閑話:整備兵から見たレオン・トライアッド
レオン・トライアッドは変なやつだ。今なおその変度は上昇し続けている。
「っと、次の仕事はなんですか班長」
「……ルージェイドの足回りだ。キッドと組んでチェック、問題があるなら報告、処置しろ」
仮面を付けていない時は、普通の整備兵として扱ってくれと言われている。その通りにしているが、こいつの切り替えの早さには呆れさせられる。というか、一時間前までセレクターに混じって持久走に参加していたのにな。
今も律儀なことに、整備を手伝ってくれてる。まあ、“真紅”は固有技能を使うとパーツの損耗度が上がるから、正直助かっているんだが。
そして、ニギリスも。今回も無茶をさせたが、不思議と苦情は来なかった。模擬戦の様子を他のセレクターが見ていたのが原因だ。自分の力量不足を実感させられた事と、ニギリスでも戦うことはできることを知り、元気づけられたからだとか。……色々な意味で沈黙せざるを得なかったのはここだけの話だが。
しかし、レオン自身も無傷ではなかったのに。機体の部分チェックが終わった後、底なしの体力が何処から来ているのか尋ねると、レオンはあっけらかんとした様子で答えてきた。
「人間、最後に物を言うのは体力です。フローバイクで移動するのも走って移動するのも、体力という燃料があってこそ。抜かりはありません」
いや、どうしてそんな指名手配犯のような思考をする。お前、犯罪はしてないよな? 前の顛末もかなり際どかったと聞いたが。当然でしょう、ってどういう意味だ。やってないのか、証拠隠滅が完璧だからという意味か。
余計な心配は不要かもしれないがな。女王直属の特別秘匿部隊の選抜されたということは裏もしっかり洗われたからこそなんだろう。でも、あのお姫さんは案外抜けた所があるからなぁ。……いや、今は女王陛下と呼ぶべきか。
そう考えていると、視界の端にルーちゃんとアリスがノロノロと格納庫に入ってきた。目が死んでいるが、無理もない。レオンが考案したカリキュラムは、精鋭部隊もかくやというものだ。俺でさえ、あそこまではキツくなかったぞ。
「予想以上について来れるので、つい」
「サディスト丸出しだな。しかし……ルーちゃんはともかくとして、アリスの方はよく付いて来れる」
「教育方針と、環境ってやつでしょう。周囲に魔物だらけという立地、不便な村での生活、そして魔物相手の実戦経験。自然と鍛えられたというべきか、そう誘導されていたか」
「……つまり、自ら高い目標を意識して磨いた訳ではない」
「話しが早いですね。ルーと同じく伸び代がたっぷりなので、鍛え甲斐がありますよ」
レオンが悪い顔で笑った。同時に、遠くに居た二人がびくりと肩を震わせて左右を見回していた。分かる、コイツの邪気はきついからな。
しかし、アリステア・M・ウォルガンか。
「よくも短時間で本性を暴いたものだ。知性深き魔女って印象が、180°変わったぞ」
最初の印象はキツめの美人。今ではやんちゃな不良少女、と言った所か。どこぞの役人を思い出させる言葉遣いはどこへやら。今では厳しい訓練を課すレオンへ、毎日のように罵倒を返している。服装もラフになっているのは、故郷ではそうだったからだろう。
それでも顔立ちが整っているからか、野卑な印象は受けない。趣味で絵画をしている第二班の副班長など、『勝ち気な未成熟美女』という題で絵を描いていたほどだ。いや胸は結構あるぞと告げると、「
「ま、上手くやれりゃ問題ないか。ルーちゃんが妹扱いされてるのは笑えるが」
「同感です。ルー本人はお姉さんぶってますけどね。なのに頭撫でられてるのが……いや嘘言いました、笑えます。ただ、アリスについて……魔女という呼称は嫌がってました」
「成程、やはりか」
アリスも、そしてコイツもな。
予想はしていたが、魔女の名前にいい思い出はないのだろう。そして、本人の耳に入る前に忠告するあたり、こいつもマメだ。
それがコイツの変な所だ。レオンは必要だと思ったら……いや、そうでない場合も自分が成す行動に一切の遠慮をしない。図々しいまでに自分の行動を貫く。だが、本当に人が嫌がる所には手を触れない。遠回しに聞いたことがあるが、組織のヘイト管理の中で最重要項目は爆発させないことですから、らしい。
いや、どこの組織のボスだ。非合法組織の頂点にでも立ったような口調だぞ。冗談交じりにそう告げると、空を見上げて雲……いや、その先にある宇宙の奥に視線を向けていた。それ以降、こいつの過去に触れることは止めた。
不器用なりに気を使っているのが見て取れるからだ。それに、理不尽と思われる真似だけはしない。一度だけ先輩の整備兵に絡まれたことがあったが、殴られるまでは口だけで対応した。それが生意気だと殴られた後も、最低限の反撃だけで済ませた。
レオンが注意している通り、誰だって触れて欲しくない過去がある。忌まわしくも恥ずかしい、俺の前歴のように。
……ニダス元王太子には悪いがな。やっぱり、ティアリゼルの方が女王には相応しかったと思う。窮地に追い詰められつつある王国の情勢にあっては、よほど。
「まあ、なんだ……俺が言えたことじゃないけど、女王陛下をよろしくな」
「何すかいきなり、オヤジぶっちゃって」
「てめえにそう言われるほど年くってねえよ。あと、お前の親父は昨日に研究棟で爆発起こしたそうだが」
「よし、この話やめましょう。……陛下には振り回されてますが、見限るほどじゃない。命を数で数えられている内は協力しますよ」
「いや、普通は逆じゃないか?」
命を数で数えるなんて、と言うべきだろうに。金では買えない掛け替えのないものを、数値に置き換えようなんざ、平和主義者が聞くと唾を飛ばしながら激論を仕掛けてくるぞ。
「指導者としたら、ちょうど良いんじゃないですか? 数字として意識できるなら、減らさないように試行錯誤するでしょうし」
「人口、生産率、国益に軍事力、か。そうだな、人の命を数としてさえ認識しない奴よりは万倍マシだ」
まるで、道の下に敷かれている石ころのように。世界は広い。世の中には下賤の命など踏まれて当然、それがお前達の役割だと鼻で笑う奴も、居るには居る。
「しかし、見てきたように語るな。昔にそういう奴と喧嘩した経験でもあるのか?」
「喧嘩……ええ。大喧嘩でしたね。思い出したくもないぐらいに」
「……そうか」
相槌を打ちながら、自分の動揺を誤魔化す。
――これだ。レオンが時折見せるこの感覚、いや、感情か?
それなりに高身長だが黒髪で平凡な容姿で、いつもちょっと笑っている男。そんなこいつが、こういう風に無表情になると、傍にいるだけで背筋がゾッとする。切れ味鋭い、抜身のナイフを喉に突き付けられているような感じに陥るのだ。
滅多にはないが、殺し合いを経験していない奴が出せる雰囲気じゃない、そして。
「――既に終わった話ですから。あ、ムールの方のヘルプに行ってきますんで」
「おう。無理はするなよ、本業に専念しろ」
伝えると、レオンは片手を上げて応え、ムールの元へ走り去っていった。
……やっぱり読めない奴だ。言動の端から見て取れる本心は、本人は整備兵でいたかったということ。戦いなんて真っ平ごめんで……違うな。もう、ウンザリだと思っている奴の顔だった。引退した、かつての部下のように。
だが、身体に染み付いた臭いはそう簡単に消えてくれないもんだ。服だけなら着替えれば済むが、肌や肉、骨にまで達してしまえば
昔、その臭いの総称を“運命”と呼んだ奴が居た。全くもって同感だ―――と認めるのは負けた気がするので、頷いてやらないが。
殺し合いの場には戻りたくないと、抗っている奴。
閉じた世界の中で負け犬に染まりたくないと、努力を続けている子。
変わりたいと、1人で外の世界に出てきた者。
努力をしている人間を他所に俺だけが楽になるのは、性分じゃない。できるなら、そんな若い奴らを助けることが俺の運命だと信じたいもんだ。
(……きな臭い噂も増えてきた。大森林に続く街道で、大商家の貨物車が事故に巻き込まれたこともある)
犯人は発見できていない。護衛も含めて皆殺しにされたからだ。戦闘の痕跡から、ウォリアのものであると断定。問題は、ただの流れの者か、意図的に引き起こされた者のどちらか、という点だ。
平和だった今までの王国では、あまり覚えがない残虐な事件だった。
「……動き出せば止まらない。そういうものなんだろうな」
戦争処女の王国は、これからどんな風に変わっていくのか。
せめて祈ってやろう。天機神様にじゃない。
報告を受けてやさぐれているだろう、かつては黄金の妖精のようだった心優しい少女が、安らかな日々を送れるように。
レオン・トライアッドは普通な奴だ。短い付き合いだけど、俺はそう思うようになった。
「ムール、トルクレンチ取ってくれ」
「ちょっと待ちんさ……ほい!」
レオンは高所で姿勢維持をしながら、トルクレンチでボルトを締め始める。訓練で疲れてるの筈なのに、こういうことをする奴だ。
レオンは頓着しない。自分が当たり前だと思ったことなら当然のように言うし動く。
……南西部の田舎町の出の俺は、訓練学校ではよく馬鹿にされた。成績は優秀だったのが更に鼻についたらしい。ちょっとした嫌がらせから、集団による無視まで。
その中でムールに普通に話しかけてきた。居眠りしてて聞き逃した所を教えて欲しいと、突然に。
なんで、と聞くと不思議そうな顔で「暇そうだったから」って。いや、確かに1人だと本読むことしか出来ないし、それも読み終えて時間は余ってたけど。
「あと、単純な試験の成績だけじゃなくて内容をよく理解してるから」
「……なんで」
上っ面だけじゃなくて本質を掴め。口うるさい祖父に何度も言われたことだ。それを実践したまでだけど、どうしてそれが分かったのか。
普通に見てれば分かるだろ、らしい。いや、そんなの初めて言われたんだけど。
何度も問答するけど、レオは首を傾げるばかり。結局は俺も普通に教えて、普通に礼を言われた。でも、そのせいであいつも巻き添えを――と思っていたのは杞憂だった。
俺はその時に初めて知った。無視をされて堪える者は、そいつに関心があるからだと。そして、レオは苛めをしている奴らに興味を持たなかった。
嫌がらせも、不利益がある内は仕掛けないものだとしった。レオは成績優秀者なのにそれを鼻にかけない所から、上位の訓練生とは普通に話したりしている。苛めの主犯達は「もし自分達が睨まれたら」と考えたんだろう。
それとなく話をした時に聞いてみると、「直接手を出して来ないのは、自分自身が傷つけられるのが嫌だからだろ」らしい。リスクを越えてまでやる意義も意味も感じられなかったからか。
理解した瞬間、腹が立った。つまりは何となく面白いからと、暇つぶし程度のものだったのか。怒った俺は復讐を計画した。
そして、一日でレオにバレた。
「……何だよ。止めるつもりか?」
「いや、普通のことだろ。殴られたら殴り返すなんて」
痛かったら怒っても良いし、殴り返すのも自由だ。それがレオの理屈らしい。普通だろ、と言われたけど……確かに、殴られるままでいるよりは普通だ。
「でも、成績に響いたら面白くない。ということで、バレないようにやろうぜ」
「え……そ、それは確かに。田舎に戻るのも嫌だし、助かるけど」
どうしてそこまでしてくれるのか。尋ねると、レオはフェアじゃないと告げた。
「あいつらは何の罰則も受けてない。なのにお前だけが受けるとか、おかしいだろ」
「……うん」
「そして、幸いにも俺には心得がある」
「うん……うん?」
それからあっという間に、復讐は終わった。というほど大層なものでもなかったと、今なら言える。相手はちょっと痛い目を見た、それだけだ。
レオの鮮やか過ぎる手腕だけは、今でも忘れられそうにないけど。
でも、どうして手を貸してくれたのか。理由なく動くのは、それこそレオらしくないような。
「いや、だって色々と助かったし。最初の時も、聞き逃した所を教えてもらったし」
「……ああ、そうか。貸しがあったから、なんだね」
確かに、それは普通なことだ。誰だって助けられたら礼を言う。ありがとう、それだけで済ませる奴から、ちょっとした事で返してくれる奴も。
だけど、田舎出身の俺を相手にそんなことを考える奴はいなかった。
少し小太りで、整備のスキルだけが高く、孤立している俺に対しては必要ないと思っていたのだろう。
レオはその一切を気にしていない……違う、考えていないのだ。
自分が思った当たり前を普通のことだと認識して、曲げない。相手が誰であろうと、どんな不利益が考えられても、止まる気がないのだ。
セレクターに成りたいという、俺の夢。それを話した時もレオは笑わなかった。ただ、ウォリアに乗るという意味を教えられた。
最悪は人どうしの殺し合いまで押し付けられるという。いや、極論過ぎるだろ、どこの戦争国家の理屈だよ。
(今思えば、俺も視野が狭かったな)
戦争が起きればウォリアは駆り出される、そこで人を殺すことになる。確かに、それは普通の理屈だ。確率の問題で言えば低かっただろうが、ウォリアというモノに求められる役割を考えれば、おかしくはない、普通の理論だった。
――普通はそんなことまで考えないが。
「改めて思うけど……レオってテロリストだね」
「酷いな。こんなに品行方正な模範兵を捕まえて」
冗談だと思ったのか、笑う。うん、やっぱりズれてるよなあ。普通にしていれば、品行方正に見られると思い込むなんて。
告げても自分の意識を曲げないだろう。そして、あの手腕。レオン・トライアッドはそれがどうしても必要な状況になったら――例えば命が脅かされた時に―――『それが普通の考え方だ』と認識した方法を当たり前のように実行するだろう。
そういう認識さえない。普通にこだわらず、当然だと想うがままに自分の道を征く。邪魔する者に対しては、絶対に道を譲らない。そういう奴こそをテロリストと呼ぶんだよ、レオ。俺自身、変な話だって思うけど、やっぱりそういう結論になってしまう。
だけど、俺はずっとレオから離れないだろう。当たり前のような顔で、色々な常識――違うな、くだらない暗黙の了解をなぎ倒していくレオは、見ていて飽きないし、ずっと見ていたいと思う。
セレクターになれるチャンスはあった。今まさに募集をしている。今からでも遅くないかもしれないけど……やっぱり、今のこの場所を離れようとは思わない。それに、甘い話かもしれないけど、ウォリアに乗って人殺しをする自分を夢見た訳じゃないから。
それが、俺の普通だ。整備の腕は班長にも認められている。臆病者が出来るこれが、俺の飾らない精一杯だから。
「あ、お疲れ様。二人とも、これ」
「おっ、サンキュー」
「ありがたく」
作業が終わると、ルー嬢が大きめの紙コップで水を持ってきてくれた。
……彼女も変わった、らしい。班長やキッド先輩曰く、以前は無表情で消極的な人形のようだったらしい。だけど何を切っ掛けにしてか、今では笑顔を絶やさない天使になったという話だけど。
今しか知らない俺には、冗談のような話だ。そして切っ掛けがレオにある事は、皆が気づいている。感謝をしていることも知っていた。
(それはそれとして、妬ましいと思うけどな!)
ふと見ると、小さく笑みを返してくれる。それだけで幸せな気持ちにされるのは、ずるいと思う。健康的な白い頬に、最近は少し女性を思わせるようになった表情。まつ毛長いし、鼻もすらりと通っている。最近は魔力を酷使しているせいか、少し紫がかっている銀色の髪は同じ生物とは思えないぐらいに流麗だった。俺のくせっ毛とは違う、安物のヘアブラシでも絶対に引っかからないだろう。
小動物を思わせる雰囲気には癒やされる他ない。こんなに汗まみれなのに、嫌な顔1つしないし。ていうかこの距離でも仄かに香るいい匂いがなんていうかもう。
(……クローレンス家は何を考えてるのかね。というか、“何を”含めて伝えたのやら)
骨格が女なのに、誤魔化せるなんて思ったのだろうか。更に不可解なのが、本人でさえ自分が女性であることを自覚していない―――いや、出来なくされていると表現する方が正しいか。年齢に関しては成長の個人差があるため何とも言えないけどな。
個人の記憶や認識を歪める魔法なんて、それこそお伽噺に出てきた魔女染みた技法だ。意図は何となく理解できるが、ハッキリと気に入らない。
だけど安易に解決できる、なんて自惚れてはいない。何かあった時に誰より傷つくのは、俺たちじゃないからだ。一体、親であるクローレンス侯爵がどこまでを計算しているのか。その思惑に関係なく、俺たち整備兵は騎士・ルーシェイナのために動くと決めていた。
我らが誇るべき、セレクターのために。
……少しだけ、そうしたいと思う自分に酔っているかもしれないけど仕方ない。だってルー嬢だし。
「……どうしたの? 体調が悪いのなら、班長に」
「大丈夫っす。それより、ルーさんの方が疲れてっすよね」
「僕は好きでやってるから。……この増長番長にいつまでも負けていられないし」
そう答えたルー嬢は横目でレオを見ながら闘志を沸かせていた。レオはどこ吹く風だが。彼女も実質的な完敗だった模擬戦の後で、ちょっと認識を改めたらしい。負けず嫌いが全開になっている。それさえも微笑ましいが。
「でも……ごめんね。これからも無茶をさせると思うけど」
「それが仕事ですんで。むしろ望む所でヤンス」
尊さのあまり語尾がザコ風に。あーくそ、やる気出る。こういうの他所じゃ一切無いみたいなんだよな。整備兵は整備するのが当たり前だろ、って感じで。そりゃそうだけど、応援されればやる気も元気も出るのが人間なんだよ。
先輩曰く、他所の整備兵がルー嬢のお礼を告げる所を目撃した時に、二度見から三度見してたからな。その後、10秒凝視してから肩を落として去っていったとか。
と、ちょっとした勝ち組気分になっている所に新たな人物が。青紫の髪を後ろにまとめた美女が、『やっべ』という顔でこっちを見ていた。
「あー、ゴメン。確かに、直接言うのが筋だったよね。私も無茶をさせると思うから、苦労をかけちまうんだけど」
「心配ないっす。それに、言ってもらえるだけで元気100倍になるっすから」
「そっか」
にひひ、と笑うアリスさんは田舎に見たイタズラ娘のようだった。娘と言うには大人びた容姿だし、スタイルも良すぎるが。
しかし、暑いのは分かるけどセレクターの制服を脱いで厚めのアンダーウェア一枚になるのは……眼福過ぎて、ちょっと困る。注意すべきか、黙っておくべきか。
「っと、いけね。それじゃちょっと」
他の整備兵にも言って回ると告げ、アリスさんは去っていった。年下なのにさん付けしたくなるぐらいに気風が良い。これはこれで人気が出るよな、恐らく。
でも、どうして最初はああだったんだろう。レオに尋ねると、「借りてきた猫」と言いながら紙コップをゴミ箱に向かって投げた。あ、入った。
「味方が1人も居ない状況だったからな。それも女で、いきなりの配属。舐められたら終わりだし、無礼を働いて俺にあの技術……魔法を教えてもらえないのもダメ。それがごちゃまぜになって、ああなったんだろう」
「なるほど。彼女の立場になって考えてみれば、確かに。でも、よくすぐに気がつくことが出来たでござるね」
「……似たような奴を知ってたからな。それと、猫かぶりを続けるのは疲れる。俺の実体験による感想なんだが」
レオの答えを聞いた俺たちは爆笑した。ルー嬢も口を閉じて涙目でプルプルしてたけど、我慢できずに大声で笑い始めた。何事かと近づいてきた仲間たちから、班長までもが口を開けて笑った。
「ど、どうしたんだい? 何か良いことでも」
「お前が笑われてるんだよアリス。猫かぶりがバレた時のことで――」
「いや、違うから。レオのことだから」
ルー嬢が笑いながら指摘すると、レオは顔を真っ赤にした。アリスは変な奴を見る目でレオを。だが、少し時間が経つとレオがだんだんと笑顔になっていった。
あ、これはちょっとまずいですね。
「――そうか、そんなに大声を出せるほど元気が有り余ってるか」
「へ? いや、ちょっ」
「いや、調子全開なのはアンタの方だろ。そんな意味不明の冗談を言えるなんて――」
「あ、アリス!」
ルー嬢が慌ててるけど、一歩遅い。うーん、アウト。レオを知る者達すべてが、二人の無事を祈った。
アリスは知らないのだ。レオは部分的に小物っぽさを発揮する時があると。特に自分が笑われるとか、おちょくられると鼻息荒くして反撃してくるんだけど……。
それからは皆の予想通りになった。三時間後、ルー嬢とアリスさんは訓練場の上で打ち上げられた魚のようになっている所を発見された。体力と魔力の両方が枯渇寸前になっていたらしい。ギリギリを見極めるあたり、レオらしいというべきか。
地面の土には震える指で書いたのだろう、「レオ」という名前が曲がった文字で書かれていた。
ドタバタしながら、二人を担架で運ぶ。その翌日、ルー嬢とアリスが筋肉痛を引きずりながらも訓練に出てきた。そうなるように上手く調節したのだろうが、レオも意地悪だと思う。
察している二人が悪口を言い合いながら、走る。
レオは高笑いをしながら、二人の前を走る。
なんだかんだと笑える風景は、いつしかこの部隊の日常になっていた。
――この普通の日常が、いつまでも続けばいいな。
青い空の下で、俺はそんな思いを噛み締めていた。
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