第42話 解決の糸口 ②


「えっ、これから……?」

「そう。朝のうちに出発! 大丈夫。ざっと二、三時間で絶景! それにね、私も日原君に見せたいものがあるから来て欲しいの」


 それについて自信があるのか、彼女はにっかりと口元を緩めた。

 なるほど、バイクジャケットを着ているのもそのためだろう。


 そうと言われては断る選択肢もない。日原は頷きを返す。


「わざわざ考えてくれたんなら、もちろん行くよ」

「よかったぁ、動いた甲斐があったよ。じゃあ、こっちでヘルメットとジャケットを用意するから厚手のズボンを履いて待っていて」

「わかった」


 とんとん拍子で話を進めた彼女はベランダに出るとはしごを登って帰った。避難口が閉まるなり、バタバタと動く音が聞こえる。

 その快活さに救われているのを自覚しながら日原は三階への階段前で待った。


 渡瀬は程なくヘルメットとジャケット持参でやってくる。


「こっちのツーリングスポットを回る時、バイクだけ借りればいいようにってお父さんが預けてきたものなんだけど、入るかな?」


 フルフェイスのヘルメットには小型のトランシーバーのようなインカムが付属しているし、バイクジャケットも少し古びてはいるが各所にプロテクターが入った一品だ。

 彼女の装備も本格的なので、父譲りの趣味なのだろう。


「やけに本格的な装備だと思ったらそういうことね。わかった、試してみる」


 ありがたく受け取り、装着してみる。少々大きめだが支障はなさそうだ。


「これなら大丈夫だと思う」

「オッケー。それじゃあ早く走っちゃおう! バイク歴的に二人乗りはできるんだけど、夜は危ないからね」


 がしりと手首を掴んで進み出す渡瀬に日原は慌てて歩を合わせる。

 そういえば距離は聞いていたが、肝心の目的地を聞いていない。彼女は一体どこを目指すというのだろうか。


「ところで二、三時間って言っていたけど、目的地はどこ?」

「そっか、言ってなかったね。日本三大カルストの一つ、四国カルストの天狗高原一帯だよ。そこは放牧もやっているんだって。今回連れて来られた牛はその途中にある農場から連れて来られたらしいよ。あの牛たちがどうやって生まれて、どうなっていくはずだったのか追ってみたら、きっとたくさんのことがわかると思うの!」


 元々、実家では牛を飼っていた上に畜産に関して興味を抱いている彼女だ。

 先輩との交流もあり、知っていることは多いのだろう。


 その渡瀬が言うのなら間違いはない。

 日原は彼女と並んでバイクが停められている駐輪場に向かう。


 彼女のバイクは車体の多くを外装が覆うフルカウルという種類だ。

 オフロードやクラシック、アメリカンなど多くの種類があるが、若者がパッと思い浮かべるバイクといえばこの選択になるだろう。


 上手く操らなければ重さに負けそうなそれを、彼女は自転車みたく巧みに動かして駐輪場から運び出す。

 跨ってエンジンをつけると、こちらに頷きかけてきた。


「日原君はバイクのタンデムは初めて?」

「タンデム……?」

「二人乗りのこと」


 彼女は座るべき場所をとんとんと手で触る。

 この言葉に聞き覚えがない通り、バイクに乗るのは初めてだ。


「僕の家は馬以外には興味がない家だったから普通車しか乗った覚えがないよ」

「そっか! でも馬に乗ったことがあるなら基本は同じかも。座席のベルトとか私の肩とか腰とかを掴んでもらって、足はニーグリップって言って車体をしっかりと挟み込む。体は私に合わせて傾けてもらう。そういうところかな。疲れたらすぐに教えてね」


 渡瀬はインカムをコツコツと指で叩きながら言ってくる。

 その本気の趣味をありがたく活用させてもらうとしよう。言葉に頷き、日原もバイクに跨った。


「出発するよー」


 掛け声に合わせて半クラッチで進み出し、ギアが上げられていく。思った以上の加速と慣性に日原は少し口元を引きつらせた。


「おわっ、なるほど。こんな感じなんだ……!?」

「馬と似てるー?」

「車体をしっかり足で挟むのが大事っていうのは本当に同じかもね。ただ、上下運動がなくてスーッと進むから何か奇妙に思える……!」


 自分ではない何かの力によって進み出す。そんな感覚には共通点があるかもしれない。

 学外に出て本格的に上がっていく速度に少しばかり緊張しつつも、彼女に身を預けて目的地を目指すのだった。

 


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