第二十話 美
青年は息を呑んだ。意識を戻した先に見えた世界は桃源郷のように思えた。丘の上の景色が見事だからではない。その中央に女が一人、佇んでいたのである。
その女は、美しかった。一目見ただけでもわかる美しさだった。人工的でも、自然的でもなく、所謂神秘的な雰囲気を漂わせていた。そして当の本人がその美しさに無自覚であるような感じでもあった。この世にはない、鮮やかな羽色をした蝶のような美しさだった。
女は先に青年が墓に置いた
青年は妙に気が惹かれた。そして何故かその
青年は腹の溝落ち辺りに途方のない虚を感じた。臓器の一つが失われたかのような感覚だった。そしてそれは、伊達が青年の一部として生きていたことを雄弁に語る。あれほど切に望んでいた伊達との繋がりは、驚くほど身近なものだったらしい。
青年は密かに涙した。伊達を初めて実感できた気がした。そしてその瞬間が、こんなにも美しさに溢れて訪れたことに行方のない感謝をした。
———嗚呼、私は幸福者だ。彼を忘れる前に、彼を感じることが出来た。それもこれほど美しさに包まれた形で……。この女性が何者かは知らない。知らないが、それで構わない。……これでようやく、次に行ける———
◆◇◆◇◆◇◆◇
「どなたでしょうか」
青年が感覚に呆けて暫く、女は言った。
「いらっしゃるのでしょう」
不思議な訊き方だった。青年はその言葉をもって、彼女が盲目であることに気づいた。目をこらすと、細い杖を携えている。
青年は答えた。
「ええ、います、こちらに」
どこか緊張で区切り区切りの言い方だった。
「この花は、貴方が献じて下さったの」と女。
「花、と。分かるのですか」
「ええ、綺麗で可憐な桜の花です。見えずとも、感じたのです」
不思議だった。不思議だったが、疑念は生まれなかった。疑念を抱かせない何かが彼女にはあった。
青年はほんの悪戯心で尋ねた。
「僕は、どのように感じますか」
勿論、美辞麗句を聞きたい訳ではなかった。青年の行く先をどこか決めて欲しかった。彼は木乃伊だった。しかし、伊達の死を感じて、自分の中の何かしらが変わった気がした。しかしそれが何かはわからない。
女は虚で清らかな瞳を閉じ、黙した。何やら考えている調子だった。少しすると、その柔い唇を動かす。
「……貴方にも、美しさを感じます。それは一様に表せるものではないけれど、何か、美しいのです。綺麗さや可憐さとは違う美しさ……」
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