第四話 叔父
以降、青年と向井はたわいもない話で時間を浪費した。互いの違いをこれ以上強調したくはなかった。
向井は青年への無理解を、青年は向井への恐れに似た遠慮を胸に抱えたまま、朝を迎えた。
二人の明確に空いた溝をただ情だけが塞ごうとしていた。
青年はその間何度か、向井と叔父との重なりを感じた。
その都度彼は、彼の中のあらぬ邪推を否定した。もし一度でもそれを認めたら二度と向井に好意を示せない気がした。
そしてそれは、彼にとってより深い生の暗闇に陥れるに違いなかった。
———認めては、いけない。向井をあの卑怯な男と同一視しては、向井に対して無礼だ。何より共通項がない。彼は優しい人だ、人の傷をわかる人間だ。奴とは違う———
しかし、いくら自らを諌めようと叔父の残像は彼の瞳にこびりついた感覚として残っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
青年の半生は常に暗がりだった。
あからさまな惨状も栄光もなく、あるのはただ凪の波のような惨めさのみである。
時折垣間見える人の卑しさや蔑みから青年はその心の痛みを積もらせていた。
青年がまだ十の歳もいってない頃、彼は既に無用者だった。
友人はおらず、仰ぐ師もいない。幼いながらも歪んだその顔は、あらゆる他者を無条件の蔑意に導いていた。
青年の親は何度か彼の醜い顔をどうにかしようとあらゆる手を打ったが、彼の顔は一向に美しさを帯びず、ますますその呪いは強烈なものとなった。
そうして、ついに人という人は幾分も彼に触れず話さず、親でさえも罪の意識か同情か、遠慮がちに彼に接するようになった。
青年は黒んで淀んだ空気のような存在だった。
しかし、そんななか、彼の叔父の若林だけは周囲と異なった。
若林は、唯一彼に対する存在の尊重を示した。快活に話しかけ、肌に触れ、醜い少年に他者との交流の豊かさを教えた。
さらに、若林は、何かにつけて彼を褒めた。学績、特技、言動、その全てを是認するかの如く、大袈裟に誉め称えた。
彼にとって若林は、唯一の理解者としてだけではなく、今後も続くであろうその長い苦難の一筋の希望のように思えた。
若林の朗らかに笑いかける仕草は、
ある日、彼は若林の家に遊びに訪れた。
それは彼に手を焼いた両親が画策したことであり、現行だとしがない生を送るしかない我が子に少しばかりの楽しみを習慣づけようとのことだった。
勿論、彼は他人の家にお邪魔することは初めての経験であり、あれをしよう、これをしようと数日前から思案していた。
初めて息子の興奮した姿を見た母は、内心踊るように歓喜しながら、「そんなに沢山お願いしたら、叔父さんも困りますよ。やりたりないことは次の機会にでもすればいいのですから」と聖母のように微笑んで嗜めた。
今思えば、この時が青年にとって最も幸福な時間だった。彼を取り巻く世界の暗がりを、暗がりと認識させてくれる程の光が彼にはあった。
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