第十四話 死

 曇天行き渡る寒空の下、その日はやってきた。

 二人は郊外のマンションで、両膝を突き合わせ座している。

 ここは伊達の住処であり、その広さは青年のものより何倍かある。流石名家の出身といったところか、空間の細部にアンティークが配置され、厳格な雰囲気を醸し出している。

 そこに浮き上がったシミのような青年が、口を開いた。


「なあ、ここでつなぎ姿は、やはりおかしくないか?」


「なんでも良いって言ったじゃないか」


「にしても、これはなあ」


「ちゃんと理由があるんだ。大人しく着とけよ」


 空間の持つ厳格さとは裏腹に、二人の会話は軽快だった。それは、集団自殺という念願の達成の悦びであり、彼らの間で育まれた友情の表れでもあった。


 彼らは酒を酌み交わしながらその日を揚々と過ごした。少ない酒と多くの会話が彼らの死を迎え入れる。

 青年はその折々に死の恐怖を感じたが、伊達の期待に煌めく瞳を見るたびに、友情の高揚と切なさが青年の意志を再び固めた。

 二十二時を回った頃、酔いと切なさに当てられた青年は、ふと呟いた。


「……結局、同志は現れなかったな」


 「まあな」と伊達は返す。その表情は笑みを崩していない。青年は続けた。


「なあ、僕らは本当に死ぬのか。このでかい部屋に二人ぼっちで……正直、今、僕はこの暗い人生で一番楽しい時なんだ。それはようやく死ねるからとかとかじゃなくて……」


 青年が言わんとしたことは彼らの結束を揺るがすものだった。

 彼自身、そのことは十分承知していたが、それ以上に伊達一郎という男が二十歳そこらで死ぬのが途方もなく惜しく感じていた。

 伊達は言う。


「言いたいことは、わかる。俺も今というこの時が一番悦びに溢れている。しかし、ここで死ななければ俺は今後、腐った日常に引き戻される。お前との関係もいずれ風化する———俺は、それが怖い」


 伊達は一度顔を空に向かせた。その目には微かに涙の光が見える。


「……感謝している。この悦びも、恐怖もお前のお陰だ……俺は俺を理解する人の存在が、友情が、こんなに有難いものだとは知らなかった。だけれども、いや、だからこそ、俺は今、死のうと思う」


 伊達はそう言い切るや否や、胸ポケットに忍ばせた薬を一錠、口に含み酒で流す。

 そして、脱力の向くまま身体は横に倒れ、口から泡を吐いた。

 青年は呆然とそれを眺めた。身体は指一本と動かず、泡が止むのを静かに見守る。


 青年は哀しみに暮れ、気づけば薬を酒と共に身体に流し込んでいた。

 意識が遠くなり、身体の震えを微かに感じる。この死が望んだものかは分からなかったが、こう死ぬのがあたかも自然の摂理のように思えた。



 二月の二十八日、二人の青年が冷たい床に伏した。


第一章 完

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