第9話:初任務


「……ティアリゼル女王も、やるものだ」


新帝国の宰相の執務室の中、ゲリュオン・レイシードは報告書の前でため息をついていた。暖色で集められた調度品と、新しい木の臭いが残る机の上には、王国内にいるスパイから受け取った通信内容が記されていた。


一部の人員の捕縛と、国内での戦力増強について。想像以上、というのがゲリュオンの感想だった。


(それなりに有能だとは踏んでいたが、これは……)


実際はゲリュオンの想像以上にティアリゼルが打つ手は早く、的確だった。王国の国力を考えれば、連邦だけでもすり潰せるぐらいの差はある。だが、このまま成長された結果、想定より被害が大きくなると連邦が掌を返す可能性もあった。


ならば、と次なる手考えていたゲリュオンだが、ノックの音に顔を上げた。報告書を机の上に置き、眼鏡の位置を戻す。


「入れ」


「あいよ。おひさー、眼鏡のダンナ」


軽く片手を上げて挨拶をするのは、見た目10代の優男。ゲリュオンはため息を1つ、呆れた風に答えた。


「ウェアルフ……お前も第2軍団の長という自覚をだな」


「だからこっちに来てんじゃん。ってそれは置いといてゲリュオンよ、マジな話。ちょっとどころじゃなくヤベーのよ」


「……お前がそこまで言う大事か?」


珍しくも青白い顔だということは、冗談の類ではない。本音を言えば―――聞きたくない。それでも放置する方が厄介だと判断したゲリュオンは尋ね返した。


「――なんだと?」


大事の内容を聞いたゲリュオンが、思わず立ち上がる。


ウェアルフは、申し訳なさそうに嘘じゃないと告げた。


「ソフィアが行方不明でさ。ごめん、王国に直接飛んじまったかもしれない」




















鉄骨と折り曲げられた鋼板で出来たトタン屋根の下、俺は新しい相棒を見上げていた。要望通りの漆黒の色に、左右正面からの風圧を削ぐ形状。それでいて全体のバランスは崩れていないのは、流石という他に無かった。


風圧を極限まで削ぐ形状、かつ部分的に特殊な機構を。説明を受けたが、予想以上の出来だった。


「ありがとよ、ティティ。このウォリアの名前は?」


「“黒のニグレイド”と呼んであげて。……どうしたの、レオ」


「いや、まあ。なんかぴったりだな、と思って」


ティティが戸惑う顔をしているが、こっちの話だからな。要求した性能の通りかどうかは、尋ねない。乗ってみないと分からないからだ。簡易の設計図は見せられているため、心配は要らないと思うけど。


「しかし、短期間でよくもここまで仕上げられたもんだ。先代を越えたんじゃないか?」


「まさか。……最初から組み立ててみて分かったよ。私はまだまだ未熟者だ。申し訳が立たないったらないよ」


「いらない謙遜は職人らしくねえぞ。それともなんだ、俺が先代と比べてお前をイビるってか? 見くびるな、見れば分かるっての」


精一杯、力の限りを出し尽くして作られたということが。それ以上を望むのなら、最初からお前に頼んでねえよ。無い者ねだりほどみっともない行為はないからな。


だから、早く帰って身体を休めろ。いや、その前にここで休んでからいけ。強引に告げるなり、俺はティティを格納庫内の宿直室へと案内した。


……何徹だよ、1秒で寝てんじゃねえか。しかし、ありがたい。


これで、この部隊最初の任務に間に合った。




―――出発は、その日の午後だった。俺はニグレイドに乗って、部下であるルーとアリスと共に移動の途中にあった。随伴としては、緊急の修理が出来る整備兵を10名ほど。2台しか申請が通らなかったが、軽い戦闘ならばいけるだろうと判断した。


眼前には平たい草原と、その中心を貫く舗装された道が1本。やや外れるようにして、俺ことニグレイドとルージェイド、ウィルガルディは高度5マールを保持しながら周囲を警戒していた。


『こちら“翠嶺”――魔導レーダーに感なし。魔力の高まりも感じられない』


「分かった。“翠嶺”はそのまま前方の警戒を、“真紅”は俺と一緒に左右を警戒しろ。障害物はないが、側面視界の外からの奇襲を考慮しながら前進を」


『りょーかい』


『了解しました』


30マールの距離を保って移動を続ける。敵はいないが、慎重にな。警戒しながら進むだけでも疲れるが、一ヶ月の訓練を受けているコイツらなら許容範囲に収められるだろう。

そのまま、一時間。進んだ所で休憩を取ることにした。俺はやや疲労している二人に、女王陛下から受けた任務について説明した。


『……野盗の討伐?』


「あるいは調査だな。強盗殺人をやりやがった腐れ外道がいるらしい。実行犯はウォリアに搭乗していた可能性が極めて高いそうだ」


商家の護衛までまとめて殺られたという情報を伝える。二人は訝しげな顔になった。


『王都に続く大街道で、そんな物騒な事件が……』


『ウォリア、ってことは犯人はセレクターだよな。皆殺しってことは元軍人か?』


「事件の情報は陛下直々のものだから、精度は高めだろう。下手人は正確な所は不明だが、アリスの予想通りと考えて手練と判断する。最大限に警戒して前進、油断だけはするなよ。待ち伏せがあることを前提にして動け」


万が一に備える。それに、訓練にもなるからな。


それから移動を再開したが、二人の様子は先程と同じだった。警戒をしろという命令を守ろうとはしているが、動きがあまりにも過敏だ。訓練での魔力体操が原因だろうな。


あれは動きの精度と反射速度を高めるという大きなメリットがあるが、ちょっとした意識が行動に繋がってしまうというデメリットもある。小さな音がして魔導砲を、と考えるだけで同調した身体が砲を構えてしまうのだ。搭乗時、動きが多いほど魔力消費量は高まるし、疲労が蓄積する。そのあたりの調節をする必要があるんだが……段々と慣れてきたようで、二時間後には余計な動作もかなり減っていた。


この早さ、やっぱり優秀だ。このまま成長すれば、王国の顔として名前を売れるだろう。だが、それも生き延びてから。


訓練を混じえた行軍は続き、更に30分後、俺たちは目的の場所に到着していた。随伴車を待ちながら、周囲を警戒する。その様子に、二人から疑問の声が飛んできた。


『周囲に敵影なし。ねえレオ、心配し過ぎじゃない?』


『私も同感だ。犯人が複数なら、警戒を緩めてもどれか発見できるって』


「……そうだな。普通ならそうかもしれんが」


精一杯甘く見積もれば、奇襲は受けないかもしれない。だが、そんな幸運が起こらないという証拠を突き付けられてな。


『何があったのさ』


「今朝のことだ。新調した頑丈な靴紐が千切れ飛んだ」


『……え?』


新品だったのに、ブルンとな。5秒ほど呆然としたよ。


……まあ、冗談だ。冗談だから笑えって……頼むよ。俺も冗談だと思いたいんだからよ。


それから、俺たちは警戒を強めながら道中を進んだ。二人は本気か冗談か分からない話だと思ったようだが、顔をひきつらせていたな。不憫なことだ。


緊張したまま、距離を稼ぐ。街道沿いに半日も進めば目的地に到着する距離なので、野営の必要もない。その近くに調査チームが滞在しているらしく、合流しろという命令も下っている。


だが、これは……到着の前に一戦する必要がありそうだ。


「――アリス、見えるか。魔物だ」


『今確認したよ。……でも、よく先に探知できたな。レーダーの性能は聞いたけど、索敵範囲は私より低いはずだろ?』


「同調の調子が良いからな。精度が高まると、敵意まで肌で感じられるんだよ。で、気配からすると……あまり強くなさそうだな」


強化した視界に捉える。その魔物は赤黒い牙を持つ、イノシシ型の動物系の魔物だった。サイズはそれなりに大きく、体高にして3マールほどだった。煉瓦や木造の家だと突進をうければひとたまりもないだろう。だが、ウォリアの敵ではない。俺が行ってもいいが……仮初でも実戦を経験させとくか。


「ルー」


『分かった』


「返事が早いな」


『何となくね。任せてよ、この距離なら外さない』


不意打ち気味に狙撃で仕留めるつもりか。成程、何となくだ。それだと俺の望みとはちょっとかけ離れる。


俺は無造作に魔導砲を構えて、イノシシの魔物に向けて放った。距離にして400マール程度、造作もない。本当に弱めの一撃だったので、わずかに仰け反る程度の威力なんだけどな。それでも、撃たれた痛みはある。狙い通り、イノシシ型の魔物はこちらを睨みつけてきた。ようやく敵として認識してくれたようだ。


『な、レオ?!』


「余所見するな、来るぞ! アリスは手を出すな!」


イノシシは血走った目でこちらに突進してきた。かなり早いな、こちらに来るまで10秒ぐらいか。


ルーは慌てて前方を見た。これで1秒のロス。


構えて、狙いを定めるまで2秒、だが。


『っ!』


外した、動揺しているな、1秒ロス。


次に外せば、再度撃てるかどうか。外せば、突撃を受けかねない。ここは弾をばら撒くように撃って足止めするのも手だが、ルーはどうするか。


ルーは一瞬だけ迷った。だが、再度照準を合わせた。


息を吸って、吐く音が通信に乗ってくる。


――撃つ。


呟きながら放ったルーの魔導砲の一撃は、魔物の眉間に命中した。硬そうな頭蓋骨を砕き、脳にまで達したようで赤い両目がぐるりと上を向く。そして屍になったイノシシの魔物は、ルーの目の前までフラフラと辿り着くと、横向きに倒れた。


沈黙が当たりに流れる。ルーはため息をついた後、魔物を見下ろした。


『……死んだ、よね』


「みたいだな。ナイスヘッドショット」


『じゃないよ! レオ、どうして余計な手出しを……!』


「経験させたかったのは殺しじゃない、殺し合いでな」


狙撃で一方的に倒すという行為は、戦闘ではなく作業に近い。だから、真正面からならひょっとしてという緊張感が欲しかった。


『……でも、無駄なダメージを負っていたら機体もそうだし、整備兵のみんなにも迷惑をかけるよ』


「腰抜けのまま実戦に出て、性別はおろか年齢さえ分からない物体になって戻ってくるよりマシだ」


言い訳をするなよ、本当は分かっている癖に。反論は最もだけど、その後のことを考えてないぞ。理論だてての反対なら聞いたが、感情だけを先行させた訴えなんぞ聞いていたらキリがない。


『一理あるね。でも、フェアじゃないだろ』


アリスが呆れた顔になっている。どういう意味だ。


『アンタ、魔導砲の引き金に指がかかりっぱなしだろ。万が一の時にはフォローする気だったくせに』


「……それは、当たり前だろ」


こんな所で機体がちょっと壊れましたから帰ります、なんて言えるか。


『じゃ、じゃあレオは僕を信用していなかったってこと?』


「面倒くさいなお前! あーもう、さっさと魔物の死骸にマーカーを付けろ!」


女ってやつはこれだから!


ニマニマとしてんな、お前もだアリス。それに、本人に色々と気づいて欲しかったんだがな。フォローに入ったことじゃなくて、その先だ。


不慣れな機体と、錆びついた実戦感覚。この様だと、それなりに名が通った敵が来ればフォローする余裕もなくなる。いつでも何処までも、なんて無理なんだがな。


それでも、多少は経験になってくれただろう。マーカーを付けておけば、近くの村から回収業者がやって来る。後日に買取金を入手できるだろう。


さあ、さっさと移動だ移動。警戒は怠るなよ。


『分かってるよ。……さっきのイノシシみたいな状況になったら、ってことだよね』


お、そこには気づいてくれたか。そうなんだよ、先手を取って奇襲ってのは戦術における王道だ。決まれば反撃を許さないまま勝利を得ることができる。ノーリスクで損耗の危険性もなく弾薬も最小限に、と理想だらけだ。


故に警戒が必要になる。先に発見するために、先に発見されないために。


俺のこのニグレイドは特に装甲が薄いからな。その分、瞬発力と俊敏さはかなりのものに仕上がっている。ティティめ、ずっと前に酒の席で零したウォリアの設計案を覚えていたな。Cランクのコアでも格上を殺せる理想の話を。


このニグレイドは等級にしてCで、B前後のルージェイドやウィルガルディと比べれば総合性能では明らかに劣っている。


だが、それは総合的に戦った場合だ。そして、俺は真正面から格上をハメるのが大の得意なのだ。限度はあるけどな。


そうしている内に、俺は目的地の近くまで辿り着いていた。どうやら調査チームは即席の駐留地を作ったようだ。地図に示された場所には、即席のプレハブと第5軍の緑色の旗が立てられていた。


近寄る前に、魔導通信で連絡を。するとあちらも俺たちを捕捉していたのだろう、すぐに応答があった。


『待ちかねていた。お前達が第907部隊だな?』


「ああ」


存在しない第9軍の、大隊に属さない7人を予定する中隊。それが国内における俺たちの通称だ。


俺たちはウォリアから降りると、プレハブの横に待機した。調査チームの指揮官らしき男が出てくる。


黒髪に、少し神経質そうな顔。名前をノルトという正騎士が敬礼をするので、俺は嫌々ながらも敬礼を返した。


「はるばるご苦労。貴官が、907の隊長か」


「レザール・クリプトン正騎士だ。現時点での調査結果を聞きたい」


「分かった。中で説明する」


プレハブ小屋に案内される。中には簡易の机と、ボードに貼り付けられた地図があった。地形から察するに、このあたり一帯のものか。ノルト正騎士は地図の前に立つと、×と書かれた場所を指した。


「ここが現場だ。距離にしてこの拠点から800マール。被害者は大型貨物車のコンテナ内座席に乗っていた3名の商人と、車両の護衛として雇われた傭兵が10人。いずれも大型の魔導砲で殺されている」


「合計で13人か……現場で数えた人数に、誤差は?」


「ない。新人二人の喉が、少し荒れたがな」


「となると、出力を絞っての奇襲か」


死体が原型を留めているとなると……目的は荷物だろうな。以心伝心、ノルトはトラックに積まれていた荷物のリストをこちらに渡してきた。


貨物車は城下町からフォーリスト大森林の駐屯地への移動中。定期便の中には娯楽品や日用品の類が色々と……ウォリア用の純水タンクも積んでたのか。あ、パーツも入ってる。

尋ねると、予想通り盗まれていたようだ。


「で、試しは終わったかノルン正騎士」


「すまんな。貴官の出来次第では、煙に巻くつもりだったが」


「寸評は後にしてくれ。……ルー、アリスもだ。冷静になれ」


二人は怒りに怒っていた。強盗殺人だからな、当然だろう。


「でも、1人残らずだよ?! 被害者には見習いの、15歳の男の子もいたって!」


「許せねえな。目的が燃料とパーツだけなら、殺さなくても……!」


「怒るより頭を働かせろ。それを燃やすのは、叩きつける相手を見つけてからだ。次の犠牲者が出る前にな」


だが、二人は良いことを言った。確かに、モノだけが目的なら全員を殺す必要はない。護衛はウォリアを持たない傭兵だ、襲撃を受けた時点で戦意はマイナスになっていただろう。これだけの殺しをすれば、即座に本格的な追手がかかることは分かっていた筈だ。


対象の殺害許可まで貰っている俺たちのように。それを予想しながらも、皆殺しにしたという点から考えると――



「――国内のセレクター崩れでは無いな」


「っ、誰だ?!」


「貴様こそ何者だ」


振り返れば、剃髪の男が居た。目は茶色く、鋭い視線は歴戦のセレクターを思わせるほど。生身も鍛えているようで、隙がない。


とはいえ、いきなり辛辣な。何が原因で……ってそういえば仮面してたわ。


名乗った上で命令書を見せると、男は訝しみながらこちらを見てきた。


「その仮面、何か理由でも?」


「強い光を長時間浴びると、セレクターの命でもある眼が痛んじまうんだよ。それより、アンタこそ何者だ?」


「……この紋章を知らんのか」


蔑むような口調だけど、知らんがな。えっと、2本の剣に狼が誂えているな。そうして悩んでいると、ルーとアリスが驚愕の表情になった。


「だ、大森林の駐屯軍所属部隊?!」


「それも中層探査の白狼部隊こと第四大隊か。久しぶりに見た」


強者ぞろいの第二軍、第四大隊の第二中隊。242部隊の隊長だと、男は――ーグレッグ・トーン正騎士は名乗ってきた。


城下町の駐屯地へ移動する途中らしい。ようやく大森林の防衛の目処が立ったとか。


だが今はそれよりも、とグレッグは地図の前に立った。


「覚悟しての犯行だな。生存者による情報漏えいを嫌ったと見るべきだろう……まるで作戦行動だが」


「……あんた、古代兵器の事件の詳細は?」


「一通りは宰相より伺っている。奇妙な話だとは思わんか?」


率直な質問に、ルーとアリスが首を傾げる。いや、兵器じゃなくて陽動役だった旧帝国のセレクターのことだって。


。連邦から王国へ繋がる道は限られている、そこをあれだけ大きい図体で発見されず、というのはおかしい。準備の段階で発見できなかったこともだ。


「内通者、という線も考えられるけどな」


その可能性が一番高いため、陛下は捉えたテロリストを尋問中とのことだ。成果は未だ出ていないらしいが。


だが、方法もそうだが問題はそれだけじゃない。これが作戦行動だとしたら、旧帝国または連邦または新帝国のセレクターか王国内に潜伏している可能性が高いということだ。


「成程、これをスルーして城下町にってのは不義理過ぎるか」


「そういう事だ。そうでなくとも、我々大森林駐屯軍の生活と命を支えてくれたレイガーラ商会にこのような真似を……っ!」


押さえてはいるようだが、グレッグもかなりキてるな。外には、中隊員が5人。半数は先に移動し、報告に走ったらしい。


さて、どうするべきか。


「え? 協力して探索に当たれば良いと思うけど」


「私も同感だ。……敵の数は未知数なんだろ?」


うん、普通にいけばそうだな。


だが、所属が違う。試しに聞いてみるけど、グレッグ騎士達は俺の指揮下に入る?


「ふざけた事を言うな。目は複数ある方が良い、そちらはそちらで好きにすればいい、邪魔はせんさ」


「話が早いな」


中央の貴族どもとは全然違う。軽く尋ねると、大森林で学んだ摂理だと教えられた。


浅層はまだしも、中層からは先程遭遇した魔物とは比べ物にならないほど強い個体と遭遇することがある。能力も様々で、初見になる相手だと戦死者も出るらしい。


「だからと言って、負けてたまるものか。故に駐留部隊の初代白狼部隊の隊長はこう言い残した。群れのために戦え、と」


「……個人の名誉のためではなく?」


「群れとして生きることを優先する。そのための最善を、ということだな」


個々の増長や傲慢など、群れとして生きる上では無駄極まりない。全体として一丸に、無駄なく戦うことを至高としているのか。なるほど、俺たちのような不純物は邪魔者でしかないな。


「そういう事だ。そして、俺たちは俺たちを支えてくれた者への恩を忘れない」


真っ直ぐに告げられると、何も言うことがなくなるな。


ということで、別行動で。軽く告げると、グレッグ達は去っていった。現場を見に行くつもりだろう。恐らくは、その後でこのプレハブに戻ってくるか。


「……強烈だな。噂通りだ」


「頼もしいけどな。と、いう事で俺たちは周辺をぶらぶらしてるよ」


告げながら、プレハブを去る。すると、ルーとアリスが慌てて追いかけてきた。


「レ……れ、ラザール!」


「誰だよ」


「じゃなくて。全部、狼達に任せようってのかい?」


「言っただろ、役割分担だ。仇に燃えている群れの邪魔なんてしたくないね」


頭の回転も早い、頼もしい部隊だ。あの様子なら時間がかからない内に下手人の拠点まで発見するだろう。恐らくは旧帝国の残党だろうけどな。


「だが、戦況は運の要素が絡む。グレッグ達にとって最悪は?」


「最悪、の出来事……やっぱり、犯人達に殺されることだよね」


「20点。犯人たちと入れ違うことだ。意図せぬ敗北を味わうことになる。……この拠点に居るノルン達が、犯人に殺害されちまうと、な」


戻って来ないとも限らない。あるいは、自分達の正体が露見する所まで仕込みなら? 誘い込み、肩透かしを食わせると同時に調査チームを襲う、という所まで考えられる。


その最悪を阻止するために、俺たちは動こう。そう提案すると、二人は感情的には納得できずとも一応の筋は通っていると判断したのか、渋々と頷いた。



(――靴紐の件もあるしな。警戒はするにこしたことがない)



俺自身、運が良いだなんて思ったことは一度もない。


そこにあの凶兆だ、備えておかない方がおかしいのだ。



だが―――後になって、俺はこの甘い判断を何度も悔やむことになる。



いつになくあからさまだった凶兆に対し、もっと警戒しておくべきだったと。


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