第14話 加奈は、可愛い友達
「きょ、今日もよろしくねっ、太一くん」
「お、おう。俺の方こそ、よ、よろしく。加奈」
俺と加奈のよそよそしい挨拶で、店番2日目が始まった。緊張感のある雰囲気に、俺の頬が引きつりそうになる。最初に加奈の可愛らしい服装と仕草にやられて、平常心を取り戻しづらかった。それに……、俺が加奈に素っ気ない態度を取ってしまったのも尾を引いていた。
レジカウンター内で、俺と加奈は互いに横に並んで立っている。横にいる加奈が気になって仕方がない。
店に早く客が来てほしかった。でも開店したばっかなんだから、そうすぐ来るはずもない。
店内には、無機質で静かな冷房の音が響いている。無言の俺に嫌なプレッシャーをかけてくる。くっ……! き、昨日は普通に話してただろ……っ。
加奈の様子が気になって、横目でばれないようにうかがう。俺の目線より頭一つ分低いところに、加奈の姿がちらりと見えた。
加奈は今、どんな顔をしているんだろう。俺みたいに緊張しているのだろうか。
ふと、ふわりと何かが香る。
えっ? 甘い、香り? これって……、あ、もしかして、シャンプー?
加奈のふわっとした艶のある黒髪に目が吸い寄せられる。とても柔らかそうで、触れたくなるような質感に思わずドキッとする。てか、俺達、い、意外と、距離が近い。油断したら、互いの肘とか当たりそう……。
俺の鼓動はさらに騒がしくなるばかりだった。
だ、ダメだ……っ! 全然気持ちが落ち着かない……! 一旦リセットしないと……!
「か、加奈……っ」
「っ!? ん? な、なに?」
「えっと、か、カウンターをちょっと任せても良いか。お、俺、他の仕事しようと思って」
ほんとは他の仕事なんてない。ただ、加奈と距離をとりたくて言った、身勝手な俺の嘘。でも加奈はそんなの知る由もない。
「あっ……! う、うん! 分かった」
加奈が顔をこちらに少し向けた。若干硬い表情だった。でも、形の良い小さな口元が微笑んでいる。その優し気な雰囲気に、俺は気分が少し軽くなった気がした。「ありがと」と、小声だけど自然に口にしていた。
俺はレジカウンターの外へ。
加奈がふいに呼び止めた。
「あっ! ね、ねえっ! 太一くん……!」
「うっ!? お、おう、どうした?」
加奈と目があう。
「あ、あのね。私、こ、困ったことがあったら、そ、その……」
加奈が口ごもる。俺はその続き、分った気がした。
加奈はまだ『まさやんの本屋さん』での仕事、2日目なんだ。仕事を覚えているとはいえ、イレギュラーな事が起こったら、加奈ではまだ対応できない事もある。
俺は加奈の目をみながら、少し緊張気味に伝えた。
「こ、困ったことがあったら、いつでも呼んでくれていいから。その……、遠慮なんてしなくていい」
加奈の瞳が丸く見開く。頬がふわっと膨らんだ。ホイップみたいに、それか、綿菓子のように。
「うんっ……! ありがとっ」
素直に嬉しそうな表情を浮かべた加奈。ほんと……、参ってしまう。か、可愛いと、思ってしまうから……、って、バ、バカか……!? なに考えてんだ! 加奈は……、大切な、友達だろ。
「じゃ、じゃあ、そ、そういうことで……っ」
「うんっ」
加奈の嬉し気な返事がくすぐったい。でも、ちょっと嬉しかった。そ、それは、あくまで友達としてだ。友達としてっ……!
店内の片隅に置いてある掃除用具を手に取った。はたきで、本棚の所々を無作為に、静かにはたく。積もってもいないホコリを落とす意味のない作業。それでもなんだか、俺の気持ちが少しづつ落ち着いていく。自分の中に積もった、何かを落としているみたいで。きっとそれは、積もらせちゃいけない。
ふぅー、この調子なら、昨日みたいに加奈とまた普通に喋れる状態に戻れるな。
俺は心の中で静かに微笑んだ。
でもそんなのは、すごく甘い考えだと、俺はすぐに思い知らされる。
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