第18話:試験(後編)



「納得いかない……」


「ま、民衆の創意って奴で」


眉間に皺を寄せるサーリ。俺の方が泣きたいわ、完全無欠の勝利だってのに。だが徹底的にケチをつけられたからには、胸ぷにぷには諦めざるを得なくなった。


次の試験はなんだろうなー、と呼び出しを待ちながら会場を歩く。先程の一戦を見ていた連中だろう、少し注目されているな。


悪目立ちするつもりはなかったのに、このアホサーリ。


「そのあたりが訳分からない。出世するために鍛えてるんじゃないの? なら、見せつけてやった方が効率が良い」


「ああ、正しい意見だな、それで間に合うんならな」


全てはタイミングと演出にかかってる。説明すればサーリなら分かるだろうが、こんな場所で言えるかよ。


今は先に試験を受けた奴らを探して、っと。すぐに分かった。


壁際でうつむき、悔しそうにしている集団だからな、目立ってるわ。


近づき、笑顔で話しかけてやった。


「よう、揃ってるか負け犬ども」


「……いきなりご挨拶だな」


凹んでいたマックが睨みつけてくる。なんだ、その不満そうなツラは。


「アンタが言ったんだろうが、俺たちは勝てるって……!」


「普通の相手ならな。気がついてなかったのか、ジョンの後のお前らの相手」


第二軍候補生。すなわち、将来エース級になることを幼い頃から決定されている生粋のセレクターだ。


「……幼い頃って、いくつからだよ」


「平均で3歳ぐらいからだな」


魔力量が高い子供たちが見込まれ、実戦で鍛え上げるために大森林へと派遣される。育ちきった後は自領に戻り、周辺の魔物を自力だけで討伐できる人材になる。軍団からの派遣もない、本当の意味での自治を可能とする強い貴族の出来上がりって訳だ。


「お前らがチンチンとかウンコとか言ってる時分からぜーはー言いながら日々鍛錬に修行に訓練してきた奴らだ。そんな奴らに、たかが二ヶ月ぐらい鍛えた程度で勝てると思うか?」


「それ、は……!」


「俺なら言うぞ。あと一ヶ月早くから真面目に訓練してたら、ってな。……って説得されてんじゃねーよお前ら。納得する前に反発しろ」


いつもの威勢はどうしたよ。それに、まだ終わってないだろ、むしろこれからが始まりだ。さっきの格闘技戦、いい線いってたのによ。


「……どういうことだ? 粘ったけど、勝てなきゃ意味ねえだろ」


「野次馬に踊らされんな。審判はきっちり見てるよ、審査する奴もな。勝てはしなかったけど、相手が第二軍だからだ。ジョンでも負けてただろう。で、お前らとジョンの力量差はどうだ?」


「大差ない。いや、そういう意味か……ひょっとして、そんなに悪くない結果だった?」

「だな。あと1つ、どうでもいい弱い奴になんかヤジは飛ばさねえよ」


酔っぱらいならともかくとして、誰もが試験に挑む軍人だ。


なら、後は分かるな?


「ああ……すまねえ、情けない所みせた」


「全くだ。ったく、いい年して世話が焼ける奴らだぜ―――サーリ」


「なによ」


「身だしなみチェックしてやってくれ。さっきの胸ぷにの約束、1つ代わりにしていい」


「……分かったわ」


サーリはため息混じりにマックの服をチェックし、あれこれ指摘しながら整えていった。マックは顔を真っ赤にしながら大人しく従い、1分もたたない内に他の軍に劣らないぐらいの服装になった。


「よし、これで準備完了。ってな具合に互いで協力すれば鏡なしでもやれるんだが、どうして目からウロコって顔してんの?」


泣けてくるぞ、マジで。


「1人で駄目なら協力すればいいだろ。格好つけんのもいいけど、どうしようもない時は頼りあえ。本気で勝ちたいって思ってるんならな。それとも、円陣の中で思ったことは口からでまかせの冗談か?」


言ってやると、先程とは違う意味での睨みが返ってきた。


そんな筈は無いって顔だ。よし、これで無様な結果にはならないだろ。


俺は軽くアドバイスをした後、散策に戻った。最後に後ろで敬礼を向けられたような音が聞こえたが、無視だ無視。


「……ひどい人だね。煽るだけで送り出すだけ。最後まで付いててあげないの?」


「子供じゃねえんだから。訓練成果はきっちり出せてる、心配はいらねえよ」


「――それでも、連邦との戦いで生き残るのは難しい」


はっきりと事実を言ってくる。傭兵らしい物言いだが、分かってるよ。


このまま鍛える方が戦場で死ぬ確率が高くなるかもしれない。早々にリタイヤさせればもしかして、ってな。だけど、俺はそうは思わない。


「完全な独善で独断で決める、こうした方が生き残れる確率は高いと信じてるから、そう動くだけだ」


「……勝算は?」


「現時点だと、計算するのは怖いな」


そうこうしている内に、次の試験に呼び出された。


射撃を見るらしい。静止目標と動的目標を、動きながら射撃するというシンプルな内容だ。サーリは余裕だろう。なにせ、適性で言えば射撃の方がぶっちぎってる。


「――勝負、する?」


「……嫌だけどな。逃げると泣かれそうだし」


「失礼すぎる。ああ、賭け金は安目で。私が勝ったら手を抜く理由を教えてくれたらいい」


「へーい」


で、俺はあっさり負けた。俺は85点とかなりいい線を言っていたけど、サーリは文句なしの120点だ。本来なら当たらない、小さな動的目標を動きながら中心にぶち当てて100点を突破しやがった。


得意げにこちらを見てくる様子は、ガキそのものだった。


「勝ち。で、理由は?」


「上にスカウトなんてされたくねえからだよ」


聞かれても問題ないので、言ってやる。教官に訓練兵に、キッチリ型にはまった場所。そこで切磋琢磨するのもいいだろう。十星という理不尽を知っているのであれば、という前提が付くが。


「十星クラスとやりあったお前なら分かるだろ? 感想を聞かせちゃくれないか、傭兵王ガオの娘よ」


「―――正真正銘の化物ね。今回の戦争で出てこないことを祈るしかない。そうでなくても数と質で負けてるのに」


だよなあ。……ちまちまと仕組んでる奴らは分かってるのかね。どんぐりの背比べに意味はない。将来は仲良く諸共に踏み潰されて粉微塵にされるだけだって。


ま、道理で世界が回るならそれこそ戦争なんか起こらんしな。何もしていないのに革命に囃し立てられるほど、命が脅かされたりはしない。実感を持って呟くと、サーリから嫌な顔をされた。


「あの国の話はやめて。腸が煮えくりかえってお腹が空くから」


「飢えた狼かよ」


「そう成りたいとは思ってるわ。我こそはガオガオー、ってね」


そう言って、サーリは小さく笑った。うーん、可愛い。ファザコンと合わさってテンション倍増ですね、間違いない。


「ん、呼ばれた。次は……」


「同調のテストね。……私はともかく、アンタはやる意味ないと思うけど」


「いやいやあるにきまってるだろ」


棒読みで答えてやる。うん、実際はまったく意味ないんだけどな。


会場の端には、黒のニギリスが5機か。そこに列が作られてる。で、遠くから見ていると分かる。これは同調できたら成功とかじゃないってことが。


「第二軍の訓練服をまとった奴らでも失敗してるな」


「それでも歓声が起きてる。まあ、普通そうなんだけど」


まあ、初見の機体に最初から同調なんて普通は難しいだろう。審査としては、1分でどこまで同調できるかを見ているっぽいな。


「お、ダニ―がやってる」


「胸ポケットを叩いてるわね。……写真は没収されたはずだけど」


「温もりとか感じてるんだろ。あいつ部隊一気持ち悪いから」


何をいわんや、だってダニ―だし。告げるとサーリは深く頷いていた。そのダニ―は軽い様子でニギリスに入っていった。


審査員が声をかけている内に、魔力が魔水に行き渡る様子が感じられた。


だが、遅い。じわじわと変わっていき、ポンプから全身へと流れ出る速度が遅いのだろう。やがて手足の先までは届かずないまま、試験の終了のブザーが鳴った。


「あー、60点って所だな」


「ダニーのくせにやるね」


サーリの言葉に頷く。女王パワーだろうか、他の奴らの平均は50点という所だろうに、頭ひとつ分だけ飛び出てるな。それに比べれば十分に及第点だと言えた。


「ただ、なあ。賭けてみるか?」


「面白そうだけどね。多分、できない」


複雑な表情で不機嫌な顔。その理由はすぐに分かった。サーリが試験免除になったからだ。過去に第二軍の正規兵だったことは知れ渡ってるからな。


だが、俺は違う。一応は無名のド新人になっているからな。


……今までの試験結果のせいか、注目しているのがちらほらと居るな。おのれサーリ、予定が崩れそうじゃねえか。


「なに睨んでるの? ああ、賭けでもしたいとか」


そんな意図は無いのだが、何やら勘違いしてるな。うん、乗っかろう。


「俺のタイムでどうだ。制限時間内に同調できたら、一ぷに」


「……そんなに触りたいの? でも、だったら1分じゃ無理ね」


「なら、50秒か?」


「30秒。これ以上は負からないから。無理だったら、そうね。王都で一晩飲み放題、もちろん高い店でね」


「え、それは……いや分かった」


不安げな表情を演出してやる。サーリは勝ち誇ったような顔をしていた。この様子じゃかなり飲むなコイツ。今まで我慢していたんだろうが、ちょっと息抜きをしたいらしい。


だが、見誤ったな。


恐らくはニギリス程度ならば乗ったことが、とかを考えて30秒に設定したんだろうが―――



『に、272番。25秒で、同調完了』



試験を終了してくださいという声とともに、俺は勝利の雄叫びを会場に響かせた。











「あ~~……疲れた」


全ての試験が終わってから、一時間後。軍のお偉いさんらしい人物からようやく解放された俺は、皆が待っている場所へと急いだ。


帰りのトラックが出る時間まで10分。まだ間に合うが、あの鬼の二人がいる。基地までランニングとか言い出されるのがごめんだった。


(それにしても、なんでお偉方は訓練内容なんて聞きたかったのかねぇ? 『ジョン君、君の誠意を信じるよ』ってくせーんだよ聞き方がいちいち)


レオンのアニキから口止めされたのは、身魔法とかいうものだけ。それ以外は全て話したんだけど、そんなに俺たちの成長ぶりが以外だったんだろうか。つまり期待してなかった、ってことだよな。もういいけど。


全部、過ぎ去ったことだ。どうでもいいことを考えるほど無意味なことはないし、忘れることにした。そして、ようやく辿り着いた場所では全員が暗い顔をしていた。


その中心でため息をついているアニキに話しかける。どうもこうもないと、アニキは呆れた顔だった。


「凹んでるんだよ。スカウトされなかったから、って」


「あー……それは」


俺も、もしかしたらって考えてたことだ。この試験で隠れた俺の才能とかあって、それを見つけたエリートらしい他の訓練校に誘われたらって。でも見回して分かる、顔ぶれ変わってねえし。


それに、スカウトされるならまず間違いなくこの二人だろうし。


レオン・トライアッド―――変な人だけど面倒見はいい。それ以上に、あらゆる能力に秀でている。ちょっと常識がズレた所とかあるけど、悪い人じゃなさそうだ。


サーリ・レッドクレイブ―――可愛いと美人が融合してる美乳。隠れ目の美少女だ。そんな印象を忘れさせられるぐらい、訓練では有能で苛烈な人だった。投げられ、何度地面をなめさせられたのか覚えていない。


正直、第二軍の新人より怖いし有能だと思う。スカウトとか来たと思うんだがなー。尋ねると、あり得ないし有り難くないと答えられた。どういう意味だ。


俺なら快諾して活躍しちゃって女王の胸に一直線だぞ。英雄にでも成れればその先だって。確かに陛下は年上だ。だけどそうは見えない若い容姿に、あの美貌。ロイヤルなエロスに包まれて死ねるのなら、俺は今日心臓を差し出したっていいぐらいなのに。


「で、どうなんすかそのあたり」


「先月にバストが1cm大きくなったって話だが」


「マジか」


ひゃっほうとはしゃぐ。あ、話逸らされた。その間にアニキは手を叩き、注目させた後に指示を出していた。


「さっさと撤収するぞ。あ、バーベキューの手配してるから、帰ったら隠し持ってる酒持ってグラウンドに集合な」


アニキが言うと、落ち込んでいた連中の顔に明るいものが。しょうがねーべや、と言い合ってトラックの中に入っていく。それでいいのかお前ら。


あ、でも俺ちょうどビール切らしてたんだった。アニキに尋ねると、予備は買い込んでるから金あればいいぞ、と笑われた。準備良いスね。


「無茶をさせた分、今日ぐらいはな。ちょっとした役得があっても良いだろ」


という理由で教官から強引に許可を取ったとか。


……そういえばそんなのも居たな。アニキの存在感のせいで、思考から抜けてたわ。


それよりも、出発しましょうよ。何で他の訓練兵の奴ら見てんすか。


「見納めだからだよ。ま、いい。ほらいくぞ」


促されるまま、トラックへ。


帰路も相変わらずだったけど、行きとは違って話題に事欠かなかった。


俺の成績はどうだ、もうちょっとで勝てたのに、あれは自分でも会心の出来だった。


互いに自慢が始まる中、未だに凹んでる奴らに話しかける。


すると、絶望の表情でそいつらは語った。


「めっちゃ可愛いコだったんですよ。試験の途中で意気投合して」


「なにやってんだよ。……で、首尾は?」


確かに、他の部隊には可愛いコが多かった。ウチが男所帯ってこともあるけどな。ワンチャン交流会とか、合コンとかあったら行きたい貯金使ってでもいいぞ金貨までなら。


「……それはできない」


「なんでだ殺すぞ」


「連絡先聞いたら『は?』って」


豹変したらしい。女って怖い。つーか意気投合したこと自体が間違いだったような。


「言うな!」


「そーだそーだ! 見てたんだぞ、お前協会のお姉さんに励まされてただろ!」


確かに、緊張している所を白い肌が綺麗なスタッフに声かけられたけどお前らなんで知ってる。というか落ち込んでたのは女関係かよ。


アホくさくなった俺は言い合いをしたが、アホくさくなって仮眠を取った。揺れるけど疲れているからか熟睡できた。


……家に居た頃だと考えられないな。こんな悪い環境で眠ることになるのも、騒がしい声を心地いいと思うことも。


夢うつつだったが、到着の少し前に俺は起きた。起こされた、といった方がいいか。


なにせ、いい匂いがするのだ。間違いない、肉が焼けるそれだ。


グラウンドには、複数のバーベキュー用の台が。そこから煙が立ち上り、夕暮れの風に乗って炭の臭いと肉の香りが荷台に充満していく。


「あんの野郎ども、待ちきれなかったな」


「あ、アニキ!」


「分かってるよ、降りたら好きにしろ」


停車するなり、全力だった。部屋にビールを取りに行く者、場所を確保する者、待ちきれずに飛びつくように食べ始める者。


この二ヶ月で、それぞれに交流というか、つるむ仲間が出来た。俺もダニ―とマックと一緒だ。役割分担をしているのだろう、それぞれの台で集まり、乾杯の声がグラウンドに広がっていった。


用意の良いことで、照明もあちこちにある。やがて日が落ちたが、興奮する様子も、肉も、酒も途切れることはなかった。


野外で食べるメシは久しぶりだけど、比べ物にならないぐらい美味い。たった1人、隠れるように街の片隅でボソボソとしたパンを噛んでいた頃とは明らかに違う。


「疲れた後のメシは美味いからな」


「あ、アニキ。……と、アネゴ」


「っ、誰が」


あ、なんかサーリさんが動揺した。なんでか胸を押さえてるけど、何かあったのか。顔も真っ赤だし。


尋ねようとしたが、その時が俺の命日になりそうなのでやめた。なので腰に持ってる魔導銃から手を離してもらえませんか死にたくない。


「……鋭いわね。今のその感覚を忘れないように」


いや何しようとしてたんスか、とは怖くて聞けず。矛先を逸らすために、俺はちょっと気になったことを尋ねてみた。


「他の訓練兵を見てた、って言ってましたけど、意味あったんスか?」


無駄なことを嫌うのは、短い付き合いだけど分かってる。


尋ねると、アニキは手で自分のまぶたを釣り上げながら笑った。


「こーんな目してたぞ。よっぽど悔しかったんだろうな」


「え……なんで」


「それぐらい努力したからだろ。なのに負けたら、そりゃ納得いかないって」


……確かに。今まで生きてきた中で一番に努力した。死ぬかも、と思ったのは初めてだった。だから、ちょっとショックだった。第二軍には通じないと思われていることが。


事実なんだろうけど、納得できない。……ああ、そうか。これが、悔しいっていう生の感情なんだ。


それを、あいつらも味わっている。ざまあみろ、と思うと同時に考えさせられる部分があった。そうだ、努力しないで上達する奴なんかいない。ひょっとしたら俺たちと同じぐらいに訓練をして……その結果があれだったら。


「認められねえわな。そしておめでとう。ようやく視界に入ることが出来たぞ、お前ら全員が」


競うべき相手として。そうだ、それまでの俺たちならそうはならなかった。


勝って当たり前の相手に、何も心が乱されないように。路傍の石としてではなく、今日のこの日に俺たちは認められた。負けられない相手として。


アニキが染み入るような声で告げると、全員が嬉しそうな表情をしていた。誰ともなくビールが入ったグラスを持ち上げて何度目になるのか分からない乾杯が飛び交う。


笑い声が、夜遅くまでグラウンドに響いていた。


終わったのは三時間後だった。疲れている奴らが多く、後片付けに参加できたのは5人だけ。さっさと寝たいので協力して片付けていると、様子を見に来たアニキから声がかけられた。


「よう、ジョン。ありがとな、最後まで」


「肉と酒提供してもらってますからね。酒も格安だったし」


相場の二分の一だったような。アニキなりの褒美だったんだろう。


一通り片付けた後、俺は校舎の中にある食堂へ。寝静まった建物の中、気がつけば同じように片付けを手伝っていたアニキと、なぜか居るアネゴの3人きり。


礼を言われたけど、手配を任せたからにはこれぐらいはすべきだと思う。そう答えると、小さく笑われた。


「見かけによらないな、ジョン。気がつくし、社交性もある。なのに、どうして軍に入ろうなんて思ったんだ?」


いきなり突っ込んだ質問をしてくる。


特に隠すようなことでもないので、素直に答えた。


「――何となく、っスね」


「え?」


「取り立てて理由はありませんでした。マックとはちょっと違うかな」


学校は普通に通えた。それなりの成績で卒業して、それなりの商家で働いていた。給料は少なかったが、それなりにやりがいがある仕事だった。


少しは文句があったし、上司からネチネチと小言を刺されることもあった。だけど、辞めるつもりはなかった。


そんな時に、あの事件が起こった。ひょっとすれば、死んでいたのかもしれない。職場の誰かが呟く声に、同意する声は上がらなかったけど。


切っ掛けは、同窓会だった。


――徴兵がある、軍に入ろうとしている。そう告げたのは、学校に居た頃は成績がトップの奴だった。この国が無くなるかもしれな瀬戸際に、何もできない男のままでいいのか。問いかけるような声に、思い出したのはそれまでの自分。


思えば、何かを自分で選んだことなんて無かった。


学校に行ったのは家に金があったから。就職したのは、金が必要だったから。


流れと必要にかられるだけで、自分の力だけで勝ち取ったモノは何があるだろうか。


問いかけられ、答えられず。気がつけば志願の紙を持って受付に走った。


「で、入った後の感想は?」


「後悔してます。でも、同じぐらいに充実してます。言い訳なんて必要ないぐらいに」


商家での仕事はやりがいがあった。でも楽しかったかと言われれば、そうでもない。充実していたと当時は思っていたが、なんてことはない、言い聞かせていただけだ。


給金は安かった、でも金も入った。そのままだと生活には困らなかったかもしれない。だけどずっと、俺は俺だけの何かが欲しかったような気がするんだ。


「国のために、というのは嘘か」


「2割ぐらいは本当っスね」


「なんだ、結構な愛国者じゃねえか」


からかうように言われる。いや、2割って20%っすよ、ぜんぜんそうじゃないと思うんですけど。


「……1割で普通。2割で愛国者。5割を超えると狂信者って呼ぶんだよ、ジョン」


「自分と国とを天秤にかける奴ね。私には理解できないけど」


「いや、国のためなら戦場にだって俺は」


「その先だよ。例えるなら、自爆してでも国のために生きたいと思うか?」


尋ねられるが、頷けない。やっぱり自分の命は惜しいし、死ぬような傷だってごめんだ。答えると、それが普通だと言われた。


「あいつらも同じだ。小細工だのなんだの、現実が見えてねえ」


「現実、って……連邦は強いと聞きますけど、そんなに?」


まさか。だって、あんな空気だったのに。それに、徴兵されたセレクターも居たし、数だって多い。俺は会ったことはないけど、上質なウォリアを持っているセレクターだって居るのに。


大丈夫―――いや、“大丈夫なはず”の証拠を並べて訴える。


だが、それが証拠だとアニキは断言した。


「根拠が無いんだよ。具体的な戦力計算と相手との差とか、兵士の質とか。色々な要素から根拠を構築して説明できるようなら、俺も同意するんだけどな?」


「……それは。いや、でも今まで王国は」


「たまたまだ。攻められなかったから。そして、今の連邦は帝国まで味方につけてる」


そう、いえば。俺は嫌な予感がして聞いてみた。


撤収する前に、“見納めだ”と告げた真意を。二人は、当然のように答えてくれた。



「だって、あいつらの7割ぐらいは死ぬし」


「言い過ぎ。6割ぐらいで打ち止めになると思うよ、それで敗北を宣言するでしょ」



……え? 聞き違いだよな、俺の。


いや、もう一度聞いてみるか。


「だから死ぬって。あんな試験で喜んでる程度じゃ無理、刺されて撃たれて炎上するね」

焼肉にされる、と嘘のない調子で言われた。


え、でも、だって。……ちなみにどんな試験だったらそう思わなかったんだろか。


「試験会場に奇襲を演出してたな。1割ぐらいが死亡するか重傷になりそうな事故を起こしてた」


――なにを。


「えっちらおっちら、遊びじゃないんだ。集まっている時が良い機会だ、今回を逃せば効果も薄れる」


言っているのか、この人は。


「期待はしていたんだけど、やらなかったな。あんなに浮かれてたってのに」


国が人を殺す? そんな、あっていいはずが。


イカれてる。頭が。でも、無視できないのはなんでだ。


どうして、俺はこの人を責められない。


薄々と気がついてるからだろ、誰だって。


心臓を突き刺すようなそれは、真実だった。


「このままじゃ負ける。惨めな敗北が待ってる。何もかもを見誤って負ける、力足りずに踏みつけられる。負けて殺す、国が人を殺す時の必然となるパターンだ」


「……弱いことは、罪だと?」


「それを許容することは罪だ。……ま、どっちでもいい」


死力を尽くすことだけは突き通す。アニキの目はそう語っていた。


だけど、俺たちはどうだ? そこまでの覚悟はできてない。なのに、やる気だ。アニキはやる、それが茨の道であっても止まる理由にはならない。


だけど、俺たちは違う。見納めという言葉に、含まれていないと考えるのは脳みそが足りない奴の結論だ。例外なく、戦場では誰かが死ぬ。それが俺たちじゃないなんて保証はどこにもない。この眼の前の二人だって。


突き詰めれば、変わらないのかもしれないけど。生きているんだから、生きなければならないんだ。少なくとも、戦争が終わるまではずっと、その先だって。


「……それじゃあ、俺はこれで」


告げて、立ち去る。追ってこないことを確認すると、俺は色々と考え始めた。


生き残る算段を立てるために。


走らなければならないんだ、俺たちは。たとえこの行動まで、アニキ達の思惑だったとしても変わらない。



(悔しさを感じるなら、か。この嫌な気持ちさえ初めてだけど)



だからこそ、見えてくる道もあるはずだ。


せめて、死なないように。


そう思いながら、俺は夜の校舎の窓に浮かぶ月へと誓いを立てた。



――その二ヶ月後だった。


第三軍の上層部から、売国奴を掃討する任務に参加するようにという命令書が届いたのは。


誰もが、気が付かなかった。


それが、王国が崩壊する切っ掛けとなる出来事だったなんて。


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