第21話 友達

「は、初めまして。水瀬加奈です」


 加奈が少し緊張しながらも、優し気な笑みで軽くお辞儀をした。するとその正面にいる俺のクラスメイト、一応友達の風間祐介が、声を裏返させた。


「かっ、かざまゆうすけです!! た、太一くんとはすごく仲の良い親友ですっ」

「……いやいや、別に仲が良いわけでも。てかなんだ親友って」

「太一ッ……!!」


 突然、祐介が物凄い剣幕で俺に迫ってきた。おい、加奈との挨拶を序盤から投げ出すなよ。

 加奈が瞳を丸くして、落ち着きのない様子が祐介の少し後ろで確認できた。緩くまとめてある黒髪が世話しなく揺れている。そんななか、祐介が小声で俺に話しかけてきた。


「いきなり横から余計な事言うなって……! 水瀬さんに良くない印象与えるだろうがっ……!! そこは合わせろ……! てか俺ら親友だろ!?」


 う、うっとうしい……。


 現在、加奈と、俺の親友こと風間祐介が、挨拶をしている最中だった。


『まさやんの本屋さん』に来た不審者を逃がしてしまった後、しばらくして祐介が戻ってきてくれた。とりあえず不審者の件は置いておいて、祐介に加奈のことを改めて紹介することにした。ほんとは紹介したくはないが、加奈と手を繋いでいるところを見られてしまったからな。彼女という誤解を解くためにも、ちゃんと紹介した方がいい。

まずは加奈に裕介のこと説明するか。俺とは高校からの付き合いとか、まさやんとは知り合いで、とかさ。


「わかった、わかった……、親友である祐介。加奈を困らすな、言うこと色々とあるだろ」

「ぐっ……! 言い方が腹立つ! まあ良い……、言うことねぇ……。そうだな……」


祐介が急に澄まし顔になって、加奈の方へ振り向いた。少しびくつく加奈。おい、困らすなってあれほどーーー、


「水瀬さんって、太一の彼女なの?」

「へぇっ!?」

「ぶふっ!?」


加奈の裏返った声と同時に、俺は盛大に吹いた。いきなり何聞いてんだ!?


「わわっ!? た、太一! 後ろからつばとかふきかけんなよ!? きたねぇなあ!?」

「おっ、お前が悪いんだろうがっ! てか違うって言っただろっ!!」


俺は祐介に詰め寄る。すると祐介が早口に言う。


「だっ、だって、水瀬さんの手をぎゅっと握ってたし……! 女子に興味なさげなお前がだ……! 美少女の手をぎゅっとだぞ……!店内の暗いバックヤードで2人だけ! なんなのその場面! ギャルゲーみたいでうらやまし―――、じゃなくて、怪しい以外にあるか……! お前の言葉は信じられん……!」

「あ、あれはたまたま手を握ったままで……! と、というか、か、加奈は、ただの幼馴染なだけだっ!!」


 俺はそう口にしながら、加奈に視線を向けた。すると加奈が慌てて口を開く。


「そ、そうなんです! た、太一くんは小学生のときの幼馴染みで!! 5年生のとき以来会うのは久しぶりなの……! だ、だから、ねっ……! 太一くんっ……!」

「お、おう! 4年ぶりくらいなんだよっ! その間はお互い一度も会ってない」


すると、祐介が驚いた表情をした。


「おおっ、まじで?」

「おう……!」

「うん……!」


すると祐介がなにやら思案顔。急に俺にだけ聞こえるように小声で言ってきた。


「 じゃ、じゃあ、お前が『まさやんの本屋さん』に、水瀬さんを呼んだとかじゃないんだな……」

「はあ……!? 」


意味がわからない。一体どういうことだ?


「ほら……、『まさやんの本屋さん』で2週間、留守番頼まれてるだろ? その間はお前1人で自由なわけで……。だから幼馴染みの水瀬さんを呼んで……。仲良くいちゃつこう的な―――」

「ん、んなわけあるかッ!?!?」


お、俺がそんな変なこと加奈にするわけがないだろ!! てか久しぶりにあった仲だぞ!?


「声でけっ!? 耳いたいだろうがっ!?」

「お、お前が変なこと言うからだろうが!! このギャルゲーバカがっ!!」

「つっ!? ギャルゲーバカにすんなよっ! ?てかお前も絶対好きになるから! それに夏休みは一緒にやるって約束しただろ!!」


 こ、こいつ、加奈の前で何言ってんだ!? 


「そんな約束はしてないだろ!? 初めから!」

「えぇー!? そうだっけ!?」

「そうだ!!」 

「じゃあ、お前のために今日買ったギャルゲーどうすんだよ! 俺の労力とお金を無駄にしやがって!! ギャルゲーの代金を返せ!」

「知るか!勝手にしたことじゃねえか!!」

「黙れい! 半分でも良いから出せ!」

「ぐっ! 断る!!」


「「こ、この野郎~……!!」」


 いがみ合う俺達。このバカ祐介が!!


「あっ、あの~……」


「このギャルゲーバカが!」

「うるせえ! この、むっつりスケベ野郎!」

「なっ!? だ、誰がだ!? 誰が!!」

「お前しかいねぇだろうが! 水瀬さんの手をにやつきながら握ってた!」

「はっ、はあ!? 変な嘘つくな!!」


「ねっ、ねぇ……!」


「いいや、俺にはそう見えたね! むっつり太一!」

「それは勝手な妄想だ! この変態が!」


こいつ! いいがげんに____


「もうっ!! 2人とも!!」


「「わわっ!?」」


凛とした声に、俺たちは同時に驚いた。互いに顔を見合わすが、声を発したのはどちらでもない。となると……、声のしたほうに顔を向ける。むむーっ、と頬を少し膨らまし、なんだかお怒りの加奈さんがいた。

し、しまった……。ほったらかしにしてた。……、とりあえず謝らないと。


「か、加奈、ごめん」

「……、違うでしょっ」


ち、違う? 一体何が?


「謝るのは私にじゃなくて……、祐介くんにでしょ?」

「えっ? ゆ、祐介に?」


なぜ俺がこいつに謝らなきゃいけない?

そんな気持ちを察したのか、加奈が芯のある声音で俺に注意した。


「友達に悪口をいっちゃだめっ」


あっ、なるほど。単純なことだった。納得するとともに、でも反発心が沸いてくる。もとは祐介が悪い。でもつり目で頬を膨らましている加奈を見ると……、そうしないといけないみたいだ。


「そうだぞ! 太一! 水瀬さんの言うとおり!」

「うぐっ!」


祐介! てめえ何調子のってんだ!


「祐介くんもですっ!」

「へっ!? はっ、はい!?」


余裕をこいていた祐介が、加奈の呼び掛けに驚く。加奈は、戒めるように言う。


「祐介くんも、太一くんに悪口いっちゃだめっ。友達でしょ?」

「あっ、えっと……、そ、そうですね、はい。す、すみません……」


祐介が身を縮ませる。ふっ、バカめ。俺が内心ほくそえんでいると、睨まれた。


「なんだこら、ああん?」

「はあ? なんだよ?」


「…………、2人とも?」


「「!? はい……!?」」


祐介と視線でやりあっていたら、冷ややかな声が聞こえた。加奈のちょっと怒っているような感じに、変に背筋がざわつく。

加奈の柔らかそうな白い頬がよりふくらんでいた。

うっ……、まあ言いたいことはわかった。…………、あ~、もう仕方ない。観念して謝るか……。


祐介の方に顔をむけると、こいつも俺の方を見ていた。まあ、それなら話は早い。俺らは、ゆっくり口を開いた。


「「ご、ごめん……」」


すべきことはした。加奈の反応は?

そっと視線をむけると、柔らかな表情の加奈がいた。小さな口元は微笑んでいて。そんな素直に嬉しそうな表情を向けられると、どう反応していいかわからない。むずかゆいというか。

すると加奈が俺の側に近寄ってきた。


「これからも祐介くんとは長い付き合いになるでしょ?」

「えっ? ええっ?」


そんなことを突然言われて、俺は戸惑った。なんて言ったらいいのか……。とりあえず答えなきゃな。


「ま、まあ……、高校で顔は合わすし……。最低3年間は」

「うんうん。だから友達とは仲良く、ねっ」


思わず息をのんだ。真っ直ぐで優しい感情が、どこか懐かしくて……。目の前にいる高校生の加奈に、小学生のときの面影をみたというか。……、な、なに考えてんだ、俺は。

変な高揚感を打ち消すように、祐介に話しかけた。


「ま、まあ……、そうだな。……なっ、祐介」

「へっ!? あ、お、おう! そうだな! と、友達だし! あはははっ! だ、たから遊びにきたってのもあるしなっ!」


祐介が少し大袈裟に言う。すると、加奈は嬉しそうな顔をした。


「そうなんだぁ~。ふふ、太一くん、良かったね」


いや、何にも良くないが……、そうとは言えない。


「私、祐介くんと会えて嬉しいです」

「へっ!? な、何!? と、突然!? ま、まじで!?」


お、おい! 加奈!? 急に何を言い出す!? 祐介は嬉しさと動揺で落ち着きがない。俺は内心ざわつきながら加奈を見つめる。それに気づい加奈が、嬉しそうに俺にさらに近寄る。少し爪先をあげて、小さな口を俺の耳に近づけた。


「だって、太一くんの友達に会えたんだもん」


愛らしい声音が、耳から全身に駆け抜けた。こそばくて、温度もないのになんだか温かくて。や、やばい。すごく心地よくて……、ってそ、そうじゃない!? む、無防備にち、近づくなよ!? 加奈!!


「ねっ?」っと、小さな呟きが、俺の冷静さにさらに追い討ちをかけてくる。思わず、ちょっとだけ距離をとった。


「そっ……、そう、か」


なんとか絞り出した俺の返事に、加奈が生き生きとした表情で頷いてくれた。……、他人の友人と会うだけで、こうも表情を明るくするものなんだろうか。眩しくて直視できな

い。だってさっきまで俺は、変なことを思っていたから。は、恥づいな……。


「えー、こほん……!」

「!?」


耳障りの悪い咳払いに、ハッとした。声の主は祐介だ。さ、最悪だ、また加奈と急接近したとこを見られてしまった。ジトーっとした目線をむけられている。どうしたものか……。


「あっ、あの祐介くん!」

「へっ!? あっ、はい!?」


突如、横にいる加奈が急に声を張った。祐介と俺の視線が吸い寄せられる。加奈が緊張しながらも、柔らかい物腰で、祐介に話しかけた。


「わ、私とも仲良くしてもらえたら、嬉しいです」

「えっ!? あっ、ま、まじで!? お、俺と仲良くする!?」

「う、うん……!」


加奈が祐介との距離を少し縮める。


「た、太一くんのお友達と……、わ、私も仲良く……、したいし」

「ええっ!? し、したいっ……!? あぁ、そ、そういう意味じゃないだろ……!」


小声で自問自答してる祐介。当たり前だこのくず野郎が。殴りたい。俺の威圧的な視線に気づいたのか、祐介が慌てながら加奈に返事をした。


「も、もちろんです! な、仲良くしましょ!!」


祐介がテンパりながらさっと片手を差し出した。なっ! こいつ何やってんだ。そんなの手を握ったりするか。と思ったが、


「ほんとっ? ありがと! 裕介くんっ」


ぎゅっと両手で包み込むように、祐介の右手を加奈は握っていた。なんのためらいもなく。両手で。お、おいおい、加奈! 祐介にそんなことしたら勘違いするぞ!!


「よろしくねっ。祐介くん」

「はっ、はい!? よ、よ、喜んで! 」


祐介は頬を赤くして慌てていた。やろう、今絶対変なことを考えてる。日頃から美少女、ギャルゲーを口にしてるからな。あとで釘をさしとかないと。変な勘違いするなってな。というか、加奈は警戒心がなさすぎだぞ! 男にそうやすやすと近づいたり、触れたりすんのは危ないから! 俺ならともかく! 加奈の性格知ってるし。……、いや、でも小学生のときだからあまり偉そうにも言えない? ……、あぁ、くそ!い、今はそんなこといい!


「よ、良かったな、祐介。加奈と仲良くできて」


俺は祐介と加奈の間に無理やり入る。裕介の右手が加奈の両手から解放されると、祐介が意識を取り戻したかのような顔をした。


「はっ! た、太一……! お、俺、水瀬さんと友達ってことでokだよな!? あ、 握手もしたし!」

「そ、そうだな……」


俺としては不本意だがな。


「だ、たよな! まじか、まじかっ!! ひゃっほい! 今年はめっちゃ良い夏休みだ!」


ガッツポーズする祐介がうっとうしい。ただ友達になっただけでだろ。別に大したことじゃない。俺だって、加奈とは友達だし。……そう、ただの友達。うっ、変にもやもやする? 自分に言い聞かせてるみたい? なんともいえない気分だ。……ば、バカなのか俺は。

そんなことを思っている間にも、祐介は加奈と仲良くしゃべっていた。


「いや~、でも夏休みは水瀬さん予定があるだろうし、会えないことの方が多いよね? それが、口惜しいなあ……」

「えっ? そんなことないですよ?」

「へっ? どういうこと?」

「あっ私、ここで太一くんとアルバイトしてるので」


ピクリ、と俺の耳が敏感に反応した。ん? 加奈、今、何を言った?

変な緊張が俺に走る。それに祐介がおかしい。フランクな感じから、急にかしこまった様子で加奈に尋ねた。


「えっ? ……と……。 み、水瀬さん、ここで、働いている? 太一と一緒に?」

「はい。2週間だけなんですけど。その、2人だけで一緒に……、ねっ、太一くん」

「へっ!? あっ、ああ! そ、そうだな」


不意に加奈から声をかけられ焦ってしまった。別にたいしたことではないのに。加奈と2人で一緒に働いているだけのこと。でもそれが俺に異様な圧力をかける。聞く奴が聞いたら、変に勘ぐる事実でもあるからだ。例えば目の前にいる、半目をした祐介とか。なんか、まずいかも知れない。


「………、へ、へえ~……、水瀬さん、そうなんだ……」


祐介が頬をひくつかせながら、俺をちらちら見てくる。思わず視線を反らした。


「はい。なので、この本屋さんに遊びに来てくれたら、私いるので。いつでも来て下さいねっ。今日みたいに」

「あはは……。そ、そうだね、そうするよぅ~、……ちょいこら、太一どういうことだ」


俺に詰め寄ってくる祐介。威圧的な表情でこっちくんなよ……!


「一緒に働いているだけだ……」


つい、俺の口からそんな言葉が小さく漏れる。すると祐介は納得いかない様子で小声で話してきた。


「いやお前さ……! バイト先で一緒に働く女子がいるって言ってなかったじゃん……!? 嘘ついてんじゃん…!? 水瀬さんみたいな可愛い子と……! やっぱてめえ隠してたんだなッ……!」

「いやいやいや……!! 違うって! こ、これは俺も予想外のことで……、し、知らなかったんだよ」

「うっ、嘘癖えッ……! あと腹立つ……! 毎日バイト先で、水瀬さんと仲良くするお前が……! 同級生と……!」


羨ましいオーラ全開の裕介に、思わず後ずさる。ちゃんと説明したいが、今のこいつでは、勝手な解釈をされて泥沼状態になりそうだ……。どうしたものか。その場合は……、仕事に逃げるのが良い。


「あっ、いらっしゃいませ!」


俺はちょうどタイミング良く店に入ってきた親子連れに目を向ける。さら続いて1人、2人、と入店してきた。ナイスタイミングだ。


「あっ……! た、太一! ひ、卑怯だぞ……! ちょっと、おま背中押すなって!」

「す、すまんな、裕介。仕事だから。まあ、また来てくれ……」


ほんとはもう来てほしくないがな。


「ぐぐっ! ち、ちくしょう! 今日の夜! 電話するからな……! ちゃんとでろよ……! 」

「好きにしろ……。えっと、か、加奈っ」

「えっ!? あっ、う、うん! なに?」

「その裕介帰るって。仕事の邪魔しちゃ悪いからって」

「ちょっ!? そんなこと一言も……!?」

「そっか……! ご、ごめんね、裕介くんっ。せっかく来たくれたのに」

「!? あっ、いやっ、あはははっ! い、良いんすよっ! 気にしないで! 急にきた俺が悪いしさ」

「その通りだな」

「なっ!? んだとこら……!」

「もう太一くんそんなこと言って……、ううん! 全然気にしないで良いよ、裕介くん。だから、またいつでも来てね」


ふわりと柔らかな笑みで、裕介に小さく手を振る加奈。その可憐で愛らしい仕草に、裕介の頬が緩んだのがわかった。この変態野郎が。


「あっ、ありがと水瀬さん! また来るね! ……毎日とか、あはは、なんて?」

「うん、もちろん」

「おおぅ!? いよっしゃ……!」


小さくガッツポーズする裕介がうっとうしい。


「ヨカッタナ~裕介。じゃあ、はよ帰れ」

「ぐっ! て、てめえは!! ……、今日の夜、覚悟しとけ……!」

「はいはい……」


店の出入り口に無理やり誘導したら、あとは自ら先を歩きだした裕介。そして少し振り向いた。


「じゃあ水瀬さん! またね! ……ついでに太一もな」


「またねっ! 裕介くん」

「じゃあな……、裕介」


明るい加奈の声と、暗い俺の声に送られ、祐介は帰っていった。


「……、ねぇ、太一くん」

「ん?」


何か言いたげな加奈に目を向けた。すると、ほがらかな表情で、嬉しそうに口を開いた。


「裕介くんって、良い友達だねっ」


そんなことないけどなあ……。でも、そう答えるのは正解ではない。


「…………、だろ。アハハ」


加奈の素直で優しい言葉に、俺は少し口をひきつらせながら答えるのだった。そして、


「あっ、あとね、ぎゃるげー? ってなぁに?」

「!?」


純粋に知りたいという加奈の質問に、俺は「さ、さあなぁ……」と言葉を濁すのであった。


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