第15話:燃え上がる者達
ウチの一番古い記憶は、悪臭だった。人の肉と骨が焼ける臭い、雲ひとつない青空、見知っている人の断末魔、それさえも途絶えて。泣くことさえできなかったことは、よく覚えている。
気管に火傷を負っていたせい、というのは言い訳だ。悲しみに泣き叫ぶよりも、喉の焼け付くような痛みが激しくなる方を嫌った。そんな自分がこの世界で最も価値がないような生物だと思えた。
「――馬鹿が。お前が悪い理由がどこにある。痛いのが嫌だというのは当たり前の理屈だ、バカモノ」
気絶した私を拾い、治療を施した人だという。無精髭を生やした男は、そう告げて笑った。何もおかしいことではないと言ってくれた。
そしてウチは、殺された家族の顔を、言葉を思い出し、声が枯れるぐらいに泣いた。その中で、不器用な手付きで髪の毛をわしわしと撫でられていたあの感触は、今も忘れられない。
今日から俺がお前の父親だと告げられた時の嬉しさも――ウォリアのコックピットの中で、満足そうに死んでいた姿も。
革命軍の英雄との一騎打ちの結果だと、副頭領から教えられた。
どうして、という気持ちでいっぱいだった。
どうして、ウチも連れて行ってくれなかったの。
どうして、そんなに悔いのない顔で死ねたのよ。
何度繰り返しても、手を伸ばしても届かなくて。大声を出そうとしても、言葉が出てこなくて。
ふと、父さんの顔が見えた。
ウチは今度こそと、走り出そうとして。
―――そこで目が覚めた。
「……いやな夢」
呟き、右目で周囲を見る。そこには変わらない、ボロい校舎の角の部屋が映っていた。脱ぎ散らかした服はそのままに、薄いシーツがベッドの下に落ちていた。
立ち上がり、共用の洗面所まで移動して顔を洗う。水だけは綺麗な場所だ。汚染が酷かったレギナ傭兵同盟では、こうはいかないだろう。一通り洗い、タオルで顔を拭く。そして目の前の古ぼけた鏡を見ると、そこに情けない負け犬の顔が映っていた。
背中まである茶色い髪はボサボサだ。手入れもしていないから、当たり前だが。髪で隠した左目に、そっと手で触れながら下唇を噛む。
(本当に……なんだろう。ウチは一体、こんな場所で何をやっているのか)
父さんの国だったレギナ傭兵同盟からも追い出されて。受け入れてくれた王国でも第2軍という精鋭部隊から追い出されてしまった。
挙句の果てが、落ちこぼれだけが集められている訓練学校で再訓練だ。昔の仲間に聞かれれば大爆笑された後に、真顔で怒られるだろう。「仮にも俺たちの部隊で戦っていたセレクターか」と。
……また嫌なことを思い出した。そうしていると、誰かが近づいてくる気配を感じた。振り返ると、その男は驚いた表情でこちらを見て、悲鳴のような声を。
「れ、レッドクレイブさん!?」
顔を真っ赤にして、男は言う。視線の先を見ると、自分の胸があった。いや、確かにTシャツだけで下着は付けていないけど。君もウチと同じ18才ぐらいだろうに、そんな年になって何を狼狽えているのか。
「ご、ごめん!」
「あ、ちょっと」
呼び止めるも聞かないまま、走り去っていった。
(ん、何か落ちてる、これは……女王の写真?)
ぎこちない笑顔だが、間違いない。どうしてこんなものを、と思ったが取り敢えず拾って部屋に戻る。
照明を付けず、古い椅子に腰を降ろす。明かりと言えば窓の外からの光だけ。雲ひとつ無い快晴の外から、威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
いや、違う。これは……悲鳴?
一体何が、と窓からグラウンドを覗くと、そこには必死な形相の訓練兵が居た。
相変わらず緩慢な動きだけど、先日に諦めたそれとは打って変わっている。だらけた雰囲気は微塵もなく、誰もが汗水を垂らすことを厭わずに取り組んでいるのだ。
レギナの頃は『生き残りたいから』とセレクター達は切磋琢磨していたけど、それと同量の熱意を感じた。その中核にいるのは、見たことがない若い男。
教官ではない、目立たない容姿と立ち居振る舞いだけど、どうしてか目を離せない。
(それにしても……よく見てる)
へばりそうになった者には声をかけ、立ち上がらせる。何を言っているのかは分からないけど、即座に反応をしている所を見るにそれだけ相手の事を理解しているからだろう。
父さんの―――ガオゼン・レッドクレイヴという男の信条でもあった。育てたいのならば怒ることを厭うてはいけない。ただ、相手を理解をしたその上で臓腑を抉る言葉を選べ、と。
(でも、そんな……一朝一夕で変わることなんか)
厳しい訓練ほど続けるのは難しい。落ちこぼれのセレクターなら、2日も経たずに諦めるだろう。そう思いながら部屋に引きこもった。
どうせ、誰も呼びに来ない。初日に同班の全員を叩きのめしたからだろう。それならそれで構わない、どうせ頑張った所で意味なんてないんだから。
そう思って寝ている時だった。気がつけば夕方で、グラウンド向こうの山に日が落ちようとしている時に、部屋の扉がノックされた。
何事かと警戒しながら出ると、朝に逃げていった男が居た。
「あの……ごめん、レッドクレイブさん。心当たりは全部探したんだけど」
言いにくそうに、気まずげに。ふと思い出して、女王の写真を渡す。すると男は、顔を輝かせながら写真を受け取り、深く頭を下げてきた。
「ありがとう! 拾ってくれたんだね、本当にありがとう!」
「う、うん。……参考までに聞きたいんだけど、その写真について」
どう考えても市販されているものではない。というか普通はあり得ない。問いただすと、『配給してもらった』という訳の分からない答えが返ってきた。
なんでも、あの教官らしき男が初日に配布したという。厳しい訓練を課す代わりか、と思ったがどうにも違うようだった。強制はされないのだという。ただ、強くなれる方法を提供するだけで後は自分達の頑張り次第だと。
(……あくまで自意識を高めるため? 遠回りな方法だけど)
戦えないのなら、戦わない方がいい。向いていないという事なのだから。後方でも戦争の役に立てることは山程あるのに。そう思ったウチはそれきり興味を失い、また引きこもりの日々に戻った。
簡単な筋トレは欠かしていない。衰えているかと言われれば、そうではないと否定できるぐらいには。ただ―――煩いのだ。
今日も今日とて、外では大声で訓練をしている誰かの声が響いている。炎天下の中で、グラウンドの土に汗のシミを作っては踏み潰しながら繰り返し、繰り返し。
予想していた以上に、訓練は続いているようだった。見る限り人数が減少することはなく、声の威勢が落ちることもない。
ボけていた思考が、そこでようやく冴えてきた―――異常だ。明らかに、普通じゃないことが起きてる。
興味が湧いたからには、確かめなくては気がすまない。注視して観察し始めると、いくつも違和感を覚えることがあった。
まず最初に、上達している割には動きが鈍すぎること。訓練兵が毎日真面目に取り組んでいることは察することが出来ている。誤魔化して怠けるような声ではないし、演技とは思えなかった。
そして、全員が全員、あまりにも傷を痛がり過ぎていた。こちらも大げさではなく、本当に痛がっている。50人は居るだろうか、その全員が演技派や痛覚に鋭い、あるいは軟弱な者ばかりというのは普通に考えてあり得ない。
まだるっこしい事が嫌いなウチは、その日の内に直接確かめにいった。仕掛け人は間違いなくこの教官のような訓練兵だ。黒髪に目付きの悪い、熟練のセレクターとも思えないコイツが何をしているのか気になったウチは、休憩時間に木陰で休んでいる所を話しかけた。
「……ねえ。聞きたいことがあるんだけど」
「俺には無い。サボリ魔が何を囀ろうが、な」
それきりその男は去っていった。取り付く島もないとはこのことだ。腹が立ったウチは追いかけるも、訓練再開ということで集められた50人から視線を浴びていたことに気が付き、逃げ出した。
……くそ、相変わらずウチは弱い。こんな人数の視線さえも受け止められない。
物陰から様子を伺い、話しかけられる機会を探る。ついでにと、訓練の内容について観察した。
基礎体力を付けるための長距離走から、生身で得物を手に戦う訓練。ウォリアの魔導砲を模した銃を構え、狙いを定める訓練。やっている事は至極単純というか、単純過ぎるものだった。
だが、誰しもが真面目に取り組んでいる。このような内容の訓練は、すぐに飽きるというのに。
「よっしゃ命中率80%!」
「くっそ、78%だとぉ!? あと2%ぐらい……だめ? ちくしょおおおおぉぉぉ!」
野太い声で、本気で悔しがっている。訓練に身が入っている証拠だ。でも、確率や得点を付けて競い合わせるなどの工夫はそう珍しくはないものなのに。
そう思って観察していると、何やら勝者と敗者の間だったり、教官役の男だったり、封筒に入れられている物があれこれ取引されていた。
一体何なのかは分からないけど、あれが種なんだろう。そう思っている時だった。
「あ、サーリちゃん!」
「……何かよう?」
同じ班の男を睨み返した。名前で呼ぶなと言っているのに、覚えていないのだろうか。うっ、と言葉に詰まったそいつはちょっと腰が引けつつもこちらに尋ねてきた。
「な、なあ。これは友達の話なんだけど」
男は挙動不審な様子なまま、ちらりと横目でこちらを見てきた。
「一般論なんだけど……頑張る男って、魅力的に見えたりする? あ、あくまで友達の話で客観的な意見なんだけど」
ちらちらを様子を伺いながら聞いてくる。面倒くさいウチだが、訓練をサボっている自覚があるため素直に答えてやった。
「そ、そう! あ、なら今度の休みに俺と―――」
「それはイヤ」
ハッキリと告げると、男はトボトボした様子で歩き去っていった。あ、封筒を開帳した。あれは……遠目に見えるけど、金髪の女の誰か?
ヤバ目の笑い声を零したかと思うと、訓練に戻っていった。同班の見覚えがある誰かに慰められるように肩を叩かれていたけど、めちゃくちゃ痛がっていた。
どういう理由があるのだろうか。それから数日観察した結果、分からないから直接尋ねた。黒髪の男は呆れた様子で、首を掻っ切る仕草を返してきた。
「サボり魔のクソ
「……分かった」
見下すような視線。こいつも、あいつらと同じ類か。実力では及ばないからと、裏工作をしてウチを追い出した。
「なんの話だ? よく分からねえよ、ハッキリ言え」
「裏工作だけは二流の貴族どもだ。クローレンスだか何だか知らないが……結局はペラを回すだけしかできない奴らと一緒だな」
「へえ」
沈み込むような、低い声。ふん、それなりに迫力は―――よ、予想以上のものだけど耐えられない程ではない。
「お前も一緒だな。故郷にもよく居たよ、怠けるばっかりで自己主張が激しい奴。親の顔が見てみたいもんだぜ」
「―――もう1度言ってみなさい」
自分でも思った以上に、声が冷えていた。頭に血が昇っている、それが自覚できる程の怒りと共に腰を落とす。戦闘態勢だ。聞き返すも二度は言わせない、このままねじ伏せて―――
「チョロい」
声が聞こえたかと思うと、背中から地面に叩きつけられていた。呼吸が出来ず、咳き込む。咄嗟に受け身は取ったけど、いま一体何が……!?
「あー、予定変更。見学訓練だ。“あれ”は解いていいけど、見逃すなよ」
「「了解!!」」
「こ、んの……バカにするなぁあああっっ!」
殴り掛かる。今度は油断はなく、地を這うように下から。拳をフェイントに、しゃがみこんで片手を地面に着いて軸に、足元を根こそぎ刈り取るような蹴りを放つ。
男は飛び上がって回避をするが、間抜けめ。ウチは地面の手を押し、強引に身体を起こしながら、遠間からの飛び後ろ回し蹴りを放った、が。
(手応えが――なっ!?)
空振りしたかと思うと、逆に着地の足を払われた。思わず両手を地面に、後転をして態勢を、と思った所に男の顔のアップが見えた。
ノロマ、という形に唇が動く。そして、次の瞬間には拳が顎先に据えられて。コツン、と触れるような一撃。それだけでウチは、お尻から地面に転倒させられていた。
――立てない。呆然と、見上げることしかできなくて。
だけどその男は大した興味もなく、軽く片腕を上げた。
途端、周囲から歓声が上がった。
「すげえ! あのレッドクレイブをあんなに一方的に……!」
「うっそだろ、見えなかったぜ俺ぁ!」
「ぱ、パンツ見えたよ、以外と純情の白色のげぶぁ!!」
最後のは置いておいて、男共は興奮していた。傭兵同盟に居た時と同じだ。偉業や度胸を見せた先達を心の底から尊敬するような。それでいて俺たちも負けないぜ、という意志を感じさせる声だった、けど。
「うるせえガァッッ!」
「ひいっ?!」
興奮した雰囲気をぶち壊す声と、怯える男達。え、何で、何が。確かにちょっと怖かったけどどうして。
「――サボリ魔の雑魚1人が負けたぐらいで喜んでんじゃねえよ」
凛とした声。そして、男は続けた。
「お前らが目指してるのはそんな所か? その程度で満足していいのか? エリート共よりも10倍は苦しんでるのに、“俺ちょっと強いぜ”で満足していいのか?」
優しく、問いかけるような。一転、目を見開いて大声で告げた。
違う、と。
「目指すべきはただ1つ! ――あの麗しい金髪巨乳のために!」
「……おお」
「今だけは許す! 封筒を開けろ、写真を見ろ! 女王陛下は我々のために微笑んでくれている筈だ!」
告げられたままに、男達は封筒を開けて写真を。そして、息を呑む音が聞こえた。
「え、笑顔に……ぎこちない表情から、自然な笑顔に……!?」
「お、俺もだ! 心なしか胸もでかく見える!」
「で、でも俺はルーシェイナ様のような貧乳でもちょっとエロいボディラインの方が」
最後の1人は無言で粛清されたが、全員が興奮状態にあった。ちょっと気持ち悪いぐらいに、煩いぐらいに士気が高まっている。
だが、男が片手を上げると一斉に静まり返った。
「――分かっただろう。そして、俺が保証する。今見た通りに」
男が、全員を見回す。そして、呟くような声で告げた。
「……この訓練が苦しいことは分かっている。俺が考案した方法だ。どれほど辛いのか、厳しいのか、逃げ出したくなるのかは一番よく分かっている。正直、初日で全員に逃げ出されると思ってた。でも、お前たちは残った」
誇るように、嬉しそうに。一転して、強い口調で男は続けた。
「だから確信する。……この訓練の成果は、今証明してみせた通りだ―――お前たちは強くなれる。他の訓練校のエリート達よりもずっと、もっと、強く、死なないセレクターに成れるんだ」
荒らげず、張らず。自然な声で、確信しているという顔と共に宣言は成された。
「さあ―――迷う必要はない! 女王陛下も照覧あれ! 俺たちだけにしか出来ない栄光を掴むために!」
指を空に、太陽に。差し向けながら、男は問いかけた。
「さあ、コイツを見ろ! 綺麗な茶髪だ、半分隠れ目だ、綺麗と可愛いの中間ぐらい、今はなびかないだろうが強くなれば口説ける!」
「口説ける!」
「胸も大きい!」
「でっぱい!」
「自分次第でいくらでもやれる訳だ――燃えてこないのは嘘だろうよ、なあ!」
「「モテたい!」」
「なら、とことんまでやってやろうじゃねえか―――返事が聞こえねえぞぉ?!」
「――応」
「小さい! そんなタマついてねえ声でやれると思ってんのかァ!」
「「応!!」」
「もっとだ!」
「「「応!!!」」」
「もっとォ!」
「「「応ォッ!!!」」」
「よし。訓練再開ぃ! 気ぃ入れろよ同士ィッ!」
親指を空に向けながら、男が叫ぶ。応じるように、セレクター達は指を空に向けながら応えた。野太い、意志を感じる声のままに。
「グライン、後は頼んだ! ……それじゃあ、レッドクレイブよ、ちょっとあっちでお話しよっか」
周囲に聞こえないような小声で呼び出される。困惑したまま校舎の中まで連れられたウチは、保健室まで案内された。未だに状況把握が出来ていないウチだが、何を思われているかぐらいは分かる。してやられた事にも気づき、渋面を自覚しながら愚痴るように言葉を零した。
「……体の良い踏み台だったんだね。分かりやすい成果を見せつけるための」
「そうともいう。ま、一番効果的な立ち位置にあったお前が悪い」
悪気はありませんという様子で、男がおかしそうに笑った。正直、否定はできない。先程の光景を見れば分かる。自覚はなかったけど、嫌われていた……それか、恐れられていたんだ、ウチは。せいぜいが初日にボス格っぽい訓練兵がしつこいから、ちょっと叩きのめしただけなのに。
「でも、これからどうするつもり? 確かに、成長はしていると思うけど」
間近で見て分かった。全員が全員、短期間とは思えないほどに上達している。肉体面もそうだが、精神面でもだ。呼びかけ1つで統制された動きを、それも無駄なく出来るなんてついさっきまでは想像も出来なかった練度だった。
それでも、魔力量の不足は拭えない。これも見ていれば分かることだ。頑張ってはいるけど、才能が有るとは言えない。そして、戦場は結果だけで語られるものだ。
中途半端な状態で出すよりも、未熟で逃げ回る方が生還率が高かったかもしれないのに。言外に示すと、そうかもな、と答えられた。
「だけど、どうしようもない時なんていくらでもある。祖国が脅かされていることも、それを認められないってことも」
「だったら、なんで」
「1つずつ、覆していく。そうする他に手が無いのはあいつらも分かってる。逃げたくないんだろ、きっと」
「……国を愛しているから?」
“潰されたくない思い出があれば、人は戦うことが出来る。傍目には無謀に見える戦いでも、そんなことは関係なく戦士に転じられるのが人間だ”。父さんからよくよく聞かされたことだった。それを真っ向から潰すのは骨が折れる、という話だったか。
「だけど、連邦は強いよ――お前たちが考えるよりも、確実に」
「知ってるよ。だけど、勝てるかどうかが分からない勝負こそを戦いと呼ぶんだろう―――これはガオゼン・レッドクレイヴの言葉だったかな?」
「……!」
言葉だけではなく、息も止まった。確かに、父さんの言葉その通りだ。だけど、どうして王国のセレクターが偉大な十星の1人だった父さんの言葉を知っているのか。
ファン、ではない。そのような浮ついた感情は見えない。
誰かの人伝ではない。どうせ殺すのならと、敵対する相手に余計な問答を父さんはしなかった。唯一例外があるとすれば、私の知らない戦い中で――革命軍との最後の戦闘で交わされたものしか。
「……どうしても、アルヴァリン・ヴィルヴェルゲイルを殺したいか?」
「っ!」
詰め寄り、胸元を引き絞る。どうして、誰にも言っていなかったのに。
……認められないことは分かってる。八つ当たりだってことも。でも、問いかけられればこう答える以外の自分は存在しない。
「――殺す。死んでいれば、墓地の骨を掘り起こしてでもすり潰す」
あの化物が死んだなんて、信じてないの。私から父さんを奪った、あの男だけは。握りしめる掌の中から、爪で破れた皮膚と血が地面に滴り落ちていく。痛みはあるが、関係なんてあるか。もう決めた事とはいえ、力を抜くなんてことが私に出来るはずがない。
「……分かった。なら、最低でも訓練には出ろ。あいつらの成長が分からないほど鈍った訳でもないだろ」
「うん。――了解、キャプテン」
「は?」
「それっぽい呼び名。先導者でもいいけど」
鮮やかだった手並みも含めて。私は移動する前にすれ違い様にスった写真を取り出し、微弱な魔力を流す。すると、写真の表情が変わった。これは、角度で表情が変わるもののアレンジだろうか。
「こめられた密度によって表情が微妙に変わる―――悪魔的発想だね」
サボれば、女王の写真の笑みは陰る訳だ。その上で先程の反応。これならサボる奴なんて出ない、真面目で堅実に成長してくれるセレクターの出来上がりだ。
驚異的なのは、そうさせたこの男の話術だろう。そして、恐らくだが痛みを伴う訓練であろうとも成長を感じさせる特殊な訓練方法も。
「教えて、もらえるんだよね?」
「望むならば、いくらでも。不意打ちの弓矢でも届かなかったようだからな」
「嫌味ったらしい。……反論できない自分が心底嫌だよ、ホント」
「言い訳ぐらいは出来るようになって欲しいんだけどなぁ。まあ、目標が遠すぎるのは分かる話だが」
死力を尽くしてなお届かない、そんな至高の域にソフィア・ブルガリは存在する。彼女が駆る、“蒼烈のナーシエフ”も。ウチはアルヴァリンを殺す一番の障害を越えなければならないのに。
(相手は至高の天才―――だから、それがなんだっていうんだ)
父さんを想うこの気持ちを、どうしようもない怒りを静められる理由になるのか。鼻で笑って否定する。そんな負け犬こそ、死んだ方がいいのだから。
「――長く、厳しい道だぞ」
「分かってる」
本当は、分かってるだけの、つもりかもしれない。けど、ウチにはまだまだ成長の余地は残されているし、やれることは山程ある。
隠れた左目を見せながら答えると、男は驚いていた。まさか、といった様子だけど、こんな“目”は大したものではない。地力が無ければ意味のないモノだから。
「改めて名乗る―――サーリ・レッドクレイブ。短い間になるだろうけど、よろしくお願い」
「こちらこそ。レオン・トライアッドだ、サボリ魔のお嬢さん」
気負った様子もなく。あくまで未熟者だと告げてくる様子の男の手を思いっきり握り返す。今の私は所詮はこの程度、ちょっと強い相手にねじ伏せられる弱者だ――それでも、私は強く心に誓った。
いつかきっと、困難と障害の全て越えた上で、銀の鋼の鬼と呼ばれた父の仇を殺すことを。
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