第二十二話 何か

 青年は唖然とした。まさか「美しい」という言葉が放たれるとは思ってもいなかった。

 彼にとって「美しさ」は自分とかけ離れた概念であり、疎ましいものだった。しかし、女は彼に「美しさ」を見出した。


「どのような『美しさ』なのですか」


「……形容し難いものです」


「お世辞や間違いでなく?」


「ええ、それは確信を持って断言できます」


「……貴方は、木乃伊やドブネズミを見ても、そう仰るのですか」


「いいえ。私はそもそも生物の種を一括りにして、感じません。美しい人とそうでない人がいるように、生物それぞれが異なる印象を与えてくれます」


「美しくない人間もいるのですか」


「ええ……沢山」


    ◆◇◆◇◆◇◆◇


 青年は丘を降った。女は暫くやることがあると云って、共に降りることはなく、霧の中で思索するが如く曖昧な足取りで歩を進める。

 結局、女が言ったことは何一つ解せ得なかった。そして、女の素性も教えてはくれなかった。

 青年は女に妙な感情を抱いていた。それは恋や愛と呼ぶにはあまりに歪んだもので、どちらかというと信仰に近かった。

 彼女から愛されたいというよりも、あの存在をより我が身に刻み込みたいという欲求だった。そこには性交も愛情も介在しない。ただ伊達という一人の存在の喪失を、彼女で埋めれる気がした。

 淋しさの代償としてもまた異なった。孤独へ戻ることは最早恐怖ではない。恐ろしいのは、彼が木乃伊へ戻ることだった。生も死も無く、ただ時が止まったように流れることだった。


———彼女は伊達と異なる「何か」を持っている。それが何かはわからない。しかし、彼女は伊達と同じように、私を何処かへ導いてくれる、そんな確信がある。それが生か死か、私にはわからない———


 

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