第10話:イレギュラー
我らが偉大なる帝国は、どうして滅びてしまったのか。かつて千人隊長だった男は―――レイアル・ナゴフは、遠い北の空に問いかけた。だが、答えは返ってこない。呼びかけた所で聞こえるのはいつも、皇帝の威を知らぬ民の醜い叫び声だけだった。
「……貴様ら、いつまでやっている。殺すなよ、それは後で使う」
どいつもこいつも無駄が多い。レイアルはそう呟きながら、周囲を見た。
放棄されて10年は経過しただろう廃村。まともに残っている者は何もなく、これが帝国であれば3日ともたず凍死していただろう。だが、自分達は生きている。そのことにレイアルは自負を持っていた。
(命が試される度に、人は強くなる……この生温い環境で良いセレクターが育つ理由もない。余裕であるな)
誰かが間抜けにも古代兵器の投下に失敗し、想定外の事態になったとしても自分達であれば。不敵に笑うレイアルに、通信兵が焦りながら声を上げた。
「隊長! 迷彩斥候からの報告です!こちらを捕捉したウォリアが5体、接近中とのことですが……!」
レイアルは少し考え込んだ後、部下に指示を出した。
「――出撃する。遊びは終わりだ、我らが名誉を取り戻しにいくぞ」
幸いにして、補給は済んだ。不相応にも質の良い純水を使っていたが、あるべき所に戻すことができた。レイアルはそう思っている。これなら、作戦行動も可能だと。
「では、待ち伏せを?」
「下郎のために潜む必要がどこにある。迂回して奴らの後背を叩く……いや、拠点を潰してやる。我らに逆らう気が起きないようにな」
レイアルの指示に、全員が敬礼を返した。
「では、コイツも連れていきますか?」
部下の男が、顔を腫れ上がらせた男の髪を掴む。当然だと、レイアルは嗤った。
「ゴミはゴミなりに、だ。せいぜい役に立ってもらう―――征くぞ!」
あー、いい天気だ。こんな日は外でバーベキューでもしたいなぁ。この広い草原で寝転がったら気持ちいいだろうなぁ。くそ、イノシシの魔物の肉を欠片だけでも切り取ってくるんだった。
『……隊長』
「待機だ、ルー。待機しつつ周囲を警戒しろよー、奇襲を受けないとも限らないからな」
不意を打たれると死ぬぜ。主に俺が。装甲で言えばお前達の四分の一だぞ。あのイノシシが相手でも突進受けたら足もぎ取られるほどなんだぞ。
だから、我慢だ。この犯行現場に戻ってくる可能性だってある。俺は、横で待機している二人にそう告げた。
「敵討ちは順番に、ってな。俺も腹が立ってるけど、感情だけで動いて良いものでもないだろ」
『……然るべき理由もなしに、だよね』
「ああ」
先程だが、先鋒を譲ることでグレッグとノルトには有り難がられた。でも、感謝は半々だろうな。少し臆病者を見る目になっていたし。
でも、グレッグは感謝と同時にホッとしていたな。気持ちは分かるけど。
『……仮面隊長』
「ダメだって言ってんだろアリス。あっちは知り合いが殺されてんだ。復讐に権利があるなら、グレッグ騎士達の方が優先だろうよ」
中には友人だって居ただろうな。強い感情があったように感じた。だから、ここで俺たちがゴネても拗れるだけだ。功績欲しさに、とか何とかで恨まれる可能性だってある。その点、素直に大人しく譲ることで精鋭部隊に貸しを1つ作ることが出来るんだぞ。
あいつら単独で戦ったとしても、負けないだろうし。調査をしている所を見たが、グレッグの白狼部隊は練度が高かった。あいつらが居たのなら城下町を襲ったテロリストなんざすぐにでも撃墜できただろうに。
(しかし、女王の親書付きだってのに反応が渋いな。特別扱いを期待した訳じゃないけど)
騎士達の反応を見るに、女王の軍部への威光はそれほど高くないようだ。貴族の一部にシンパがいるという形かな。なるほど、俺たちのような駒を欲しがる訳だ。
今回の任務は……軍部の騎士達への面通しだけが目的じゃないな。成果を出させて軍部への発言力を、と言った所だろう。あるいは、未だに危機感が薄い貴族達の尻を蹴っ飛ばすための布石か。
でもまあ、ちょうどいい所に精鋭部隊がいたしな。こればかりは仕方がない。余計な口出しをするな、と言われるどころか、最悪は……とは考えすぎだろうけど。
しかしいい天気だなー、っと。
『……レオ。本当に犯人たちと白狼部隊が入れ違いになる可能性はあるの?』
「あるぞ。根性クソ色の元帝国の騎士崩れならこう考えるはずだ――“我ら栄えある帝国の騎士が、なにゆえ下等な愚物を相手に正面から戦ってやる必要があるのか”ってな」
そう、敵は帝国の騎士崩れでほぼ間違いない。証拠は犯行現場にあった。威力を押さえた魔導砲の狙撃は、弾道がブレやすい。なのに狙撃痕が少なかったことから、雑魚の類ではないと思われる。
全力での殲滅戦を嫌ったのは、貨物に傷をつけたくなかったからだろう……だが、不可解な点がある。頭部を撃ち抜かれて消失した傭兵の遺体が複数あったことだ。
魔導砲であろうと、人体目掛けて撃った時に最も命中しやすいのは胴体となる。それを外してあえて頭を狙ったことからも、襲撃者の正体とその時の相手の心理状態を推し量ることが出来る。
(顔も見たくないと、一方的に吹き飛ばして思い知らせる……この傲慢にして幼稚な示威行為は、旧帝国の騎士以外に考えられない。だが、雑魚じゃないな。撃ち漏らしがないということは……自分に酔いつつも目的は見失っていない)
嫌な手合だ。そう説明すると、ルーが緊張した面持ちになった。
『そう、なんだ……レオの予想が当たっていたとして、相手の強さはどの程度なのかな』
「正規兵レベルだろう。多少なりとも訓練を積んでいると考えた方が良い」
『分かった……ねえ、レオ。“強き敵は尊敬し、全力で打倒せよ”。クローレンス家に伝わる戦訓なんだけど』
「“ただし相手は会話が通じる人間に限る”って最後に付け加えとけ。駆除するぐらいの意識でいいぞ」
あいつらは自分達をナニカに選別されたと勘違いしている、超級のクソ……いや、女王陛下の秘匿部隊だからな。もうちょっとお上品に行こう。
「あのウンチ野郎どもは、気づいてないのさ。自分達が栄誉どころか蝿に興味を持たれるぐらいに脳まで腐ってることを。だから話が通じないし、すぐに噛み付いてくる」
『そ、そうなんだ……だから、迎撃はせずに戦力が少ない拠点を襲撃するの?』
「実際、悪い手じゃないぞ。相手の戦力を削りつつ物資を補給し、人質に捕虜から情報まで得られる。潜入中の部隊なら余計な戦闘を避ける、ってのは考えられる話だし」
そこに腐った思考を混ぜるから、完全に予測がつかない行動をやらかす事もあるんだが―――嫌な予想が当たったようだ。
『ど、どうしたの?』
「空気が変わった」
間違えようもない。懐かしい、戦場の空気だ。
「――アリス!」
『気づいてるよ。どうやらお出ましのようだね』
『レオ!』
分かってるから、嬉しそうな声を出すな。あっちも気づいたようだ。すぐには仕掛けてこないとなると演説中か。
戦闘音は聞こえなかった。つまり、白狼部隊は完全に透かされたか。
「ルー、アリスからの情報を元に状況を整理。早く」
『え……う、うん分かった。犯人は恐らく5機前後のウォリア乗り。そして、恐らくはそれなりに手練、ってことだけど』
「数的に不利か。万が一に備えて、通信を―――」
『ダメだ! ノイズが酷くて通じないよ!』
「あの時と同じだな」
電波妨害とは、よくもやるものだ。しかし腑に落ちない。電波を妨害する装置は決して安くないのに、中隊程度の規模の……それも捨て駒のような潜入部隊にどうして預けてるんだ? 今の帝国はそこまで物資が潤沢なんだろうか。
と、考察は後にするか。
『レーダーに感あり! 仕掛けてきたよ!』
「分かってる! ウィルガルディは後ろへ、信号弾を上げろ!」
まずは接敵する前に打てる手は打っておく。アリスは命令どおり、後ろに下がって空へと襲撃を示す赤色の信号弾を上げた。
これでグレッグ達も自分達が一杯食わされたことを気づくだろう。それから急いで駆けつけたとして、恐らくは10分程度か。
目視で見える敵は――6機か。そして、その純白のウォリアの姿には見覚えがあった。
「機種判明――“ラースカ”。Cマイナス相当の機体だ」
『……レオ?』
「射撃を得意とする機体だが、反応速度はそうでもない。俺が不意打ちを仕掛けてかき回すから、ルーは地上から援護を頼む」
速度で撹乱して、回避を優先して相手の出方を見極める。そのための俊敏、そのための速度、そのためのニグレイドだ。
そして、一言だけ
「イノシシとの戦闘を思い出せ、ルー。あいつらは害獣だ、さっきと同じ程度の覚悟でいい」
人と思うな、敵という存在でしかない。向き合った以上、結末は限られている。すなわち、どちらが先に命を落とすのか。殺すなんて言葉を使う必要はない、俺たちは“戦う”んだ。
それを忘れなければ、臆すことはないだろう。その呼びかけに、ルーとルージェイドが頷いた。
「……いくか。ああ、アリス。威力は軽くていい、撹乱できる魔法はあるか? できれば速攻で発動できるとベストだ」
『突風を発生させるだけのやつなら、すぐにでも可能だけど』
「それでいい、頼んだ」
言っている内に射程距離に入ったな。問答無用で魔導砲がこちらに飛んでくるが、狙いが甘いし、当たる距離でもない。
そう逸るなって、すぐにそこに行くから。
呟いた俺の背後で、魔法陣が完成した音がする。
『ああ、我を包む大気よ、今ここに集うて駆け抜けよ――“
詠唱が終わると、告げた通りに突風が吹き荒んだ。
とてもいい風に、いい天気だ。
――だから、ちょっくら空の旅へと洒落込むことにしよう。
「魔法だと……ウォリアに乗りながら発動できるのか!」
固有技能は様々だが、最弱で有名な王国ごときのウォリアが味な真似を。だが、この程度で作戦を変更する必要はない。
それなりに強い突風だが―――ふん、この程度のことなど。多少はよろけたが、その程度だ。
『くっ――問題ありません、隊長!』
『――こちらも! おのれ、王国風情が!』
全員からダメージ報告が返ってくるが、損傷は無し。ふん、虚仮威しか。何がしたかったのかは知らんが、無駄なあがきだ。
「全機、一斉射撃! あの深緑の機体を狙え!」
恐らくは大砲役である奴らの切り札だろう機体を先に潰す。小癪にも魔法を使えるのだ、時間をかければ何をしてくるのか分からない。今の攻撃を見れば雑魚に過ぎないだろうがな。
『隊長! 人質を利用すれば、奴らはすぐにでも降伏を――』
「不要だ、マクリル。使う必要の無い札を切る者はいない。お前は作戦どおり、後方で備えつつ援護しろ」
『はっ! 失礼しました!』
それでいい。しかし、所詮は下等階級出身か。普通にやって勝てる相手に、人質など使う方が恥だというのに。
戦争処女の素人どもに、全力を出す必要もない。たった3体、たまたま残っていたに過ぎないだろう。ここは遠距離で飽和射撃をして疲弊させた後に、切り込んで直々に両断してやる。
(豚どもの命乞いも、久しく聞いていなかったことだ。商人の時は、作戦が優先で楽しめなかったからな)
もちろん、聞く必要はない。見目が良ければ楽しんで……いや、待て。
「なんだ……2体しかいない?
しろ、と言う前に思い出したことがあった。祖国を滅ぼした忌々しき逆賊共、あの糞虫どもと戦っていた部隊の噂を。
そいつは幽霊のように姿を消し、影のように接近して、ひっそりと命を摘み取るお伽噺のような怪物。故に、知らない内に敵の数が減っていれば―――
(いや、遮蔽物がない草原で……ならば!)
上か、と見上げた空。
その青い空の向こうで、太陽を背にした砲口が煌めいた。
「遅えよ」
引き金を引き、一直線に奔った弾の威力は十分だった。流石はCランクのコアだ、基本出力が違う。上空100マール、距離にして500、渾身の魔力をこめた狙撃はコックピットを貫いて地面を穿つ。
これで1機。相手は隊長機を除き、こちらの位置が分かっていないようだ。そうなるように動いたから当然なんだがな。
――風で相手の思考と集中力、視界を乱して相手から気づかれないように上空に飛んだだけなんだがな。軽い装甲だがCランクのコアの出力は強く、上昇速度はBランクの上位に近いだろう。
バレる恐れはゼロだ。旧帝国のエセホワイトのラースカと何度戦ってきたと思ってるんだ。視界の角度から上方向への動きの鈍さ、旧帝国の騎士の思考も分かってるなら防がれる筈がない。
不意の事態への対応速度も知っている。故に滞空したまま、魔導砲とリンクして更に魔力を流し込む。
隊長機だけは気づいているが指揮と判断が遅いし鈍い。この状態で外す理由などなく、放った狙撃は更にもう1機のウォリアのコックピット内を血祭りに上げた。
貫通した弾が轟音と共に地面を捲り、白い機体が前に倒れ込む。
「残り4、更に――いや、潮時か」
相手が俺の位置を捉えたのか、一斉に顔を上げる。だが、敵は俺だけじゃないだろうに。こちらに気を取られた直後、地上から接近していたルーが魔導砲をばら撒いてくれた。動きを封じるための射撃か、良い判断だ。
この機を逃す手はない。俺は急いで機体を急降下させた。全身にかかるGが身体を締め付けてくるが、魔力で強化をしていれば問題ない。
着地はせずに、地上スレスレの高度で匍匐飛行を、地面と平行に前へ飛ぶ。
その中で、隊長機がこちらに狙いを定めてきた。やはり、それなりの手練だ。予想の範疇過ぎて退屈なんだがな。
俺は翔びながら地面に機体の右足を軽く当て、同時に背面についてマナジェットを片側だけ噴かせる。
荒っぽいが、進路を急激に変えるにはこの手に限る。思った通り、相手の遅い砲撃は俺の軌跡の影を貫くことしかできず――
(いや、ここは俺だけじゃなく)
回避した動きを保ちながら大きく迂回し、牽制の射撃を続けた。魔力はさほど込めずに、数だけを多く、誘導するようにして。
思惑どおりに、相手が応戦してくる。後ろには大口径の魔導砲を持っている奴も居たが、狙いが荒すぎる。未熟ばかりの砲撃など当ってやる義理もなく、見当外れの砲弾は大きく地面をえぐるだけに終わった。
薄い装甲でも、爆風の余波の土程度ならば問題ない。掠りさえもさせるものか。左右に上下を加えた不規則な動きをすると、それも可能になる。
おちょくるように、機動で振り回す。相手はムキになったのか、残り4機全てがこちらを撃ち落とそうと集中して弾をばら撒いてくる、が。
『――がら空きだよ!』
ルーの声。同時、狙いすまされた弾がコックピットに直撃した。
(俺は囮に決まってるだろ―――そのためのニグレイドだ)
命中した。硬い装甲に守られているとはいえ、装甲だけで衝撃の全てを撃ち殺すことはできない。故にコックピット狙いが最善で、貫通できなくても大きく揺らすことができればセレクターは失神する。
いや、違う。僕が躊躇ったから――
『ルー!』
声に反応し、慌てて回避行動を。横にずれると同時に、弾が通り過ぎる音が聞こえた。
「こ、っの!」
反省も後悔も後だ、今はとにかく動き回る! 少なくともそれが出来れば死ぬことはないと教わった通りに。
『貴様ら――名乗りもせず、卑怯者め!』
「は?」
聞こえてきた通信に、思わずそんな言葉が漏れる。何を馬鹿なことを、と思う前に声が聞こえてきた。
『腐れ帝国のうんち騎士風情に、名前なんぞ言えねえよ! ばっちいだろ!』
『な……お、王国の雑魚風情が、我らをなんだと』
それきりだった。思いもよらない罵倒を前に動きが鈍くなったウォリアを、一撃。咄嗟の砲撃だったので魔力はそれほど込められていなかったが、頭部に直撃を受けるとひとたまりもない。
機体と
僚機のフォローも遅い。チャンスだと思ったと同時、僕の身体は反射的に動いていた。速度を落とし、構え、魔導砲に込めつつあった魔力を一撃に。
狙い、放った砲弾はフラついているウォリアのコックピットの左から右に抜けた。
(あと3機!)
手応えを感じた、生きてはいないだろう。だけど、とにかく動き回る。敵の魔力量なら一撃で撃墜されることはないけど、畳み掛けられれば危うい。
レオなんてもっとだ。速度に優れるニグレイドだが、スペックを見て無茶だと思った。全てを回避するつもりでもなければ、とてもじゃないけど戦い抜けないからだ。
なのに、これだ。牽制の突風を囮に、上空からの奇襲で先手を。次に自分が囮になって、僕に奇襲をさせた。言うは易しだけど、この短時間で咄嗟に、数的不利を覆せるなんて。
そして―――見えてきた。
まだ3分しか経っていないのに、あの機影は。
「一杯食わされたな」、と。呟くレオの声には、苦笑が混じっていた。
「遅いぞ、白狼部隊」
『そちらが早いんだ――食わせ者め』
グレッグからの通信だ。敵も気づいたのだろう、1機が背後を見る――そこを狙い撃った。咄嗟に回避され、片腕だけしか奪えなかったが。
そうしている内に、戻ってきた白狼部隊は移動を完了させていた。
敵は隊長機、大口径持ちと、損傷させた1体の合計3機。
対するこちらは俺とルー、後方で魔法の準備が万端のアリスと、白狼部隊の4機を含めて7機で半包囲状態になった。
形成は、完全に逆転した。しかし―――
「読んでいたのか、グレッグ」
『こいつらの迷彩斥候が間抜けだったお陰だ。魔力制御がなっていなかったため、すぐに気がつくことができた。通信の傍受もな』
動かないことを前提に、機体の視認度を下げる迷彩の魔法で隠された観測員、あるいは斥候――それが迷彩斥候だ。
敵の襲撃感知から連絡、伏兵から待ち伏せの狙撃など、様々な状況で役に立つポジションだが、テクニカルな対応が必要とされる。
そのため優秀なセレクターが選出される場合が多く、部隊どうしの戦闘を行う時にはいの一番に殺したい兵種だ。
それを敢えて見逃し、敵の作戦を読み取った後、前進すると見せかけて恐らくは遮蔽物に隠れながら敵の背面に回り込んだんだろう。俺が拠点を防衛する旨は伝えていたからな。戦闘が始まってから、挟撃を仕掛けようとしたんだろう。そう伝えてやると、呆れたような声が返ってきた。
『まさか、あんな手で早々に2機落とすとはな。……中央に置いておくには惜しい腕だ』
「この状況で言うことか。それより、こいつらはどうする?」
動けない間抜けが3機……いや、死に体だから3人か。個人的な意見を言えば、ぶっ殺したいでーす。
『俺もそうしたいんだがな……捕縛し、中央に移送する。こいつらには聞きたいことが腐るほどあるんでな』
だろうな。生きて捕獲するための挟撃だろうし。裏切り者の可能性から侵入ルート、潜伏手段まで吐かせたいことは山程あるだろう。
「でも腐ってるからな。腐れた言動には注意な、汚れるぞ」
『ご忠告どうも。尋問官に伝えておくよ』
「頼む。それじゃ、俺たちの出番はこれで終わりってことで」
『ああ。協力感謝する、騎士・レザール』
「貸し1つってことで。報酬は後日、城下町で高い酒でも――」
奢ってくれ、と言おうとした所で妙な声が聞こえた。
帝国野郎のコックピットが開いた音。そして―――女性の悲鳴だった。
「動くな!」
生声が響く。発したのは、開かれたコックピットの中に居る男の。そして、こめかみに魔導銃を突き付けられた茶色い髪人物の、か細い悲鳴が――
『女性、だと……貴様らぁ!』
グレッグが叫んだ。それはそうだろう、その女性は動けなかった。正確には、その気力さえ奪われていた。ひと目見れば、誰だって分かる有様だ。折れ曲がった右腕と左足、その痛みに叫ぶことさえ出来ないほどに心から疲弊しているのが見て取れた。
『ひ、どい……なんて真似を!』
「うるせえ! さっさと道を開けろ、でなければこいつを殺す!」
腐った目の細身の男が神経質に叫ぶ。耳障りだし、目障りだ。
『マクリルの言う通りにしろ……でなければ、分かるな?』
『こ、のクソ野郎! それが騎士のすることか!』
『うるせっつってんだろ! それとも耳でも失くしてやらなければ分からねえか!』
帝国の男が、叩きつけるように銃口を女性の右側頭部に突き付けた。痛いだろうに、それでも小さい悲鳴しか出すことができない。
……その原因は分かる。分かってしまう。痛みに、辛さに、叫び過ぎて喉が枯れてしまったからだ。恐らくは胸の内にあった潤いさえも罅割れ、溢れ出してしまったから。
何度も見てきた。よくもまあ、俺の目の前でやるもんだ。
『れ……レオ、あの人を……』
『どうするの……私の魔法だと巻き込んじまうよ』
小さいが、戦意に満ちた声が伝わってくる。どうやったら助けられるか、訴えるような。
焦るな。……ルーは無理だろう、動揺しすぎている。アリスの魔法も範囲が広すぎるため、適していない。女性を巻き込んでしまえば本末転倒だ。
だが、このままでは済まさないというのは完全に同意だ。あの外道に、否、外道共に然るべき結末をくれてやらなければならない。
グレッグ達は、動けないだろう。当然だ、王国の民だからな。恐らくは近隣の村から攫われた村人って所か。その後で、奴らは随分と楽しんだみたいだが。
(吐き気がするぜ。帝国の騎士って奴はどいつもこいつも……っ!)
クソ野郎の犠牲になって良い人間なんて、1人もいない。助けたいが、1人のためにこの場に居る7人を犠牲にすることもできない。それは単純な算数の問題であり、グレッグはその解答を間違えるほどの馬鹿じゃない。
奴は軍人だ。自分の部隊という群れと、それを統括する国のためとなれば容赦なく人質ごと敵を撃つだろう。そして、相手との交渉の余地はない。無駄に増長している帝国騎士との取引を成功させるなんて、ゲリ眼鏡にだって無理だ。
不可能であれば、手段は1つ。グレッグがそれに気がついた時が、交渉の決裂と戦闘と女性の死が確定する時になる。
(だが、方法はある。あるんだが……くそっ)
女性を助けられる手段は1つだけだが、ある。身魔法を使って最大限に
あまりにもリスクが高すぎるため、出来れば違う方法が良いんだがな。俺は明日まで動けなくなるし、急激な強化による後遺症が残る可能性がある。それに、早撃ちは狙いを定めるのが難しい。最悪は、女性を殺してしまうという結末も。
だが、やるしかないだろう。
――そう思った時だった。
予感とも言えない、微かな感覚。それに呼ばれ空を見上げると、“それ”はいた。
『クズが』
空から降り立った青いウォリアが告げた言葉は、たったそれだけ。
その一言と共に振り下ろされた長剣が、マクリルという男だけを機体ごと一刀にして両断した。
咄嗟に動けたのは、自分でも上出来だったと思う。こぼれるように落ちた女性を、すんでの所でキャッチすることに成功した。……何とか、大丈夫なようだ。身体の傷から顔の痣まで痛々しいが、命に関わる傷じゃない。
今は、こっちだ。見間違いであって欲しい。
俺の勘違いだ―――そうであってくれ、頼むから。
『レオ!』
「だい、じょうぶだ……ルー、この人を」
震える手で女性の身体をルージェイドの掌の上に移動させる。後ろでは、空から降ってきた突然の乱入に誰もが思考を停止していた。
一番早く正気に戻ったのは、事態を把握した帝国騎士だった。
『き、貴様……まさか、その機体は……!』
『そ、その青い装甲に、赤い関節部……か、革命軍の……?!』
震える声には、恐怖しか含まれていなかった。
そして、当然のように乱入者は―――彼女は意に介さない。
少しだけ血がついた長剣を横に振ると、氷片が落ちた。
血を凍りつかせて、払い落としたんだろう。あまりにも早いその技。
そして、雪中湖のようにどこまでも青い機体は、長剣を眼前の地面に突き刺し、
『いく』
一歩踏み出す速度に、グレッグ達は反応さえできない。
それだけで間合いに入った機体は、一刀で帝国騎士のラースカを両断した。
凍らせた地面を発射台に見立てた、防御どころか目視さえ困難な横薙の一閃。
断面が凍りつき、ようやく気がついた敵の隊長機は背中を見せようとして、
『う……動かない、なぜだ!?』
足元を覆う青い氷に気が付かず、情けない悲鳴を上げた。
事態の把握、動揺、迷い。そうして失った2秒は、外道にとっての永遠になった。
彼女は剣を軽く突き出した。ゆっくりとコックピットに突き刺さった切っ先から発せられた凍気は、徐々に隊長機のラースカを包んでいく。
『や、やめ……さ、むいさむいさむいさむいさむいさむいよぉぉおおおお!!』
この世の者とも思えない絶叫が、通信に響く。
誰も、何も告げられず動けない異様な光景。
その中で何が起こっているのかは知っている、ああよく知っているとも俺が教えたんだから。やがて機体を覆い尽くした氷像から、剣は抜かれ。
何を告げることもなく、青い氷は静かに砕けて崩れ散った。
漏れ出た凍気が、周囲に散らばっていこうとする。それを閉じ込めるように、青のウォリアは長剣を地面に、凍気を回収していった。
(……間違い、ない)
その機体。固有技能、剣技。
そして何よりも、今見せられた剣の柄の部分を人差し指でなぞる癖は――
『レオ……?』
映像通信越しに、ルーとアリスがぎょっとした顔になった。
それもそうだろう、俺の顔は引きつり強張っている筈だ。
ああ、クソ――増援が100人居ようが勝てない。
多くの帝国や連邦の猛者の首を上げた者の強さは、俺が誰より知っている。
(だが、どうしてお前が
革命軍の最強の切り札であり、世界が定めた最強たる十星を落とした、“
その威容を前にして、俺は全身から吹き出る汗と恐怖に耐えることしかできなかった。
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