第12話:これからと、そして


「一体どういうことなのですか!」


王城の会議室の中で、怒声が響いた。強く叩かれた豪華な木製の卓が音を立てる。その周囲には、8人の騎士と女王陛下が並んでいた。


声を発したのは、細目、痩身で白まじりの茶色い髪を伸ばしている男だった。王国東部を守護する第三軍の団長、サルグリア・スカーニッドは、王国に5人しかいない地騎士の称号を与えられた、生粋の叩き上げだ。騎士仲間からは温厚で知られる彼は女王でさえ見たことがないほどに激昂していた。


愚劣で知られる旧帝国の騎士の潜入に、目を覆うような蛮行。彼にとっては、到底許せるものではなかった。


「第一軍団の長に尋ねます。……先々月、私は名乗り出ました。国内で蠢く輩どもの調査を志願しました。管轄が違う故に待て、と言われて二ヶ月。あなたは一体どこで何をしていたのですが?」


王都守護を担う、貴族騎士が大半を占める第一軍。その団長であり公爵でもあるフェイル・グルッドはふくよかな腹を上下させながら、その意見を鼻で笑った。


「ふふぅ、この期に及んで責任転嫁かぁ。全ては貴様がテロリストどもの潜伏を見逃したからだろうにのぅ?」


たかが伯爵風情が、とフェイルが鼻で笑った。その横で、西部守護を担う赤髪の女騎士がくつくつと軽く笑った。


「男どもは余裕でいいねえ。論点が致命的にズレてんよ。ねえ、王国最強さん?」


「なにをおっしゃるお美女さん。俺でも近衛の騎士団長サマにゃ勝てんよ。――この別嬪さんにもな」


最強と呼ばれた男――第二軍団長、カーライル・セヴァン地騎士は机の上に置かれた写真を叩いた。それは、深い蒼が印象的なウォリアを映したものだった。


「……腕だけはある貴様が、のぅ。いつもの過大評価ではないのかぁ」


「映像ならありますよ……女王?」


「良い。現実を知る良い機会になるであろう」


そして、会議の場に戦闘映像が流れ始めた。旧帝国のラースカとの戦闘から、乱入者との対峙、完敗。全てを見終わった者達は、一様にして黙り込んだ。


のだ。強いことは理解できた、だが最後の連続攻撃だけは理解の外にあった。カーライルであっても、例外ではない。


「加えて言うが、これで2割程度だそうだ」


「……聞き間違いであって欲しいのですが。つまり、このウォリアとセレクターは、これより5倍も強くなると?」


十星ではない流れのセレクターだというのに。全員の顔色が変わった。白狼部隊の名前は知れ渡っている。誰も見誤ることなく、敵の強大さを強く認識していた。


「正体は不明。恐らくは帝国に連なる者だと思われるが」


ティアリゼルの声に、カーライルが手を上げた。


「陛下。それなんだが、遭遇したウチの若いのが知ってたよ。元革命軍の有名なセレクターだって」


「ウチの? ……ああ、傭兵同盟から押し付けられた小娘かぁ」


「今はいいでしょう。して、彼女の名前は?」


「ソフィア、家名は不明だ。ウォリアは“蒼烈のナーシエフ”だとよ。ちなみに革命軍最強のセレクターだったそうだ」


そして、恐らくは新帝国における最強の。カーライルの言葉に、全員が息を呑んだ。帝国が敵となれば、アレと戦うことになるからだった。


「ま、情報の裏は取ってないんでね。出来れば精査するためにも、この映像のセレクターに事情を聞きたいんですが」


「……それは、もはや不可能になった」


「不可能って……もしや、死にましたか」


「あの爆発だ。ただではすまないと思っていたが。くそ、惜しいな」


残念そうに、赤髪の豊満な女騎士―――第四軍の長ことミラ・ガイストはため息をついた。それほど、この映像を遺したセレクターを買っていた証拠でもあった。


「何か根拠となる情報があれば……どうした、カッズ」


「はい。こちらも独自に動いていましてね。その情報は正しいですよ」


「なにをだよ、カッズ。勿体ぶるなよ」


カーライルの言葉に、諜報を担当する第五軍の長である男――カッズ・ナグーラは糸目の下で面白そうに笑った。


「革命軍の話ですよ。――曰く、“彼らには空がついていた”。称賛される時に使われる言葉ですが、変だと思いませんか?」


「いや、分からんが」


「バカモノ。革命にはウォリアは必須。勝利したからには天機神様の加護がついていると思うのが普通だ」


「……ああ」


カーライルが生返事をした。ミラが、ため息交じりに告げる。


「“天”じゃなくて“空”って表現がおかしいって話さ。そして、空と言えば蒼だ。ナーシエフに該当するだろう」


「なるほど。では、革命のついでに旧帝国の騎士を?」


「はっきりとは言えんさ。……陛下は、何かを掴んでおられそうですが」


カーライルの言葉に、ティアリゼルは頷き、重々しい声で答えた。


「――こいつかどうかは分からない。だが、連邦へ外交に言った際に、流れのセレクターから聞いた話がある。北の国には、連邦の十星の一角を落とした化物がいるとな」


そいつは常に空から新帝国の敵である連邦を睨み続けている。ティアリゼルの言葉に、三軍の長であるサルグリアが気づいたように声を上げた。


「空から、ですか……賊の固有技能を考えれば……そうか、国内侵入の方法は」


「こちらも考えましたが、旧帝国の騎士は別口でしょう。こちらに調査結果が―――」


「待て、別の議題もある。新規のセレクターの勤務態度に問題があると、こちらの軍から色々と苦情が―――」


「それよりも陛下、独断で秘密の部隊など、童女の頃ではないのですから―――」


それからも、会議は進んでいった。大した進展もなく、根本的な解決もままならない、形だけのものとして。
















「――なんて具合に、会議は泥沼化してるんでしょうね。そのあたりどう思います、陛下の希望の星の人としては」


「そういう言い方だと死んだみたいじゃねえか」


「ええ、レザール・クリプトンは死にましたね。従士レオン・トライアッドはこうして生きていますが」


ぼんやりとした目で、その男は告げてきた。黒い髪はボサボサで、よれたローブをまとう姿は売れない魔法使いの劇に出てくる主人公のよう。


俺は、傷が塞がったばかりの痛む腹を気にしながら率直な意見で答えた。


「……敗北に対する突き上げか。ま、口だけの役立たずは早々に死んだ方が良いわな」


「同感です。便利といえば便利ですが、特定の人物や派閥へのひいきは軋轢しか生みません。実績が伴っていないのならばよほど」


「んで、色々と各方面に尊重し続けた皺寄せが今になって国家の窮地にランクアップした訳だ」


アホらしい。そう告げると、宰相は表情を変えずに問い返してきた。


「……それだけですか?」


「ああ」


「仮面男の死亡に関しては、反論が出てくると思っていたのですが。“相手が悪かった”と」


「それは言い訳ってんだよ。通じる方が困るぞ」


敗者は敗者だ。環境だの敵だの体調だの関係ない。殺されなかっただけ運が良かった、それだけのことだ。だが、それで追求を逃れられる訳がない。


任せられるとはそういう事だ。まあ、身代わりの術が残ってたんだが。


「そのための変装で、スケープ・ゴートだった訳ですか。成程、小賢しい」


「ありがとう、宰相閣下殿。アンタみたいな賢者にそう言われるのは光栄だね」


本当に文句はない。ソフィアへの追跡を巻くという意味でも、レザール君は死んでもらった方が都合が良い。その答えに短時間で辿り着けるとは、ゲリ眼鏡程度には頭がキレる。起きてんのか寝てんのか分からない、ぼんやりとした顔と目をしてるけど。


「あ、ちなみに私の名前はコロウ・モーグルです」


「今かよ」


「出来れば宰相と読んで下さい。本名での会話はどうも緊張感が薄れてしまって」


「……まあ、そうだな」


いや、マイペースだなこの宰相。でも、裏向きはどうだか。


そして、宰相の腹の中が読めない。女王にとって、この国にとってコイツはどういったスタンスにあるのか、それが皆目見えてこない。だから、どういった対策をすればいいのか分からない。


本能は最大限の警報を発し続けているんだけどな。俺はその直感に従い、女王の懐刀と呼ばれている難敵を理解すべく、純粋な疑問を叩きつけた。


「――解せない事が多すぎるんだよな。アンタほどの賢者がどうして王都を離れていた? 陛下が一番に必要としている人材は、お前だっただろうに」


王権を元に国家を安寧に導きたいのであれば、宰相という立場と能力を両立した人間をまず最初に侍らせるべきだ。そして、女王にはコイツが居た。


相手が仕掛けたのは、間違いなくこいつが大森林に出張っていたのを狙ってのことだ。そういう意味でも王国ヤバいなんだが。


だが、どうしてすぐに王都に帰ってこなかったのか。問いかけると、宰相はあっけらかんと答えられた。


「だからこそですよ。攻めてくる以上、相手の狙いは明白です。大森林以上に、この国に価値はないし旨味はない。故にそこの防備を高めるために第二軍周りに色々と仕込んでおきました」


「……現場だけじゃなくて森の中に住まう民に話でも付けたか。白狼部隊を送り返したのは苦肉の策だった訳だな」


奪還されれば全てが終わる、王都に等しい価値を持つ大森林の狩場。それを守る防備を整え、算段をつけつつも、王都が陥落すれば本末転倒になる。


故に連携に優れる白狼部隊を、そんな所だろうが、物の見事に思惑を破壊された気持ちを聞きたいね。……いや、その必要はないか。


だって目が死んでいる。あの頃の俺と同じように、達観と諦観が混じり合った目はどんな悲劇であっても景観以上の価値を見いださないだろう。


傍目には童顔でだらしないイメージを受ける、もやっとした雰囲気のタレ目の男にしか見えない。貴族からはさぞかし舐められることだろう、という外見だ。


だが、本当に? 俺の直感が叫んでいた。『コイツを舐めるな』と。


だから、尋ねた。どうすればこの国が助かるのかを。


宰相は、用意していたのだろう答えを淡々と述べ始めた。


「相手の狙いは分かりやすいです。王都じゃなくて外れた平原に信号機を置いたことからも」


「機能を奪いたかった。なんのためにだ?」


「バックアップと補給を削ぐ、これが一番の目的でしょう」


「……大森林を手に入れるために?」


「国家として、埋蔵されている資源が手に入るならどんな手を使ってでも確保するべきでしょう。そこは同意見です、だけどおかしい。連邦はそこまで困窮していない」


そう告げると、情報を降ろしてくれた。予想通り、周辺国家から連邦を非難する声が高まっているそうだ。


「それに、大森林の恵みなしに王国は立ち行かない。滅ぼすことになる。そこまでする理由があるとは思えない」


「なら、別の者が欲しいんだろ。さしあたってはティアリゼル女王とか」


「……どういう意味です?」


「連邦のトップはまだ独身だったよな」


情報屋に金を掴ませて拾った情報だ。そして、無類の女好きらしい。家柄から能力まで高い水準を保っている男だが、唯一そこが欠点だと。


「婚姻による同盟を強要されると、女王は断れない。元王太子の息子も存命だ。代わりに舵を取る人間もいる」


「つまりは、連邦のアラン・イル・ウルジフの性欲が原因で我が王国は滅亡の危機にあると。そういう事ですね」


「そういう事になっちゃうな」


頷き返してやる。


すると、宰相は深い溜息をついた。


「何とも理不尽な……と力で押し返せないのが、更に不条理ですね」


「怖くない敵なんざ屁そのものだからな」


風吹けば散らされる。はっはっは、と笑うと宰相も乾いた笑いを零した。


「――で、何者です?」


「何がだ」


「推測を重ねて結論を導き出す、それが私の仕事です。だが、私は貴方のことが読めないでいる」


話が飛んだな。……いや、もっともだ。俺の素性の話だろう。


「色々と調べさせました。ですが、どうにもおかしい。貴方の経歴で、これだけの戦略の話についてこれる筈がない。よしんばついてこれたとしても、私情を乗せることもなく、冷静に俯瞰した視点で見られるとは思えない」


「なら、スパイだと?」


「でしたらもっと良いやり方があった。貴方の今までの行動を分析しましたが、それに気づかなかったとは考えにくい」


だから分からない、か。


経歴を考えると、確かにそうだろう。女王陛下は理解しているのか、いないのか。


「気づいてませんよ。我らが女王陛下はとびきりのバカですから」


何の慰めにもなってねえよ。というかコイツ、言いやがった……うっすらと気付きつつも目をそらしていた事実なのに。


「でも、だったら分かるよな。今のこの国に置いて、女王陛下ではなくアルマグナ王国として、そこに住まう民が最も幸せになれる方法は何なのか」


問いかけると、宰相は気負った様子もなく即答した。


「もちろん―――女王陛下に犠牲になってもらうことでしょう」


「……だな」


「推測は、恐らく正しいでしょう。あの連邦のトップのハゲがやりそうな事です。好みの女を手に入れるためなら、数千の出血だろうが端金にしか感じない」


「……つまり、断定して良いんだな。連邦というか相手のトップの目的は」


「女王の身体でしょう。連邦の南部……キルキスタン地方に限ってですが、王国は良好な関係を築いていました。中央の横槍が入ったと前提しても、王国を求める理由なんてどこにもない」


考えられるとすれば、常識では考えられないもの。度を過ぎた個人の欲望か、妄執か。そして、心当たりはあると宰相は告げた。情報的にそれ以外に考えられないらしい。


……何とも馬鹿らしい原因だな。旧帝国がグルかどうかは知らんけど、人を死なせるにはお粗末な理由だ。


だが、まかり通るんだろう。そんな無体が。権力者の気まぐれは時に自然の猛威よりも人を殺す。巻き込まれた方が間抜けって話だ。


逆を言えば、女王さえ捧げれば待ち受ける危機は回避できる。戦争で大勢が死ぬことも なくなる、王国の民は今まで通りの生活を続けられる。同じように、俺も平穏を生きることが出来るだろう。温暖な気候で、何不自由もなく、老後まで気楽でそれなりに張り合いがある生活を過ごすことができる。


うん、そうだな。答えは決まってる―――だが、気に入らねえ。


「……へえ?」


「どれだけ正しい理屈だろうが、気に入らねえよ」


賢い選択だろう。連邦の小デブだったか? 大きい権力者だ、大陸で一番と言っていい、多少の無茶は許されるのだろう。


だが、同じじゃない。敵いそうにないから諦めるのが道理なら、俺だって最初から革命軍のトップなんて成らなかった。


思うがままに許さないことを許さないと告げる。それは当たり前のことだ。


そして、俺は当たり前から目を逸らさない。


無謀にも革命に挑み、多くの仲間を死なせた挙げ句に息子にぶん投げた、前世の父のようにはならない。


当然のことをせずに怠け、多くの国民を苦しめた旧帝国の皇帝のようにはならない。


「……それが貴方の素顔ですか」


「お前もようやく殺気が収まったな、宰相。隠しているようだったけど」


俺が女王のためにならないようなら、即座に殺すつもりだった。今のもブラフだろう。……いや、少し違うか。視線で問いかけると、宰相はため息混じりに答えた。


「“どんな状況であろうと、この国のためになる方策を推進する”。私の宰相としての立場はそれです。女王からそう求められ、私は宰相になりました」


「それが、女王をどん底にまで叩き落とすことになっても?」


「勝算が皆無であれば、国が荒らされる前に。その方が陛下のお心は救われます。不甲斐なさの極みではありますが」


そこで初めて、宰相は表情を歪ませた。後悔と……怒りだ。何に対するものなのかは分からないが、秘めた熱量はかなり……いや、途轍もない男だ。


そして、男はこちらを見据えてきた。


「八方塞がりと思っていました……が、今は欠片ではありますが希望があると知れましたよ」


「どういうことだ?」


「――契約は続けましょう。勝利の暁には、どのような報酬でも。ただし、今度は贔屓は無しです。女王は慧眼でしたが、手法は悪いものでした。軍団の長というのは、周囲から認められてこそです」


「いきなりなんだ。……つまり、一兵卒から上り詰めて周囲を納得させろと?」


「小細工はしますが、概ねはその方針で。――その方が得意だと思いました。女王の命令というよりは、独自に考えて動く方が貴方に合っている」


「……否定はしない。見抜かれたことには恐怖しかないが」


「通信のログが残っていたからですよ」


まさか、と思いたいですが。そう前置いて、宰相は告げた。


―――アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイル、と。


「弱冠にして革命軍を勝利に導いた、伝説の英雄。死んだとも、旅に出たとも言われていますが」


「そいつは死んだよ。俺が言うんだから間違いない」


「……分かりました。そういう事にしておきましょう」


立ち上がり、無表情に戻っていた宰相は隣のベッドに視線を向けた。


そこにはルーが居た。いや、そういうのじゃなくて昨夜から手を離してくれないんだよ。力づくで、と考えると目尻から涙が流れるし。


「煩くしてすみませんと、彼女に告げておいて下さい。……いえ、出過ぎた真似を」


「コイツとはそういう関係じゃねーよ」


「そこは冷たいのですね。自分の未来を代償に、二度も致命傷を治癒したというのに」


「……なに?」


「おっと。野暮になるんで、これにて失礼します」


おい、待て。絶対そんなこと思ってないだろ、いやちょっと……行きやがった。


だが、まあ……一理あるな。薄々と分かっていたことだけど。


俺は情報屋からの報告書を見た。寝ている間に届けられたものだ。


女王からの資金の半分を費やした、国内外問わずの様々な。その中に、ルーシェイナに関する情報もあった。


クローレンス家の長女。第一夫人が産んだ長男と次男の後、第三夫人により出産。


そして、年齢は間違いなく20歳であると。


(だが、この外見は間違いない。骨格を見れば分かる。それと、宰相が告げた未来を代償にということを考えると―――ん?)


見れば、手が震えていた。うめき声も。これは、痛がっているのか。


痛い、痛いと小声で呟きを繰り返している。


ルーのこんな姿は、見たことなかった。


いや、違う。


見せなかったんだ、こいつは。俺が気にすると思って、隠れて泣いてたんだ。


……罪悪感なんて今更だ。何人殺した、死なせたかは覚えていない。神様が居るなら、きっとドギツイクソの肥溜めのような性格に違いない。


ソフィアに会って、色々と思い知らされた。自分の本当の気持ちを。


ルーの銀色の髪を撫でながら思う。


(こうしながらも、俺は帝国に残してきた子達を気にしている)


革命の途中で、戦災孤児を集めた孤児院があった。戦いの中で唯一の癒やしで、帰るべき場所だと思えた。ボロボロになっていく身体を引きずってでも、と命がけの策を弄するようになったのは、あいつらが居たからこそ。



そう仕向けた。アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイルはそれだけのことをした。眼鏡……ゲリュオンに殺されたことだけが予想外で、本当は仕方がないと思っていた。それで終わるように仕掛けたのは俺自身だから。


だからこそ、あの頃を思わせるルーに接しているのだろうか。考えても、分からなかった。自分のことだというのに、言葉にさえ出来なかった。この感情がどこから来てなんと名乗っているのかを。


―――この記憶さえ無ければ、こんな想いを抱かずに済んだのに。


それを恨めしいと思う自分と、有り難いと思う自分が居る。ソフィアに再会出来た時に理解できた。会えて嬉しいというのが、一番に出てきた言葉だったから。


さりとて、どうするか。どうすべきか、どうしたいか。


順番は複雑だ。だが、ハッキリとしている。“連邦の好き勝手にさせてたまるか”という前世から抱えている感情だけは、共通しているのだから。


(……帝国の出方次第だけどな)


個人的な感情から敵と断定していた俺だが、少しだけじゃなくオカシイ部分がある。


それを解決できれば、事態を好転することが可能になるかもしれない。


帝国は北から、王国は南から、つまりは


それも、ゲリュオンの本心に左右されるだろうが。今の帝国の頭脳のトップは、ゲリュオンで間違いない。ほとんどが自由人の変人ばかりだったからな。


本心から連邦と組んでいるのなら、この図式は崩れる。


それを探るために、報告書を一枚一枚読んでいる時だった。


はらりと、一枚の紙が床に落ちる。紙の種類も薄さも異なるため、滑り落ちてしまったようだ。俺は情報屋の不備に舌打ちしつつ、その紙を拾い。


書かれていた文章を前に、言葉を失った。



「……どういう、ことだ?」



震える声で、呟く。



紙にはこう書かれていた。



――『アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイルを殺したのは、ゲリュオン・レイシードではない』と。



















「……アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイル。革命の寵児であり英雄、か」



宰相ことコロン・モーグルは、自室の部屋で1つの本を手に取っていた。


大金を積んで入手した、帝国の革命について書かれていた本。


その最後のページには、こう書かれていた。



「革命の長、ゲリュオンを始めとした幹部と共に旧帝国の部隊を打破。本人は皇城へ、当時の帝国の十星だった老騎士を殺害するも、皇女を取り逃す大失態を犯す、そして」



ぺらり、と紙をめくる。



革命の終わりは、英雄の死で締めくくられていた。




「革命軍の本部にて、何者かに殺害される―――享年、14歳」



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