第12話 淡い戯れと切なさー2

『まるで美人姉妹!! ヒャッホーイ~♪(∩´∀`)∩♪ 太一、良き写メをサンクス♪ ほんで今日はお疲れ様! 加奈ちゃんにもよろしく言っといてね♪ また、あちゃ~や~さい♡』


 なんともチャラい内容だった。腹立つ。


「んん~? あっはっはっ! 美人姉妹だって。確かにそうだねぇ~。ねっ、加奈ちゃん」

「へっ!? いやあの、わ、私はそ、そんなことないです。ふ、風花さんは美人ですけど」

「もう~、加奈ちゃんだって可愛くて美人だって! あっ! あと風花さんはダメ。姉妹ならお姉ちゃんって呼ばないと!」

「へっ!? いや、あの」

「ほらほら~、早く言わないとお姉ちゃん悲しくて泣いちゃうぞ?」


 風花姉が加奈に詰め寄る。おい、困ってるだろ。止めようと思ったら、加奈が先に口を開いた。


「えっと……、うぅ……、ふ、風花お姉ちゃん……?」


 加奈が頬を赤らめながら、上目づかいで風花姉に囁いた。その恥ずかしげな素振りがとても似合っていて、俺の中の庇護欲が一気に掻き立てられる。うおっ……、か、可愛い、って違う違う!! そうじゃないだろ!?

 俺が必死に理性を保とうとしていると、風花姉が雄叫びを上げた。身を盛大に震わせて。


「か、可愛すぎるでしょうがあああっ!! 加奈ちゃん!!」

「ひぃっ!? た、太一くん!!」


 風花姉のダイレクトハグ(ただ勢いよく抱き付こうとした)を紙一重でかわし、加奈が俺の背中に隠れた。えっ!? ちょ、ちょっと!?

 加奈が俺のTシャツを力強くキュッと握りしめた。加奈の手や、腕の感触が背中越しに伝わり、俺の鼓動が早くなる。すると俺の脇腹辺りから様子をうかがううように顔を少し覗かせた。「た、太一くぅん……」と小声で助けを求める加奈が、もうやばいほど可愛すぎる。俺の鼓動は激しく躍りっぱなしだった。加奈には申し訳ないけど。


「はあっ……! はあっ……!! 太一!! 加奈ちゃんを渡しなさいっ!!」

「へっ!?」

 

 俺は風花姉の発情した声音に慌てる。視線を風花姉に向けると、目がぎらついていた。両手の指をまるでかぎづめのように開き、じりじりとこちらに詰め寄ってくる。ちょっ!? す、すげえ恐いんだけど!? 


「お。落ち着けって風花姉!! いい大人だろ!?」

「そんなのは知らんッ!! 加奈ちゃんを渡さないなら……、太一ごと抱きしめるッ!!」

「なっ!? ええっ!?」

 

 風花姉が両手を高く掲げた。まるで威嚇する熊のように。


「ひえぇ~!? た、太一くぅん!?」


 加奈が恐れからか、俺の背中にしがみつく。うおっ!? か、加奈!? ひ、引っ付き過ぎだから!! 

 加奈の温かい体温が背中越しに伝わってくる。そして、前方からは風花姉が迫ってくる。思わず風花姉の豊かな胸元に目がいく。今興奮状態の風花姉に抱き付かれたら、大変なことになる。きっと力のかぎり『あれ』が俺の体に密着するわけで。そ、それに風花姉にハグされたら、加奈が今よりも俺に密着すると考えられる。となると、もちろん加奈のふっくらした『あれ』も背中越しに……。やばい、やばい!! お、俺もいち健全な男子なわけで!! な、情けないが理性を保つ自信がない!! この危機から逃れないとっ!!


 グイッ。


「へっ!? ちょ、ちょっと太一くん!?」


 加奈の悲痛な声を無視。俺は背中越しに居た加奈を無理やり前方へ。風花姉に差し出した。

 風花姉の瞳が怪しく光った。加奈が声を荒げる。


「ひぇ~!? た、太一くん!? た、助けてよ!! な、なんでこんなことするの!?」

「いやほら……、姉妹は、仲良くしないとさ……」

「姉妹じゃないよっ!! 私達!! ちょっと、目を背けないでよぉぉぉ!?」

「はあ……、はあ……! 加奈ちゃん、姉妹の仲を深めましょうね……!!」

「いっ、いやぁぁぁ~!! た・す・け・てぇ~!!」

 

 逃げようとする加奈を必死に押える俺。なんだこのホラー感。でもすまん、加奈。俺の理性を守るため犠牲になってくれ。大丈夫、風花姉が満足するまでハグするだけだから。きっと、ダイジョウブ。 

 風花姉の毒牙が加奈に届く寸前だった。突然、スマホの着信音が鳴り響いた。

 短パンのポケットからスマホを取り出した風花姉。どうやら電話らしく、片耳に当て会話をしだした。「うんうん、まだここにいるよ~。へっ? ああ、そうなの? まあ別に良いよ、私もそれ言うつもりでここにきたわけだし」


 どうやらいつもの風花姉に戻ったみたいだった。た、助かった……! つっ!?

いきなり手の甲に激痛が走った。慌てて目を向けると、加奈が思いっきりつねっていた。


「お、おい加奈! いきなり何す――」


 すると加奈が、涙目ですごい剣幕で睨みつけてくる。あっ、いやあの、そうですよね。俺が悪いですよね……。ごめんなさい……。


「お知らせがあります!!」

「「は、はい!?」」


 すると急に風花姉が声を上げた。もう電話を終えたらしい。加奈と俺が慌てて疑問の声を上げるなか、風花姉が話を続ける。


「明日から! 店番の期間中は、お昼の時間に私の喫茶店に来ること! 以上!」

「へっ?」


 俺が小首を傾げると、風花姉は呆れた様な感じで話し出した。


「もう~、物分かりが悪い弟ねぇ~。お昼ご飯は、私の喫茶店に食べに来なさいってこと。まあなに、まかないみたいなもんよ」


 な、なるほど。てか最初からそう言え!!


「お昼の時は休憩って看板を掛けて、うちのとこ来なさい。まさやんもOK済みだから気にしないで。もちろん2人で来るのよ~♡ 太一、ちゃんと加奈ちゃんをエスコートしてあげてねっ」

「いやまあ、そりゃもちろん」


 なんだよエスコートって。普通に道案内って言え。


「じゃあ私帰るね。もうお酒も無くなっちゃたし~。あっ、太一空き缶よろしくっ!」

「たくっ……はいはい」

「あっ、ま、また明日! ふ、風花お姉ちゃん」

「ふふっ、またね~」


 風花姉がひらひらと片手を振りながら、店のドアから外へ出ようとした時だった。


「あっ! そうだ言い忘れてた!!」


 風花姉がこちらに振り向く。なんだよ急に。


「デートってわけじゃないから気にし過ぎちゃダメよっ! 緊張しないように!」


「「……、へっ?」」


 加奈と俺が疑問の声をあげた。すると風花姉がニヤリと笑う。


「あっ! ごめんごめん! やっぱ今のは気にしないで! もう何バカなこと言っちゃたんだろ~。いや~、年頃の男女が一緒にご飯を食べに行くって思っちゃったから、つい。2人はただ仲良くお昼ご飯を食べるだけなのにねっ!! ほんとごめん! 許して♡ それじゃね~!」


 風花姉が早足で店から逃げるように出ていった。急に静かになる店内。


「「…………」」


 す、すごい、気まずい。てか、ふ、風花姉何言ってんだ!? 何が良い忘れただ!! 絶対今のワザとだろ!! すると、加奈が小さく声を出した。


「えっ、えっと……、た、太一くん」


 加奈の静かな声に、思わず心音が跳ねる。横にいる加奈に、そろりと視線を向ける。俯いていて、表情が読み取れない。でも、加奈の耳が朱色に染まていて。そのことが、俺をさらにざわつかせる。ど、どうしよう、加奈がすごく気にしているんじゃ……。ふ、風花姉め! いらんことしやがって!!

 すると、加奈が勢いよく顔を上げた。


 えっ……? か、加奈……?


 すごく笑っていた。でも、なんだか作り笑いに見えるのは、なぜだろう。


「あははははっ。風花お姉ちゃん、何言ってんだろうねっ。ねっ、太一くん」


 そのなんでものない雰囲気に、俺は思わず戸惑う。


「えっ!? い、いや、まあそうだな」

「んん~っ! はあ~、今日は疲れたなぁ~」


 加奈が両手を組んで頭上に持っていき、伸びをする。その自然な仕草を、俺はただ見つめていた。

 加奈が気持ちよさそうに伸びを終えると、口をそっと開いた。


「ほんと、今日は色んなことがありすぎちゃったね……」

「えっ? あ、ああ、ほんと、そうだな」


 加奈と俺は顔を見合わせた。すると加奈の口元が微かに笑った。でもそれはすぐに消えて、口元を引き締める。


「じゃあ、私達も……、そろそろ、帰る?」


 加奈の静かで抑揚のない問いかけに、俺は少し動揺しながら答えた。


「えっ? あっ、そ、そうだな」


 たくっ、俺はなにそわそわしてんだ。落ち着かない気持ちを無理やり抑え込んで、言葉を繋ぐ。


「店の戸締りはさ、俺がやっとくから先に帰っていいぞ」 

「えっ? でもそんなの悪いよ」

「いや良いって。加奈は店番初日で疲れただろ。少しでも早く帰って休んでほしいし」

「じゃあ……、お言葉に甘えて、そうさせてもらおっかな。ありがと、太一くん」


 そう言うと、加奈は早足で店のバックヤードへ。しばらくして、手提げカバンやら荷物を持って出てきた。店のエプロンはもう脱いでいる。きっと、エプロンはカバンの中に入れているのだろう。


「じゃあ、また明日」

「お、おう」


 加奈が店のドアに歩いていく。するとドアの前で、くるりと振り向いた。綺麗な黒髪がさらりと揺れる。小さく手を振ってくれた。もの静かで、感情の読めない表情で。

 俺は、ただ同じように手を小さく振ることしか出来なくて。

 

 加奈がすぐに前へ向き直り、店のドアを開け、出ていってしまった。

 俺はしばらく店のドアを見つめていた。店の戸締りをする気力が起きなくて、側に合ったパイプ椅子に腰かけると、ふと疲れが込み上げてくる。と同時に、なんだか1人取り残されたような感覚に、胸が締め付けられて。

 まるで、突然引っ越してしまったかのような、あの感覚に似ていた。って、俺はどうかしている。なんでそんな気持ちに囚われてるんだ。ただ、加奈と普通に別れの挨拶しただけだろ。

 脳裏にちらつく、加奈の作り笑いのような顔。


「…………なんで、そんな顔すんだよ」


 ついそんな言葉が漏れた。ってバカか俺は。加奈は何も悪くないだろ。くそっ、風花姉が変なことを言うから……。

 俺は奥歯を噛み締める。加奈と俺の関係を引っ掻き回された気がして、胸の中で黒い感情が疼く。それに、どこか浮かれた自分に腹が立つ。加奈は、なんとも思っていなかったのに。

 俺は何かを期待していたのか……、って違う! 違う!! そうじゃないだろ! 加奈と俺はもともと普通の関係だったんだ。それを変えたのが周りの奴らのせいで……。いや、もう別にいい。明日からも、加奈とは同じ店番をする仲間として、仲良くやっていけば良いだけだ。さあ、俺も、家に帰ろう……。

 椅子から立ち上がり、黙々と店じまいを済ませて、外に出た。近くに止めてあった自転車にまたがる。

 商店街のアーケード内は、蒸し熱さを残していて、まだほんのり明るい夏の夕方色に包まれていた。でも、なんでだろ、俺はそれをどこか冷めた気持ちで見つめていて。

 ふとまた蘇る、加奈の作り笑い。俺は頭を左右に振り、消し去る。

 ただひたすら無心でペダルを漕ぎ、家に帰っていった。


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