第7話:魔女の娘


王城の一室で、ティアリゼル女王は頭を抱えながら悩んでいた。その横で、騎士団長のルイサリアはため息をついた。


「……だから、素性の知れない者を雇うのは反対だったんです」


「それは無いわ。我ながら良い判断だったと今でも断言できる。この温くなりきった国には、あれぐらいの劇薬が必要なのよ」


だから誘ったことを後悔はしていないが、効きすぎる場合を考慮していなかったとティアリゼルは自分の未熟さを恥じた。


あれほどまでに生粋の破壊者だとは想像もしていなかったからだ。あの目に言動、極めつけはどんな方法でも躊躇わないという“空気”。彼が望めば何もかもを壊して欲しいものを手に入れるだろう。一般生活に支障がない程度のまともな一面も持っているようだが、それはそれで色々とおかしいとティアリゼルは少しだけ新たな世界を知った。


放置すれば、王国のあれこれを破壊されかねない、だが。


思考の果てに「それでもいいか」と考えつつあったティアリゼルは、気分転換に新規セレクター募集の報告書を読み始めた。そして、毛色が違う人物のものを見つけると、その表情が変わった。


容姿、年齢、志望動機に能力、ウォリア。



目を通した女王の顔がみるみるうちに悪いものになっていった。



「―――これだわ!」

















「……新人だと?」


「うん。飛び入りだけど何とかしろって、陛下からの通達が」


格納庫の中の詰め所で、オンボロ椅子が軋む。くそ、あの金があれば俺だけでも新調できたのにな。


しかし、飛び入りたぁいきなりの無茶振りだなあの金髪。まあ、俺も伯爵家で結構無茶やったから文句は言わないでおくか。でも、俺の機体が完成してない時期に来られてもな。


既にティティへのウォリア製作の依頼は完了している。面と向かってコアを渡されたティティは動じた様子もなく淡々と部品の手配を進めていた。が、内心では張り切っているだろう。目が爛々と輝いていたからな。


俺からの要望は、全てティティに入念に伝えた。いくらか難しいことがあるようだが、先代譲りの知識とティティのセンスがあるため問題はない。完成まで多少の時間はかかるだろうが、許容の範囲内に収まる筈だ。予め部材の手配をしていたのが功を奏したな。


街の知り合いに聞いたのだが、今になってようやく下級貴族達が汎用ではなく専用機を欲するようになったため、部材の在庫が極端に少なくなっているらしい。


食料品の値段はそのままだが、段々と戦火の熱が上がってきている。足元がチリチリとした感じはしないため、まだ大丈夫だろうが。


にしても、ルーよ。あっけらかん過ぎるというか、色々と確認が足りてないぞ。


「物理的に何とか出来ない可能性もある。そいつ、自分の機体ウォリアは持ってるのか?」


「え? あ、確かに。ちょっと待ってね……うん、彼女も祖母から譲り受けた機体があるそうだよ。それも二つ名持ちだって!」


「そりゃ、ありがたいな」


通常、量産機などは単色が頭につく。その中で “真”紅のルージェイドのように、色の他に文字がつくのが二つ名持ちの固有機体と呼ばれるもので、優秀なウォリアにのみ許される称号だ。


二つ名持ちは大陸等級ランクだけでは語れない、特定の場で役に立つ固有技能オリジンか機構を搭載しているものが多い。


ってちょっと待て。


「彼女? ということは、そいつも女か」


「うん。アリステアさんっていう名前だって」


ルーからプロフィールが書かれた資料を手渡された。


なになに、アリステア・M・ウォルガン。深みがある青紫色の髪とは珍しいな。右サイドと後ろの髪だけを三編みにしているけど、なんかのこだわりがあるのか? 年齢は17、ってガキじゃねーか。見た目には年齢より上に見えるけど。


ルーとは正反対のタイプで、キリっとした美人系か。赤いタレ目とのコントラストがまた……なに、生まれはフォーリスト大森林、つーかちょっと待て、“森林近く”じゃなくて“中”ァ?


どういう事だよ。えっと、特記事項があるな。


『祖母から家を追いだされました。軍で雇って下さい。魔法は誰よりも得意です。大魔法も扱えます。お給金は月に大金貨5枚を希望』だって。


おい、舐めてるぞコイツ。それに、ウォリアや魔導銃全盛のこの時代に大魔法が扱えると言ってもな――結構使えるじゃねえか、ちくしょう。


「どしたのレオ。まーた悪い顔してるけど」


「口元しか見えねーだろうが。ほれ、資料返すぞ」


ルーを含めて、これで二人。事前の話だと、あと二人入る予定になるのか。


1人は大森林に派遣されている精鋭部隊から、もう1人は基礎訓練中と聞いたが……どっちも遅れてるらしいが、仕方ない。


「取り敢えず、俺なりに歓迎するか。ルーも含めてな」


「えっ」



ちょうど良い機会だと思おう。こいつにもまだ甘い部分が残っているし、引き締める必要がある。



―――その翌日、昼。格納庫から離れた演習場で、俺は歓迎式を行うことにした。


アリステアは時間よりやや遅れてやってきた。写真通りの容貌というか、もっと年若い風に感じるな。写真映りが悪いのか、雰囲気がそうさせるのか。しかし、なんというか女王がこっちに寄越す訳だ。


でも、遅刻はダメだ。作戦時にこの調子でやられたら味方が死ぬ。そこの所が分かっていると良いが……一応、言い訳を聞いてみようか。


隊長だと名前を名乗り、尋ねようとした所で俺はアリステアに詰め寄られた。


「あの! 隊長というあなたが、その……!」


「どんな悪評価はさておいて。まずは自己紹介を先だ、はいどうぞ」


「あ、は、はい! アリステア・M・ウォルガンです。あなたがあの爆弾を撃ち落とした人ですか?」


「誰が質問をしろと言った。それに撃ち落としたのはこっちだ」


ルーを前面に押し出してやる。「は?」じゃなくて、ほれ出番いけにえだぞ。


「あなたが……私、あの時あなたの狙撃を感知していたんです。空に向かって一筋に伸びた、美しく圧倒的な魔導弾の残光が……!」


「ちょ、待って! アリステアさん、それやったのはあっちだから!」


……お前、ルー。早々に機密をバラすなよ。


というかこの小娘、というには少し大きいか。俺より少し下の身長だからな。でも、なんでそんなに目を輝かせてるんだ。


事情を聞くと、あの弾を放った人にどうしても聞きたいことがあるらしい。それが原因で祖母と口論になった結果、家を追い出されたとか。


「私は、魔法を……過去の遺物と言われている大魔法の可能性を追求しているんです。そのために、あの銃弾をどうやって放ったのかを知りたい」


震える声で、青紫の美少女が言う。その目は鋭く、傍目には睨んでいるようにも見えるだろう。一応は軍の、それも入隊直後に周囲の目など一切気にしていないという様子なのはいい度胸だ。


これは、僥倖だな。


そして、ひとまずはアレだ。


「――これに着替えて5分後。ここに集合だ、今度は遅れるなよ」


「え?」


「ルーもだ。駆け足、走れ」


「で、でも」


「走れ―――でなければ除隊でお別れバイバイだ」


有無を言わさず告げる。本気だと分かったのだろう、アリステアは訓練用の簡易操縦服を受け取ると、更衣室がある小屋へと走った。


ルーも訝しげな顔をしていたが、すぐにアリステアの後を追う。


6分後、戻ってきた二人に俺は淡々と最初に伝えるべき内容を告げた。


「遅い。5分と言えば4分でやれ。じゃあ、走るぞ」


「……え?」


「俺についてこい。聞きたい話があるそうだが、走りながらであれば聞いてやる」


敢えて抑圧的な口調で、返事を聞かない内に俺は運動場の外周を走り出す。二人は戸惑っていたようだが、すぐに俺の後を付いてくる。そして追いついたルーが、困惑の顔で尋ねてきた。


「レオ、どうしたの急に。今更になって体力を付ける基礎訓練なんて―――」


「その通りだ。戦争にならなかったら、別に文句は無かったんだがな」


体力が足りない。今の状態で一番に改善することを、俺はルーに告げた。


魔物との殺し合いや、模擬戦程度なら今のルーのレベルでも文句はない。だが、戦争は違う。体力が尽きかけて動きが鈍った時点で死ぬ。戦っている相手に撃ち殺されるか、斬り殺される。逃げようにも捕捉されて殺されるし、移動が間に合わずに敵に囲まれる。


戦争における行動とは、体力を代価に欲する優位を取るようなもの。いわば金だ。金が無ければ何もできない。


逆を言えば、敵より体力があれば選択肢は大いに増える。それに金と同じでいくらあっても困らないからな。


「……分かったよ。でも、じゃあ、負けたら罰ゲームね」


「はぁ? 頼りないヒョロチビがなにをいきなり強がっちゃってるんですか?」


斜め下に見下されてるチビが、よくもまあそんな事を言えるもんだ。そう告げると、ルーの白い額に血管が浮かび上がった。


「その言葉、覚えたよ。後で吠え面かかせてあげるから」


「おう、やれるもんならな」


「あの、取り込み中にすみません」


いきなり割り込んできたのはアリステアだ。ていうか名前長いな面倒くさい、アリスでいいか。


「なんだ、アリス。目的はこいつに告げた通りだが」


つーか追いついてくるとは思わなかった。結構体力ありそうだな、コイツ。でもルーの方が有利だな。空気抵抗ほぼ皆無だし。その点、アリスは女王には及ばないものの、年の割には大きい。


「……ひとまず、いきなりの呼び捨てとその視線は置いておきます。先程のお話の続きですが」


「先にこっちの質問に答えてからな」


どうして遅刻したのか、その言い訳は把握しておきたい。尋ねると、アリスは気まずそうに視線を逸らした。


「その、迷ったんです。こちら都会は目印になるものが少なくて」


いや、バカでも分かる案内図が渡されただろ。いや、でも大森林育ちらしいからな、ギャップに戸惑ってるかもしれん。二度はないが、と告げるとルーが驚いた。


「えぇ?! アリスさんて、あの危険な大森林の中で育ったの!?」


「そうよ。あまり知られていないけど、中層部の中に居住区があるの」


あ、タメ口。ルーの外見を見て判断したのか、ちょっと年上目線だな。ルーは親密な感じになったと勘違いしてるのか嬉しそう。いや、怪しめよ。


居住区に関しては、ずっと前から噂には聞いていた。大陸最大規模のあの森林は帝国でも有名だったからな。それと、王国で得た情報もある。深層部に居る高ランクの凶悪な魔物を監視する名目で、大昔の政治犯かなんだかが小さいが駐屯地を作ったという話だったか。


独自に組んだ魔法結界で侵入を防いでいたようだけど、一度外に出れば魔物だらけの過酷な土地だ。少ない体力で生活できるような環境じゃないわな。


「はい。それと、先程のお話の続きを……そういえば、仮面の人の名前はなんていうんですか?」


「面倒くさいから部隊内に居る時はレオで良いぞ」


ムールの野郎からネタばらし食らったからである。こんなに早くバレるなんて予定外に過ぎる。だが、素性を誤魔化せない以上、偽名を使うのも面倒くさい。というか、これでこっそりと逃げられなくなったじゃねえか。でもルーに演技を求められると思っていた俺も悪いか。


で、そっちはルー、ほら自己紹介しろ。


……案の定、ルーから名前と性別と年齢聞いて驚いてる。いやこっちみんな、少なくとも本人はそう思ってるって話だよ、察しろ。


「そう言われても……都会は新しいものばかりですね。レオ隊長の魔導弾についても、初めてです。あんなに収束させられるなんて」


「僕も初めて見たよ。でも、レオってば何度聞いてもどうやったのか教えてくれないんだよね」


「当然だろ。それなりに苦労して練り込んだ技法だからな。仲間と一緒に色々と試行錯誤をしたもんだ」


超長距離狙撃が必要になった作戦の時だった。ソフィア、ゲリ眼鏡、ガリオと自称大魔法博士のモールガンにも相談したんだったな。


……ん? そういえば、コイツの顔。


「どうしたんですか? 私の顔に何が」


「いや、なんでもねえよ。ただ、教えられるのはここまでだな」


「え……どうして」


「あれは俺の飯の種の1つだ。秘技と言っても良い。そんなものを『はい喜んで』とばかりに無料ただでくれてやる訳ないだろ」


条件付きってやつだ。そう告げると、アリスの顔がみるみる内に歪んでいった。


「どういう事ですか? 騎士団長の女性は、ここに来れば君の望みは叶うと言っていました」


「そこに俺は一言付け加えよう。“簡単に手に入るものこそ、ぞんざいに扱われる”」


目を見れば分かる、熱意を注ぐ先を見つけて此処に来たんだろう。だけど、苦労もせずに俺の大切な技術を手に入れられるのは面白くない。


出し渋るさ。かつての部下……いや、あの頃は仲間と呼べる関係だったな。寒さに凍えながらあーでもないこーでもないと試行錯誤を重ねたんだから。


「でも、今は戦争が。私の考えが少し甘いというのならば、正しますので」


「自分のためにする事で人に何かを求めるな。だから代価だって言ってる。この持久走で俺に勝つことが出来たら、あの技法を教えてやるよ」


アリスが何を求めているのかは、何となくだが分かる。大魔法の欠点を補おうというつもりだろう。ウォリアの固有技能にも関係していると見た。


だが、最低限の体力を持たない未熟者が危険な武器を持ただけじゃあな。無意味に振るって油断した所を殺される、なんて道化染みた結末が待っているだけだ。


「あ、でもヒントぐらいならな。誰彼問わず、持久走をしながらであれば教えるぞ」


「え? それじゃあ―――って速っ!」


「……つまり、そういう事だね」


二人の声を置き去りに、俺は全力で走る。嘘は言っていないぞ、追いつければの話なんだがな!


……模擬戦で痛感したことだが、俺も前世に比べれば鈍ってる。今までも無意識に身体を鍛えてはいたが、身体自体の反応が鈍い。このままだとゲリ眼鏡にさえ苦戦しそうだ。


錆落としの鍛え直しとして、まずは限界まで身体を虐める必要がある。隊の訓練としては一石二鳥だ。


だが、嬉しい誤算だった。どうやって手を抜かず、自発的にハードな訓練に取り込ませるかが課題だったんだがな。


……1つ目の餌は俺の技法にするか。


餌は食いつけそうと判断するから有効になる。このままずっと引っ張る、というのは逆にやる気を失せさせかねない。だから、一定の水準に達すれば知りたがっている技法を教えよう。そして、次のことは探りながら確認するか。


しかし……ここで“大森林の魔女”の孫に会うとはな。あのババア、まだくたばって無かったか。


そんな考え事をしながら走り続けること2時間。ついに二人は俺に追いつけず、最後にはルーが先に、そのすぐ後にアリスが力尽きる形で持久走の訓練は終わった。二人とも想像以上に体力があったが、それでも最低限のレベルだ。死なせないようにするには、ここからもっと体力を付けさせる必要がある。


見込みはあった。倒れるまで走れるのに、魔力は衰えていない。自分の限界を自分で分かってる奴だから出来ることだ。その自覚がない奴は身体を壊すか、実戦であっさりと死ぬ。


本当に掘り出し物だな、と。小さく笑いながら息も絶え絶えで仰向けになっているアリスに近づくと、恨めしそうな顔で見上げられた。


「ア、ンタ……騙した、わね」


「嘘は言ってねえよ。つーか、今日だけで訓練は終わりじゃないだろ」


というか、馬鹿いっちゃいけねえな。この程度の距離しか走ってないのに、肩で息しちまってる。そう告げて肩をすくめてやると、アリスの顔がみるみる内に刺々しいものに変わった。猫かぶりをする余裕も無くなったんだろう、怒気をこめた顔でこちらを睨みつけてくる。


「どうした、お嬢さん」


「だ、れが……ほん、とは、話すつもりなんかないんでしょ」


「約束は守るさ。予想より頑張ったから、報酬もやる。俺の技法についてだ」


仲間と考えた名称、“身魔法”。治癒や強化と同じく、肉体を媒介にする魔法だ。それを聞いたアリスは、ガバリと身体を起こした。


「そ、れ……!」


「頭の回転が早いな。流石は“魔女”の孫……っと」


北方では魔女とは、嘘つきの称号だった。それを嫌っているのだろう、怒気だけではなく戦意まで目にこもっている。


「失言だったな。謝罪する。ごめんなさい」


「……別に。それより、今の一言でアンタの胡散臭さが10倍になったんだけど」


「奥深いと言ってくれ。お、ルーも復活したな」


起き上がったルーは、悔しそうな顔でこっちに近づいてくる。回復力だけは早いんだよな、だけど見込みが甘い。


「お疲れの所、悪いんだけどな―――これで終わりじゃないぞ、立て」


「「……え?」」


「体操だけだ。そんな暗い顔をするなよ、もっと量を増やしたくなる」


冗談ではないと察したのか、ルーとアリスが急いで立ち上がった。とはいっても、告げた通りに準備体操のレベルで身体を動かすだけなんだが。


「それじゃあ始めるぞー。最初に全身を魔力で全力強化しろ。……早く、遅れたら外周を1周させるぞ」


笑顔で告げてやると、二人は慌てて準備をした。まあ足はパンパンだろうしな、肺も

痛そうだし。だが、この状態でやるからこそ効率が良いんだ。


俺は手本を見せるように、ゆっくりと動く。告げた通り、強化した身体でやや大げさな動作を繰り出す。


「って早い! もっとゆっくり、じっくりと動かせ。……最初はそれでいいか。とにかく、魔力を身体に馴染ませろ」


「ぐ……れ、レオ。これは、どういう訓練なの?」


「基礎訓練だ。機体とリンクした後の、自機の反応を良くするための」


同調後、セレクターは無意識に自身の全身を強化している。ウォリアが動く時にかかる衝撃に耐えるために。


その全身強化の中で上手く動くには、慣れが必要になる。だが、強化の得意不得意には個人差があることはあまり知られていない。足、腕、指、腹という部位ごとに才能の差がある。反復による練度の差もある。それを意識していないと、全身強化がされると単純な動作であっても滑らかさが消えてしまう。


そして、理解だけで実践できるほど浅い技術ではない。説明をしながら、ゆっくりと右足を上げるそれをゆっくりと降ろしながら右へ、流れるように右肘から右腕、次に左腕を。


二人は真似をしようとしているが、疲労と不慣れなこともあって、動きが引っ掛かり過ぎていた。


「あ、痛っ!」


振った足が動きすぎたため、転倒して尻を打ったり、


「きゃっ!?」


予想外に早く動いた右手で、自分の左手を叩いてしまったり。


想像以上に難しいのだろう、二人は眉をしかめながら何とか動作を繰り返していた。俺も観察しながらおかしい部分を指摘、指導していく。それでも、上手くいかない動作の方が多いみたいだ。


そして、一時間が経過した後。二人は膝立ちの状態でうつ伏せになりながら、荒い息をこぼしていた。もう動けないということを全身で表しているようだった。


あ、腕と足がプルプルと震えてる。でも、よくやりきったな。途中でヘバると思っていたけど。そう告げると、二人は泣きそうな顔でこちらに問いかけてきた。


「だ、れが、このていど……でも、この体操には、何の意味が、あるの」


ルーは意味が知りたいらしい。もっともだけど、説明よりも良い方法がある。


「という訳で、明日の搭乗訓練時……いや模擬戦が良いな。その時に説明する。今日は終わりにするから、柔軟体操はしておけよー。しないと絶対に後悔するから」


告げるだけ告げて、訓練場を去る。初日だから軽めにしておくか、と呟くと二人から悲鳴が聞こえたような気がしたが、何かの聞き間違いだろう。


そして、一日が経った。


訓練開始の早朝、二人は這いずるようにして歩いてきた。ようやくといった様子で並んだ二人の顔は、典型的な寝不足のものだった。


そうなんだよ、あの訓練って強化が終わった後からじわじわと痛みが増すんだよな。筋肉痛というか、魔力痛?


だが、こうして時間通りに出てくるあたり大したもんだ。一日中ベッドの上で悶絶する奴もいたのに。そう褒めたのに、二人は引きつった笑みでこちらを見ていた。無言であることに何らかの訴えを感じるが。


「それにしても――良い顔をしているな。あ、ちょっと痩せたんじゃないか?」


笑顔で告げると二人からほぼ同時に『殺すぞ』という言葉が込められた視線と表情が返ってきた。うんうん、一日で仲良くなったよな。


「それじゃあ、搭乗開始。俺はニギリスに乗るから、二人は自分の機体に乗れ」


指差す先にはルーの真紅と、アリスが持ち込んだ専用の機体があった。整備状態が良いらしく、100%ではないがすぐにでも使えるらしい。


だが、アリスは納得していないようだった。


「ニギリスって最下級の量産機、よね……本当に良いのかしら? 私と“翠嶺すいれいのウィルガルディ”は、手加減が苦手なんだけど」


片眉を上げているが、嘘じゃないな。本心から言ってる。確かに、本人からの報告書を見たが、ルージェイドに勝るとも劣らない基本性能だ。それだけじゃなく機体の固有技能オリジンがやばい。アリスの心配が最もだと言えるぐらいに。


「だが、それがいいんだ。俺にとっても良い訓練になる」


「……それは、私に手加減して欲しいという意味かしら?」


「まさか。どうやっても当てられはしないだろうから、良い緊張感の中で訓練が出来るって意味だ」


というか未熟者の年下のガキが何を言ってやがる。言外に告げると、アリスの顔が真っ赤になった。


ルーの方はそれ以上だ。ルージェイドを貶める意味はないが、そういう意味に取られる可能性もあったことは分かっている。だが、これだけ過敏になるとはな。


見たことがないぐらいに怒っている。いや、それを通り越しているな。段々と表情が冷たく沈んでいる。


「なんだ、ルー。文句があるなら先に言え」


「……もう一度確認するけど、ニギリスに乗るんだよね? それで僕のルージェイドと、アリスのウォリアと同時に相手に出来ると思ってるんだ」


「苦戦はするだろうがな」


はっきりと事実を告げてやる。すると、ルーは分かったとだけ答えて機体の元へ走っていった。……想像以上だな。前々から聞いていたが、俺の想像以上にルーはあの真紅のウォリアに強く入れ込んでいるようだ。


相棒にして愛機であるだけでなく、友達のように接しているのは今まで見ていたから分かる。いつだったか、自分の名前の元になったという話も聞いた。訓練学校で孤立していた自分の逃げ場所であり、裏切らない存在として心の拠り所にしていたらしい。


……分かっていた部分もあるんだがな。火が点きにくいルーに本当の本気を出させる方法は少ない。これで遠慮を無くすだろう。


より一層、こっちも命がけになるけどな。当たれば死ぬのは冗談ではない、直撃を受ければほぼ6割ぐらい死ぬし。


だが、必要なことだ。俺にとっても、あいつにとっても。


これからの現実の厳しさを教えるため、頭に一発ガツンとかますために。


(それに、死線の中で錆を落とさなければどの道のこと)


死なないために、殺されないために。


部隊をごっこ遊びから本格的な戦争用に仕上げるための階梯を1つ、更に上がるための儀式を始めることにしよう。


機体に乗り、同調を始める。そして再度の説明を始めようとした時に、アリスの機体から映像が飛び込んできた。この距離で一方的に映像を割り込ませるとは、あまり覚えのない程の魔力量と魔力操作技術だな。


そして、やはりというべきだろうか。アリスは王国のセレクター用のスーツを纏いながら、“らしい”とんがり帽子をかぶっていた。


(……とんだ“事故”だ。女王もまさか、と言うだろうな)


予想外の衝突だった。俺の素性を知らない女王が、予想できる筈もない。


翠嶺すいれいのウィルガルディ”。その流線的かつ挑戦的なフォルムだけでなく、マントのように広がった黒い外部装甲が如何にもって感じだ。背面には二丁の“杖型銃ガンスティック”が交差した状態で装着されていた。足には先端が尖っている靴のようなものが装着されていて、指の先端ひとつひとつには媒介を詰めるとこらしい球体の収納球が見える。


独特な趣味に走りつつも気品と奇妙さが絶妙な具合でバランスを取っている、ゲリ眼鏡曰く“誰得デザイン”の機体――旧帝国の鬼才、マリー・モールガンの仕業以外に考えられない。


その上で、大陸の絶対的最大手であるソレンブリー社ではありえないだろう、彼女の夫の趣味丸出しの特殊武器となれば間違えようもない。


旧帝国において最悪であり最良だった、モールガン夫婦の機体。それを託されていること、あの顔、圧倒的な魔力量という情報から導き出せる答えは1つだけだ。



(まさかな―――前世の俺が殺した魔女の息子夫婦あいつらの娘に、こんな形で出会う事になるなんて)



真実を知れば、確実に俺を殺しに来るだろう。


運命の皮肉に唾を吐きつけるか、約束を果たせるという僥倖を喜ぶべきか。



そんな複雑な思いを抱きながら、俺は二人に向けて模擬戦開始の号令を出した。



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