自殺志願者青年B
五味千里
第一章 決意と逃避と希望と
決意と劣意
プロローグ 決意
死のう、そう思った。無機質に刻々と進む秒針と、それを覆う煙草の青白い煙をぼんやり眺めてようやく決心した。私は死ぬのだ。このつまらない社会と自分にサヨナラを告げるのだ。
今まで私を小馬鹿にして嘲笑ってた奴等に唾を吐き捨てようとここまで生きてきたが、時間の無駄だ、徒労だ。どうせ死ぬのに無駄も徒労もないが。
今まで散々蔑みと嫌悪の風に当てられてきた。奴等はわかるまい、その毒々しさと哀しみは、私の心を常に蝕んできた。
証拠も根拠もない。全て被害妄想というなら笑うがいい。だが、強いて言えば、この感覚こそが根拠であり証拠だ。貴方達の薄汚い感情はとっくの昔に見抜いている……。
愉快なことを考えよう。死んだら何をしようか。楽園でも、輪廻でも、魂が消えたって構わない。私は私ではなくなる。現実も現実ではなくなる。それはきっと今より愉快だろう。
死神がいても地獄があっても、きっと今よりは極楽だ。この世界より地獄的な世界はおよそ想像できない。ここではないどこかへ、私は行きたい。
哀しみも苦しみも無ければ、私は空になる。だが、それでいい。それがいい。このまま鈍間な絶望に首を絞められるくらいなら、いっそ私の魂を無にして、この身体を自然に返したい。
眺めていた秒針は何千回目かの行進を続ける。死ぬことを考えることがこんなにも愉快だとは思わなかった。死ぬことを禁忌として、必死に生きているのが馬鹿馬鹿しい。「死ねる」と思えば、存外何事も喜劇的に成り果てる。生きることは正しいかもしれないが、正しすぎてもいけないようだ。今日を生きる為に明日死ぬことを想うのも、案外悪くないかもしれない。
とは言っても、私の死への決意は虚妄ではない。私は死ぬのだ。確固たる事実ではあるが、純然たる約束でもある。私は私の手で、私の死にたい時に死ぬ。それが私という物語の、私以外成し遂げられない至高の
足早に過ぎた季節の名残の風が部屋の窓から漏れていた。冬を纏い始めた秋風が、私の身体をそっと撫でる。自然と笑みが溢れ、口角は上がっていた。無造作に床に捨てられた毛布に包まりながら、ゆっくりと目を閉じる。こんなに幸せな眠りは初めてかもしれない。
22才の夜、惨めさと悲哀に満ちたこの世界で、漸く私は目が覚めた。
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