第13話:夢の在処


ボロい、というのが最初の感想だった。今にも倒れそうなぐらいに老朽化が進んだ、古い校舎のような建物。100年前に住民がいなくなったという村の中にあった元は学校であろう3階建ての木造校舎は、それでも自前の柱と基礎で踏ん張っていた。大森林で取れる頑丈な木材が使われているからだろう。表面はややささくれ立っていたらしいが、削って塗膜剤で包んでやれば、趣の深い木目が落ち着きを演出してくれる。


そんな城下町から離れた場所にある訓練学校が、今日からの俺の住まう場所になった。その3階の奥にある部屋の中を見回し、運ばれた荷物を見る。この古い校舎は広さだけはあるらしく、俺は個室を与えられていた。


「はい、これで終わりだよ。レオン、他に荷物は?」


「無いよ。……手間をかけさせたな、オヤジ」


自分でやろうと思えば出来たのにな。こう見えて、傷はほぼ治ってるし。


「必要のない無茶はしないのが最善だよ。何より、クローレンスさんに迷惑がかかるし、心配する……そういえば、彼女の見舞いは?」


「次の休みにでも行くつもりだ。いつになるのか分からないけど」


いざとなれば隠れて抜け出せばいい。王都までは小一時間も走れば到着するからな。色々と説明も感謝もできないままだけど、また会えるから大丈夫だろう。


――あの遭遇戦から、一週間が経った。907部隊は即日解体され、俺は最近になって急造されたという、民間上がりのセレクターの訓練学校に通うことになった。


ルーとアリスには事後承諾の形で伝えられる。宰相からは、そういう連絡があった。


あれから女王陛下には会えていない。宰相から説教をかまされたという話だが、それが原因で拗ねたのだろうか、強襲もなかった。……今度会ったら、盛大に罵られそうだな。だが、宰相が前に出てきたからには任せた方がいい。


訓練兵が集められているこの場所へ行くように命令された事も、大きな文句はない。先日に交わした言葉の通り、一兵卒から上り詰める、そのための場所なんだろう。ただ、色々と細かい不満はあるが、そこは自分で解決していけばいい。


書類の手続きはオヤジに、怪我が完治していないからと荷物の運びも手伝ってもらった。まあ、この爆弾魔が作った予想外の威力の爆弾のせいだから当然といえば当然なんだが


「そういえば、あの爆弾ってオヤジの自作か?」


「当然だ。爆弾好きならばあれぐらいは自作出来て最低限だからな」


「どこの世界のどんな常識だよ。……いや、マジで何をすればあんな威力が出んの?」


ソフィアもあの反射神経だ、咄嗟に防御したと思うんだけど、それでもナーシエフに傷を負わせたのはちょっとどころじゃなく異常だ。そもそも、なんでそんなに爆弾が好きなのか。


「愛さ。愛をこめれば爆発は応えてくれる」


「えっ」


「爆発はいいぞぉ、息子よ。あの音、炎、散らばる破片に砕かれた物体……わずらわしい全てから解放される」


ちょっとここにA級のテロリストが居るんですけど。それも思想とか無く、ただ破壊されるオブジェクトを見たいという一番厄介な類の。


「ふふ、心配するな。しがらみがあってこその人間社会だ。大っぴらに破壊できるものも少なくてな。もっとも、野放図なお前に言っても同意されるとは思えんが」


「人聞きが悪いな。俺は品行方正で通っている、地元の期待の星なのに」


「えっ、うん。それはそれとして、休暇に田舎に帰った時の友達とかの反応を思い出してみようか」


えっ。いや、うん。


話しかけると愛想笑い返されながらそそくさと逃げられたけど、特におかしな所はないから問題ないですね。


「学生時代に何やったの!? じゃ、じゃあニグレイドの残骸を前にしたティティ嬢に関してはどうかな」


「誠に申し訳ございませんでした」


ハンガーに戻って説明すると、盛大に泣かれたんだよな。映像記録を見せたら、別の意味で泣かれた。どうしてか尋ねると、血を流して倒れている俺と、必死の形相で治癒をしていたルーとアリスの映像を指差していた。


で、次の機体を頼んだら泣き止んだ。今度こそ、と意気込んでたけど、なんだったのやら。コアは盗賊討伐と白狼部隊を守った功績により下賜された、Bランクのものを渡した。そしたら、三度泣かれた。それでも僕はやっていない。


「……はあ。まあ、体調には気をつけて。無理はできるならしない方向で」


「分かってるよ。……今更だけど、詳しい事はなんにも聞かないだな」


「親としては、子供が元気で居てくれたらそれでいいんだよ。珍しくやる気になってるみたいだし」


それだけを告げて、オヤジは去っていった。


……分かりやすいかな、やっぱり。


1人になった狭い部屋で、机の前に座り、紙を広げた。


順番に、自分が―――“俺”がやりたい事を書いていく。


まず、王国を守ること。約束と契約と今生の故郷のために、戦わないという選択肢は除外する。ルーへの借りもある。何より、この楽園を失うのはノーだ。


次に、連邦を潰す。国を全部って訳じゃないけど、最低でもトップの小デブはぶっ潰す。劣勢だろうが知るか、ふざけたエロオヤジめ、徹底的にやってやる。


そして……真相を知りたい。真実を。


あの時、最後に俺は見たんだ。ゲリュオンの顔を、言葉を。だが、確かに……様子がおかしかったように思う。それに、ゲリュオンには自惚れじゃなくて慕われていた自覚はある。脳筋と変人が多かった革命軍の中で、一番の常識人がアイツだった。年下の俺の意見も真面目に聞いて、勝利のために血と汗を共にした。


……だが、100%はあり得ない。それでも、人は変わるものだ。どうしようもなく、人の心はうつろい揺れる。だから、今は断定しない。


(そして、あの手紙……俺の所に来た、というのも問題なんだよな)


今生で俺の前世の名前である“アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイル”を名乗った覚えはない。ずっと、注意もしていた。だからおかしいのだ。俺が“そう”だと、手紙の主はどういう方法で知ることが出来たのか。


ルーから漏れた可能性もあるが……それは考えたくない。ゲリュオンの時と同じ、疑心暗鬼のドツボに嵌りそうだからだ。


それに、誰かが俺を踊らせようとしている可能性もある。だから今は保留にしておこう。与えられたものだけで判断をするとろくな事がない。自分の目で見て見極めて、その後だ。喜んで泣くのか、怒りに笑うのかは。


(まずは――鍛えるよう。今のままじゃ無理だ。何を成すにも)


情報屋からの報告で色々な“カード”は揃った。だが、策についていけるだけの地力が無ければ野垂れ死んでしまう。


そう考えた俺は、その日の内に教官に話をつけにいった。いかにも普通、というか気弱いっぽく人間らしい教官は、一応は軍人らしく最初は渋られたものの、オヤジに用意してもらった酒を片手に褒め続けるとあっさりと落ちた。


そして、次の日。俺は早朝から参加した訓練が終わった後、グラウンドの上で大きくため息をついた。


「へっ、なんだ新入り、いきなりキツくて泣きそうだってか?」


「よせよ、ダニー。この時期に入学ってことはあれだよ」


「ふん、強制徴兵って所かぁ? へっ、泣きそうになってらあ、大当たりだな」


ジョン、ダニー、マックという名前の野郎共がニタニタとした顔でこっちを見てくる。こいつらを3バカと名付けよう。


そして、この3バカの言う通りで俺は泣きそうだった。


――この訓練の内容が、あまりにも温すぎて。


(全てに労力は割けない、って理由は分かるけどな……)


見込みのある奴らは、そっちに回されているのだろう。


究極的に言えば、セレクターに必要とされるのは基礎体力、魔力、そして身体の動かし方だ。この3つが揃っていれば、どうとでもなる。戦術、連携といったのはその後だ。最低限の基本性能があって、初めて戦場で実力の一端を発揮できる。


だが、それも才能あってのこと。魔力とウォリアとの同調後の動きは、どうしたって個人差がある。体力は別だけど。


だから、解せないし、解せる。一言に体力とはいっても軍人のそれは一般人とは隔絶している。それを短期間で叩き込むなら、死人が出かねないほどの密度が必要になるほどだ。こいつらが訓練を受けてからは2ヶ月程度。どいつもこの訓練に慣れきっただけで、貴族共の最低ランクより下という現状。どこの誰の方針だか知らんが、意図が透けて見えすぎて困る。


訓練は厳しければ厳しいほど、乗り越えた時の自信になる。いざ殺し合いをしようとした時に、揺らがぬ芯を固める地金になってくれる。なのに、民間人だった頃から毛が生えた程度の内容で満足しているとは……。


「な、なんだよその顔」


「まるで皮を剥がれている時の魔物を見るような目……?」


「へっ、虚勢は長続き―――いや違う、本気で憐れんでる!?」


うん、だって君たちの寿命は最長で残り9ヶ月だから。せいぜい苦しまずに死ねるように祈っておくよ。そういった気持ちでじっと見つめていると怒られ、最後には殴りかかられた。


5秒後、全員が顔か胸を抱えながら地面でうずくまっていたが。


なんということだあ、おれはただあたまをさげただけなのに。


「……いや、確かにそうだがな。カウンターの頭突きだけで倒されるコイツらもコイツらだが」


呆れ顔で、教官殿が現れた。ちょうどいいとグラウンドの隅まで来てもらって先程の持論を告げると、教官は勢いよく目を逸らした。うん、王都から離れたボロい校舎を見た時に察してたんだけどな。


「そうだ……お前の予想通りだ。ここには落ちこぼれが集められている」


ウォリアに乗れるセレクターといっても、素質はピンからキリまで。さっき上げたように、体力、魔力、同調後の身体の動かし方まで才能の世界だ。


ここは、事前のテストで最底辺の者だけが集められた場所。コストをかける意味がないと判断された者達の吹き溜まり。教官が普通な訳だ。いかにも普通のおっちゃんだからな、左遷されてここにって流れだろう。


――うん、悪くないな。流石は宰相殿、俺のやりたい事が分かってる。


ということで、訓練が終わって汗を流した後、俺は訓練の計画を立てていた。


「1人部屋だと、こういうのが楽だよな。……せめてもの償いってか?」


捨て駒にする兵士への。ま、そういう感傷は後だ。


まずは目指すべき目標について定めよう。


生身、ウォリア問わず、戦闘の天才の極限は……ソフィアで間違いない。あいつ程の規格外を、俺は知らない。革命初期に出会ってから、たった2年。その短期間で、ソフィアは十星レベルまで成長した。


目を見張るべきは、その身体運用方法だ。連邦の十星であるユーゼアス・ヴァンガードや、当時のレギナ傭兵同盟のトップもそうだった。


奴らのような頂点に位置する才能の化物は、身体の動かし方が抜群に上手いのだ。恐るべき戦闘勘を携えながら、信じられないほどの動きをして、こちらの僅かな隙を突いて命を狙ってくる。


ぼとり、ぼとりと落とされている旧帝国の兵が気の毒になる程だった。模擬戦でも、気を抜けばあっという間に、集中していても最後には叩き伏せられていたしな。


(でも、引っかかるんだよな。ソフィアは筋肉バカ、って感じじゃない。魔力強化こみの筋力で言えば同格だった。なのに、ソフィアは……十星もそうだ。頂点の奴らは説明できない“強さ”で凡夫をなぎ倒していく)


羨んだ。憧れた。そして観察した結果から見出した推測が1つ。


奴らは意図せず、その場の最適解を常に選んでいくのだ。身体、筋肉の動かし方から戦闘の流れの中での選択まで、並外れた解答を出し続ける。その理解の度合いが比べ物にならないほど深く、速い。それらが才能の差というものなんだろう。


魔力量は別として、だが。戦闘技能における天才、鬼才は傍から見れば理解不能な動きをすることがあるが、彼ら、あるいは彼女達は自分なりの感覚を元に身体を動かしている。それが、常人からかけ離れているだけで。


……前世の俺は、それほど才能はなかった。秀才がせいぜいだと、自他ともに認められていた。だからこそ奇策に出て相手の能力を発揮できない環境を作った。これからも、そうした手法を活用していくべきだろう。昔とった杵柄とやらを使わない理由なんてどこにもない。


だが、邪道だけではどうしようもなくなる場面が必ず訪れる。1年未満という短期間で連邦とやり合おうっていうんだから、上げられる部分は全て上げておかなければならない。前世の時でも、異様な天才を上回ることが出来たか、と言われればそうでもなかったのだから。


(天才に追いつけ追い越せ、せめて食い下がれ。言葉にするだけなら簡単だけどな……そんなあっさりと至れるものなら、天賦の才なんて言葉は無い訳で)


容易に模倣できるものなら、人は称賛しない。真似できない高みだから、天と呼ばれるのだ。それでもと望むのなら、最善の方法はなんだろうか。


前世から、ずっと考えていたことでもある。少しでも強く、生まれの差なんて覆せる方法がどこかに無いものかと。


(判断はともかくとして……身体運用における理解の早さと、深さ。真似はできないだろうけど、少しでも習得速度を、違う、身体を動かす時の感覚を高める方法は……)


そこで気がついた。あるじゃん、てっとり速く。


だけど、訓練はやっぱり格上が相手じゃないと危機感がない。俺より手練で、対峙するだけで命がけになるような、緊張感がある相手は。


(――いや、ある。逆の発想だから、今まで試したことは無かったけど)


その必要もなかったからな。……訓練についても、整備兵の頃には不要だった。だから鍛えていなかったが、そうも言っていられない。


あの手紙はゲリュオンが出したものなのかもしれない。罠の可能性は十分にある。だけど、確かめたいと思ってしまったんだ。他ならぬ俺自身が、俺の死の真相を、その元凶を知りたいと考えちまってる。


だから、行ける所まで行こう。そして、可能なら自分が成し遂げた革命の後に訪れたあの国を見に行きたい。



だったら、手なんて抜いていられない。覚悟を決めた俺は、最後になるかもしれない安らかな夜を噛み締めながら、目を閉じた。
















―――なんだ、昨日のは偶然か。最初に思った感想はそれだった。


「レオンとか言ったかぁ?! 昨日のあれはマグレだったのかよ!」


木剣を両手に、攻撃を繰り出す。今は格闘訓練の時間だ、遠慮は無用と教官からは言い含められているんだ、悪く思うなよ。昨日は殴りかかった所を、鼻っ柱に頭突きを決められたんで少しビビっていたが、これなら勝てる。


「よっし、やってやれジョン!」


「当たり前よ! ほら、どんどん行くぞォ!」


レオンとかいう黒髪の男は、必死の形相だった。軽く振るった木剣を何とかといった様子で受け止めては、拙い動作で切り返してくる。


だが、遅い。十分に受け止められる速度だ。狙われる箇所は普通ではなく、防ぎにくい場所ばかりを攻撃してくるが、剣速が遅ければ意味がない。


切り返して反撃を、切っ先が掠った時だった。レオンの顔が苦痛に歪んだのは。まるで斬られたかのような顔で、痛がっている。


「はっ、この程度で!」


生っちょろいんだよ。でも分かってたことだ。俺らのように、国を守りたいから志願したんじゃないヘタレなんぞ、この程度だ。


それからずっと俺が有利のまま、格闘訓練は終わった。レオンは、終わった途端に膝をつきかねないぐらいにヘトヘトになっていた。次は長距離走だけど大丈夫かよ。と思ったら、こいつ体力だけはあるようだ。昨日にも感じたことだけど、それだけは俺達より上なんだろう。


それでも格闘授業の疲れは抜けきっておらず、走り終わった後は肩で息をしていた。


「へっ、根性なしが……」


「いや、ジョン。寝転がってるお前が言えることじゃないから」


うるせえよダニー、お前も座り込んでるじゃねえか。


「ったく、ヘボどもがよぉ。ちったぁ俺を見習いやがれ」


「いや、お前も肩で息してるからな」


マックが胸を張るが、スリで慣らしたから楽勝なんて言ってた時の威勢はどこにいった。しかもノロノロ走ってただろお前。


新入りほどじゃないけどな。それから午後の訓練でも、新入りは普通かそれ以下の内容のことしか出来ていなかった。様子も疲労困憊を通り越して心配になってくるほどだ。


俺たちの訓練小隊は、6人での編成。1人は初日に脱走してそれきりで、もう1人は一月前から仮病を使って休んでる。補充で入ったらしいこいつも早々に脱落しそうだな。この時の俺は、そんな事を考えていた。


だが、次の日も、その次の日も、レオンは黙々と訓練を乗り越えていた。回復力があまりないのか、一日が終わればいつも疲れ、額からうなじ、シャツに至るまで汗びっしょりになっている。見た目には普通の、街に出ればどこにでも居そうな顔だ。やたらと旨そうに飯を食うのが印象的だが、それだけだったのに、こんなに耐えるとは思わなかった。


とにかく、手を抜かないのだ。たかが訓練なのに必死の形相で、鬼気迫る表情で繰り返し、繰り返し、丁寧に反復動作をしている。第一印象があれだったけど、普通に頑張る奴なのかもしれない。


「ああ、そうだぜ。普通に話しかければ答えるし、コツとか聞くとわかり易く答えてくれるんだよな」


割と壁を作るタイプだったマックが、朗らかにそんな事を言った。お前そんな顔初めて見たぞ。


「いや、あいつ普通なんだよな。普通に話して、洒落も通じるし」


「……なんだよ。俺たちとは違うってか?」


「そうじゃなくてな。なんつーか、やっぱり負い目があったのよ、俺」


マックの過去は一通り聞いた。パン屋の修行が嫌で職人街に逃げて、ガラの悪い奴らと群れて、という所に例の古代兵器の事件だ。


貴族でなくてもセレクターになれるという触れ込みを知ったマックは志願した。仲間と一緒に、今までの自分達から脱却できるように、という意志かららしい。


スラム染みた職人街で悪さをしていたので断られると思っていたが、すんなりと志願の手続きは完了した。そこで、色々なことに気づいたとマックは呟いた。


「べっつに気を使わなくていいじゃん、って。普通に話せる奴いっぱいいるって、それがオレ的には衝撃的だった訳よ」


「ガラの悪いっつー昔の仲間とは違って?」


「まあ、そうだな。あいつらの時は……オレが強い、オレの方がって威張り合ってただけでな。たまにバカやったけど、間抜けな誰かの財布を盗んで、とかそういう感じだったから。……さっきも言ったけど、分からない所を聞きに行ったのが切っ掛けだったんだよ。で、レオンはバカにせずに色々と丁寧に教えてくれてな。最後に、ありがとよ、ってオレの口から出んのよ。おう、って軽く返されて、そんな単純なことで泣きそうになってんの」


マックは涙目になっていた。どういう気持ちでそうなったのか、ちょっと分からないけど何か響くものがあったんだろう。


「あと、この場所のこともな。薄々と気づいてたんだけど、聞いてみたんだよ。ひょっとして俺たちって捨て駒扱いされてないかって」


「……なんで、そう思う?」


「いやだってオレ達って才能バリバリって感じじゃないだろ。どう考えても」


……目を背けたかった真実をズバリと! 言うな、泣きそうになるから!


「で、ハッキリと言われた訳よ。“残念ながら”ってな。ま、頑張らなくてもぶん殴られないあたりで色々と察してたけど。……パン屋の修行時代よりも温いのに、これで戦場にいくのか、って思ってたし」


「うっ。それは……まあ、俺も感じてたけど」


話していると、ダニーが割り込んできた。なんの話してんの、って聞かれたから説明すると、予想外って顔をされた。


「いやだって、それだけ俺たちが上手くできてるからじゃん?」


いやそう思ってたのかよ、どんだけ自信家なんだよダニー。お前、言っとくけど隣の隊と比べれば明らかに劣ってるからな俺たちの成績。


……そうだ、分かってた。テストの時に見た、明らかに俺よりデキそうな奴らとか1人も居ないし、このボロ校舎だし。


入隊前にイメージしてた厳しい教官、って感じもなくて。ちょっと頑張れば達成できる内容でホッとして、それ以上は深く考えなかったけど……。


意を決してレオンに質問すると、駒というのは少し違うと答えられた。


「数字合わせ、だな。ほら、取り敢えずいっぱい居るってなると安心するだろ」


「えっ。そ、そういうレベルなのか?」


「まあなあ。賢い宰相閣下が考えたことじゃないだろうな。忙しそうだったし」


「でも、貴族様も絡んでるんだろ? 賢い役人様とか、城にはいっぱい居るって聞いたし、街でもオヤジ達が言ってたし」


「……どんなに完全無欠な超人でもな。部下やその更に下の部下全部まで、完璧に動かせる訳がないんだよ」


どうしたって間違える。間違えない奴とかいたか、と尋ねられると言葉に詰まった。


そうだよな、城に上がった隣の家の兄ちゃんだって、子供の頃はやんちゃしてたし、帰省の時には親に怒られてたし。


「で、でも俺たちだって国民だぜ? 女王陛下がそんなことを許すはずが」


「同じ理屈だって。例えば10人の国民を尊重した結果、10万人が死んだらどう思う?」


「それは……勘弁して欲しい、かな」


「じゃあ、10人を切り捨てることで10万人を助けられるなら」


「そっちの方が……いや、そうか」


俺たちが切り捨てられる方なのか。10万人を助けるための必要な死人にされる。具体的にどうって話じゃないし、そうなるとも限らない。だけど、連邦が強いってのは誰もが知る常識の話だ。


自分より強い相手と喧嘩しようっていうのに、弱い武器を持って行くか?


「……なら、俺たちは黙って死ぬしかないのかよ」


「そうならないための訓練だろ。……百聞は一見にしかずっていうしな」


体操をしていたレオンが、目を閉じた。なんだ……雰囲気が変わった?


「よし、殴りかかってこい。本気で来いよ、そうしないと意味ないからな」


「な……いや、マズイだろ。格闘訓練だってお前、アレだったのに」


「今なら掠りもしねえよ。それとも、お前らはこのままで良いのか?」


あからさまな挑発だ。だけど、イライラしていた俺たちは言われるがままに拳を振り上げた。そして、振り下ろしたかと思うと世界が一周していた。


なんだ……腕だ、捕まれて、投げられた?


ダニーとマックも同じで、地面に仰向けにされていた。目は丸く、何が起こったのかさえ分からない。


「――なんて具合に。これが、俺の独自の訓練の成果だ」


「は……いや、何を。手を抜いていた訳じゃ、ないのか?」


「ああ。試した方が早いか」


告げるなり、レオンは魔力を展開した。それで俺を包み込みながら、話しかけてくる。


「最初はアシストしてやる。おっと、抵抗するな。身を任せる感じで……そうだ」


ぐわん、と視界が歪む。


かと思うと、世界が変わっていた。


なんだ、これは……みんなが、早い?


「たそげた」


「は?」


早口すぎて分かんねえよ、っていうか何だよコレ!


かと思うと、倍速になったレオンが咳をすると、普通に話し始めた。


「体感速度を減速してるんだよ。自分だけが遅く感じるように」


「……は?」


いや、何となく分かるけど。つか、周囲の風景を見れば分かる。雲の流れもそうだし、風に吹かれている木も、奇妙に早い。


そうしていると、レオンに何かを言われたマックが殴りかかってきた―――と思ったら拳が目の前にあった。早すぎる、つか見えねえ。


怖えよコレ、戻してくれよ!


泣きながら訴えると、レオンが再び魔力を。すると、世界はすぐに元に戻った。


普通の早さ、普通の風景。そして、レオンがしていた事も分かった。


自分を遅く、相手を早く。普通の俺たちでも強敵になるように、自分に重しのようなものを付けたんだ。少しでも訓練を厳しくできるようにって。


「あ、違うぞ。その他にも色々とな」


やってる事を聞かされたが、こいつ頭がオカシイ。


試しにと、減速とは別の処置を受けたダニーとマックの反応を見れば分かる。


痛覚10倍を受けたダニーは、しっぺを受けただけで地面を転げ回り、そこで地面と擦り傷をつくって悶絶した。


五感倍加を受けたマックは、気持ち悪いとも言う暇なく、いきなりうずくまって吐いた。


「とまあ、これらと別口のちょっとした魔法を全部使ってだな。しんどかったが、その成果は少しづつ出始めてる」


「……これで、少し?」


「ああ。俺も、才能がある方じゃないしな。自分の飲み込みの悪さには反吐が出る」


そう告げたレオンは、疲れた顔をしていた。なんというか、年季が入った感じだった。


「というか、お前、これ……今まで、これをずっと?」


「ああ。それでもまだまだ。これを繰り返しても足りないだろうけど、やらないよりマシだ」


「え……これで届くか、って。連邦が強いのは知ってるけど、そんなに?」


詳しく聞くと、ヤバいの一言しか出なかった。詰んでるじゃん、王国。そりゃ俺たちも数合わせにされるわ。


でも、なんでお前はそんなに。王国のために、っていうのは分かる。でも、考えられない。こんな、苦しいなんてレベルじゃない訓練をしてまで頑張る理由が。


「……まあ、色々とな。理由はいくつもあるんだが」


「そ、それは? ……いや、全部じゃなくても、分かりやすい奴を」


俺がヘタレると、レオンは少し考えた後、真顔で告げてきた。


「女王陛下の乳を揉まれないためだな」


「……えっ」


「女王陛下の乳を揉みしだかれないために、俺は強くなりたい」


「どういうことだよ」


マジで。いや、本当に、真剣に言われても困るんだけど。


「冗談じゃないんだよ。戦争の発端だ。全ては連邦のハゲオヤジが我らが金髪巨乳美人女王の乳を揉みたいという所から始まったんだ」


「マジでか」


「うん、マジな話」


「それは……嫌だな」


「いや、それはそれで興奮するというか」


黙ってろダニー。いや、うん、分かる。数度だけ見たけど、ティアリゼル女王の?


連邦のハゲオヤジは知らんけど、あの美しい双丘を?


「――許せる訳がねえだろ、おい」


「ああ。お前もそう思うか、マック」


「うん。それに国を救うぐらいに頑張れば、ご褒美として一揉みぐらいはさせてくれそうだしな」


「マジでか」


「多分、期待値込みで……なっ、ルー? なんでここに」


それきり、レオンはいきなり現れた紫銀の髪の美少女に連れ去られていった。


なんだあの魔力量、頭オカシイ、逆らっちゃ駄目なやつだ。


ともあれ、俺の腹は決まった。


「――連邦のエロオヤジに揉まれる前に」


「ああ――揉みに行こうぜ、同志」


だよな、マック。あの奇跡の美巨乳を揉ませてたまるか、あれは王国のモンだ。


「俺には夢ができたぞ。マック、ダニー、そんな俺を笑うか?」


「いや、笑わねえよ。でっけえ夢だ。目指さない理由がねえ」


「巨乳だけに、な」


うるせえよダニー、カッコつけてのドヤ顔やめろ。


しかし……あいつも、大した奴だ。ああいう奴を本物のバカっていうんだろうな。


でも、負けた。負けちまったよ、故郷の妹よ。


今は遠く、手を伸ばしても届かない。


とても遠いが―――まだ、頑張れば追いつける筈だ。



「諦めるなんて、もう止めだ―――いっちょ、やってやろうぜ」


「「応よ!!」」



ハイタッチが重なる。その衝撃でダニーが悶絶したが、些細な話だ。


父ちゃん、母ちゃん、俺はビッグになるよ。


それがどれだけ苦しい道であろうとも、ビッグな双丘が待っているんだから。



青空の下、遠くから聞こえるレオンの悲鳴をBGMにしながら、俺は笑顔を浮かべているだろう故郷の家族にそう誓った。




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