第17話:試験(前編)



軍は金で出来ている。人、物、装備、箱物すべてだ。そして、金は無限ではない。つまりは、落ちこぼれ訓練兵に割り当てられるトラックも、タイヤも、荷台の質もこんなものということだ。


今、俺たちは基礎訓練終了後の大移動の中にあった。それに喜び歓声を上げていた者達も居たが、今は荷台の激しい揺れに身を任せるだけになっていた。揺れに酔って吐いた者、喋ろうとして舌を噛んだ者、緊張のあまり震えている者とバリエーションに富んでいるが、総じて士気が下がっている。まるで葬式に出るみたいに。いかん、第三軍の黒いジャケットが不吉なものに見えてきた。


「今から周囲の心配? 余裕ね、レオン」


「サーリと同じぐらいにはな。人並みには震えているって、期待感で」


肩をすくめて小さく笑う。自分なりにここ一ヶ月、鍛えてきたんだ。ソフィアの域にはまだまだ届かない――というか先日に見て理解った、あいつ成長してやがる――までも、五感強化を併用しての訓練は十分な成果があった。


――こいつらも同じなんだけどな。


身魔法の基礎技能の1つ、感覚鋭敏化と体感速度微弱上昇、反応速度増加。それを利用しての訓練で、外見はともかくとして中身は格段に上達しているはず。レベル1程度のものでしかないが、この一ヶ月の訓練で全員がモノにしたんだ。自分でも劇的に成長したのは分かっている筈だが……理屈じゃないのかもな。


「……怪我をして帰ってきたのに、よくも図太い」


「あんなもん怪我の内にも入らねえよ」


ソフィアが去り、頭痛に気絶した一時間後に俺は目を覚ました。ナウルに事情を説明して、尊厳を破壊された貴族ともども後はぶん投げて、ひとまずはそれで終わりになった。ティティには謝罪と機体作成の言伝を残し、俺は戻ってきた……んだけどそれ以外に何か思い出さなきゃいけないことがあったような気がする。


(いや、大丈夫だ。少なくともアイツとの約束は覚えている)


いずれ帝国に顔を出すということ。それは目先の試練をクリアしてからの話だ。俺たちが移動しているのは、本格的にセレクターとしての訓練が始まる前の、適性の本検査を受けるため。天機協会の施設で行われるそれに落ちれば、どうあがいてもウォリアは与えられなくなるからな。


「というか、サーリが受ける必要はあるのか? 第二軍に所属していた元正騎士に、試験なんか必要ないだろ」


「……その資格は剥奪された。それに、元を付けるほど馴染んでいた訳でもない」


無愛想に呟く。そうだな、元を付けたい所属先はレギナ傭兵同盟の傭兵という肩書きのみだろう。第二軍も練度で言えば悪いものじゃなかった筈なんだけど。


「まあ、それなりには強かった。鼻につく貴族野郎はともかくとして」


「あー……クローレンスの次男だったか」


訓練で疲労困憊の中、差し入れにレモンジュースを片手に質問をして聞き出した内容だ。最初はサーリもコミニケーションを取ろうとしていたらしい。軍における相互理解は重要だ。それを怠る間抜けは命を賭ける戦場には不適格として爪弾きにされる。そこに横槍を挟んできたのがラウド・アレス・クローレンスだという。


新入り歓迎の模擬戦で目立っていたのが気に食わなかった、とか。サーリはすぐに気づき、反発して仲違いに。それからずっと、大森林の対魔物戦の中では孤立気味だったという。


「それで内に入ることもなく、か。手練手管を使って懐柔すりゃ良かったのに」


「趣味じゃない、好みじゃない、やりたくない、意味もない」


ずっぱりと言う。そういう所が孤立する原因だったのかもしれないが、俺は結構好きだね。もっと愛想があって上手くすれば、と思えるぐらいの腕は持ってそうだとは思うが、矜持を曲げるほどのことでもない。


「それに、そんなに器用にも見えないしな」


「アンタに言われたくない。知ってる? その怪我の原因について、ちょっとした賭け事が起きかけたこと」


「へえ」


賭けとは一人では成立しない、つまりはと荷台の面々を見回すが、全員に目を逸らされた。いや、それは良いんだけどな。


「でも賭けにならなかった。『昔の女に殴られた』っていうのに満場一致、全員が賭けたから」


いや良くねえよバカ。――なるほど、君たちはそういう人なんだね? それに、遠からずも当っている所がムカつく。今まで手加減をしていたのが悪かったようだ。そう呟くと、全員が信じられないような顔をこちらに向けてきた。


中には自分のポケットを触り始めた者も居る。女王の写真を取り出そうとしてるんだろうが、今日ばかりは持ち出し禁止だっての。引っかかった数名から没収すると、絶望の表情になっていた。


だが、心配することはない。あるコツを教えてやると、全員の表情が変わった。


緊張するだけのものから、もしかしたらという顔。


そうしている内にトラックは進み、目的地に辿り着いた。



「ここが、天機協会か」



特徴的な尖塔の形の、赤レンガ作りが遠くに見える。周辺はウォリアによる機動実験が行われるのか、広大な草原になっていた。見回せば、各軍の各訓練学校も居た。俺たちと同じ参加しているのだろう、各軍の訓練服を身にまとった者ばかりだ。総勢で200人といった所か。他の軍も居るのだろう、結構な数が集められていた。


先の車に乗っていた教官に主導され、広場に。そこで集まっていると整列の号令が出されたので、2列縦隊で並んでいく。他の隊も同様だが、こちらは随分と早い。私語もなく規律正しい、いかにもエリートといった様子だ。


(……あの、レオンのアニキ。奴ら、こっち見て笑ってます)


(ならこっちも笑顔で手を振ってやれ、ジョン)


完全にまとめ役として認定されたのか、アニキと呼びかけるジョン。いちいち否定するのも面倒くさくなったのでそのままだ。


で、ジョンよ。こういうのは嘲笑してるって言うんだよ。横目にこちらを見てくる奴らのほとんどが似たような反応だった。隠されている訳でもないから、噂になって流れてるんだろう『ボロ屋に飛ばされた雑魚候補だぜあいつ等』って。


相手の所属は……貴族だらけの第一軍はこんな所で検査は受けないだろうから、大森林担当の第二軍か、東部方面防衛の第三軍の上澄みか、あるいは西部の第四軍か。いずれにせよ、俺たちよりも期待されているセレクター達だ。服装1つを取っても違う。しつけられた犬のように、身なりも姿勢もきっちりとしている。


こちらは、その、あれだった。自覚したのかマックやダニーだけでなく同期の奴等全員が自分の格好を気にし始めた。自分の服を見下ろしては姿勢を正しているが、鏡もない場所では中途半端にしか整えることができない。


そうしている内に、赤レンガの建物の中から協会員がぞろぞろと出てきた。白衣を着た不気味な一団は正面にあった小さな壇上に上がると、拡声器を手に説明を始めた。


『えー、それでは検査を始めます。あー、第二軍、三軍、四軍の先頭の隊はそれぞれの教官の――』


だるそうな声だな、面倒くさがってる。とはいえ、指示は指示だ。他の隊は教官の数が多く、教官自身もそれなり以上に鍛えている様子が伺えた。教官は恐らくは現役の軍人で、先任の誰かだろう。生徒である訓練兵達も同様で、一糸乱れぬ隊列で建物の中に入っていく。


比べてこちらはどうだ、劣等生にも程があるな。俺が呟いた訳ではないが、こちらを見る他の軍の教官どもは目でそれを語っていた。


「……アニキ」


「情けない声を出すな。整列は未熟でも、それで負けた訳じゃないだろ」


時間が無かっただけだ。反面、あっちは基礎からみっちりと叩き込まれてる。全員がそうだとは思わないが、取り繕えるぐらいの訓練は積んできたんだろうな。自信と自負が透けて見える。素質を見込まれ、施設が整った場所で、エリートの教官に教えられる。誰もが自分の成功を信じて疑っていないようだ。


だが、それがどうした、セレクターとして勝っている訳じゃない。なんて口だけで説明しても不安そうだったので、俺は野郎共を集め、円陣を組むように指示を出す。周囲の奴らが奇妙な目で見てくるが、恥ずかしがってやらない方がバカだ。サーリは参加しないが、まあ今はそれでいい。


「――よし。最後に確認だ。あいつらはエリートで、選ばれた奴らに間違いない。見ろ、可愛い子も揃ってる」


「ですね。うわ、あっちの女かなり胸でけえ」


「可愛い系から美人系まで選り取り見取り……くっそ、羨ましすぎる」


「女王陛下がダントツだけどな。でも、近くにあるおっ○いもいいもんだ」


それには同意する。とはいえ、サーリに勝てるような奴はいないが。


「え、サーリさんは別枠というか」


「胸はおっきいし可愛いけど、なあ」


マックの呟きに、全員が頷いた。4人まとめて無表情になぎ倒すサーリは、美人美少女の範疇の外らしい。気持ちは分かる。頷いていると、円陣の外に居るサーリから冷たい視線が。


「おっかねえ。でも、まあ――サーリは元第二軍の凄腕だ。あいつより優れた訓練兵なんて、いる訳ない。そいつ相手に散々叩きのめされてきただろ?」


勝てはしなかったが、厳しい訓練を重ねてきた。それを思い出させる。奴らのほとんどは自分達より“上”かもしれない。期待も、環境も、才能も。何もかもが俺たちより上回っていると自負できるぐらいの立場に居るんだろう。


「―――それを覆す。これほど面白いことは無いだろ?」


訓練の時にもさんざんに告げた殺し文句だ。今は過負荷染みた魔法は使わせていない、解禁だ。つまりは自らの縛りを外した、本気の状態。


「さっきも言っただろ。今日は自分を縛る必要もない。解き放つと、劇的に強くなる―――解禁した今のお前達は並じゃない」


「っ、でも」


「気持ちで負けなければ勝てるって話だ。やる前から負け犬にだけはなってくれんなよ? ――女王陛下に笑われるぜ」


写真は持ってきていないが、毎日繰り返し見たはずだ。そう告げると、ジョン達の表情から不安が抜けていった。他の奴らも一緒だ。俺は先頭組の背中を蹴って、追いつくように走れと言ってやる。


慌てて走り去った奴らの背筋は伸びていた。不安はあるようだけど、それぐらいがちょうどいい。全く、あれだけ訓練しただろうにな。この期に及んで怖気づくなよ。


というか、サーリもなんだその顔は。


「……意外だったから。餌で走らせるだけ走らせるタイプだと思ってた」


「間違ってないぞ。ただ、人ってのは案外簡単に壊れるし潰れるんだよ」


人は食べるだけでは生きていけず。誇りや名誉、意味を求める胃袋はあると俺は思っている。だけど、それはひどく壊れやすく、腐れ落ちやすい。怠慢、諦観、現実――世界にはあらゆる毒が常に満ちているからだ。


跳ね除けるには勇気、やる気、根気。そこに楽観と我欲強める一つまみの誇り加えてやる必要がある。本来なら教官の役割なんだが――やる気がない。


(あの野郎、最後まで口出ししてこなかったからな)


興味がないのだろう。だったら俺がやるしかない。このままじゃあいつらは間違いなく死ぬ、それはちょっと惜しい。


「で、戦場では自分のために利用すると」


「当然だな。あいつらは生き延びる、名誉を得る、モテる。俺はそれに乗っかって目的を果たす、誰も不幸にならないだろ?」


正直に答えると、サーリは小さく笑った。え、どこがウけたんだよ。問いかけようとした所だが、横から声をかけられた。


振り返ると、いかにもな武闘派のお貴族サマがそこにいた。


第二軍のシンボルカラーは翠色、緑色だ。その正規軍の服を身にまとっているということは、コイツが教官だろう。気品は感じられるが、隠せない闘争心が顔つきと赤という髪の色にあらわれている。顔立ちはハッキリとイケメンだ。


でも誰だ、こいつ……いや、もしかして。サーリを見ると、先程の笑みが嘘のように眉間に皺が寄っていて、それで俺は気がついた。


「……何の用よ、クローレンスの2番」


「君に用はないよ、じゃじゃ馬。こちらの御仁に会いに来たんだ」


「え、俺に?」


サーリの様子から見るに、コイツ次男のラウド・アレス・クローレンスだよな。なんで御仁呼ばわりなんだ。というか気持ち悪い。ルーを色々犠牲にした野郎に話しかけられてもな。そう訝しんでいると、ルーとは似ても似つかない男は朗らかな笑みを向けてきた。


「まずは礼を。妹の命を救ってくれてありがとう」


「……え?」


「レオン・トライアッド従士とは君のことだろう? 撃ち落とし、疲弊していたルーシェイナを命がけで救出してくれたと聞いている」


握手を求められたので、思わず素直に握り返してしまった。表情は真剣だ。表向きだけじゃなくて、本気で感謝している。


「……妹って、ルーシェイナは」


「ああ……ちょっと変な子だろう? 自分を男だなんて言い張って、あんなに可愛いのにもったいない」


「そう、ですね。20才とは思えないぐらいに小さいですが、女の子です」


「だろう。全く、母上のように成長すれば陛下にだって負けないぐらいに取り合いにされるぐらいだったろうに」


深く、憂いのため息をついた。それでも今の方が可愛いが、と呟く声色はガチだった。それから試しに話してみたが、間違いない。こいつ、ルーシェイナが何を犠牲にしたのか理解していないな?


齟齬の具合を考えれば分かる、態と識らされていないことが。推測だけど……こうなった下手人は考えるまでもないだろう、あのクソ当主だ。


「えっと、どうしたんだいトライアッド君」


「いえ。……俺より、あちらの方が用事があるそうですが」


さっきから視線で訴えかけて来ている、副官らしき女性の存在を示唆してやる。ラウドは気が付くと、まずいと呟き、不機嫌が極まっているサーリに視線を向けた後に真剣な顔で励ましてきた。


「これからも苦労するだろうが、1人で抱えてはいけないよ。じゃあ、武運を祈る」


「あっ、はい」


ワイルド系のイケメンは告げるなり去っていった。


……予想外にも程があるな。でも、分かった。想像よりも救われない形で、クローレンス家が固まっていることが。もっと悪い方向だって考えられる。


ま、材料が揃っていない状況で断定するのは早すぎるか。今は目の前のことを、と考えているとサーリの不機嫌な顔が視界いっぱいに映った。


「……ご機嫌、って訳でもなさそうね。聞かせなさいよ、レオン」


「何をだ。端的でさっぱり分からねえが、謡えってんだよ」


「出世のチャンスを逃した理由よ」


面白くなさそうな声だが、素直に聞いてくる。茶色い髪の下にある耳は真っ白だ。これ、誤魔化すのはよろしくないな。というか、簡単な話なんだが。


あいつに取り入って、第二軍で栄達をってか? そんなあぶく銭を貰った所でどうしようも無いだろ、実際の所。戦力差を覆すためなら、第二軍所属の有能な侯爵程度を頭に添えた所で勝ち目はない。少なくとも、軍の1つは握る必要がある。


「……本気で連邦に勝とうとしてるのね」


サーリは小さい声で答えた。正気を疑われてるんだろうが、驚きはしない。王国の外を知っている奴なら当然の反応だ。戦力差は歴然だからな。


そうこうしている内に、次の部隊の案内が始まった。難しい表情をしているサーリを連れて建物の中に入る。大きな入り口から中へ、混雑している中を歩くと、思わず声が出てしまった。


「す……っげえな、コレ」


建物の中には、見たことが無いような高度な施設が所狭しと揃えられていた。


その中を訓練兵、教官、協会の人間といった多種多様な人間がひしめき合っている。テンションの差が激しいな。検査を受ける側は誰もが士気や野心、やる気というものを隠そうともせずにそれぞれの測定器を睨みつけていた。


基準をクリアすれば正式に軍への配属が決定されるからだろう。悪ければ、格落ち―――数字が大きい軍へ配属される可能性もあるため、誰もが必死になっている。


「なんだ、歓声?」


「ステージがある方だね」


見ると、ウチの訓練兵が……いや、あれジョンだな。ステージの上で勝利の雄叫びを上げていた。格闘戦の試験でもあるのだろう。嬉しさのあまり、震えている。


一番頑張ってたからな。ただ、この後は……いや、今はいいか。


俺にも試験がある。最初は、魔力量の測定だ。50あればそれなりで、100あればエース級、200を超えれば化物で、300にもなれば人間から外れる。まあ、ぼちぼちやるか。


『次、272番』


「あいよー」


呼び出された先には大人の頭ぐらいの大きさがある透明な水晶球が台に置かれていた。正面の椅子に座ると、試験官が説明を始めた。


「この試験は単純だ。水晶に手で触れながら、全力で魔力を放出したまえ」


「りょー」


リラックスした返事をする。変な顔をされたが気にせず、気合を入れながら水晶を片手で掴んだ。顔を引きつらせる試験官を他所に、俺は半ば戦闘の時のそれに意識を切り替えて魔力を展開した。憎き怨敵たる旧帝国の騎士もどきの頭を握りつぶすイメージで、全力を尽くす―――フリをする。


「あー……70だね。お疲れ様」


頑張ったね、と微笑んでくれてる。けど、内心ではちょっと笑ってんな。サーリと言えば、怒ってるような、困惑しているような表情でこちらを見ていた。


そのサーリの測定値は、135だった。どよめきが上がるが、本人は……いや、ちょっと嬉しそうだな。前回測定した時よりも上がったらしい。


次は……模擬格闘戦か。魔力強化後の動きを見たいらしい。ウォリアとの同調後の動きに関わってくるから、当然か。


ステージ前で出番を待ちながら先の訓練兵どうしの戦闘を見学する。ちょうどマックがやっている最中だった。相手は、第二軍らしい緑の訓練服を着た巨躯の男だった。


マックは、最初の頃に比べれば成長した。だが、今は肩で息をしていた。あれは、相手が悪いな。基本に忠実で大技も狙わないため、隙がない。やがて焦って前に出たマックが、制限時間ぎりぎりの所でカウンターの掌底を受けて気絶した。


途端に歓声が上がる。見れば、俺たちと同じ第三軍の、エリートの奴らばかりだった。手を叩き、よくやったと大声で叫んでいる。一方で、第二軍の一部はそいつらを疎ましそうに見ていた。最後まで粘ったマックに思う所があったらしい。


それから先も、ウチの奴らは強い相手に挑んでは負け続けていた。誰もが健闘はしていたが、第二軍の猛者どもは幼少の頃から鍛え上げてきたガチの軍人候補だ。善戦はするものの、勝ちきれない。


……裏で仕組まれてるなぁ。気づいたけど、後だ。俺の相手は誰かな、っと。どちらにせよここで目立つのは避けたい。第二軍となれば同じように善戦したフリでも、という思惑は甘かった。


「構えて、レオン」


「マジか」


ため息をついて審判を見るが、嫌味な笑いを零されただけだった。どうやら第二軍の訓練兵はあらかた終わったらしい。だからこその苦肉の策だろうけど、勘弁してくれよ。一縷の望みに期待してサーリを見るが、駄目そうだ。


目が語っている。、と。


「……いや、今日はちょっと調子が悪くて」


「だから尻尾を巻いて逃げるの?」


「ああ」


傭兵なら分かるだろう。勝算と利がない戦闘は自己満足の域を出ない、ただのみっともない悪あがきだって。


「だけど、ここ一番で逃げるような奴を私は信用しない。背中を預けるに値しないのなら、命令を聞く義理もない」


「いかにも傭兵の考え方だな」


「ええ。私はずっと、


告げるサーリは揺らがない。分かってしまった、言葉だけじゃ無理だ。それに、一理どことか万理ある。なら、俺らしくやらせてもらうかね。


「おしゃべりは終わったかね? ――制限時間は3分だ、始め!」


審判の号令が出る。直後、サーリは一直線に突っ込んできた。


女性らしい柔らかい筋肉と魔力強化、軽い体重のせいだろう、かなり速い。パンチスピードもかなりのモノで、牽制に放たれたジャブを何とか手で払うが、


「しっ!」


対角線気味に速度重視のローキック。バックステップで躱すと、そこに飛び後ろ回し蹴りの追撃が飛んできた。俺は首を捻って避けると横に逃げ、距離を取る。


すると、周囲から一際大きな歓声が上がった。戸惑い、愚痴が出てくる。


(今のはサーリのデモンストレーションだよ。くそ、これで逃げられなくなった)


ここでイモを引けば舐められる。強い少女に叩きのめされた男として。それは今後の活動において無視できないダメージとなる。


なら、やるしかないか。だが、予定を崩してくれた報いは受けてもらう。俺は腰を落として、重心を整えた。そして、人差し指を1本立てた後に、サーリの胸に向けながら宣言する。


「指1本で捻じ伏せてやろう。俺が勝てば、その巨よりの美乳を突付く」


「……舐めてんの?」


舐めたいですねえ! というと変態で退場させられかねないので、口だけで笑ってやる。あ、周囲の女性訓練兵から厳しい視線が。


「うん、分かった――死ね」


ちょっ、と言う暇もない。先程とは違う、重心をブレさせない歩法での飛び込みから喉を狙っての貫手。体捌きで回避するも、今度は顎先を狙ってのバックブローが。直撃すれば意識まで刈り取られてたぞ。


その体捌き、キレが上がった連続技を見れば分かる、こいつ身魔法を使ったな。サーリはレベル1までしか使えないが、それでも戦闘時における恩恵はデカい。無駄な動きを意識的に省けるからだ。俺も若干だが強化を使い、サーリの猛攻に対応した。頭を左右に、ステップを踏みながら距離を調節したり、力が載っていない所を身体で受け止める。


「く―――っ、更に」


強くなっている、と言いたいんだろうが舐めるなよ。俺が成長しないと誰が決めた。悔しければ休暇中に頂点中の頂点の殺気を浴びせられるハード体験でもしろってんだ。俺は断じてそんな経験したくなかったけど!


「このっ!」


焦るサーリ。制限時間はあと10秒。そこで、サーリは賭けに出てきた。こちらが指1本しか使わないことを前提に正面から掴みに来たのだ。そのまま引き倒し、絞め落とすつもりだろう。


うん、誘いに乗ってくれてありがとう。


人は指1本でも死ぬ。例えば眼球の奥の奥まで突っ込めば、脳細胞にまでダメージが通り、場合によっては―――と。


俺は殺気をこめながら、無防備なサーリの眼球に向けて人差し指を突き出そうとする。気づかれたが、もう遅い。


サーリは最悪は回避しようと、大きくバランスを崩しながらも強引に頭部を横にスライドさせたが、うん、それを待ってた。


「ちょい」


フェイントに引っ掛かったサーリの無防備な足元目掛けて、足払いを一閃。


最高のタイミングで横に刈り上げると、サーリの軽い身体はくるりと一回転した。


ズダン、と大きな音が会場に鳴り響く。


直後に、終了のブザーが。俺は呆然とこちらを見上げてくるサーリに、笑みと共に人差し指を突き付けた。



「――まさか」


「宣言通り、賭けは俺の勝ちだ―――って、アレっ、何で物投げんの?!」


どうしてか、訓練兵からブーイングが。物まで飛んでくる始末。


俺は納得できないままそれらを回避しつつ、ステージの上を逃げ回る羽目になった。


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