第33話 ダックスフンドと不審者
電車を降り改札を抜けると、昨日と同じ見慣れた風景が広がっていた。夏のまだ明るい夕日に照らされている10階建て以上はある真新しいマンション群に、コンビニや大型のスーパー。住み良い駅近の町が広がっている。
そして、整備された遊歩道に自然と目がいく。加奈の自宅へと続く道。等間隔に街灯も設置されている。オレンジ色の淡い光に照らされて、俺ら2人の帰り道を示しているみたいだ。
「えっと……、あの道を通って帰れば良いよな?」
あらためて確認すると、加奈が小さく頷いてくれた。
「う、うん」
「じゃあ……、い、行くか」
「う、うん」
2人で、昨日と同じように歩いていく。お互いにちょうど良い歩幅と歩調を探り合ってるのがなんとなく分かった。す、すごくそわそわする。とりあえず俺がゆっくりしたペースでいこう……。
2人で、並んで歩いていく。少ししてから、
「……ね、ねぇ」
ん?
声をかけられて横をむくと、加奈と目があった。小さな口元がそっと開く。
「あっ、あのねっ……、ペース、い、いいの?」
うっ。
頬が熱くなる。合わせてるのすぐバレた……。い、いや、今はそんなの気にするな。
「あ、あぁ……。これくらいがちょうどいいから。…………、か、加奈の方こそ、大丈夫か?」
「えっ!? あ、わ、私も……! これくらいが良いよっ」
「お、おう、そ、そっか」
「う、うん。―――、ぁ」
(ありがと)
言葉の最後に聞こえた愛らしい小声が、くすぐったかった。鼓膜から一気に全身へ。さざ波のように伝わる微動に、俺の心と体が動揺する。
鼓動が、街路樹から聞こえる蝉時雨のように慌ただしい。自分の家に帰るまでは、このざわつきはおさまらない気がした。
「あっ」
うおっ……!?
前を向いていた加奈が何かに反応した。びっくりして、思わず声が出そうになったよ……。というか、な、なんだ?
「あっ、そのたいしたことじゃないの。あのね、地面に、ほ、ほら」
そう言って細身のキレイな人差し指で示した先には、
「んっ? ……あ、セミか」
俺らの進行方向に、一匹のセミが仰向けになって落ちていた。まだ生きているらしく、ときおり羽をバタつかせ、ざわついている。
「ねぇ」
「ん?」
「これって、あれだよね。横を通ったら急にバタバタって」
加奈が苦笑しながら言う。あぁ、かもしれない。急に激しく動いて、びっくりするっていう。そいういことか、それなら―――、
「横、かわろうか」
加奈のいる側に横たわっているから。
だが加奈は首を横に振り、少し不満げな表情をのぞかせた。えっ? な、なんでだろう?
「ううん、それくらい平気だよ」
少し強気な言い方から、思った。もしかして、怖がってるって思われたくない?、でも……、なんとも思ってないなら、わざわざ言わないだろうし。
「……、な、何か言いたそうな顔してる」
「ん!? そ、そうか? 別になんもないけどな」
「ふ~ん……。なら、良いんだけど」
また、俺らはそのまま無言で歩いていく。前へ、前へ。
その度に地面にいるセミに近づいていく。
……、加奈が気になる。
そっと横目でうかがう。んん? 歩き方が固いというか、気合が入ってるのはきのせいだろうか。それに、道に落ちているセミに近づくにつれて、加奈が少しづつ俺の方に身を寄せてきている。表情もなんだか強張っていた。
つまり……、どれ、試してみるか。
「なあ加奈」
「んっ!? な、なに?」
「ちょっとさ、横にずれてほしいんだけど」
「えっ……!? な、なんで?」
変に動揺する加奈に、俺はすまし顔でこたえる。
「いや、俺ちょっと歩きづらくてさ。ほら、加奈の側、道幅余裕あるし」
俺の側よりもさ。と、さらに小声で付け足すと、加奈はなんだか困り顔でうったえる。
「そ、そうかも知れないけど……! で、でも大丈夫でしょ?」
「いやいや、俺つまづいてこけるかもしれないしさ」
「そ、それは……、うぅ、だけど……」
「んん〜? あれ? なんか気になることがあるのか?」
「つっ……!? べ、別にないもんっ。い、良いよ、はい、横にずれてあげれば良いんでしょっ」
「おう。あっ、もうちょいずれてほしいな。うん、うん、オッケー。ありがとなっ」
お礼を言うと、加奈は不服なのか、頬をわずかに膨らした。拗ねた雰囲気があどけない。くくくっ、我慢してる。やっぱ怖いんだな。でも、ここまできたら、加奈には悪いが楽しもうと思った。俺の中の悪戯な心が活気づく。
道端のセミにだいぶ近づいてきた。あとは、こいつがバタバタと暴れるのを期待するだけ。
加奈はすまし顔だ。でもさ、両肩がぐっと上がって身構えてる。動くな、動くなぁ〜! って、強く思ってるんだろうな。
どちらに軍配が上がるか。
あと、10歩くらい。
あと、5歩ほど。
4歩。
3歩。
2歩。
1歩、
「ワンッ!!」
「うわあっ!?!?」
「きゃあっ!?!?」
俺と加奈は同時に大きな声を発した。驚きを隠せない。だってセミが、わ、ワンッ!? セミって吠えるの!? 新種!? って違う違う! そんなわけあるか!! っとうわわ!?
俺らの足の間をぬって走る謎の物体。キレイなライトブラウンの毛並みをしたそいつは、尻尾を元気一杯、楽しそうにふりふり。
セミをハムっとくわえた。てかこいつ!!
「今朝会った、ダックスフンド!?」
が、なぜここにいる!? あっ! やば、また走り出した!
「あっ! に、逃げちゃう!? きゃっ!?」
「うおっ!?」
どんっ!
今度はさらに大きな何かが、俺と加奈の間を無理やり通り抜ける。体半分に大きな衝撃。人にぶつかった感覚だ。一体何が、あっ!?
目元に黒のサングラス、口元は大きめのマスクをしていて、頭には野球帽と、顔を隠すような出立ち。そう、俺と加奈が警戒している不審者が突然現れたのだ。
な、なんでここにいる!? あっ、い、いや、それはおかしくはないのか!? だって、こいつは、俺らの跡をやっぱつけてたんだ。
咄嗟に身構えた。何をするか分からなかったから。でも、不審者は、俺らのことなんか目もくれず、真っ直ぐ走っていく。あ、あれ!? 犬を追いかけている。な、なぜ 不審者が!?
「た、太一くん!? あ、あの人、ふ、不審者さんだよね!?」
「お、おう!?」
俺と加奈は混乱する頭で確認し合う。その短い間にも、犬と不審者は、逃げていく。
「う、うお〜……!? ま、待て!!」
俺も追いかけた。今なら、すぐ捕まえられる!!
「太一くん!?」
加奈の慌てる声を背にし、猛ダッシュ。
俺は、めいいっぱい、不審者の小柄な背に向かって手を伸ばした!!
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