第45話 産業廃棄物 ①
「無事に学内にとーちゃく。安全運転でしたっ!」
一般道を経て学内の道路に入ったところ、渡瀬は減速しながら一足早い言葉を向けてくる。
ずっと運転を任せきりだったこともあって日原は彼女の調子を尋ねた。
「ありがとう、お疲れ様。辛くはなかった?」
「頻繁に休憩を取っていたし、大したことはないよ。日原君もお疲れ様。後部座席は掴まりどころも少ないし、大変だったでしょう?」
「もしかしたら明日は妙な筋が筋肉痛になっているかもね」
「あ、聞いたことがある。馬とかロードバイクとか、最初は痛くなるって言うんだっけ? バイクはその他にも内股が低温やけどになることもあるっていうし、気を付けてね」
乗り慣れないものに長時間乗るといろいろとガタがくる。
彼女のバイクは元から二人乗りを考えた仕様ではないため、背もたれなどの装備まではついていなかった。
両親に連れられて乗馬の経験がある日原としてはまだ何とかなったものの、バイクに初めて乗る人間が同じことをしていたら辛かっただろう。
そうして互いを労いながら学内を進んだ。
大学に到着した頃には生徒や教授が校舎から出てくるところだった。
細かい時間はわからないが、こうしてたくさんの人が移動しているということは授業終わり――恐らくは四時過ぎの四コマ目終了の時間帯だろう。
バイクでの旅はほぼ一日かけてのものとなったようだ。
この時ともなれば研究室に所属していない大学生はフリーとなる。
となれば次に起こることは想像がついた。
「このタイミングだと駐輪場に行くまでにクッチーたちと遭遇するかも」
「皆が寮に一度帰る時間帯だもんね」
教材を自室に置いて家庭教師などのバイトに出かけたり、もしくはサークル活動に勤しんだりするのが大学生の典型的な生活パターンだ。
二人して想像していると、予想は的中した。
授業終わりの同級生が寮に帰る列が見えてきて、後ろめたい気分を味わいながら横に差し掛かる。
気付かれなければいいなとは思うが、それはありえない。
寮は獣医学生専用である上に、渡瀬のバイクはよく目立つ。列の半ばも通り過ぎないうちに「あれ、日原と渡瀬じゃない?」「あ、本当だ」と視線を向けられた。
車両速度抑制用の段差がなければもう少し速度を出して素知らぬ顔を通せたものの、これはもう仕方がない。
寮の奥に設置されている駐輪場にそそくさと逃げてバイクを停める。
すると案の定、鹿島と朽木の二人がこちらを追ってきた。
「よう、サボり二人。何かいいものは見られたか?」
「うっ……」
四人の中では授業で居眠りする割合が多い鹿島はここぞとばかりに冷やかしてくる。
その言葉に日原と渡瀬は揃って顔を背けた。
尤も、今回の計らいには彼も協力してくれているのだからご愛嬌だ。
はっはっはと笑う彼の頬を朽木が裏手で軽く叩いたところで話は本題に戻る。
この三人の配慮あっての一日だった。切り出すのは無論、日原だ。
「いろんな牧場も見られたし、二人が調べてくれたことのおかげで気が楽になったよ。僕らが頑張って学び取るだけ、あの牛たちの命の意味合いが増えていくんだよね。殺さなくても済む道があるんじゃないかって悩んだけど、今の僕らに出来る努力は別なんだって気付けたよ」
ただの捨て猫とはわけが違う。
あの牛たちは通常の治療ではもう手出しができなくなった動物たちだ。
結局のところ、自分たちには救う手立てがない。
技術的にも金銭的にも、途方もなく難しいことだ。
かといっていくら嫌がっても、必須科目としての実習である以上は避けて通れない。直面して乗り切るしかないのだ。
けれども命を奪うことに負い目を感じながらおどおどとこなすのと、命を奪う重みを意識しながら学ぶのではやはり違ってくる。
日原が感じている変化はそのようなものだ。
すると朽木が頷いてくる。
彼女は痛がったふりをする鹿島を押しのけ、日原と渡瀬を前にした。
「きちんと理解するのは大事。実際、ウチも今回調べて勉強になったよ。ありがとう」
解剖学に関しては人一倍の気合いを見せていた朽木でも得るものはあったらしい。
誰かに勉強を教えようと噛み砕いて説明をすれば、自分の成長にも繋がるのと同じだろうか。
ともあれ、感謝しすぎでは渡瀬にされたようにまたこっちこそと返されかねない。
今回の計らいについての話題が終わらないうちに、日原は新たに生じた疑問について投げかけた。
「ところでさ、実習の日に僕は解剖の意味を来週までに調べて来なさいって言われていたんだけど、もう一つ教授に言われたことがあるんだよね。その疑問がまだ解けていないから武智教授に質問しに行きたいなと思ってるんだ」
「ん? 解剖教授は解剖の意味についてお前に調べるように言ったからフォローしてやれとしか言っていなかったけどな?」
「うわっ、ちょっと鹿島君っ!?」
それは秘密とでも言いたかったのだろうか。渡瀬は狼狽え、朽木は鹿島のすねを蹴る。
なんとなく察していたが、やはりそういうことだったらしい。
とりあえずそれについては深く追求せずにいると、女性陣からの顰蹙を凌いだ鹿島が改めて口を開いた。
「あいたた……。で、もう一つっていうのはどういう内容だったんだ?」
「解剖牛の行く末にまで意味があるって言われたんだよ。ニクダシの時のトラックが向かう先とかに関係がありそうだと思うんだけど……」
「医療廃棄物と同じじゃないのか?」
確証はないが、確かに鹿島が口にするパターンも考えられる。
少なくとも病死した家畜の残渣も混在していたはずなので普通に埋め立てるだけとはいかないはずだ。
日原と渡瀬が首を傾げあったのと同じく、鹿島と朽木もそこまでは知識が及んでいない様子である。
「じゃあ、善は急げということで教授のところに質問だね!」
武智教授が上級生の授業を担当していたとしても四コマ目が終了したこの時間帯であればデスクにいる可能性は高い。
全員の顔を見回して決を採った渡瀬は率先して歩き始める。
それについて歩いた日原たちは獣医学部棟に向かい、武智教授のデスクを訪ねた。
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