第22話 店内でゆっくりと
カタ、カタと、電卓を叩く音が、静かな店内に響く。
レシートの数字をひたすら打ち込み、店じまいした店内で、俺はレジしめをこなしていた。
「もうすぐで……、良し、できた」
売り上げの数字と同じ。今日の仕事はこれで終わりだな。
達成感を味わっていると、
「おつかれさま」
と、優しい声がした。
目線を上にあげる。レジカウンターのそばに加奈がいた。ホウキを片手に、「掃除おわったよ~」とにこやかに笑う。
バイト終わりの疲れを感じさせない様子に、少し申し訳なく思う。今日は色々とあったからな。
今日のことをふりかえる。午前中は、お客さんに「美人」「可愛い」など褒められ、あたふたして仕事に追われてたし。昼休憩時は、風花姉の喫茶店で互いに一息つけなかった感じだった。それに午後は、強盗犯みたいな格好の不審者や、俺の友達の祐介が来て、その対応に大変だったわけで。……彼女とか訳のわからん誤解もされるし……、つっ……、そ、それは思い返さなくていい。とにかく、労ってあげないといけないな。
「あ、あのさ、加奈」
「ん? なに?」
「その……、今日はおつかれさま。ほんと、ありがと……、疲れてるところさ」
「え……? ん~……」
ちょっと不思議そうに首を傾げている加奈。あ、あれ? 変なこと言ったか? 内心そわそわしていると、加奈が頬を緩ませた。
「ふふっ、そんなことないよ? まだまだ、働けますっ」
そう言って、片腕を軽くあげた。細身の白い腕に力を入れて、何故か力こぶを作るような仕草。急になんで……あっ、まさか……、体力あるアピール?
「えっと……、まだ元気ってことか?」
俺の回答に、加奈が楽しそうに口元を緩めた。
「うん。そんなとこ」
「そ、そっか」
正解だったことに一安心。気が緩んだせいかつい本音が漏れた。
「なんか、パワーなさそ、はは」
「えっ? む~……、そんなことないよ。ほら」
不満だったのか、加奈が小さな力こぶを見せつけてくる。いやいや、やっぱ頼りない感じだぞ、それ。細身の白い腕にできた、小さな力こぶはなんだか愛らしく、見ていて気持ちが和む。だが……、加奈、あ、あんま見せつけないでくれないか、腕まわり。そ、その、あんまりジロジロ見れない。加奈の服装はノースリーブ。肩口がゆるふわで……。脇付近の白くて綺麗な素肌が見え隠れする。しかも座っているせいもあって、ちょうど良い目線の高さ。目のやり場に困る。
「よっと……」
俺は立ち上がり、レジカウンター内から出た。加奈の側に少し近寄る。
「ん? どうしたの?」
「あっ、いや……」
特になにもないから困る。ど、どうする? あっ、そうだ。
「ほ、 ホウキ……。片付けとく」
「えっ? そんな、いいのに。それくらいやるよ?」
「あっ、いや、いいんだ。俺がそうしたいからさ……」
ホウキをそっと掴む。「ありがと」と、嬉しそうな呟きが聞こえた。や、やばい、なんか、すごく照れくさい。思わず背を向けた。そそくさと俺は店内の端にある片付けスペースに持っていく。
ふぅ~……。
少し息を整える。鼓動がうるさい、早く静まれ。さて……、この後どうするか。もうやることはないんだよな、俺も、加奈も。
だから、普通に帰れば良いだけ、なんだけど…………、それって、あんま労ってないよな?
しばしの黙考。……例えば、まさやんなら、どうするか。
『まさやんの本屋さん』でたまに手伝いしていたことを思い返した。店じまいを済まして、いつもなら、まさやんと2人で、無駄話しをしてたな。おごってもらった缶コーヒーとか飲みながらさ。
「う~む……」
俺もそうするか? でも、缶コーヒーおごるだけで、時間とるのは加奈に悪い気が……。 いやでもちょっと話したりするだけだし、時間はそんなとらないはず。ささっと、仕事の話とかすれば……、でもそれはちょっと冷たいような……。じゃあ風花姉の喫茶店で昼飯どうだったとか、あ、いや、それはダメか。俺、加奈を1人置いていくような形で勝手に出ていって、一緒に昼飯を食べる約束をやぶったわけで……。話すのが気まずい。じゃ、じゃあ、俺の友達である太一の話は……、いやいや、そ、それも話しにくい。加奈が彼女とかいう変な誤解を蒸し返す事になるだろうし、恥ずかし過ぎる。そ、それなら! 店に来た強盗犯みたいな恰好の不審者の話は……、いやいや! それもっとダメだろ……!? 加奈にまた怖い思いをさせるのは―――、
「太一くん?」
「うおっ!?」
慌てて振り返ると、加奈がいつの間にかいた。少し驚いてるのか目を丸くしている。
「えっ、えっと! 何してるの? ずっと端っこで動かなかったから……」
「あっ、と、特には、 そ、その、考えごとというか」
「考えごと?」
それってどんなこと? と、聞きたげな顔を向けてくる。うっ、言いづらい。いやいや、コーヒーでもどうだ、って聞くだけだろ。そんなに緊張することじゃない。
「えっと……、たいしたことじゃないんだけど……」
「うんうん」
「そ、その……、コ、コ……」
「こ?」
「つっ……! い、いや、えっと……」
もう喉のところまで来ているのに、言いたいことが口にできない。一緒にコーヒーでも飲もう、と誘うだけなのに……。『誘う』ということに、意識が過剰になっているのが分かった。そんな自分が、恥ずかしい。
「太一くん?」
加奈が俺に一歩近づく。それだけで、俺の中の緊張が大きく高まる。思わず半歩ほど下がってしまった。な、何やってんだ俺は!? 慌てて加奈の表情をうかがう。あっ、やばい。なんだか、申し訳なさそうにしている。は、早く、言おう。変に意識するからいけないんだ!
「か、加奈! その、コ、コ……」
ぐっ!? さっきから何やってんだ俺は!?
「た、太一くん……! む、無理しなくて良いよ……?」
「えっ!?」
悪戦苦闘している俺に、加奈が慌てて声をかけてきた。気遣うように小さな笑みを浮かべながら。
「ご、ごめんね、気になっちゃったから、つい」
「あっ、いや!? ほ、ほんと大したことじゃ―――」
「ううん、そんなことないと思うし。すごく言いづらそうだったから……。ちょっと悪いことしちゃった、あはは」
重苦しくならないような愛らしい笑い声。そして、一歩後ろへ下がった。
「今日は、もう帰ろうかな……。私、ちょっと荷物取って来るね」
くるりと、背を俺に背を向ける加奈。
『帰ろうかな』
その言葉に、焦りが湧き上がる。な、何を深刻に考えてんだ俺は!! このまま言わないで良いのか!?
「こ、コーヒーッ!!」
「わわっ!?」
自分でも分かるバカでかい声だった。加奈がビックリしてつまづく。し、しまった!? 何驚かしてんだ俺は!?
加奈がこちらに体を向けた。目を丸くしてこちらを凝視してくる。
「こ、コーヒー??」
すごく不思議そうにつぶやく。そ、そりゃそうだよな。ちゃ、ちゃんと説明しないと。
「こ、コーヒー、一緒に、の、飲まないか? 近くに自販機あって……、お、奢る」
やっ、やっと言えた! どんだけ苦労してんだ俺は!!
加奈がとことこと、こちらに歩み寄ってくる。さっきよりも近い距離。何やら思案顔で見つめてくる。うっ、すごく緊張するんだが。と、というか返事が中々こない。
「えっと、い、嫌なら嫌っていってくれてもいいぞ……」
「……、ねぇ」
「っ!? お、おう……?」
「もしかしてなんだけど、ねっ?」
「んっ? うん」
「考えごとって、今言ってくれたことだったりする?」
「えっ? あっ~……」
素直に返事するのが恥ずかしかった。その代わりに小さく頷くのがせいいっぱいで。そしたら、
「ふっ、ふふ……」
「ん? 加奈?」
あれ? なんか笑ってる。一体どうして?
「いや、ち、違うの……、その、ま、まさか考えごとって、コーヒーを一緒に飲もうって……、ふっ、あはははは!」
「ええっ!? な、何!? どうした!?」
そんな可笑しいこと言ったか!? なんか涙目になるくらいうけている。
「あはははっ……、もう~、太一くんが悪いんだからね」
「お、俺のせい?」
「そうだよ。もう~、なんか心配して損しちゃった。すごい大きな悩みがあると思っちゃたから。すんご~く、険しい顔もしてたし」
「そ、そうなのか……」
そんなつもりはなかったんだけどな……。でもそれなりに大きな悩みでもあったんだが、それは恥ずいので言わないでおこう。それよりも、返事をまだ聞いてないんだが、OKってことでいいのか?
返答を待っているのに気づいたのか、加奈が楽しげな笑みで口を開いた。
「う~ん……、嫌かも」
「えっ!? い、嫌!?」
まさかの予期せぬ返事だった。まじか!? もうOKだとばかり。めっちゃ頑張って伝えたのに……、すごくへこむ……。い、いやいや、何を落ち込む必要がある! 加奈の意思を確認できたんだから良しとすべきとこだろ。仕事で疲れてて早く帰りたいとか、家に帰ってやりたいことがあるとか、そ、そういうのがあるんだろ! で、でも、嫌って言われたのは、けっこうぐさっとくるものが……。あ~、へ、へこむな俺! ちゃんと反応しないと。
「そっ、そっか……、い、嫌なら、し、仕方ないな……」
「うん、だからコーヒー以外でお願いしても良い? 私、苦いの苦手で」
「あはは……、そうか……。ん?」
あれ? あれ!? なんかおかしい!
「えっと加奈? それって?」
「ん? 苦いコーヒーは嫌かもってこと。だから、違う飲み物がいいな」
そ、そういう嫌かよ!? ま、紛らわしい!!
「ふふっ、ちょっとした仕返し」
いたずらな声音で言われてしまった。た、たく、そんなどっきりは止めてくれ。で、でも、良かった。
「じゃ、じゃあ、なんか甘いジュースとかでいいか?」
「うん、ありがと」
加奈が嬉しそうに微笑む。それは、一緒にまだいてくれる、OKのサインみたいに見えた。嬉しい、という気持ちが沸いてくる。やばい、なんか顔にでそうだ。
隠したくて、やや早足で店のドアに向かう。すると、
「あっ! そうだ! ちょ、ちょっと待って! 」
「いいっ!? ど、どうした?」
パタパタとこちらによってくる加奈。
「あ、あのね! やっぱりお茶とかが良いかも!」
「あっ、ああ! べ、別に大丈夫。加奈の好きにしたらいいし」
「あっ、うん。……で、でね! た、太一くんも良かったらお茶にしない?」
「えっ? 俺も?」
「う、うん。だめ? コーヒーのほうが良い?」
「いや、別にお茶でも良いけど。そんなこだわりはないし」
「ほんと? 良かった!」
そのまま、二人で店を出てしまった。まあ、このまま自販機で買うか。二人分、ペットボトルのお茶を買う。そして、店内へ戻った。レジカウンター付近に置いてあった椅子に、それぞれこしかけた。
いやしかし、なんかやけにお茶を押していたが、一体何なんだろう?
俺が疑問に思っていると、加奈が慌てて口を開いた。
「あっ、ご、ごめんね! えっと、こ、これには訳があって」
えっ? 飲み物がお茶じゃないとダメなわけって……、なんだ? お、思い付かん。
「えっと、そんな大したことじゃないの! その……、お茶の方が合うかと思って」
「合う?」
「う、うん……。ね、ねえ、太一くん、お、お腹とか、す、空いてたりする?」
な、なんだ突然?
「あっいや、まあ、普通かな」
「そっ、そっか。ど、どうしよ……」
ん? なんか急に悩みだしたぞ?
「えっと、どうしたんだ加奈? なんか、あ、あるのか?」
「あっ、いやその!?」
めちゃくちゃそわそわしてる。どうする? すごく気になるのだが。
「な、なんか言いにくいことなのか? そ、それなら、無理しなくても」
「ち、違うの! 別にそういうことじゃないの! ないんだけど……!」
ペットボトルのお茶を両手で無造作にもてあそんでいるのが気になる。言いたくても中々言い出せない雰囲気だな……。な、なんかこっちが変に緊張する……!
加奈の様子を見守っていると、視線があった。すると、加奈が照れくさそうに微笑む。
「あはは、わ、私も太一くんもみたいなことしてるね……」
「えっ? お、俺みたい?」
「あっ、ううん! な、何でもない。えっと……、ふぅー、良し。えっとね、こ、これなんだけど」
加奈がレジカウンターの端に置いてあった茶色の紙袋を手にした。あ、それ、加奈がお昼から帰ってきたときに持ってたやつだよな。無地の茶色の紙袋。ワンポイントにコーヒーカップのイラストがついたもの。風花姉の喫茶店で使われているものだ。
加奈ががためらいがちに、俺の近くに持ってくる。
「えっとね、その、お昼、戻ってくるの遅かったでしょ?」
「えっ? あ、ああ、そうだな」
「そのとき、わ、私、風花お姉ちゃんとその、こ、これ作ってたの」
えっ? 作っていた?
袋に目がいく。加奈が少しためらいがちに封をあけると、ほのかに甘い香りがした。なんか、お菓子のような?
加奈が袋にそっと手を入れる。そして中から取り出したのは___
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