第十六話 脱走
翌日の朝、青年は医師によるカウンセリングを一通り受けた。
カウンセラーの女医は青年の傷心に触れないよう丁寧に接したが、彼にはその丁寧さが鼻につき、その親切の一切を無下に扱った。
退屈な時間をせめて有効に使おうと、青年は伊達のことを度々訊いたが、女医はそれらの問いにまともに答えることなくカウンセリングは終わった。
その後の午後、青年の両親が訪れた。二人は通り一遍のことをつらつらと並べるが、これもまた青年は聞く耳を持たなかった。
青年はカウンセリングの時と同じように伊達のことを尋ねたが、二人は「教えられない」と一言だったので、ついに青年は嫌気が指して病室から追い出した。
青年は苛立ちに満ちていた。
彼を取り巻く周りの人間の生優しさ、伊達についての黙秘、全てが鼻についた。
青年はついに病院を抜け出した。三月三日の暮れである。なんとしても伊達ともう一度会う必要があった。
青年は寝巻きのまま、敷地内の公園を抜けて、病院前の道へと駆け走った。
春の始めながらも吐く息は白く、彼の顔を覆うが、体力の底は感じなかった。伊達と再会のためにはいくらでも走り抜けられる気がした。
運が良く、青年は誰一人会わずに敷地外に出た。辺りは日が沈み、街灯がコンクリートを照らしている。初春の肌寒さが辛く、青年は暖を取るために最寄りのコンビニへ寄った。
すると、コンビニの入り口で何気なく目についた新聞の見出しに青年の意識は奪われた。そこには、「自殺青年の全て」と書かれている。
青年は直ぐにその記事を読んだ。嫌な予感と共に走り抜けた汗が今さら流れ出る。
記事には、例の集団自殺について述べてあった。しかしそこに青年の名は無い。あったのは、伊達一郎による集団自殺の画策とその失敗、その結果としての伊達一人きりの自殺についてだった。
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