけでいい」



高いものを無理に手に入れようと考えるから悪い、明日のために必要となれば、どんな手を使ってもいい、地に落とした後の土の上での勝負であれば俺は負けない。



言葉にはせず、俺はルーに向かって親指を立てた。


―――疑いもなく立てられた小さな親指には、こそばゆい感じが混じった苦笑しか返せなかったけれど。









~あとがき~


●プチ補足


 お金のイメージは以下の通り


 ・銅貨 :   100 円


 ・銀貨  :  1,000 円


 ・金貨  : 10,000 円

 

 ・大金貨 : 100,000 円



 コアの価格はDランクで大金貨10枚以上、Cは100枚以上、B以上は非売品


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