第30話 話し合い


風花姉の喫茶店前にて。


俺と加奈は立ち止まっていた。なぜかって?


『貸切中』


 店のドアにそう書かれたプレートが垂れ下がっていたからだ。なんだこれ? 誰か予約でもしているのか? それなら連絡してくれよ、風花姉。


「これって、は、入れないってことかな?」

「いやどうだろ……、でも普通は入れないような……、ん?」


 店内で嬉しそうに手招きしている人が窓越しに見えた。風花姉だった。


「あははっ、す、すごく歓迎してくれてる」


 加奈の戸惑い混じりの声に、俺は頷く。


「ああ……、そうだな」


 店内にはまだお客さんはいない。ちょうどいい、事情を聞いてみたいし。


「とりあえず入るか」

「あっ、う、うん!」


 喫茶店のドアを開けた。


 カランコロン。


「いらっしゃい、太一、加奈ちゃん」


 軽快な鈴の音と、張りのある嬉し気な声音が店内に響いた。


「うっす」

「こ、こんにちはっ」


 軽く挨拶をすませる。風花姉がカウンター内から出てきて近寄ってきた。


「いや~、よく来てくれた! 特に太一! 偉いぞぉ~」

「ちょっ、なんで頭さわろうとする」


 風花姉が伸ばしてきた腕を軽くいなした。


「ん? だってちゃんと来てくれたし。ちょっと不安もあったからね、来ないんじゃないかって」


 にっひっひっ。


 と、イタズラな笑みを浮かべた。たく、その不安の原因はあんたのせいだけどな。まあ、良い。そんなことより、


「なあ、風花姉。ドアにさ、貸切中ってプレートが掛かってるんだけど」


 俺の疑問に、風花姉は戸惑いもなく答えた。


「ああ、あれね。あなたたちの貸切ってこと」


「「……はい?」」


 ポカーン。(゚ω゚) 、(゚ω゚)


 俺と加奈の頭にはそんな効果音と、呆気に取られた顔文字が浮かんでいただろう。待て待て、おかし過ぎる。俺は予約なんて一切してない。


「ふっふっん〜♪ 風花お姉ちゃんからのサービスよっ。お昼の時間帯限定だけだけどね。嬉しいでしょ♪」


と、胸を大きく張り自慢げに言う。やば、風花姉の付けているライトグレーのエプロンが押し上げられて、盛り上がりが大きく―――、そうじゃなくて! 


「あ、あのさ、俺ら別にそんなのほしいなんて―――」

「は~い、いつまでも立っててもあれだからさ。こっち、こっち♪」

「うおっ!?」

「ひゃっ!?」


 風花姉が、俺と加奈の片手をそれぞれ掴む。そのまま引っ張られる形で店内を歩き、カウンター席に座らされた。


「お、おい、風花姉」

「んふふ。はい、メニュー」


 俺の戸惑い混じりの声音は、風花姉の明るい声に打ち消された。はあ~……、こういう変な強引さは困る。もう2人とも帰さないわよ~、って雰囲気に満ちている。何なんだ今日は、一体。変な引っ掛かりも覚えるが……、まあいいや。俺はもう変に抗うのをやめた。こういうのは、まさやんとの対応で経験を積んでるからな。素直に従うのが無駄な体力を使わなくてすむ。


「あははっ、ど、どうしよっか。太一くん」

「ん?」


 愛らしい声の方へ振り向いた。俺の右隣の席に、加奈がいた。えっと、なんか距離が近い。肘をちょっと伸ばせば、加奈の肘に触れてしまいそうだ。


「ん? な、なぁに?」


 加奈が不思議そうに目を丸くする。メニューを自分の口元付近まで上げ、小さく首をかしげた。や、やば小動物みたいな可愛さが……。鼓動が少し大きくなった気がした。お、落ち着け、冷静なれ。


「こほん……、と、とりあえず飲み物、頼むか」


 加奈の表情が晴やかになる。


「あっ! 確かに!! 外暑かったし。うんうん!! どれにしよっか?」


 加奈がメニューを開け、見せてくれる。俺は体を少し近づけた。いや、これは注文するのを探すために必要なことだから、不自然じゃない。う〜ん、俺はアイスティーにでもするかな。


「どれにしよ……」

「ん? 迷ってるのか」

「あははっ、うん。色々と種類があるから」

「あ〜、そうだな。無駄に多いというか」

「こら太一、無駄とかいうな、どれもあたしの一押しよ」


 だからって、飲み物だけで20品目前後もあるのはやりすぎと思うが。まあ、今はそんなことより、


「う〜ん……」


 以外と悩んでる加奈に、俺はおススメの1つを口にした。


「レモネードとかどうだ?」

「えっ? レモネード??」

 

 加奈が興味ありげにつぶやく。俺は軽く説明する。


「暑い日に飲むとさ、レモンの爽やかな酸味と、ハチミツのコクのある甘さがすごく美味しいんだよ」


 俺の提案に、加奈が少しの間の後、嬉しそうに笑む。そして弾んだ声で応えた。


「それっ、すごく良い。うん、すごく良いねっ!」


 頬を緩め、天真爛漫に笑う加奈。そ、そんな大袈裟に喜ばれると反応に困る。照れるというかさ。


「ありがとっ」

「お、おう……」


 素直なお礼が、さらにむず痒い。


「じゃあ、2人とも飲み物はお決まりでいい?」


 風花姉の尋ねる声に、加奈が大きく頷いた。俺も小さく頷いて、口を開いた。


「俺は、アイス―――」

「レモネードを2つで!」

「えっ?」


 加奈のはつらつとした声にちょっと慌ててしまった。あ、あれ? か、加奈? 俺はアイスティーを頼もうと思ってたんだけど?


 加奈の方へ顔を向けると、


「えへへっ、以外と飲んだことないんだよねっ」

「えっ? お、おう」

「だからねっ、ちょっと楽しみ」


 少しはにかみながら、嬉しそに笑う顔はとても可愛いくて。困る、すごく。そんな表情でずっといてほしい思ってしまうから。


「あははっ……、そりゃあ良かった」


 小さな声で、俺も同意した。加奈がふわりと笑む。つい恥ずかしさが込み上げて前を向いた。すると、


 ニヤニヤ。


 風花姉が目を細め、何か言いたげなやらしい笑みを浮かべていた。う、うおっ……、なんだその生暖かい目は……。


「優しいわねぇ〜」

「なっ!? なんのことだよ……!?」

「んふっふっ、別にぃ〜? さてと、レモネードを2つねっ。とても甘酸っぱくて美味しいの作ってあげるねっ」


 ぐっ……!? ふ、風香姉、か、からかってやがる。俺にしか分からない感じでだ。


「楽しみだねっ、太一くん」

「お、おう……」

 

 加奈の無邪気な声に戸惑いながら、俺は風香姉のドリンクを作る作業を力なく眺める。

 風香姉が作業しながら俺らに声をかけてきた。


「あっ、そうそう、昨日なんだけどね」

「ん? なんだよ……?」

「2人でどっか遊びに行ってたの?」

「「……はい?」」


 俺と加奈が同時に疑問の声をあげると、風香姉は楽しげに微笑んだ。


「だって昨日の夕方、2人で商店街の近くの駅に行ったでしょ?」

「え? あっ、あ〜、そういうことか。いや別に俺ら遊びに行ってたわけじゃ……、ん?」


 違和感。


 なんかおかしい……。あれ? えぇっ!? ま、待て待て!? な、なんで風香姉そんなこと知ってんだ!? 昨日は俺たち、帰りに風香姉には会っていない!


 だが風香姉はしてやったり顔でこっちを見ている。えっ? まさか俺らの後をつけてた!? いやいや、そんなことする意味はないだろ!? じゃあ一体どうして、知っている!?


 くい。


 おわっ!?


 突然、右側の腕の半袖が軽く引っ張られた。思わずそっちに振り向くと、加奈が俺を見つめていた。スッと顔を近づけてくる。お、おおっ!?


 小さな声が耳に届いた。


(な、なんで知ってるの……!?)

(い、いや、俺も分からない……!?)


 答えが分からず、加奈の小さな口元がもごもごと何か言いたげに震えていた。心なしか頬や耳が赤みがかっている。お、俺までそうなってしまいそうだ。


「それに今日は、朝から仲良く一緒にバイト先まで行ってたみたいね、ふふっ」


「「なっ!? なんでそんなことまで!?」」


 2人して声を張ってしまった。


 今日も風香姉とはすれ違ったりしてないはず! なのに!? ま、まさか、俺らの後をほんとうに付けていた!? はっ!? まさか、風香姉が不審者だったのか!? いや、いやお、落ち着け! それだったら流石に気づくから!!


 俺の混乱に気づいたのか、風香姉が楽しげにわけを話し出した。

 

「むっふっふっ〜、甘いわね、太一。この商店街でお店をやってる人達から教えてもらったのよ。『まさやんの本屋さんで店番してる2人、仲が良いなあ』って、評判上々よ♪」


「なっ!? なにっ!? うっ、うう!?」


 恥ずかしさで変な声がもれる。な、なんだよそれ!? てか俺達、なんで商店街で店をしてる人達に顔が知られているんだ!? 


 風香姉が察したのか、楽しげに口を開いた。


「あなた達、バイトの初日、いろんなお客さんが来たでしょ。商店街でお店やっている人達がね」


「あっ、ああっ!」


 た、確かに! バイト初日は商店街ゆかりの人達が多く来て、忙しかったのを覚えている。あ、あのときか! 確かに顔合わせしている! でも俺忙しくて、誰が来たか、顔とかあんまり覚えてなかったから。そ、そうか、つまり、向こうは俺らのことちゃんと覚えていて……。それで俺らは商店街の中を通ってしまったから……。2人で帰ったり、今日の朝、一緒にいたのも……、バレてしまったのか。それで、風香姉にもその情報が伝わって……。

商店街の中、通るんじゃなかった。てか、そんな情報を共有するなよ!!


「まあまあ、2人ともそんなに慌てなくても良いじゃない? 幼馴染同士さ、仲を深めるのは良きことよ」


 俺はそう聞いて戸惑う。ちょっと事情が違うからだ。


「いや、あの! ふ、風香お姉ちゃん、こ、これには理由があるんです! そ、その、ねっ、た、太一くん!」

「えっ!? あ、ああ! そうなんだよ!」

「もう〜、何2人して? ふふっ、何か秘密でもあるの?」

「そ、それは、あながち間違ってない……」


 風香姉、良いとこついてくる。


「ふっふっ〜ん♪ なにやら訳ありみたいね。良し、風香お姉ちゃんに話してみ。ちゃんと聞いてあげるから。ふふっ、貸切にしておいて良かったわ。色々聞きたくてそうしたのもあるからねっ♪」


 なっ……!? そ、そういうことかよ。どうりでおかしいと思った。何が俺らへのサービスだよ。ほんとは、俺らが一緒に行動してる理由を聞き出すため、興味本位からきてるじゃねえか。それで勝手に店を貸切にしやがって。たく……、でも。今は、それに乗っかっても良いかもしれない。俺らが一緒に帰ったりしてたほんとの理由を伝えるのにさ。


 ちらりと加奈に視線を向けた。少し考える間があった後、ゆっくりと頷いてくれた。俺の考えに賛同してくれたみたいだ。うん、じゃあ後は風香姉に話すだけだ。


「あのさ、風香姉」

「ん〜? なに?」

「……、聞いてほしいことがあるんだ」

「あら? もうなに? かしこまっちゃって。ふふっ、もちろん。はい、レモネードでも飲みながら話してみ?」


 トン、と俺らの前に置かれたレモネード。俺と加奈は互いに少し顔を見合わせた後、ほぼ同時に手に取り、口につけた。

 レモンのほどよい酸味に、ハチミツの優しい甘さ。

 気持ちが和む爽やかな甘酸っぱさだ。きっと風香姉はそんなテイストの話を俺たちに期待している。でも、残念だがそうじゃないんだよ。

 

 俺は喉を潤したあと、ゆっくりと口を開いた。


「あのさ、俺たち、変な不審者につきまとわれてんだよ」

「…………、へっ? ええっ? ふ、不審者??」


 風香姉が大きく目を見開き、首を傾けるなか、俺は淡々と『まさやんの本屋さん』に突如来店した不審者の話を伝えたのだった。

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