第14話:深夜会談



「……間違いないのね?」


「はい。テロリストの侵入経路について、ニダス元王太子が絡んでいるのは間違いのない事実かと」


眠たそうな顔でコロウが言う。時間は0時を過ぎた頃なのは分かるけどね。


表向きの表情は変わらないのは、流石と言った所かしら。けど、相当に怒っているのが分かる。豪奢を装った私室の中で、コロウが圧倒的に浮かんで見えるのはいつもそういう時だ。今回ばかりは私も同感だけど。


今は0時を過ぎた真夜中。薄明かりの中で、私の心は闇に沈みこんでいった。兄上は、元王太子だったあの人は最早そこまで落ちてしまったの。……落とした張本人が何を言うのか、と怒鳴られそうだけれど。


旧帝国の騎士もどき。いや、もどきと表現するのも騎士に悪い。あの愚物共を締め上げた結果は、ひどく頭の痛いものだった。ニダス兄上と、その後援者だった国境付近の領主貴族が手引したものだという。第五軍が調査員を派遣し、地元の民から密かに聴取した結果、夜半に見たことのないウォリアが飛んでいく所を見たという証言が多くがあった。


痕跡からも、9割9分間違いないという報告があっては、疑いようがない。


だけど、兄上。遅いんだよ、もう遅いんだ。王位を奪い取る形になって、女王に即位してから5年。既に国内の貴族の大半は私を王だと認めている、そのように動いた。


だからじゃないけど、時勢が読めていない。何よりも、この情勢でそんな真似をしでかすなんて信じられない。昔から視野狭窄で、感情に動き過ぎるキライがある人だったけど……これはもう、犯罪の域を通り過ぎてしまった。


「……ティアリゼル女王陛下」


「分かってるわ、コロウ。だけど即座に軍を派遣して処刑、というのも時期的に些かならず拙いでしょう」


国内のあれこれを対連邦にシフトしつつあるけど、まだまだ国軍は未熟の域を出ていない。処罰――処刑を命令することは避けられない。それは分かっているが、どうせやるのならそれを意義のあるモノにしなければならない。例えば、拡大した軍の実戦演習とか。ああ、対連邦のための士気高揚にするのも良いな。


「あまり国内を好戦ムードにするのは。民の勢いを利用し過ぎるのは危険だと思うのですがね」


「そう? 士気という点が怪しい現状、私的にはこれでも不足していると思うのだけれど。でも……いよいよ拙いとなったら止めてちょうだいね、それでバランスが取れるでしょうから」


「承知していますよ、ずっと以前から。……次に、第一軍の有志から陳情がありました、第二軍との交流戦についてですが」


「あー、グルッド公爵が疲れ果てた顔でボヤいてた件ね。部下からの突き上げも限界にきてそうだし」


フェイル・グルッドは公爵として、王国の顔として多くの貴族から認められている。だが、それは政治が分かる者だけだ。第一軍に編成されてセレクターになった貴族からは、少しだが侮られている。


だからだろう、思い上がっているのだ。そういう所が現実を分かっていないっていうのよ、公爵のやけ食いがまた捗るじゃないの。


「ま、現実見せてやった方がいいんじゃない? 私的には907が残っていればね。残っていればやらせても良かったとは思うんだけどー」


「……陛下。まだそのような事を」


「分かってるわよ。やり方が悪かったのは。でも、あいつなら問題児達の手綱を握って、どうにかしてくれそうだって思ったのよ」


ルーは癒やしポジションとして。アリステアは予想外だったけど、残りの二人は並の人間では使いこなせないから。実力的には申し分がないから、絶対に王国のためになると思ったんだけどな。


「……そういえば、元第二軍の問題児はその後どうしたのかしら」


「レギナ傭兵同盟から預けられた、あの娘ですか? “蒼烈のナーシエフ”に関する証言は有用でしたが、度重なる命令違反がありましたから――」


「嫌な予感がするんだけど」


「第二軍を追い出されたそうで」


「嫌な予感が的中しちゃったんだけど!」


頭が痛くなる内容だった。ソフィアというセレクターと接敵した時も、分隊長に無許可で攻撃を仕掛けたらしい。そして、今までの問題を第二軍のラウド・アレス・クローレンスを筆頭とした武闘派の貴族ボンボンが徹底的にほじくり返し、どういう訳かレザール・クリプトンの死亡の責任を言及して追及。結果、第二軍を追い出され、第三軍で再訓練を受けるようになった、って。


「……コロウ。私の記憶が正しければ、彼女って国内でも五本の指に入るセレクターだったと思うんだけど」


「ですね。でもまあ、命令を聞かない暴れ馬は使いづらいですし」


「言ってる場合じゃないでしょ。数は何とかできても、質だけは運任せなのよ?」


魔力、資質といった才能のある人間が戦闘という非日常に順応できる適正まで持っている。そんなことは稀だ。その上で、慢心がないという人間は何万人に一人というレベルだろう。


「おっしゃる通りです。なので、レオン殿が居る訓練校に放り込まれるよう手配しました」


「……あんたも悪ねぇ」


「陛下ほどでは」


「なんか言った? まあ、それならそれでOKね。残るはマクナード公爵家のあの子の方か」


子って年でもないけど。話題に出すと、コロウが見た目に分かるほど不機嫌になった。あ、眉間に皺が寄ってる。こんな反応示すの、あの子に対してだけなのよね。


「……お言葉ですが、陛下」


「分かってるわよ。仮にも公爵家の、仮だけど当主だものね」


「それならば、もう何も言いません。次の議題は―――」


それからコロウとの話し合いは3時間に及んだ。どれも緊急を要するものばかりで、今の内に片付けておいた方がいい案件ばかり。


大森林の方はコロウの奮闘もあってひとまずの態勢を整えることができた。不在にさせてしまった事で起きた問題は痛いロスだったけど、離れていたからこそ大森林の防備について迅速に手を打てたのは良かったと言えるでしょうね。


「でも―――勝てるかしら」


「勝たなければいけません。相手の本心が分かるまでは」


連邦はともかくとして、ね。いや、あのハゲがどこまで本気か分からないんだけど。それ以上に不明瞭なのが、帝国の参戦理由だ。王国みたいな飛び地、獲得したとしても統治は難しい筈。連邦の取引という線も薄い。今まで、さんざんにバチバチにやり合った国同士だ。北方の嫌帝国感情はそれはもう酷いものだと聞いている。穏便な利益分割は難しいだろう。


もしかして、旧帝国の騎士を体よく国外退去させる理由だったとか。コロウに告げると、眠たいまま2点ですと言われた。


「旧帝国時代にあれだけの事をやったのです。公開拷問処刑をした所で国内のどこからも文句は出なかったでしょう」


「そうね。……うん? だったら、テロの方は新帝国の仕掛けじゃないのかしら」


「そう思わせて、という線も捨てきれません。推測の部分が多い所としては、不甲斐ない我が身ではありますが」


「全くよ。でも、新帝国の推定最強が来た理由はなんなのかしら。定石通りに考えるのなら、要人の暗殺だけど」


「いや、それはあり得ねえよ」


「――あら。随分と無礼な来訪者ね」


背後から聞こえた声に、答える。


叫ばなかったのは我ながら奇跡的だ。咄嗟に我慢した自分を褒めてやりたいわ。


コロウも気づいていなかったのか、ここ10年でも見たことがないぐらいに目を丸くしている。ふ、勝ったわ。いや、そうじゃなくて。


「――レオン・トライアッド。こんな夜更けに女性の部屋に侵入だなんて、何の用かしら」


「謝罪と質問に。まず最初に、負けて悪かった」


「ええ。全くよ、本当。でも、相手の情報は入手したんでしょう?」


尋ねると、レオンは椅子に座りながら頷いた。どうやってここまで入ったのかはともかくとして。心臓は今もバクバク言ってるけど、興味の方が勝った。レオンは、ため息混じりに説明を始めた。


「ソフィア・ブルガリ。今もブルガリ孤児院の院長のはずなんだがな」


それから説明されたけど、何そのお伽噺に出てきそうな都合のいい天才。ユーゼアス・ヴァンガードを、“北の天鬼”を真っ向から打ち破った? 辛勝だったそうだけど、問題はそこじゃないわよ。


「どんな天災よ。実在することが信じられないんだけど」


「……いえ。話に聞いたことがあります。連邦で彼女の正体が不明とされている理由も、分かりました」


誉れの極みである十星が破れた。それを明言するだけで、連邦ほどの大国であっても無視できない動揺が生じるからだという。かといって、知らせないというのは国防上あり得ない。故に迂遠な方法を使って、脅威的な存在が居ると広報したのだろうというのが、コロウの意見だった。


「暗殺が目的じゃないっていう根拠は?」


「あいつは複雑なことが苦手な奴でな。狩場と目標を指定して動かせる以上の期待は難しい。で、万が一にも魔水が濁りきって生身になったら?」


「新帝国は最強のセレクターを失ってしまう。成程、普通に考えれば怖くてそのような手など打てませんね」


そういう事か。あれは本当に偶発的な事故だったという訳ね。


って、待って。なんでアンタがそこまで知ってるのかしら。


「去年にアルヴァリン、って名乗る旅人に出会ってな。飯と酒を奢る代わりに色々と教えてもらった」


「……アルヴァリン、って正体不明の、元革命軍のトップと同じ名前じゃ」


アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイル―――北天の凶星、銀鋼の反逆者の異名を取ったという。それだけじゃない、ソフィア・ブルガリと知り合いっぽかったけど、どんな関係で、どこで出会ったのか。詰問しようとしたけど、答える気配が無かったから舌打ちと共に保留にした。それどころじゃなかったからだ。つまり、あんなのを複数抱えているのよね、連邦は。


あのウォリアの戦いを見たカーライルは、俺には無理だと言った。王国最強が、誤魔化す気もないのは問題だった。だけど、私も同感だ。以前に一度だけ、カーライルが本気で戦っている所を見たけど、ソフィア・ブルガリほどじゃなかった。特にあの固有技能は反則だと思う。


「ああ、“線上乙女フェアリイ・ライン”か。……あいつが王国に潜入できた理由でもあるけど」


「風を生じさせて、高高度から侵入した、のよね? 恐らくだけど」


「驚いたな、正解だ」


いや、推測はしてたけど肯定はして欲しくなかった!


でも……あの色なら、高高度で雲ひとつない快晴の日に青空に紛れられれば発見は非常に困難だ。線の上で風の変換を生じさせ続ければ、揚力の確保も出来るだろう。でも、本人は物騒な意志は無かったと思われるという。空の旅で物見遊山ってやかましいわ。


「あと、あれで2割って話だけど」


「正しくはないな」


「やっぱりね」


「慧眼だな―――本気で集中されると、あの10倍は強くなる。その覚悟で挑んだ方が良いだろう」


悪化してるじゃないの。思わずツッコミそうになった私は悪くない、絶対に悪くないよねコロウ。あ、眠そうな目が遠くを見ている。気持ちは分かるけど、1人で楽にはさせないから。


「……取り敢えず。気が滅入る話は後にして、あなたがここに来た理由は?」


何の意味もなく、このような真似はしないだろう。それぐらいは理解している。この奇妙な男は素性も怪しく、性格も把握しきれいていないが、1つだけ分かっていることがある。それは、徹底的な現実主義者であり、効率が良い手段を好むという点だ。


忍び込んだことさえパフォーマンスかもしれない。だとすれば、無茶な要求をしてくる可能性もある。その時は女王の威信に賭けて、相手の要求を跳ね除ける構えだ。


―――なんて考えてたけど。


「ルーシェイナのことなんだが」


「……うん?」


「あいつの過去のことだ。家での生活……いや、仕打ちって言った方が正しいか」


淡々と、レオンは昨日の会話について告げてきた。何か、私に関することを隠している気がするけど、それはいい。


「ルーは幼少の頃から治癒魔法の才能があった……有りすぎる程に」


「ああ」


「治癒の媒介は肉体だ。普通なら魔力……生命力を使って、人の治療速度を促進する」


「そうみたいだな」


「だけど、ルーは違った。その限度を越えて術を行使できた。――己の成長と引き換えにして」


「……ああ」


「それさえも限度がある。越えた分は、痛みになって現れる。それも耐え難い激痛として。で、当時のクローレンスの当主はそれを強要した」


「あくまで自主的だったと聞いてはいる」


「目的は嫡男と次男を鍛えるために。戦闘の訓練だ、劇的な治癒方法なんて有ればあるほどに使える」


「そのようだ。……その二人は大森林の対魔物という前線で、恐れを知らない勇猛果敢なセレクターとして名が売れている」


「ルーシェイナに辛いものを全て押し付けてな」


ハッキリとした言葉を、私は否定しない。


「――そして。当主は恐らくだが、悪気は無かったんだろう。痛みについて、想像できていたかも怪しい。傍目にはどこまで痛いのかなんて、分からないからな」


子供はちょっとしたことで泣く。辛いとすぐに感情に出す。それを見るに堪えないと思ったのか、励ますつもりか、父親は告げたのだ。


男ならば、と。そして、それが全ての間違いだった。


「もし、ルーの痛みが想像を越えたものなら……思い込むことでしか乗り越えられなかった。“男なら耐えられる、そう言われた、なら僕は男なんだ”と」


「……昔にね。私は、何度もあの子の勘違いを正そうとした」


だけど、伝わらなかった。それが防衛本能なのか、諦観なのかは分からない。それでも、私の言葉はルーシェイナの深奥には及ばず。あの可愛くも無垢で頑張り屋のあの子は、笑って大丈夫だと繰り返すだけだった。


悪意があったかどうとかは、知らない。知るものか。だけど、あんまりにもあんまりでしょう? 次男の方が帰省した時だった。その時に私は見た。物陰でうずくまり、痛いと泣いているあの子を。


「そのお陰で王国は優秀なセレクターを得た。自慢の息子たちのようですね、クローレンス侯爵にとっては」


コロウが告げる。レオンは鼻で笑った。コロウも同意見のようだ。そして、私も。


だが、責めることはできない。それが家の方針だと告げられたのならば、女王であっても非難することは越権になる。そもそもが家族内の話であると答えられれば、それ以上のことは言えないからだ。


聞こえは悪いが、1人を犠牲にしてより良い次世代のために優秀な人材を育てた。そういう意見があるのなら、頭ごなしに否定はできない。


そう告げると、レオンはそうだな、と頷いた。


「だけど、そんなことは知らん。――陛下、1つの許しを」


「良いわ。全て許すから、好きにやりなさい」


「……陛下?」


「分かっているでしょう、コロウ。こいつ、正真正銘のバカよ」


声の熱量から分かる、それまでの話は全て前振りだ。本題はルーのこと、ただそれだけだ。あの子の今を知ったレオンは、本気で怒った。だからこそ、危険視され、暗殺されかねないほどの強引な手を使った上でこの王城の私室に潜入したんだから。


「でも、あの子が悲しむのは駄目よ。直接害するのも無しの方向で」


「そんな陳腐な手なんか使ってやらないさ。……あいつはアホだからな。それをすると悲しみそうなぐらい」


レオンは苦笑しながら答えた。私も同意見だけど、それならどうやって。


尋ねると、レオンは懐からカメラを取り出した。


「その布石としてもだけど、陛下。ちょっと写真を取らして欲しいんだが」


「は?」


「いや、俺達の訓練校では陛下の乳が話題になっているんだが」


「……父?」


「そういうことで、どうか。無理なら街で見つけた写真を合成するけど」


告げるなり、レオンは春画――巷ではエロ本という、女性の裸体が映っている写真を見せてきた。え、なに、どういうこと? 呆然としていると、レオンは真剣な表情で告げてきた。


「陛下の写真はさっき隠し撮りしたし、これを組み合わせれば色々と捗るんで」


「―――レオン・トライアッド。貴様、正気ですか?」


コロウは低い声で凄んだ。え、怖い。あなたそんな声出せたの、そうよもっと言ってやって!


「たるみがある腹、腕と足の細さ、尻のライン。全てが陛下に遠く及びません。舐めているのですか、そんなスタイルで誤魔化せると思っているなんて」


「コロウ!?」


「いや、無理があるのは分かってるんだ。でも野郎ならば『もしかして』信じたくなるのが男気。これを見せる奴らは全員バカだし、あとは妄想で補ってくれればいいかな、と」


「中途半端はよしましょう。所詮は偽物。陛下であれば着衣の上からでも、それ以上のものを引き出せます」


コロウが怒りと共に熱弁する。え、あなたどんな事でもそんなに熱く語った事なかったわよね? 困惑している内に、色々と撮影された。改造された撮影器具は音も立てない、見事な隠密性を保持していた。


というか、潜入について聞いてるんだけど!

警備とか色々と何が悪かったのか尋ねると、レオンは『全部だ』と鼻で笑った。


「“もしかしたら、侵入者が来るかもしれない”。そんな緊張感が皆無な警備なんざ、二度も見れば十分すぎる」


「え……二度って、アンタ」


「一度目は約束した時の帰りに確認した。二度目はこの夜にちょっと偵察で、それだけだ。何ていうか穴が多すぎるぞ、ここの警備」


アンタ以外に出来ないわよ、と怒鳴りつけそうになったけど入り込まれた以上は言い訳もできない。助言を聞くと、『まさか』、『ここだけは大丈夫だ』『どうせ王城に忍びこむ奴なんて』と根拠のない思い込みという死角を突けば容易いらしい。


確かに、王城に潜入して侯爵家に喧嘩を売る宣言をする奴なんて王国の歴史上は居なかったけど、アンタはアンタでおかしいと思うの。だが、無礼は無礼であり、無作法だ。レオンも自覚しているのか、いくつかの約束を取り付けた。


聞いておきたいこともあった。クローレンス家のことだ。どういった報復に出るのか尋ねると、レオンは無表情で答えた。


「――殴ってなんか、やらねえ」


その価値もない。冷たく告げる声に、私は背筋が寒くなった。


「ルーも喜ばないからな。だけど、これ以上の手出しはさせねえ」


断言するレオンは、かつての日のお兄様のように、何かを守りたいという男の子の顔をしていた。


(本当に――羨ましいわよ、ルーシェイナ)


それでも、今までの仕打ちを考えれば、到底足りないとは思うけど。だから、私は止めなかった。


「どんどんやんなさい。でも、目を瞑る代わりに1つだけ」


レギナ傭兵同盟から預かった――否、子について。素性を軽く、名前を告げるとレオンは深い溜息をついた。


「…………………分かった。気に留めておく」


「えらく間があったけど。よ、よろしくね?」


そう告げると、レオンは凹んだ様子で肩を落としながら帰っていった。


また、とか、仇、とか、ガオの娘かよ、とか言っていたけど。


ガオって……ガオゼン・レッドクレイヴ? レギナ傭兵同盟の前トップで、十星クラスのセレクターだった、問題児のあの子の父親代わりだってっていう話を聞いたことがあったよな。


「陛下、それ以上の追及は止めておきましょう。……巡り合わせか、因果応報というべきですかね」


「何か知っているのね、コロウ」


「懸念事項が1つ減ったということに関しては」


コロウは淡々と答えた。だけど、私には分かる。疲れているのは相変わらずだけど、仲間が増えたような安堵をしていることが。道連れ、とも言いそうだけどね。


「お互い様ですよ、陛下。悪どい真似をしている自覚はあるでしょう?」


「それを悪と呼ぶのなら喜んで成し遂げるわ。品行方正を努めながら国民をすり潰すより数兆倍マシだもの」


民でも貴族でも魔物でも変わらないだろう、生きるはまずは命あってこそ。普通の民であれ、貴族であれ。そこを越えて欲張ると、身の丈に合わない夢が己の魂をも腐らせる。大切なものが何かという当たり前に、欠片たりとも気づかないまま。


――それが分かるのなら、兄様。


私は、喜んで差し出したのに。あなたの成長のために、死んであげてもよかった。


(でも、今はだ。無い物ねだりは、足りないことに気づく1つの切っ掛けと思えと、その助言だけは助かっていますよ、父様)


皮肉な笑いしか浮かばない。ルーシェイナとは比べようもないだろう。


だけど、こちらを心配そうに見つめてくるコロウが居るから。



「――ふん。逆境、結構じゃないの。1つずつ解決していきましょう、宰相殿?」



身近な所としては、警備の見直しから始めましょうかね。


私はレオンがこれから起こしてくれるだろう騒動に胃痛と期待の念を半々で抱きながら、部屋の前に控えさせていたルイサを呼び出した。



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