第28話 お出迎えでトラブル
次の日の朝。
俺は早起きして、加奈の住むマンション近くまで来ていた。
昨日、加奈を家まで送るときに歩いていた遊歩道に、休憩用のためなのか2〜3人が座れるほどの木製のベンチを見つけたので、今はそこに座って周囲を警戒している。理由はただ一つ。加奈をつけ狙う不審者がいないか見つけるためだ。
「まあでも、今のところいないみたいだけどな……」
散歩するおじいちゃんやおばちゃん、ジョギングをしている人くらいしか見かけてない。なんかすごく平和だ。
「ふっ、ふあっ〜……」
やばっ……、あくびが……。
緊張感が薄れてきている。それに寝不足が手伝って、このまま目をつぶったら寝そう……って違う違う!! 寝たら今まで見張っていたのが台無しになるだろっ!
頭を慌てて左右に振った。でも、眠気は飛んではくれない。
まずいな……、とりあえず立ち上がろう。座ってると絶対寝る。
「よっと……。んんっ……、くあぁ~……!」
立ち上がったついでに体を反らして伸ばした。やばっ、すごい気持ちいい。ずっと座っていたから、体が硬くなっていたみたいだ。
腕時計をみると朝の9時をしめしていた。
「うおっ……!? まじか……、もう1時間もここにいるのか……」
あらためて思う。やっぱり朝の8時は、早く来すぎたかなぁ……。バイトの開始時間は朝の10時からだしさ。もうちょっと遅めの時間で待機していても良かったか? いやでも……、不審者がいつくるか分からないから……、早めに来ておいて損はない。うん、だからこれでいいんだ。でも―――、
「ふあぁ~…………。ふわぁ……」
あくびが止まらない。早起きできるか不安で、ベッドで寝たり起きたりを繰り返していたからなあ〜……。あとなんか、腹も減ってきた。
「そういや朝家を出るとき、何も食わなかったな……」
そう思うと、空腹が刺激される。お腹が空いて力が出ない、的な状況だ。このままじゃ、ベンチにまた力なく座ってしまい……、寝てしまう。
「それはまずい……、どうしようか……」
周囲を見渡すと、コンビニが目に入った。
行くか? いや、それだと加奈のマンション付近から一端離れてしまう。俺が買い物してる間にもし不審者が来たらどうすんだ。そこにちょうど加奈がマンションから出てきたら……、不審者に狙われるかもだし。ここはもうひと踏ん張りして、見張りを続け―――、ん?
ふと、自販機が目に付いた。今見張ってるところからそう遠くない。
「……、飲み物でしのげばいいか」
そう思ったら、自然と自販機の方へ歩いていた。
遊歩道から離れ、街路樹がない場所へ。夏の強い日差しが容赦なく降り注ぐ。眩しくてこたえるな……、それにセミの鳴き声もうるさい。でも、眠気はなくならない。ついでに空腹も。ははっ……、なんか情けない。
自販機の前で肩を落としながら、硬貨を入れた。
「……、コーヒーだな」
すきっ腹にコーヒーは良くないというが、今は仕方ない。砂糖とミルク入りのコーヒーを選択。
カシュッ!
「んぐっ、んぐっ……、ぷはっ~……!」
か、体に、染みる~! なんか急に体が軽くなった気がしなくもない。
「ふぅ~……、睡魔と空腹に、もう少し耐えれそうだな。よしっ、頑張るか」
なんだか気分は犯人を待ち伏せしている警官ってとこだ。
缶コーヒーをまた飲みつつ、加奈の住んでいるマンション出入口に目を向けていたときだった。
「キャンッ!! キャンッ!!」
「ごふっ!? ごほっ!? ごほっ!?」
な、なんだ!? い、犬の鳴き声!?
口元を拭いながら足元を見た。すると、尻尾を全力でブンブン嬉しそうに振りながら、俺の顔を見上げている可愛い子犬がいた。これは、えっと、ダックスフンドか。っていうか―――、
「なっ、なんで、俺の足元に?」
首輪がついている。それに紐もある。この子犬、あれか、散歩の途中―――、
「ココアーっ!!」
「ん?」
元気な女子の声が聞こえた。蝉しぐれに負けないくらいのはつらつとした声。
声のした方に目を向けると、こちらに走ってくる女子を見つけた。
夏の強い日差しを受けて煌く、淡い黄色味がかった髪。整った目鼻立ちが、キリっとした顔の印象を与える。白の無地のTシャツに、膝丈の青色デニムパンツ姿。なんだかアクティブな女子って感じだ。たぶん子犬の飼い主なのだろう。俺とそう変わらない雰囲気、高校1年くらいだろうか。
「よっと」
「クゥ~ン、ワフッ、ワフッ」
「ちょ、ちょい、そ、そんな舐めない」
抱きかかえたらめっちゃ顔近づけてくるな。人懐っこい犬だ。
「はあっ、はあっ、す、すみません! ココアが迷惑かけてしもうて!!」
息を切らしながら、俺の正面に来た彼女は慌てて頭を下げて謝った。そんな迷惑ではないけどな。
「いえ、そんな気にしなくても良いですよ」
「いや、でもほんまにすみません! ココア、急に走り出す癖があって、いつも不意打ち食らうんです。ほんま、情けない飼い主ですみません!」
「あ〜、いやいや、そんなに頭下げなくても……」
深々と頭を下げる彼女。なんかこっちが申し訳なくなってくる。ていうか、この子、すごい関西弁だな。関東圏で、珍しい。あと、この子犬の名前、ココアっていうのか。毛並みがライトブラウンだからかな。
そんなことを思ってると、関西弁の彼女が頭を上げた。目線は子犬注がれている。
「ほら、ココア! こっちきい! 帰るで!」
「クゥ〜ン……、ワフゥ……」
「ははっ……、ほら飼い主が呼んでるから」
名残り惜しそうに俺を見つめるダックスフンドのココアを、関西弁の彼女に差し出した。
嬉しそうにココアを見つめる彼女。笑顔いっぱいで、見てるこっちも嬉しくなりそうだ。そんな満面の笑みの彼女がこちらに顔を向けた。
「ほんまに、ありがとうござ……、ああっ!?」
彼女が驚いた表情を見せた。急にど、とうした?
「あ、あんた!? な、なんでここにおるん!?」
「えっ!? ええっ!?」
関西弁の彼女が強く問うてくる。俺はつい首を傾げた。いやだってさ、急にそんなこと言われるとは思ってなかったから。そりゃあ理由は加奈の身の安全を守るためにいるわけで。つまり迎えに……、ってあほか俺!? 初対面の彼女にそんなこと言ってどうすんだ!? と、とりあえずやんわりとしたことを言っておこう。
「あっ、いや……、僕、朝はここをちょくちょく歩いたりしてて」
俺がそう返事をすると、関西弁の彼女の視線が鋭くなった。こ、こわ!?
さっきまでの満面の笑みは消えていた。敵意のある威圧的な顔つきで、俺をねめつける。
「はあ? う、うそつけ!! この道は朝、うちとココアが散歩してる道や! だからわかる! あんたを見かけたことない!」
「いいっ!? あっ、いやその!?」
やばっ!? 嘘がばれた!? いやいや、お、落ち着け! なんで焦るんだよ! 別に気にする事ないだろ!? てか、なんだよいきなりつっかかってきやがって!
「えっとさ、さっきからなんなんだよ。俺がここにいるのが気に食わないのか? あんたには関係ないことだろ?」
俺の苛立った様子に、関西弁の彼女はひるまなかった。むしろ立ち向かってくる。
「はあっ!? か、関係あるわ!! だってうちはか―――、っつ!? わわわっ!?」
突如慌て出した彼女。な、なんだ一体?
「お、おい?」
「つっ!? 話しかけんな変態!!」
「なっ!? な、なんだとこら!?」
こ、こいつ!? 初対面の俺に言うことかそれ!? せっかく飼い犬のココアを捕まえてあげたってのに!
「ココア返して!!」
「わわっ!?」
俺の手からダックスフンドのココアを引ったくるようにして抱きしめた関西弁の彼女。なっ!? お、おい!?
声をかけようとしたが、ダメだった。すぐに関西弁の彼女が走ったからだ。お、追いかけるか! いや待て!? んなことしてどうする!?
淡いブロンド色の髪をなびかせ走る彼女の背を見つめていたら、振り返りやがった。
べっ〜!
離れたところからでもわかった。しかめっつらで、舌を出して……、は、腹立つ!! なんなんだあの女子は!! わ、わけがわからない……。
関西弁の彼女はすぐに前を向いて、逃げるように走っていく。みるみるうちに遠ざかる彼女を、俺は呆然と見ていた。
「はあ〜……、一体なんなんだ、あの女子は……」
もう会いたくないな。最初は良い印象だったのに。急にケンカごしに話してきてさ。たく、加奈とはえらく違うタイプだ。…………、ん? …………!?
忘れていた!? そういや、加奈はまだきてないよな!?
慌てて視線を加奈の住んでるマンションに向けると、
「なっ!?」
加奈がいた!! もう、遊歩道を歩いていて、駅に向かって進んでいる。
「や、やば追いかけないと!」
そう思って駆け出そうとするも、思いとどまった。なんて声をかけたらいいのだろうか。
急に頭が真っ白になる。く、くそっ! あの嫌な関西弁女子にからまれてしまったから、タイミングを逃した。
周囲を見渡す。どうやら加奈の周囲には不審者はいないみたいだ。
そのことにホッとする。これなら安全にバイト先である『まさやんの本屋さん』にたどり着けるだろう。
「……、いや待て待て。まだ分からないだろ? どこかで急に不審者が出てくる可能性もある……」
とりあえず、加奈の後をついて行こう。
俺は何故か加奈に気づかれないように、後方へ。加奈の歩調に合わせ、着かず離れず歩いていく。
加奈の後ろ姿。艶やかな黒髪を小さくゆらしている。あっ、今日も昨日みたいに緩めにくくってるんだな。あっ、でも髪留めの色を変えている。昨日は確かピンク色で、今日は水色か。
ん? デニムの薄い上着を羽織っている。昨日は別に着てなかったな。白のワンピースに合わせていて、カジュアルな感じが似合っている。
「……って、こ、これ、俺が不審者だろ!?」
何やってんだおれは!? 加奈を後ろから観察して!?
『変態!』
ふと、関西弁の女子に言われた言葉が頭をよぎった。お、俺は、そんなつもりでここに来たわけじやない!!
「やっ、やっぱ声をかけよう! も、もうな、なんとでもなる!!」
俺は意を決して駆けだした。加奈に近づいていく。そして、もう声が届く距離だ。
もう難しく考えないようにした。最初の一声は、
「か、加奈!!」
小さな両肩が跳ねたのがわかった。
夏の明るい光を纏った艶やかな黒髪を揺らしながら、振り返ってくれた。
俺を見て瞳を丸くしている。表情はもちろん驚いていて。そりゃそうだ、俺がいるとは思ってもいなかっただろうし。
「た、太一くん!?」
「よ、よう……! あははっ」
俺は、加奈のびっくりしている様子に、とりあえずぎこちない笑みで挨拶したのだった。
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