第十三話 友情
それから二人は遺書を読み合う関係となった。
互いにその半生を赤裸々にしたため、それぞれ所感を言い合う。各々の遺書には、彼らの思想、劣等、個人への非難までも記載されており、その量は合わせて原稿用紙五百枚程にもなった。
そして青年は、伊達の遺書を幾度と読むうちに自身と伊達の本質的な重なりを見出した。
それは、他者からの無理解であり、孤独だった。
伊達という男は卑下こそされなかったものの、他者において利以外の存在として扱われなかったようである。青年は、伊達という男の背景に寂しく凍えた雪景を垣間見た。
伊達との邂逅から一ヶ月経った頃、二人は青年の部屋で話し合った。週に一度の遺書交換の日である。
伊達は部屋に入るなり足早に畳に胡座をかいて、神妙な顔持ちを露わにした。
そうして青年が口を開く前に「同志が増えない」とぽつり呟く。同志とは遺書を書き集団自殺を共にする二人の暗語だった。
伊達と会ってからの一ヶ月、同志は一向に増えず、集団自殺は男二匹の何ともしがない計画に成り果てていた。
伊達は「軟弱者、意志の薄弱」などとぶつくさ吐き捨て、その後青年に煙草をせがんだ。青年に負けず劣らず伊達も何らかの変化があったようで、煙草の習慣はその一種だった。
青年は胸のセブンスターのうちの一本を伊達に差し出す。伊達はそれに火を灯し、一服する。しかし肺には入れないようで、ふかし特有のプスゥという間抜けな音だけが漏れた。
「二人でもいいんじゃないか」
青年が返す。それは彼の真意だった。
青年にとって最早、集団自殺の頭数はさしたる問題ではない。
それよりも、彼を理解する人間と共に死ぬことが余程重要に思えた。同志ばかり増やして中身のない奴と死んだって仕方がない、それならば伊達と二人で死にたい、そうとまで考えていた。
しかし伊達は、未だに同志の増加を目論んでいたようだった。伊達の目的は、あくまでも衝撃的で情熱的な、曰く「純粋な死」であるだろう。
だが、青年は諭す。
「同志が多ければ、衝撃的であるには違いない。しかし、情熱的であるかは、どうかな」
「……どういうことだ」
伊達は顔つきを変えた。ふかしたセブンスターを灰皿にくしゃりと潰し、青年を睨む。
「勿論、僕らと同じように死を望む者がいればいいさ。でも、今のところ、そうではない。そうして手段である頭数だけに没頭して、目的が反故になるのを危惧してるんだ。手段が目的になり、情熱が飾りになる。それは君の本意ではないだろう」
青年はつらつらと述べ、伊達に決断を委ねる。
しかしこれは青年にも返る言葉であった。
青年に最早死ぬ気概はない。伊達という彼の理解者が現れたためである。
彼の目的は達成されたはずだった。にも関わらず集団自殺に乗る理由は一重に伊達への敬意であり、友情だった。
青年には、二人の間に愛よりも深い友情があると信じていた。けれども、その友情は死によって繋がれたものであり、それが淡くなれば再び他の奴らと同じような浅くて醜い関係に凝華する。
彼は友情の対価としての死を望んでいた。
伊達は沈黙する。渋い顔で灰皿を睨んだ。そこからは先に消した煙草の青白い煙が浮遊している。
「……わかった。二月いっぱいだ。その日に俺らは死ぬ。それまで同志がいようがいまいが変わらず、二月二十八日に決行する」
伊達は号令を掛ける陸軍大将の如く、その意を発した。青年は頷く。
しかしその心の何処かにやはり哀しみと切なさがやけに色濃く残った。
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