第5話:自負という文字

太古の昔、俺たちの祖先は遥か空の彼方よりこの地に降り立ったという。古代のデータベースにはそういう伝承が残っているが、どこまで本当なのか、ハッキリと検証されてはいない。


一応だが整備学校では歴史についても学ばされた。授業の内容は戦いの方面に偏っていたため、戦史と呼ぶべきだろうか。


出だしにはこうある。“人類の最初の敵は、魔物だった”と。


納得できる話だ。強靭な戦闘力を有するだけでなく積極的に、時には群れをなして人を襲い、生命を脅かしてくる外敵、それが魔物だからだ。皮膚は固く筋肉も密なため、旧式銃―――高密度な金属を飛ばす武器で対抗は出来たものの、弾薬の消耗が激しく、やがては使えなくなってしまったという。


その時に生み出された新たな対抗手段が、“魔法”らしい。伝承では天より授かったと教えられているが、本当の所はどうなのか、詳細を記したデータは未だに見つかっていないという。


“魔の物に対し人の法を適用するための方法”――故に“魔法”と呼ばれたその力は、特定の鉱石や自然物を媒介にして人間の中にある何かを物理現象に変換する法則だった。


魔法の源の力、人間の中にある“何か”――それが“魔力”。


媒介と現象の種類は様々だが、媒介を手に念じれば火が燃えて水が吹き出し風が流れ土が動く。それを武器に人は魔物を駆逐し、生存圏を確保した。


次の敵は、同胞だった。人と人で殺し合った。気候や地形、食べ物が変われば人の思想や意志も変わる。相手のことが気に食わないというだけで小競り合いは発生する。繰り返されれば恨みが蓄積し、やがて大きな争いに発展する。


欲望や怨恨で、地域―――その時には国にまで発展していたため、国どうしの争いになった。


だが、その時に当時の人々は気づいたのだろう。『魔法って人間相手じゃオーバーキルじゃね?』と。気がつくの遅すぎである。魔法全盛時代に流行っていた大魔法の威力は凄まじく、時には6マールもある筋骨隆々、ガッチガチの魔物を細切れにするか焦熱で惨殺できるほどだ。


人間がまともに受ければ骨さえ残らないし、運が良くて肉片にされるぐらい。それが原因で戦死者の数さえ分からない、という目を覆うような事態に、各国の主戦派さえ真顔になったんじゃないかな。


戦術的な問題もあった。大魔法はとにかく変換と放出に時間がかかるからだ。媒介の変換は言葉によってイメージを促し、効率を上げる。これを詠唱と呼ぶが、途中で邪魔されて集中を乱されれば魔法は不発、悪ければ暴発する。それを狙った戦術も流行りだしていたため、次第に大魔法は廃れていった。


その時期に開発されたのが、魔導銃。旧式銃の錬成火薬によってバルタイト弾を飛ばすギミックを、魔法と魔法陣――当時は魔法回路だったが。それによって代替した武器だ。


それを、銃身の中で複数同時に発現させたのだ。火の爆発による推力を水の性質による流動で水圧に変換して流れる風の性質と共に前へ。衝撃と余剰魔力を土の性質によって硬化して砲身から撃ち出す、というのを一瞬でやってのける優れものだ。


魔導回路の成せる技らしいが、正直なところ頭がオカシイとしか思えない。とにかく、それにより戦争の在り方は一変した。魔導銃が、戦場の主役になったのだ。何よりも、使い手に特別な才能が要らないという所が、大魔法使いに引導を渡した理由だった。


基本となる火水風土の変換効率には、才能による個人差がある。大魔法を使える素質持ちは1万人に1人。その1人が頑張ったとして、魔導銃を持った1万人に勝てるかと言われれば、ノーという答えになるだろう。発動の遅さも致命的だった。狙い撃ちにされれば、それで勝負ありになるのだから。


それからも戦争は続く。魔導銃から魔導砲、魔導爆雷から魔導爆弾まで、様々なものが生み出された。戦いは熾烈を極め、報復合戦となった状況に陥った結果、兵器の開発競争に歯止めが効かなくなった。


この時代に生み出された施設や兵器の数々が遺跡や古代兵器と呼ばれるものだ。他の国に比べ桁違いに気温が低い帝国では、ちょくちょく発見されたものだ。


そして、人類は滅びた。否、滅びかけた。この大陸をボロボロにして、多くの仲間を失って、戦争―――“絶滅戦争”はようやく終わった。


それから気が遠くなるほどに長い年月をかけて、人は大陸の自然と共に再生していった。空から降り立った、天機神シャリアに寄り添いながら。


人の新しい力、機界人ウォリアと共に。


古代の末期に作成されたという、高機動局所地域殲滅用二足歩行式人型兵器の残滓。故に“機界人”と名付けられたそれは、絶滅戦争をも生き延びた強靭な魔物にさえ引けを取らない戦力として重宝された。


それから進化した機体もあれば、日常用として多く使えるように性能を抑えて量産化されたものもある。Cランクのコア1つを、Dランクのコアに分けることもできるからだ。確か30は生み出せるという話だが、その技術は天機神シャリアの神託を受け取る天機協会しか持っていないとか。


その1つが今、俺とルーが搭乗しているコレだ。格納庫の中で急造された待機ターミナルで直立不動のこいつは王国製の黒いやつ、通称を“黒のニギリス”。大陸等級ではDランクに位置されるスペックで、ウォリアとしては最低ランクだ。


Dより下のEランクもあるにはあるが、それは外殻で完全に覆われていないオープンタイプのモドキだ。アレをウォリアと呼ぶ奴はいない。


それで、ニギリス君の特徴だが……ドがつく器用貧乏だな。圧倒的に平均的、平坦、ルーの胸だ。いや、本当にこれはちょっと厳しいな。


『――言うな。これでも苦労して引っ張ってきたんだぞ』


「分かってる、感謝はしてるさ。ああ、ルーの調子はどうだ?」


『真紅との機体の性能差に戸惑ってるが、問題ねえ。既に模擬戦場に到着済みって連絡があった。相手さんもすぐに来るだろうってさ』


「こんな時期に、せっかちだな」


そう、俺たちは模擬戦を申し込まれていた。相手は先の事件で活躍したという、伯爵家の次男。名前は、チェリーとかそんなんだったと思う。もう1人は部隊でもそいつのバディを務めている誰かさんらしいが、覚える必要はないだろう。


ルーは自分より2年先に任官した相手ということで多少緊張していたが、大丈夫かあいつ。ルージェイド無しの同条件っていう経験が無いからか?


『心配ない、正騎士・ルーは訓練学校で搭乗経験がある。それよりも問題なのは、お前さんの方だ』


モニターの向こうに映る整備班長のおやっさんは呆れ果てていた。


主に、俺の付けている仮面についてと、いきなりセレクターになったことに対するものか。あとは、地位についても。


“アルマグナ王国特別秘匿部隊隊長、レザール・クリプトン”。


それが仮面をつけている時の名称になった。


命名は王女案だが、どういう意味なのやら。名前についてはレオとレザで一文字違いは正体がバレる可能性があるからやめて欲しいと反対したが、全くの別名だとややこしいという理由でそうなった。あの金髪巨乳ヤサグレ王女、いつか泣かす。


ともあれ、地位的には正騎士を与えられた。王国の階級的には天騎士、地騎士、正騎士、準騎士、従士の5段階だっけか。整備班長は準騎士、少し前までのルーも準騎士だったが功績によって正騎士になった。


俺も一応は班長より上の地位になるが、事前に敬語は不要と告げてあった。正体に関してもだ。班長だけには、俺がレオン・トライアッドであることを説明済みだった。現場での長には正体を知らせておいた方が良いと判断したからだ。


敬語は不要、代わりにこっちも敬語を使わない。威厳が必要だからな。ムールにさえレオは別の任務で一時的に外に出ていると説明してあるし、怪しまれるのは俺の安全のために駄目だ。


『……おい。レザールさんよ、聞いてんのか?』


「レザーでいいさ、班長。事情については色々あったとしか言いようがない。ほら、先週からセレクターの募集をしてただろ? その一貫というかアレやソレってことだ」


『雑に誤魔化すな! ……どう考えても、お前に搭乗経験はあるってのはおかし過ぎる話なんだがな?』


「聞きたいのなら言うぞ。それも懇切丁寧に」


『へっ、深くは聞かない方がいいってことか。……確かに、最近はきな臭い。天機神様の慈悲か、セレクターの素質持ちが増えてるって話もある』


「将来のセレクターの卵だな。でも……今更、なあ」


遅きに失したにもほどがある。元々、セレクターの素質持ちは少なくない。というより、魔力数値で10あれば最低でも起動は出来る。十全に動かすには50が必要だが。


俺は100で、ルーは生意気にも180ある。魔力量だけなら学校でも一番だったらしいが、それも才能だからな。


魔力量が10以上の者は、おおよそだが全体の60%ほど。貴族たちの都合で邪魔されてただけだが、乗れるのは大勢居る筈なのだ。


そうならなかったのは、貴族の都合だ。家住みで“予備”扱いされてた次男、三男に立場と職を斡旋し、反乱や治安悪化を防ぐためだとか何とか。それを魔力との相性というふしぎ単語で誤魔化し始めたのは二代前から。


その結果、城下町近くの駐屯地に居るセレクターは弱くなった。生温い環境は心地よいからな。フォーリスト大森林に派遣される部隊は別として、戦力の低下は進む一方だった。以前から女王も問題視していて、何とかしようと工夫を重ねていたが、遂にそんな悠長なことは言っていられなくなったってことだ。


『尻に火が点いてようやく、だな。言いたかないが、間抜けな話だ。民を守る貴族の軍が聞いて呆れるぜ』


「だけど、国民から軍に志願する人数は多かった。それだけこの国を守りたい人が居るってことだ。それは、胸を張って誇るべきだと思う」


王国は旧帝国の万倍は良い政治をしていたと俺が断言してやる。先の事件で、弱い所があらわになってしまっただけだ。


『それを修理するのが俺たちの役目だな。いや、そのためのお前って所か?』


「やる事が山積み過ぎて目眩がするが、前よりマシでね。……おしゃべりはここまで、準備完了だ」


ニギリスに乗るのは始めてだが、癖と出力は何となく理解した。


ルージェイドに比べればシートも安っぽく、コックピット内から感じられるタンク―――特別な純水が入った動力源は弱々しいが、最低限の機構は揃っている。



「――“起動ランニング”」



コアと直結し、魔力をタンクに送る。俺の魔力と混ざりあった純水が、反応しながら魔水へと変換されていく。


十分な量になった瞬間を見極め、次の段階へ。



「“循環ローテート”」



タンクに備え付けられたポンプから、全身に張り巡らされている魔導式のパイプラインへと魔水を送り込む。心臓たるコアから胴体を経由して腕から手へ、膝から脚へ、肩から頭へ。


俺の魔力によって発生した魔水が全身に行き渡る。そうして起こるのは、擬似的な同調だ。錯覚と呼ぶ奴も居るが、俺は同調リンクと呼ぶ方が好きだった。


魔力に包まれた機体と自分を、同一のものと認識していく。


一瞬だけ意識がゆらぎ、収まる。


その時には、俺は合金製の巨人になっていた。



(前後左右のモニター、見えてる。指、動く。脚、問題ない。腕、大丈夫。コア連結、タンク、通魔導信、姿勢制御ベルト、ラインオールクリア)



1つずつ確認した後、班長へと通信を送る。



ターミナルの拘束具が外され、両足に全体重が。……問題ないな。



入り口の横に立て掛けられている巨大なウェポンラックから、旧型の魔導砲を取る。弾込め式でペイント弾が装填されているため重いけど、この程度ならいける。


最後に模擬戦専用の軽い魔導剣を背部のソードラックに装着すると、俺は格納庫の外に出た。そこで90°向きを変える。これならマナジェットのバックファイアは当たらない。

さあ、行こうか。



「レザール・クリプトン、ニギリス―――出撃するフライ・ハイ














今日もいい天気だった。空に雲はなく、日差しが眩しい。何もなければ気軽に散歩をするのもいい。レオは誘えば、何だかんだと付いてきてくれるだろう。


聞けば、料理もできるらしい。器用というか、出来ないことはないのだろうか。


『……おい、貴様。ルーシェイナ・クローレンスといったか』


「は、はい。そうですけど」


え、なんで確かめるように聞かれたの。勲章授与式の時に顔を合わせた筈だけど、覚えてられなかったのかな?


少しだけ落ち込んだけど、模擬戦の相手だし礼儀は尽くそう。この人の名前はたしか、ケニー・ゴーギン正騎士だったよね。外見は……いかにも軍人らしい強面の角刈りで、ゴーギン伯爵の次男だと聞いている。


「僕に何か御用でしょうか、ゴーギン正騎士」


『……用だと? 我らを待たせておいて、なんだその言い草は』


「え、約束の時間はまだ20分残っていますが」


勝手に先に来たのはそっちだと思うんですが。あと、急造した格納庫の関係でちょっと距離があるし、レオも初めて乗る機体だし。初見の機体に魔水を巡らせるのは、ちょっと時間がかかる。かなり早い人でも5分は必要だし、僕も6分はかかった。


予定なら、あと5分もすれば来る計算だけど、十分に間に合う時間だ。あ、ひょっとしてこの後に別の用事でもあるのかな。早く模擬戦を終わらせて、早上がりしたいとか。


思ったことを尋ねると、ゴーギン正騎士は怒った。


『貴様―――舐めているのか? 偶然にも爆弾を撃ち落としたていどの小娘が!』


あなたに舐められたくありませんし、僕は女じゃないんだけど。


でも、何言っても怒りそうだなこの人。ひょっとして怒りっぽい人なのかな?


うーん、どうしよう。ゴーギン正騎士の僚機の人は黙ったままだし、普通に応答すると更に怒りそうな気配だ。頭に血が上ると良い動きが出来ないんだよね。


僕はいい勝負がしたいのに、それは困る。緊迫感のある真剣勝負は良い成長に繋がるとレオから聞いたし、僕もそう思うんだ。


正直に告げると、魔導砲のセーフティーが外れる音がした。


「え、まだ模擬戦開始まで時間がありますよ?」


『ふざけるな! 散々挑発しておいて、今更何を―――』


拙い、本当にやる気だ。模擬戦の審判に通信を飛ばす。


「審判、制止して下さい!」


『――時間だ。これより模擬戦を開始する』


「審判!?」


嘘でしょ、まだ時間は全然残ってるのに! 待たずにこのまま戦闘なんて、ちょっとおかしいと思うんですけど!


――そう思っていた時だった。上空から、黒の機体が静かに降り立ったのは。


『揉め事か、ルーシェイナ』


『レ―――レザール!』


うわ、今レオって言いそうになったよ。何とか誤魔化せたかな……うん、駄目だレオ怒ってる。


『はあ……もういい。それで、そっちの。確かテリーといったか?』


『ケニーだ! 貴様、我に向かってその態度はなんだ!』


『ああ、悪い。だが、同じ正騎士だろう。態度だなんだと、何をそんなに興奮しているんだ?』


『ほざけ! レザール・クリプトンという正騎士のセレクターがいるなど、聞いたこともないわ!』


『では、我らが女王陛下を疑うと?』


あ、今のは僕にも分かる、レオってば矛先を女王に変えさせたね。ケニーさんはいきなりの事に慌てたのか、ぐっ、とか、それは、としどろもどろになってる。


『くっ、冗談だよ。貴殿の女王陛下への忠誠を疑っている訳ではない。先の事件で旧帝国のウォリア1機を撃墜したという貴殿のことは、本当に尊敬しているのだ』


あっ、これレオは本気で言ってるね。言葉に熱が入ってるし。でも、どれほど嫌いなの旧帝国のこと……。ケニーさんも嘘偽りのない褒め言葉に気分を良くしたのか、ちょっと鼻息が聞こえてきたんですけど。


『今日は誉れ高き貴殿と手合わせが出来ると聞いて、嬉しくてな。循環の調整に少し手間取ってしまった……待たせてしまって、本当に申し訳ない』


『わ、分かればいいのだ。ふん、貴様もそれなりにやるではないか』


着陸のことだよね。衝撃少なく、地面もほとんど揺れなかった。空中から姿勢制御しつつ脚部のダメージを小さくするための技術だけど、レオのそれは熟練者のそれだった。とても初めての機体を扱ってるとは思えない。


これなら、きっと。


開始の位置は100マール後ろだ。そこから2対2で戦い、模擬弾か模擬長剣が一定数命中すれば撃墜判定が出るっていうルール。


しれっと開き直った審判から説明を受けた後、並んで開始線に向かう。ウォリアに搭乗した状態で並んで歩くのは初めてだけど、なにか不思議な感覚がする。


『浮ついてんなよ、ルー。挑まれたからには分かってんだろうな』


「うん。負けられないのはハッキリしてる」


模擬戦の申し出があったのは、ちょうど良かったらしい。僕も同意する。レオの腕も見られるからね。レオは、少し違う目的があるようだけど。


『……審判は買収されてるな。ルー、あいつも貴族か?』


「うん、子爵家の三男だったはずだよ」


『ぽっと出が活躍するのは面白くないか』


いいぞ、とレオが言う。流れが出来てるというけど、どういった意味だろう。



『細かいことは気にするな。とにかく―――勝つぞ』


「うん。作戦は?」


『一対一にする。そこからは、ボコれ』


それはどういう、と尋ねる前に模擬戦が開始された。


ああもう、詳細を、っていきなり前に!?


(それも地面スレスレの高度でマナジェットを全開にしてる)


飛行状態でも姿勢がブレるから7割に押さえるのが当然なのに!


相手も虚を疲れたのか、反応が遅れている。僕も遅れたけど、まだ間に合う!


背中のマナジェットに魔力を、8割を出して低空飛行で接近する。


地面スレスレだし、ちょっとでも引っかかると回転しそうで怖いんだけど、そうも言っていられない。


相手は迎撃を選んだようだ。軽く後退しながら、魔導砲を斉射してくる。


(そんなの、当たるもんか)


フェイントをかけて、相手の照準から外れる進路に飛ぶ。この距離なら!


一方で、レオも接敵したみたいだ。モニターの端で、長剣どうしをぶつけ合っている姿が見えた。


(なら、こっちは撃ち合う!)


魔導砲を構え、逃げる敵に弾をばら撒く。


……1発当たった、こっちは大したことないみたい。


なら向こうは、と横目で見た僕は言葉を失った。



レオのとった、予想外の行動のせいで。



















(くっ……速い!)


いきなりの全速に、勢いを殺さないままでの切り込み。バカな、無名のセレクターではなかったのか!


とはいえ、狙いが見え見えだ。突進してすぐに長剣で挑んできた、つまりは魔導砲より近接戦を得意としているということ。


残念だったな、こっちは両方を鍛えている。長剣も鋭いが、所詮は付け焼き刃だ、動きが荒い。この程度なら次の一合で剣を受け流して距離を取れる、そこで間合いを広げたまま戦えば、勝機は自ずと訪れるだろう。


だが、そこまでしなくとも良いみたいだ。


(馬鹿め、間合いが遠い!)


バカの一つ覚えみたいに剣を振りかぶりながら突進してくるが、それは遠い。ここで俺が少し引けば、剣は空振り地面を穿つだろう。


そこを長剣で一薙ぎすれば、それで終わりだ。


予想通りに、空振った剣。ざくりと土の地面が抉れる、が。


(―――消えた?!)


バカな、どんな魔法を使えば。そう思った直後に、両肩にとてつもない負荷が掛かった。

右を見る、脚だ。左も同じ、脚だ。


一体なにが―――『悪いが』


カチャリ、と魔導砲が構えられる音が聞こえた。


直後に、肩に更なる衝撃が。よろめくな、この程度のことで―――!



「無礼、ものが―――!」



『その通りだ。上から失礼をする、ゴーギン正騎士』



それは、見下ろす者の声色で。


宣言を耳にして間もなく、撃墜判定を報せるシグナルがけたたましく鳴り響いた。

















「ひどいものを見たよ……不憫過ぎるっていうか」


「まだ言うか、コイツ」


城下町の酒場の中、祝杯を上げている最中だってのに。そんな顔をするな、酒が不味くなる。あんなの、ただの曲芸だろうが。


「……いや、ただのってなんだよ」


「不意打ちとも言う。間違ったことを言ってるつもりもないし、やった覚えもないんだが?」


「……じゃあ、剣を杖にして反転倒立、遠心力のまま前転して、軽業師みたいにゴーギン正騎士のウォリアの肩の上に乗ったことも?」


「相手の狙いが見え見えだったからな。そう誘導したから当然なんだが」


「肩を足場に跳躍してウォリアの体勢を崩した上で、ペイント弾を浴びせたことも?」


「ほぼ9割の生物が上からの攻撃には滅法弱い、これ豆知識な」


「トドメとばかりに落下エネルギーを乗せた長剣を叩き込んでも?」


「あ、それはすまん。模擬用とはいえ長剣が欠けちまったな」


「……はあ。もういいよ」


疲れた顔をするけど何故だ。そっちも良い感じ相手を圧倒してたし、完勝じゃないか。


中央でも有名でキレイな酒場、ちょっと値は張るけど軽く呑んで騒ぐのにはちょうどいい。店内も明るくて喜んでたのに、なんで思い出したように繰り返すんだよ。


「いや、僕の相手がアレを見て引いてたからね……もうちょっと白熱した試合をしたかったっていうか」


「あの程度でビビる相手に、時間の無駄だろ」


「そうだけどさー」


ルーはヤケクソ気味に、ビールを煽った。度数が低く、甘みがあるクラフト系のビールだよな。確か、ルリアレスだったか。俺は断然黒ビールだ。帝国の酒にちょっと似てるし、良い感じの苦味がある。旨味は、こっちの方が断然上なんだが。


あ、焦がしタレの焼き鳥が来たぞルー。


「ありがと。……でも、良かったよ。完勝できたのは大きかったよね」


「色々と捗る結果になったな。ほら、かんぱーい」


グラスを持ち上げると、ルーが辿々しく合わせてくる。よっぽど嬉しいようだ。10分前の「いや、お前そんな経験がないように」と告げた時の赤い顔は見ものだったが、ほろ酔いのコイツも頭が色々と緩くなってるな。


「んー、でもなんで仮面? 付けたままでも周囲見えてるの?」


「何回言わせる、大丈夫だって言ってるだろ」


変声機能もあるため、バッチリだ。知り合いが居ない酒場を選んでるしな。まあ、俺の好みの酒場なんてガラが悪い奴ばっかりが集まる場所だから、酔ったコイツとかとても連れていけないんだが。


「しっかし、呑んだことないのか? 既にほろ酔いって早すぎるだろお前」


「うーん、いけるよ。まだまだぜーんぜん」


無い胸を張るなバカ。ほら、隣の席の若夫婦に微笑ましく見られてるだろ。あの子も頑張ってるかねえ、ってお前、完全に子供っつーか13歳ぐらいに見られてそうだぞそれでいいのか。


「大丈夫。だって僕は20歳だもーん」


「そういう芸風なんだな」


ツッコミを入れて誤魔化す。掘り下げたくないって言ってんだろ。あ、反対側のお姉さんとか「かわいい」って真顔になったじゃねえか、あっちょっとお触りは禁止なんで。


それから、ルーはちょびちょびと酒を呑みながらツマミを食べまくった。本当に楽しそうに。良かったな、ルー。


今回の件色々と課題が見えたし、明日からは地獄の特訓が続くと思うけど、くじけるなよ。慈愛の目で見つめてやると、寒気がするとルーはトイレに小走りで去っていった。失礼な奴だが、まあいい。



(今回の模擬戦で、既に仕込みは済んだ―――あとは待つだけだしな)



最低限でもCランクのコアを手に入れるための裏技、それを成すための条件と手筈がようやく整った。


俺は店の隅からこちらを伺っている男に手で合図を送った後、美しいグラスに入った黒ビールを一気に飲み干した。


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