第6話:夜のシシャ
格納庫の中に、作業の音が響く。鉄を叩く音から、機材修理のために溶接をする音まで。その中で、ムールは先輩のグレトと共に作業をしていた。
「あれ、先輩。―――か?」
「ああ!? なんだって!?」
他の音にかき消されて聞こえなかったため、グレトが聞き返しながら汗を拭う。筋肉質な身体からは蒸気が出ていた。
ムールも汗を拭いながら、大声でもう一度尋ねた。
「レ・オ・ど・の・は・ど・こ・で・す・か!」
「ああ!? ……ああ、別口の
「くーっ、うらやましいですね!」
ちなみにレオがレザールであることはバレていた。レオではなく、ルーシェイナの態度を見れば一目瞭然だったからだ。だが、健気にも正体を隠そうと努力しているレオに事実を告げるのは躊躇われた。決して、ルー嬢と二人きりという全整備兵が羨むシチュエーションへのやっかみではないというのが、整備兵達の談だった。
「まあ、圧勝したから許してやりますが!」
「ああ、まったくだな!」
大声で作業をしながら、二人同時に笑った。作業はいつもより多い。黒のニギリスの関節部の損傷は激しく、脚部などはオーバーホールが必要になっていたからだ。
だが、二人は愚痴らず修理を進めた。
――アクロバティックな動きに、まさかのオン・ザ・ウォリア。今までに見たことがないぐらいに鮮やかな操縦で、観客全員が度肝を抜かれた。
「しかし、どこであんな腕を身につけたんでしょうね!」
「知らんが、もう誰も文句は言わないだろうよ!」
「ですね! でも、コアを持ってうろつくとか大丈夫―――「なんだと!?」」
ムールは言葉を途中で止めた。作業音を凌駕するぐらいの大声が聞こえたから。何事かと振り返った二人は、真っ青になった班長の顔を見た。
「―――陛下から賜ったコアが、破壊されただとォ!?」
「……修復は不可能、か」
「この有様ですからね」
格納庫にある詰め所の中、俺はため息をついた。今は仮面を外し、レオとしてここに居る。目の前には欠けたコアと項垂れるルー。横に居る班長が気まずそうにしているが、推測の通りだ。
「街で探している時です。住所の資料を調べるからと紙を取り出した時に狙われた」
ルーにコアを渡したすぐ後だった。物陰から飛び出してきた男が、ルーの持っていたケースを強奪、逃げようとした所でつんのめって豪快に転倒。そのはずみにケースが開き、落ちたコアはコロコロと転がった挙げ句に街の警備兵に踏まれた。
「で、ケースの紋章を見た警備兵が卒倒。犯人の男は即座に捕縛、取り調べを受けてる最中、ってのが事の顛末だ」
「……そうか。バカなことしやがる」
「僕のせいです。気を抜いていなければ良かった、陛下から賜ったものを……!」
「ルーシェイナ正騎士……」
元気のないルーの声を聞いた班長が、痛ましい顔で目をそらした。俺も、いつものコイツらしくない顔なんて、久しぶりに見た。
だが、悪いのは犯人だ。それに、気になる点がいくつかある。
「え……ただの物盗りじゃないの?」
「でかでかと紋章が記してある箱を、衝動的に? それはちょっと考えられないだろ」
犯人の様子は見たが、ただのチンピラだった。王家所有の証拠がある箱を突発的に奪おうなんて、そんな昔のソフィアみたいなイカレ野郎じゃない。なら、相応の原因があると考えるべきだろう。
「ルーも、だからこそ盗られないと思って油断したんだろ?」
「うん……でも、じゃあ誰が」
「……依頼、か。それも二人の評判を落としたいって輩の」
恨み、怨恨、そして嫉妬。そいつが街のチンピラに金を掴ませた可能性が高い。リスクという自分の中に備え付けられた危険信号を、誤魔化すことが出来るほどの大金。間違いなく一般人じゃない。
大商人か、貴族。そして俺たちの部隊にこういう形で関わろうって奴なら貴族に限られてくる。
「だが、なんでそいつはこんな企みを。陛下より下賜されたものを壊そうだなんて、正気の沙汰じゃないぞ」
「それは俺たちのような一般人の考えです。本人にしてみれば“ちょっと罰を与えてやろうか”程度の、浅い思いつきでしかない」
そんな軽薄な理由で、誰かの命を左右することができる。そう思い込んでいる輩を、俺はよく知っていた。足の引っ掛け方だけではなく、夢から覚ましてやる方法まで。
「……お前、ひょっとして」
「実行しなければ良かった。でも、時間の問題でしょうよ」
というか、班長の鋭さには呆れるね。妙に直接の戦闘能力も高いし、前職はなんだったのやら。
あ、コアをまじまじと見て観察してるよ。この短時間にそこまで気がつくとか、本当に何者なんだアンタ。
ともあれ、壊れたコアがあるのは事実。その下手人に依頼者が居たことも確実。
あとは、必要経費を支払った事前調査の成果次第だけど―――と考えている時に携帯型魔導通信機が反応した。
「――ビンゴ。依頼人の正体が分かったぞ、ルー」
俺の言葉に、がばりと顔を上げたルー。その目は、少し赤かった。
いかんな、この後で色々と埋め合わせが必要だ。
(その前に、報告と協力を申し出るか。その反応次第では―――)
俺はこの寸劇の最後の締めをキレイに整えるために、陛下直通の番号を押し始めた。
月明かりだけが照らす部屋に1人だけ残されるいうのは、何とも惨めなものだ。
だが、それも一時間前までのこと。仕掛けた工作が成功したと報告を受けた俺は、月を相手に乾杯をしていた。
遠く、我が家が誇る本邸の大広間から、盛大に開かれているパーティの音が聞こえてくる。女王陛下を招くことが出来たからだろう、父の誕生会はいつもより盛況のようだ。
俺は先の敗北の件もあり、兄上達とは違って出席を禁じられていた。
……だが、それも今回までだ。あの情報が陛下の耳に入れば奴らの名声は地に落ちる。調査も入る、神聖なウォリアどうしの戦闘で汚い手を使った奴らだと判明すれば、俺の名誉も挽回できる。
女神のような陛下のお姿をお近くで目にすることができないのは業腹だが、今は我慢だ。それにしても
昨年に父から贈られた、とっておきのワインを飲む。少し若いが、良い風味をしている。名誉が挽回できた後は、もう少し年を重ねたものを用意させてやろう。
そうだ、これからも上手くいく。先の一件が何かの間違いだったのだ。
金さえ積めば何でもやる人間はどこにでも存在する。奴らは方方から嫌われている、仲介人も用意したため、俺の依頼だとバレることはまずないだろう。
「あとは、卑怯な仮面の男とクローレンスの小僧が相応しい場所に戻るまでだ」
「――そして間抜けな実行犯が1人、死ぬだけでことが済むってか?」
な、と振り返った時には視界が反転していた。次に起こったのは激痛だ。
気がつけば、地面が近い。なんだ、うつ伏せに倒されたのか!?
誰かに乗りかかられていて、起きることもできない。頭を上から押さえつけられているため、下手人の顔も見えない。落ちたグラスから、赤ワインがこぼれていた。
「き……さま、何者だ! ここをゴーギン伯爵の邸宅と知ってのことか!」
「そこで自分の名前を出さないあたりが、なんともアンタの人柄を表してるよ―――ケニー・ゴーギン」
「なに……?」
「鈍いな、アンタ。心当たりが無い訳じゃないんだろ? ひとまず聞いてやるから、予想してみろよ」
コイツ! だが、何者だ。かなりの手練のようだが、ひょっとして、いや間違いない!
「貴様、クローレンス家の手の者だな! あんな出来損ないのために動くとは、お家が知れるぞ!」
「……続けて?」
「長兄、次兄のように傑物でなくて残念だったな! だが不可解だ、なぜスペアの予備ごときのためにゴーギンと諍いを起こそうとする!?」
王国でもトップクラスの実力者である、クローレンスの嫡男とその弟。悔しいが、俺よりも優秀なセレクターとは聞いているし、認めてもいる。
なのに、あんな気狂いの男モドキ風情になぜクローレンスが、全くの想定外だ。
「……そうか、陛下との繋がりを欲したか? 強欲なことだ、無駄なこ」
言葉の途中で頭に衝撃が走った。これは、痛み? 殴られたのか、ワインがこぼれて。
いやこれは鼻血だ。この、俺の!?
「き、き、き、きさ――?!」
再度黙らされた。今度は痛みではなく、恐怖で。なんだ、俺は誰に、いや、“なに”に乗られているんだ? こんな気配を発する人間など、今まで経験さえ……!
「……色々と興味深い答えだったが、採点をやろう。0点だ、間抜け」
「な、なんだと?」
「一人話をしよう。来るとわかっていれば、備える方法はいくつもある。貴族が仲介人を使って人を襲わせようというプロセスから逆算するんだ」
男は、順番立てて説明を始めた。
本人からの依頼はありえない、ならば依頼を伝えるのは使用人か執事の類。だが、背景を持たないチンピラの溜まり場に赴く必要がある。見せ札として大金が必要、その場所へと運ぶためには一定のルールがある。自警団と称するその地域の外れ者の元締めへ、一定の金銭を支払う必要がある。
「……だから、どうした?」
「予め、元締めにはアンタが抱える執事達の写真を渡していた。目撃談があった。連絡があった俺の知り合いが現場に走った、これがその時に撮影したモンだ」
写真が放り投げられる。これは、ペルリオの?!
「相当に警戒していたらしいがな。実行犯の裏も取れているが、まだ何かあるか?」
「ハッ、なんのことだか分からんなぁ! ペルリオがどこで何をしようと、俺の知ったことではないわ!」
「……そうか。まあ、賢いアンタならそうするよな」
「ふん。貴様ごときに何を言われようが、響きはせんわ」
「だよな。ま、この程度にしておくか。幸いにもコアは無傷で済んだしな」
「バカを言うな、報告では確かに……っ!?」
「……誘導したとはいえ、事前情報通り過ぎるだろ」
酒が入ってから接触して良かった、と男がため息をついた。
おのれ、卑怯者めが……! だが、相手が貴族でないのなら挽回はできる!
「ふん、貴様の勘違いだ。酔いの入った証言など、誰が信じると思う」
「無茶な論理だけど、一理あるな。諦めの悪い所も、見どころがある。でもお前は本当に分かってるのか? 自分のしでかした事を」
何を、どういう意味だ。貴族でもない正騎士とクローレンスの小僧のために、誰が何をしようというのか。
「まあ、たしかにな。見返りもなく動く奴はいない。だが、失われたものがものだ。陛下から下賜されたコアを、この時期に、それも正当な理由なく失わせたんだぞ?」
「……そ、れは」
何か、マズイ感覚がする。取り返しがつかない線を越えてしまったような。背筋から、冷たい汗が吹き出てくる。その冷気よりも凍えるような声で、男は続けた。
「いずれ戦争が起きる。その種はどこにでも。国内だって例外じゃない。実際、旧帝国の軍人は城下町周辺に潜んでいた……誰かが協力してたんじゃないか、って疑いが出るぐらいに」
「ば……バカな! 栄えある騎士が、なぜそのような真似をする必要がある!」
「だから調査をするのさ。本当に悪さをしていませんか、ってな。国難の時期だ、平時のような軽さを期待しても無駄だろう」
「……何が狙いだ」
「決まってるだろ―――陛下からこの国ためにと預けられたコア、それを破壊する反逆者とお話に来ただけさ」
……何を。いや、バカな。しかし、俺はそのつもりなど。
「ち、違う。そんなつもりは無かった」
「だろうな。そこまで陛下に恨みがあるようには見えない」
「あ、ああ! そうだろう、俺がそんなことをする筈は」
「反逆のためとか深い考えもなしに、
「そうだ!」
「だったら、お前も破壊されていいよな?」
「……は?」
ごきり、という音が自分の身体から――激痛。赤いものが、地面にこぼれ。
「ひ、ぎぁぁぁああああっっっ?!」
叫ぶ。だが、痛みは収まってくれない。痛い、痛い、なんで、どうして俺が。
凍えるような殺気が、背中に。間違いない、やられた、傷が。
それに、骨が。これは、治癒では、騎士には、二度と―――
「なんてな」
ごきり、と何かが嵌まる音。先程までの激痛が嘘のように収まった。
でも、血が。いや……じんじんと痛みはあるけど、これは。
「赤ワインだよ。脱臼させて、すぐにはめ直しただけだ」
「き、貴様……!」
「今のは余興だ。これからが本番でな」
ぐさり、と顔の横に何かが刺さる。これは、ナイフか。
待て、何をするつもりだ。
「――獅子身中の虫は恐ろしい。何が恐ろしいって、暴れるまでは分からないことだ。その戦力の脅威は、数値にして100倍にも達する。無自覚なら更に倍だ」
さらにもう1本、ナイフが刺さった。
「俺は陛下より頼まれた。戦争に勝つために、と。そのためには色々と壊さなきゃな」
「な、なにを……なぜ壊す?」
「一番得意だからだよ。不得意なものをいくらコネくり回そうが、連邦や帝国に及ぶ筈がない。それは不義理だろ。だから、破壊する。最優先は敵だが、王国に害する者であっても例外じゃない」
「き……気が狂っている!」
「俺からすればお前の方が狂ってるよ。この時期に内紛なんざ、クソ弱ぇザコのセレクター風情が、脳みその中をかっ穿りたくなるぜ」
「お、俺が……クソ弱い、だと?」
「あの仮面も弱えよ。そもそもが王国最強クラスの騎士団長サマ程度だ。だが、あいつらでも十星に及ばねえのに、お前如きがなに言ってんだ?」
それは……それは。いや、十星が強いのは知っている、憧れの称号だ。
気がつけば殺気も収まっている。脅しじゃない、これは……事実を語っているのか。
俺が強くないと言っているだけじゃない、騎士団長でも十星には敵わない?
「言っとくけど、先の騒動での旧帝国の敵の比じゃねえ。前哨戦でも無い、あれは小バエみたいなもんだ。本気の連邦と帝国は、竜にも匹敵する」
竜。ドラキニア連合国が狩ったという、伝説の魔物。当時の十星が3人協力してなお1人が戦死したという。それが連邦ならば、この国は。
「だからって、戦う前に諦めることなんざ出来ねえ。そう思って陛下は人材を集めてる。なんでかって? 負ければ何もかもが破壊されるからだ。もう二度と取り返しがつかないように、王国は滅茶クソにされて終わる」
「それは……この国も、陛下も」
「あの容姿に身体だ。何をされるかなんて分かりきってるわな」
「だが、それは!」
「ああ、認められない。相手が強かろうが俺たちは負けられない、備える必要がある、その1つが壊されたコアだ。そんな陛下の想いを、お前が踏みにじったんだよ」
そこで、俺はようやく理解した。自分がした事を、しでかしてしまったことを。
ペルリオが止める筈だ、これでは、俺は………。
しかし、解せないことがある。こいつが本当にこの国を憂いていることは理解した。陛下の願いも。なのに、どうして横槍を入れた俺を殺さないのか。
「見込みがあるからに決まってるだろ。先の模擬戦は見たけど、長剣の扱い方は良いモノを持っていた。慣れないニギリスに乗ってるとは思えないほどにな。だいたい、どうしてあの仮面は長剣での打ち合いを止めて奇策に出たと思ってるんだ?」
……打ち合いは不利、もしくは埒が明かないと判断したからこそ奇襲した。
乗機はニギリスだ、熟練者であってもあの動き、成功率は低かっただろう。
完敗ではなかったが見る者は居た、ということか。
―――だが。
「……殺せ。このような恥、セレクターとして在ってはならない」
もはや、命をもって恥を濯ぐまで。そう答えると、頭を小突かれた。
「そんな余裕はないって言ってるだろ。……ったく、そういうことだ」
「なに?」
何を言っている。そう聞き返そうとした直後、首筋に衝撃を覚えた。
鋭い手刀、これは、目の前が遠く―――
気を失う直前に、俺は通信機越しの父上の声を聞いたような気がした。
「……その心意気を最初から見せやがれってんだ、まったく」
本当に、ため息しか出ない。だが、これでコイツは変わった筈だ。顔も見られていない。見られたとして、今日は違うデザインの仮面を持ってきていたから大丈夫だっただろうが。
「それで、こういう具合に話はまとまりましたが――陛下、ゴーギン伯爵」
『……ハメた、の間違いだろう問題児』
『ですな。しかし、最悪よりはずっと良いと言えばそうでしょう。レザール殿には苦労をかけたが』
襲撃から開きっぱなしにしていた通信機越しに声が聞こえる。女王陛下と、ゴーギン伯爵家の当主様のものだ。
苦労を、ねえ。
「またまた~。声に怒りが残っていますよぉ、はぁくしゃくぅ」
『貴様……いや、その手には乗らん』
ちっ、冷静だな。流石は陛下の信頼厚いという伯爵様。これ以上の挑発は無意味か、なら切り替えよう。
「それならそれでオッケーです。あ、犯人の方の根回し済みなんで。こっちの被害届けも明日明朝に取り消す予定です」
『それまでにCランクのコアを、ということか……良かろう。ちょうど持て余していた所だ』
んー、負け惜しみくさいな。これでケニーの奴がもっと醜態を晒していたら、殺し合いになったか。それならそれでやったまでだが、win-winの結末というのは良いね。
「しかし、不本意そうですね」
『何もかもな。だが、相対的に事態がマシになった、ということで不満は飲み込んでおくことにしよう。次は無いがな』
「理解しています」
嫌というほどに。次に仕掛ければ、ゴーギンの一族全員が面子のために俺たちを殺しに来るだろう。ああ、それぐらいの緊張感は欲しい所だ。
というか、お前の所が始めた喧嘩だろうに、何を被害者ブってるんだか。マシになったということは頷いておくが。
本当に余裕が無いのだ。伯爵の言葉を借りるが、何もかもが足りていない。
だが、結局は1つづつ埋めていくしかないのだ。この国の戦力としては一角を担えるに足るという自負のまま、力を得るための必要不可欠な行動だった。
その建前と言い訳で、ルーは納得してくれるだろうか。しなくても、せざるを得ない時間がやって来る前に備えなきゃならんけどね。
「それでは、いい取引を」
言葉を残して、俺は去る。
ケニーはこれで良い騎士になるだろう。そして、俺はコアを得る。
心残りもなく、変装をして邸宅の廊下へ。奥にある大広間には入らず、外に続く道を歩く。だが、外に出ると予想外の人物が待ち構えていた。
「……パーティに参加していた筈では?」
「少し外の空気を吸いたい、と告げてな。顔を貸せ」
連れられるままに、外へ。周辺は……諜報員の類か、気配を殺しているのが3、4人。音に干渉する魔法も使っているようだ。あれ媒介が貴重なんだが、流石は大森林の恩恵持ちか。
さて、物騒な気配は……半々だな。そして、陛下の言葉は予想通りのものだった。
「そういえば、尋ねていなかったことを思い出してな。レオン・トライアッド―――アンタ、いったい何者?」
「見ての通りとしか。経歴は洗ったんでしょう?」
口調が変わった、ということは誤魔化しは許さないか。でも、俺は俺としか言いようがないんだが。今生では一階の整備兵ですよ?
「ええ。その上で、予想の何もかもと合致しない。能力と手段の種類には必ず、それまでの経歴が付いて回るものだと私は考える」
確かに。そして、動機には相応の背景が必要だと付け加えようか。
「だからこそ、アンタは不可解すぎる……ポッと出とは思えない」
「俺の出自。いや、存在自体が理解できないと?」
「それだけ、矛盾している。貴族に過激な手段を取ることもあるけど、恨みで最後まで走らない。でも、だったらそもそもそんな手段を取る必要も……」
「いや、必要だったから」
俺は告げてやる。
やられた後のことを理解しただろ、と。
「ケニーは忠義に厚い騎士だ。そんなアイツが青ざめるぐらいに、このままでは酷い未来が待ってる。この国にも、陛下にも」
昨日に届いた資料だ。連邦の今のトップの女癖の悪さに。まさかそれだけとは思えないが、噂に聞く狸が自分の強欲に従わない理由はない。
かといって、俺が動いても緊張感は高まらない。下に遠すぎる。
陛下直々に、では上に遠すぎるからいまいち。
だからこそ、貴族には貴族どうしで。生々しい絶望は、もう届けた。あとは貴族どうしで士気を高め、頑張ってもらった方が効率的だ。何より俺やルーの胃も痛まないというのが良いね。
「……そこまで考えていたのね。挑発をしたのは、ルーへの矛先を逸らすためだとは理解していたけど」
「あとは、俺のやり方を陛下に報せるために。―――俺はケニーとの問答の中でついた嘘は1つきり。コアは破壊された、という言葉だけです」
あとは、全て本当だ。他人を強引にでも変えたい時の肝は、ただ1つ。
真実は時に人を追い詰める。故に嘘は可能な限り少なく、正面から大量の真実と正論を突きつけて滅多刺しにすること。
だからこそ、ケニーは自発的に気がついた。
他人の痛みに鈍感な者こそ、自分の痛みには敏感だから。
「そして、私に突きつけた言葉は“破壊”。確かに、他の何よりも得意そうね」
「ええ。必要であれば、何者でも」
あなたであっても、差別はしない。告げず、視線だけで伝える。迷うけど必要と思えば俺はやるだろう、その経験はある。
そして、破壊しか出来なかったからこそ部下から見限られ、背中を刺されて死んだ。
そんな情けない前世を持つ男でしかいないけどな。
「……クビにするなら今のうちですよ? それだけの策を弄した覚えがあります」
「ええ。事前に、DランクのコアをEランクのものに変えてくれって言われた時は何の冗談かと思ったけれど」
そして、差額を金銭にして受け取った。マシナリー探しもフリだ。金銭の半分は今回の根回しに使って、半分は貯蓄した。ルーにはとても言えない真実だが、Cランクのコアを入手したので許してくれるだろう。
まあ、犯罪なことには間違いない。仕掛けたのはアイツでも、そう仕向けたのは間違いなく俺自身だ。
「そんな犯罪者を裁かない。王としての正義が泣くのでは?」
「そして正義に生きた王国は破壊されて、私だけでなく全てが蹂躙される。まったくもって美しい結末ね」
陛下は小さく笑った。今までとは違う蠱惑的な笑みで、深く頷きながら告げてくる。
「――敵ならば存分に破壊しなさい。私の許可で成される破壊なら許容の内だから」
たとえそれが私であっても。そんな言葉が聞こえてきそうなほど、怜悧な美貌には覚悟が込められていた。
次の瞬間には、やさぐれたものに戻っていたが。やっぱり、陛下は癖者だ。
「それと、2つ。苦手なこともあるって記憶しておくわ。1つは、女に対する心遣いがなっていないこと」
「……あともう1つは?」
「女を口説くのが下手ってこと。さっきのルーへの気遣いも誤魔化したし……本人に直接言ってあげれば、喜んだのにね?」
「それなら意識してのことです。弱味につけ込むのは野郎限定と決めてるので」
弱っている女につけ込むのは面倒くさい。そのつもりじゃなくても、ソフィアは………刺されるならアイツだと思ってたんだけどな。
「……もしかして、アンタ」
「それに、流石に純真な子供を騙すのは。陛下じゃあるまいし」
「よくも言うわね」
「誰も言ってくれなかったことでしょうから」
ふはは、俺が言われるままだと思うなよ。
それからしばらく言い合いをした後、俺は格納庫へと戻った。
これにて一件落着だ。
明日にティティに連絡して、機体の開発を進めるよう話し合いを始めるか。
そう意気込んでいた翌日、俺はルーに説教された。
情報源は分かりきっている。おのれあの女王、大人げないにも程があるだろ
そして着服していた俺の金は奪われ、あわれ整備兵達の宴会費に消えたのであった。
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