友情と決行
第十二話 遺書
伊達曰く、例の計画には、それぞれの遺書と同一の服装が必要らしかった。
遺書では自殺に至る経緯や主張を各々自由に書いてもらう一方で、没個性の象徴としての服装の統一が世間へ違和感と強い衝撃を与えるという。
何とも演出的な集団自殺だが、青年にとって最も憂慮していたのは遺書の方だった。
「遺書は必ず必要なのか?」
伊達の説明を一通り聞いて青年は尋ねた。
「当たり前さ。遺書がなければどうやって意思と情熱を後世に伝えるんだ」
伊達の返答に青年の表情は曇る。
青年にはどうも自分が行おうとする死の理由が遺書に記せるほど達者なものに思えない。
「———恥ずかしい話だけど、僕には遺書は書けない」
「なぜ?」
「僕は死のうと思っている。それは事実だ。だけどもその理由が、生からの逃避しか見出せない。生きることは辛く、苦しい。だから逃げるんだ、死んで」
伊達は首を傾げた。
「はあ。それで何で遺書を書けないんだ」
「……いや、逃げるための死なんて、何とも陳腐でありふれていて、理解されないか、鼻で笑われるだけだ。事実、他の奴らに話した時もそうだった。僕のこの想いは、そうして処理される。理解されず笑われるのをわかってあれこれ死に解説はできない」
青年の見せたあまりに憂鬱な顔に、伊達は瞬時面食らったが、その後誇らしげに微笑みかけた。
「……違うよ。俺らの死は、きっと誰かの心に届き、深い共感と理解を得るさ。国を越え、時代を超え、誰かに訴えかける死、そのための集団自殺だ。多くの奴らは気味悪がるか、馬鹿にするだろうが、そんなこと関係ない。誰か一人の心に刻まれる死であれば、それでいいじゃないか」
しかし青年は未だその憂鬱を崩さなかった。
「……本当に理解されるのか。自分で言うのも何だが、僕は稀有な存在だ。人は蔑み、僕を理解しない。それが常だった。それでも———」
青年にとって藁にも縋る問いである。
彼にとっての一番の苦しみは、劣等感でも悲運でもなく、その孤独だったらしい。彼の苦しみを理解する者がいなかったことが、彼の苦しみだった。
そして、伊達はその印象から想像できないような優しい笑みで答えた。
「確証できないなら、俺が君を理解するよ。君の遺書を何度も読んで、理解して、一緒に死のう。独りで生きていたんだから、独りで死なないといけない道理はないよ。なに、一人や二人、本気で知ろうとしたって罰は当たらないさ」
傍目からすればこの伊達の言葉は偽りかもしれない。伊達の半生を鑑みれば、青年を集団自殺へと導くための出まかせであるかもしれない。
しかし、青年はこの言葉が地獄に降りた蜘蛛の糸のように有り難く、希望に溢れたものだった。
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