二十七話 鉤

 トラックが豪邸に寄せて三人が降りると、青年は思わず感嘆を漏らした。青年は慌てて我に帰り二人を見廻すと彼らも同じような表情をしていた。口を掌がちょうど滑り込む具合に開け、目はキョロキョロと仔細を追っている。

 青年達が唖然とすると、濃いブラウン色の両開きの扉がぐぐっと解放され、それと同時に三人の女があらわれた。三人は使用人だろう制服を身につけ、真ん中の特に身嗜みの立派な女は青年達に近づき、残り二人は扉の固定をした。

 近づいた女はやはり商人のようで、名を椎名といった。椎名はやたら無愛想に荷を積んで欲しい部屋へ案内した。この豪邸全てが対象でないことを青年は密かに安堵したが、当の部屋の広さにその安堵は消え去った。

 部屋は青年の住むアパートの、その全ての部屋を合算したかのような広さがあった。そこをアンティーク家具が四つのスペースを分けるように配置されている。これら全部の家具をトラックに積めるには中々の骨を折る作業らしかった。

 しかし青年にとってより不安だったのはこれら家具の品の良さだった。ひとつ家具をとっても万を下回るような金額のものは無いように思えた。それどころか、万額から一つ二つ桁を増やしたような品ばかりである。

 青年は不手際で家具を傷つける己を想像してぞっとした。しかし他の二人はよりぞっとしているらしかった。特に本件の責任者たるドライバーの男はもう既に手が微かに震えているらしかった。

 作業は粛々と行われた。いつもなら怒号が飛び交うのもしばしばなのだが、この屋敷の雰囲気かそれとも緊張故か、彼らは殆ど無言で役に勤めた。ドライバーの男が家具の梱包をし、大柄な男はトラックにそれを積み、一番位の低い青年はその行き来の家具運送をした。

 普段は積み役か梱包役どちらかが手が空けば運送を手伝うはずだが、その日に限ってそれはなかった。成る程、家具を傷つけるにしてもバイトの仕業となれば各所の面目が立つのだろうと青年は妙に納得した。

 そういう訳で、青年は殆どの家具に触れることになった。それらは自身の生活から程遠い物体だと解しながらも、青年には妙な既視感がまとわりついた。こういう鼻につく気品さというものを以前触れた気がしたのだ。

 全ての荷を運び終えて、青年はトラックの内で先の既視感の所在を探った。早朝山並みに浮かんでいた雲はとっくに頭上を覆っていて、青年はそれにも既視感があった。全くの曇天、そしてアンティーク。たったそれだけのかけ離れた二つが、青年の感覚にかぎを刺していた。

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