第42話 昔も今も変わらず

 風花姉の喫茶店でお昼ご飯の後、俺らは『まさやんの本屋さん』へ戻ってきた。午後から店番を再開して、今は3人で書棚の補充をしている。


「加奈っち〜、図鑑はどこの棚に入れたらいい?」

「右側の角に図鑑コーナーがあるから、そこに入れたらいいよっ」


 加奈が右手で指し示す方向に、由紀が頷く。


「図鑑がめっちゃ並んでるなぁ」

「うん、テンション上がるよねっ」

「えっ? そ、そう?」

「だって賑やかっていうの? イラストや写真がいっぱいで、楽しいって感じ。あっ、もちろん書いてある内容も面白くって」


 加奈が図鑑コーナーに近づき、手近にある図鑑を取って広げ、説明を始めた。

 

 俺は少し離れたところから眺めていた。午後の3時過ぎで、カフェタイムのせいなのか、今はお客がいない。2人とも学校でのやりとりみたいに楽しく話している。うん、息抜きにちょうど良いか。なんなら、バックヤードで休憩してもらっても良い。

 

 そう思って2人のところへ。すると、


「でねっ、このアノマロカリスっていう子が古代の生き物で有名なのっ」

「おおっ………、変な形してる………」

「そこが可愛いよねっ」

「えっ………? ほ、ほんまに?」

「ほら、このいっぱい付いてる丸いヒレみたいのとか」

「不気味やん……」

「じゃ、じゃあ、このぴょんと飛び出てる大きな目とか」

「もっと不気味やん……」

「そ、そっか……」


 加奈が古代の生き物図鑑を広げてまま、しゅんとした。すると、


「あっ!? やっぱ可愛い!!」

「えっ! ほんとに!」

「う、うん、か、可愛い………! か、かも知れん………」

「かも………? ふーん………」

「あ、あはははっ〜………」


 加奈のじとっとした目つきに、由紀の笑顔がひきつる。誤魔化しているのがバレバレだ。見ていて面白い。


 由紀が俺に気づいた。顔が少し赤い。


「な、何笑ってんねん!」

「んっ? 笑ってないぞ」

「う、嘘つけ!! 顔がにやけてる!」

 

 顔に出てたか。俺も誤魔化しが苦手みたいだ。


「ねぇ、太一くん」

「ん?」


 加奈に呼びかけられ顔を向けると、


「可愛いよねっ」


 と、何故か自信ありげに見せてきた古代の生き物、さっき由紀に不気味と言われたアノマロカリスの絵だ。見開きで迫力があり見応えがある。う〜ん、可愛い……かあ? ん?


 ふと由紀に目を向けると、鋭い目付きで俺を睨んでいた。可愛いって言えッ!! 的な。いやいや、そういう由紀も不気味って言ってただろ………。


 『可愛い』


 と、言うべきなのだろう。簡単なことだ。


 俺は加奈の顔を見る。目を輝かせ、私の言ってること正しいでしょ、と自信のある顔つき。


 なんか………、モヤっとする。


 俺は………、素直に言うことにした。


「可愛いくはない」

「ええっ………!?」


 加奈の口から小さくも驚いた声が漏れた。目が大きく見開き、俺をまじまじと見つめる。うっ、気まずい。由紀も目を尖らせていて怖い。

 なので俺は、すぐに代わりの答えを、加奈に伝えることにした。


「かっこいいっ」

「ええっ………??」


 加奈が小首を傾げる。目を丸くして、不思議そうに見つめる。俺は苦笑しながらも続けた。


「ほら、この口の近くにある、2本の太い前部付属肢とか武器みたいで迫力がある」


 俺は図鑑のアノマロカリスのイラストに触れながら話すと、


「うんうん」


 と、加奈は小さくうなずく、興味を示しながら。俺はそのことにほっとしつつ、


「それとさ、この鎧みたいな体つきもかっこいい」

「ふむふむ………、なるほど〜」


 加奈は楽しそうな声音で頷いてくれた。良かった、『かっこいい』に同意しているみたいだ。


「なあ加奈」

「うん」

「アノマロカリスってさ」


 加奈と目が合う、思いが伝わったみたいに。俺と加奈の口が同時に開いた。


「可愛い」「かっこいい」


 ………………、


「なんでなの!?」「なんでだよ!?」


 俺はアノマロカリスの絵をビシッと指差した。


「この力強そうな前部付属肢や、鎧みたいな体付きがかっこいいだろっ!」

「ううん! そんな体付きや、あとみょんって飛び出た丸い眼が可愛いのっ!」

「いやいや!? 可愛いとは違うだろ! かっこいいだっ!」

「かっこいいとは違う! 可愛いだよっ!」


 こ、この分からずやめ!


 そこから俺と加奈は思い思いの『可愛い・かっこいい』を主張しあった。白熱していたのだろう、由紀が慌てて声をはさんだ。


「ちょ、ちょい2人とも!? ストップ! ストップ!落ちつきいや!」


俺はその声にハッとする。ふと、目の前には加奈の顔が間近にあってびっくりした。加奈もそう思ったのか、表情が固く頬が赤い? 

 ふわっと甘い香りがして、俺は思わずのけぞった。同じように頬が熱くなった気がして、小さく咳払いをし、仕切りなおす。


「えっと………、やっぱ俺はかっこいいと思う」


 加奈の頬が少し膨らんだ、不満そうに。


「私は………、可愛いと思うもん」


 拗ねてるようにも見えて、俺はつい苦笑してしまう。由紀に目配せしたら、


「うちに振らんとってっ………!」


 と、小声で返してきた。察しのいい奴だ。『可愛い』『かっこいい』どっちか決めてもらおうと思ったのだけど。さて、どうしたものか。

 加奈は今も頬を少し膨らませたまま、不服な表情をしている。俺も、不満な気持ちが増すかと思ったが、意外とそうじゃなかった。


 なんだか、懐かしい。


 幼さが垣間見える加奈の表情に、俺はどこか嬉しさを感じていた。 

 前に、だいぶ昔の記憶に、似たようなことがあった気がしたんだ。頑固な加奈と何かを言い合って、俺も負けじと張り合って………。


 加奈をじっと見つめていて、ふと小学生のときの思い出がよみがえる。


 うさぎ小屋、白いうさぎ、名前決め、『綿菓子』か『ホイップ』、2人で揉めて、それで………。


「もうっ、なに笑ってるの?」


 加奈が不満気に顔をしかめる。あははっ、顔に出てたか。でも、笑いたくもなる。だって、


「うさぎ小屋のときみたいだと思ってさ」


 俺がそう言うと、加奈が小首を傾げる。でもだんだんと、目尻がゆっくりと下がるのが分かった。膨れていた白い頬も緩んでいって、


「………、くすくすっ」


 可笑しそうにはにかんだ。おっ、気付いたみたいだな。

 俺もつられて笑った。あのときと同じなら、俺と加奈のなかで、もう答えは出ているだろう。加奈の表情を見ると、嬉しそうに小さく頷いた。

 うん、もう言うべきことは決まった。

 俺は小さく息を吸い込み、そして、加奈と同時に口を開いた。


「「かっこかわいい」」


 俺の『かっこいい』と、加奈の『かわいい』を合わせた言葉が、心地よく聴こえた。

 

「ふふっ」


 加奈が楽しげに笑った。俺も笑う。


「か、かっこかわいい??」


 由紀が不思議そうにつぶやいた。加奈が嬉しげに説明する。


「うん、由紀ちゃん、かっこかわいいだよ」

「このアノマロカリスが??」

「そうそう」

「ふ〜ん………、そうかぁ、そうなんかぁ」

「うんうん。ふふっ」


 加奈の楽しげな笑みに、由紀も少しぎこちなくも、同じく笑顔をのぞかせる。


「でも、あれやな、2人とも『かっこかわいい』って同時に言ったのすごいな」

「あっ、それはねっ、太一くんの目をみて分かったから」

「えっ!? そんなんできるわけ………」

「それが出来ちゃうのです。ねっ、太一くん」

「まあ、そうだなっ」

「な!? なんやねんそれ!! そのドヤ顔が腹立つ! ずるい! うちも加奈っちと目と目で分かりあいたい! コツはなんなん??」


 由紀が加奈の両肩を掴んで揺らす。おいおい、加奈の首がぐわんぐわんってなってるから止めなさい。

 加奈は揺らされながらもなんとか答えた。


「こ、こつっていうか、綿菓子・ホイップちゃんみたいなことだったから」

「へっ? 綿菓子・ホイップちゃん?? な、何それ??」

 ぴたりと、由紀が揺らすのを止めた。加奈をじっと見つめている。


「あっ………、そ、その…………」


 加奈はなぜか気まずそうに、由紀から目を逸らした。


「加奈っち〜! 綿菓子・ホイップちゃんってなんなん?? なぁ、なぁ!」

「そ、それは………、えっと………!? な、なんでもない………」

「そんなわけ! 加奈っちウソついてる目してるでっ!」

「そ!? そんなわけ………」

「そんなわけあるし! なぁなぁ、綿菓子・ホイップちゃんってなんなん!」

「つっ!? そ、それは、知らない! 知らないもん!! ねっ、た、太一くん!」

「えっ!? お、俺!?」


 加奈はさっと目をそむけ、もう私は何も言わないといった雰囲気。おいおい、まじかよ。

 

「あんた………、なんか知ってんねんやな………」

「えっ!?」


 由紀の問いかけに思わず身構える。由紀が目を細めた。


「綿菓子・ホイップちゃんって、なんなん?」

「あっ、いや、それは………」


 改めて問われ、つい口ごもる。別に大したことではない、加奈と俺の小学生の頃の思い出なだけ。でも、加奈が変に隠したせいで、言うのがなんか恥ずい。


「なぁなぁ、白状しいや………」


 由紀が目を光らせる。ますます話づらい。………、そ、そうだ!


「あっ、お、俺、バックヤードから補充の本取ってくるの忘れてた」

「あっ! ちょ、ちょい待ち! 話は終わってないで!」

「わ、私もそういえば本を取ってくるの忘れてた〜………」

「か、加奈っちまで!? う、うちも行く!!」

「「ダメ」」

「ええっ!? また同時に!? てかなんでよ〜………!」


 そう悲しげにいう由紀をほっといて、俺と加奈はバックヤードへ。俺と加奈はチラリと、目配せをまたして。互いにぎこちない顔ながらも、どこか楽しげに口元が緩んでいたのも、2人の内緒だ。

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