二十六話 アルバイト

 毎週日曜の早朝、青年はアルバイトに出かける。それは引っ越しのアルバイトで、二ヶ月前に従事した。朝の六時に男三人が一つのトラックに乗りこみ、約一時間から二時間の積み上げをし、そのままのトラックで引っ越し先の部屋に積み下ろしをする。それがおよそ三セットで一日の労働が構成されており、終わる頃には夕暮れを過ぎている。

 早朝には曇りひとつない健康体も、アルバイトが終わるとくたくたになり、泥の身体のように重くなる。しかしそのぶん給料は多く、日給が一万を超える日もざらだった。青年は特段金に困っていた訳ではないが、身体と精神に程よい緊張を与えるこの習慣がそれなりに気に入っていた。

 或る日、青年はいつものように事務所で制服に着替え、担当の正社員に従い、点呼をし、トラックの中央座席に乗りこんだ。まだ陽射しのない朝靄がその日の疲労を予見させるようだった。


「今日は、いくつあるんです?」


 青年は話題がてらに朗らかに尋ねた。アルバイトを始めてからというものの、青年はこういう人懐っこく、それでいて媚び過ぎない声色というものを身につけていた。


「今日は一件だ」右席の、このなかで最も上司の男が答えた。


「一件? やたら少ないですね」


「その一件が大きいんだよ。豪邸ってやつで、本来なら何班か共同でやるもんだが、どういうわけか出来るだけ少ない人数で行くようにという注文なんだと」


 左席の大柄な男が大仰に述べて、青年はふぅん、とさも不思議がるように頷いた。しかし彼の心はあくまで無関心で、意識の空を舞っていた。

 

 朝靄が晴れて、代わりにでかい図体の雲が山並からのっそり渡ってくるのが望める頃、青年の一行は例の豪邸に着いた。

 豪邸は豪邸と表されるだけあって、相当の敷地面積を誇っていた。高級住宅街の気品ある石タイルの道々を通り抜け、丘がひとつ見えたと思えば、そこに王宮のような洋風造りが陣取っていた。丘はおよそひとつの町ほどの広さはあろう。しかしその丘の殆どが豪邸の領土らしかった。

 丘の輪郭に沿ったとんがり調子の黒柵は、さながら富を称える王冠のようである。王冠の帽子部には群青の屋根と淡いベージュ壁が緩やかなアーチ状に鎮座し、十文字の格子のついた窓が等間隔に添えられていた。

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